« 1985年という遠い過去 | トップページ | 中国に「妖怪」はいるのか? »

2008年1月25日 (金)

丸谷才一 日本語を語る

 実は、丸谷才一のエッセイのファンである。東海林さだおとか原田宗典みたいな、とにかく気楽に読める軽いエッセイもいいが、博覧強記に裏打ちされ、エスプリが効いていてなおかつ実に読みやすい丸谷才一のエッセイは、また格別の味わいがある。
 去年の終わり頃、そういうエッセイの延長線のつもりで『桜もさよならも日本語』を読んでみたら、これがエッセイというより、問題意識にあふれた日本語論の本だった。しかしおもしろい。もともと「言葉」に興味はあったし。
 で、その本が、前に出た『日本語のために』を引き継いだ内容だというので、その前著も読んでみた。
 今回は、この日本語に関する本を取り上げる。
 上の2冊の少し後に、最近出た本『ゴシップ的日本語論』も読んだのでそれもまとめて。
 丸谷才一が日本語を語る3冊の本、である。

 読んだ順番とは別に、出版順に取り上げることにする。

日本語のために/丸谷才一(新潮社,1974)
 1974年、戦後の国語改革と国語教育のためにどんどんダメになっていく日本語の現状を憂えた丸谷才一が、危機感をこめて書きつづった批判の書。
 3部からなり、第1部が「国語教科書批判」、第2部が「未来の日本語のために」と「現在の日本語のために」という日本語論、第3部が「当節言葉づかひ」。
 第1部はとにかく当時の国語教科書、それに基づく教育をめった斬りにしている。
 「子どもに詩をつくらせるな」とか、「子どもの文章はのせるな」とか、「小学生にも文語文を」とか、「中学で漢文の初歩を」とか、「文部省にへつらふな」とか。
 基本姿勢は、「子どもにはとにかく名文を読ませろ、下手な詩や文章を作文させるな」というもの。徹底した古典主義である。まあ、小学生に詩を作らせて何の意味があるのか、というのは確かにそう思う。しかしあまり非日常的な文章ばかり教えるのも、国語教育としては偏ってるような気がするが。
 第2部は、著者が一番力をこめて書いたらしい論説2編。
 「未来の日本語のために」の冒頭、「昭和の知識人は明治の知識人にくらべて遙かに文章が下手になってゐる。」という一文にすべての主張がこめられている。丸谷才一は
戦後の国語改革の否定論者で、旧かなづかいで文章を書いている。新かなづかいがなぜダメで、どのように日本語を劣化させているかということを、情熱をこめて論じる。
 ただ、漢字の字体に関しては、一部を除いて新字体を認めている。だから丸谷才一の文章は「新字・旧かなづかい」なのだ。(旧かなづかいであるにもかかわらず、文章がきわめて読みやすいのは、新字を使っているせいもあるだろう。もちろん、文章自体がうまいというのが一番の理由だが。)
 ここで、「昭和の知識人」の文章がいかにひどいかという例としてあげられているのが、「中央公論」昭和38年7月号84~89ページの文章と、昭和39年2月号148~164ページの文章。「その文章の拙劣さは形容に苦しむほどのものである。」というひどいけなしようである。
 誰が書いた文章かはっきり名前は書いてないが、調べてみればすぐわかる。
 最初のは、「拝啓水上勉様:総理にかわり、「拝啓池田総理大臣殿」に答える」、著者は当時の内閣官房長官、黒金泰美。水上勉による福祉行政批判への反論だが、まるっきり国会答弁みたいな文章である。本人ではなく、官僚が書いたものかもしれない。
 2番目は、「二十一世紀文明への序章」、著者は古垣鉄郎。元駐仏大使で外務省顧問、後にNHK会長もつとめた人。これはもう、丸谷才一があきれるのもわかるくらい、意味不明な文章である。例えば「人間は生まれながらに先天的な遺伝を有しており、またドストエフスキー的な人間心理の深淵ともいうべき潜在意識を蔵している。」とか。しかしこの人、調べてみると著書が結構多い。全部こんな調子なのだろうか。
 ただ、確かに両方とも文章としてはなってないかもしれないが、黒金泰美は1910年生まれ、古垣鉄郎は1900年生まれで、二人とも戦前に教育を受けている。戦後の国語改革と国語教育が日本語をダメにしたという丸谷才一の主張の裏付けにはならないと思うのだが。
 第3部は、あとがきで著者が「硬い評論と軟い随筆が同居してゐる風変りな本が出来あがつた。」と書いている、その「軟い随筆」に当たる部分。要は日本語の気になる点を書き並べた軽いエッセイなのだが、ここにも日本語に対する危機感があふれている。
 正直言って、この本の主張は理想論すぎて、現実的とは思えない。ただ、自分たちの使っている言葉や文字が、必ずしも唯一の正解として成立したものではないこと、別の形であり得た可能性もあることを、考えさせてくれる。

