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2007年9月 3日 (月)

横書き登場

横書き登場 日本語表記の近代/屋名池誠(岩波新書,2003)
 日本語に関する本はいろいろとあるが、この本の着眼点はすばらしい。
 「日本語の横書きがどのように生まれ、変化し、定着してきたか」を扱ったもので、読み物としておもしろいだけでなく、資料的価値も高く、それになんといってもトリビアの宝庫。
 よく知られていることだが、太平洋戦争終戦までの日本語の横書き看板や本のタイトルなどは、右から左へ書く、アラビア語と同じような右横書きが多かった。下のような書き方である。 

き 書 横 右 が れ こ

 このことから、何となく戦前・戦中の日本では、横書きの時は右から左へ書いていた、というイメージがあるのだが、それが思いこみにすぎないことをこの本は暴露する。

 横書きの前史は古く、平安時代の「横書きに見えるもの」(実際には「1行1字の縦書き」)から、この本は始まる。江戸時代にはオランダ語の影響を受けて生まれた「横書きもどき」が現れ、やがて明治に入って、欧文と日本語を同じページの中で共存させる必要から、本格的な「横書き」が生まれるわけである。
 欧文との共存を図るのが最初の目的だったわけだから、明治期に誕生した日本語の本格的な横書きは、当然ながら「左横書き」(つまり今の普通の横書き)だった。左横書きは右横書きよりも以前から確立していたわけである。
 それなのに、明治に入ってまもなく「右横書き」が出現して、主に看板・広告・紙幣・地図といった分野で勢力を増していく。ついに終戦に至るまで、日本語の横書きは方向が統一されないまま共存(あるいは対立)し続けるわけである。そのへんの事情はこの本の中核をなす部分に詳しく書いてある。
 肝心なのは、イメージとは違って、戦前戦中の日本語の横書きは「右横書き」一辺倒ではなかったということ。それどころか、1冊まるごと「右横書き」の本というのは、事実上存在しなかった。すべて横書きの本というのは、戦前でも今と同じように「左横書き」なのだ。
 確かに、大学図書館に収蔵されている古い本を見てみると、戦前戦中の横書きの本というのは、全部左横書きである。そういえば、手塚治虫記念館で見た手塚の戦前戦中の原稿も、すべて左横書きだった。左横書きというのは、戦前からしっかりと根付いていたのだ。
 こんなことに気づかなかったとは。目からウロコが落ちまくり。

 最後に著者は、日本語の書字方向の基本が今後縦書きから横書きに変わっていくだろうと予測しているのだが、ほとんどの人が電子的に文章を書くようになった以上、それが自然だというのはわかる。だが、その後で、著者がちょこっと触れている、書字方向と「時間認識」の関係は、SF者として興味を引かれるものがあった。
 書字方向というのは、時間を空間に置き換えるものであり、その方向の変化は、時間の流れを空間的に把握する認識方法を変える。
 かつての日本人にとって、時間を空間的に表す場合は、絵巻物のように右から左へ動いて行く方向しかなかった。「一方、現在、左横書きを使い慣れた人にとっては、時間は空間上を左から右方向に動いているに違いない。」(p.200)というのだ。
 このへんには何かおもしろいテーマが隠れているような気がするのだが、それが何を意味するのかは、実のところまだよくわからない。
 「このあたり興味深い問題が多いのだが、別に機会を得て詳しく論じたい」と著者が書いているので、とりあえずはそこに期待したい。

横書き登場―日本語表記の近代 (岩波新書 新赤版 (863))

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コメント

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。

投稿: 履歴書の封筒 | 2011年12月12日 (月) 11時24分

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