桜もさよならも日本語/丸谷才一(新潮文庫,1989)
 『日本語のために』から10年(単行本発行は1986年)。丸谷才一は再び日本語問題を世に問う書を出した。
 内容は4部に分かれている、Ⅰ「国語教科書を読む」、Ⅱ「言葉と文字と精神と」、Ⅲ「日本語へらず口」、Ⅳ「大学入試問題を批判する」。
 「国語教科書を読む」では、小学・中学の国語教科書を題材に、国語教育についての批判を並べている。「漢字配当表は廃止しよう」、「読書感想文は書かせるな」、「名文を読ませよう」、「子供に詩を作らせるな」(これは前にも出てきた)、「古典を読ませよう」など。
 「言葉と文字と精神と」は、100ページを超える長文の論説で、戦後の国語改革(主に旧かなづかいの廃止)を徹底的に批判するとともに、戦後の言論の自由化により、日本人の言語能力はかつてないほど向上しているとも主張する。これは矛盾しているようだが、著者に言わせると、言語能力が向上したおかげで、国語改革の悪影響が覆いかくされているのだそうだ。
 『日本語のために』では、あれだけ文章力の低下を嘆いていたのに、10年の間に日本人の平均的な文章力が、丸谷才一も認めざるを得ないほど向上したということだろうか。

「これだけ大きな不幸とこれだけ大きな幸福とが雑然と同居してゐる時代はほかになかつたらうから、われわれはずいぶん奇妙な状況のなかに生きてゐるわけだ。」(p.128)

 このあたり、ちょっとわかりにくい理屈ではある。。
 とにかく国語改革の誤りがいつまでも改められないせいで、著者の不満は前著以上に高まっているらしく、「しかし今ならばまだ打つ手がある。国語改革といふ国家的愚行を廃棄することがそれである。」「このことを断行しない限り、破局はいつの日か、確実に襲ひかかるであらう。」とその口調はますます激烈になっている。
 「日本語へらず口」は、現代日本語の言い回しやアクセントの気になる点を取り上げた軽いエッセイ4編。
 「大学入試問題を批判する」は、国語教育批判の延長みたいなもので、東大、京大をはじめ25の国内主要大学の国語入試問題について、その問題点を指摘している。「正直いつて、わたしは呆れ返り、絶望した。」とここでもかなり怒っているようである。タイトルからして「慶応大学法学部は試験をやり直せ」と過激。

 全体として、言っていることは『日本語のために』とほとんど同じである。つまりは、丸谷才一の問題提起にもかかわらず、国語教育がなってない、謝った国語改革が横行している、言葉づかいがなってない、など、日本語をめぐる状況は10年間、そんなに変わらなかったということだ。

ゴシップ的日本語論/丸谷才一(文春文庫,2007)
 『桜もさよならも日本語』から20年を経て(単行本は2004年発行)、またまた丸谷才一の日本語論。
 といっても、これは講演、対談など、「口述したもの」だけを収録した本で、前の2冊とは傾向が違う。
 しかも、収録されている6つの講演、3つの対談のうち、「日本語論」と言えるのは最初の2つの講演だけで、ほかは文学論が中心。だから厳密には日本語論の本とは言えない。その2つの講演、「日本語があぶない」と「ゴシップ的日本語論」にしても、言ってることも、おおむね穏当であって激烈さは影をひそめている。
 まあ、人前でしゃべる時に、あまり過激なことは言わないだろう。それじゃただのアジテーターだ。
 「日本語があぶない」には国語改革への批判がちょっとだけ出てくるが、ここでは国語改革を廃止しろとは言ってない。それより、文部省は国語教育にもっと力を入れてと言っている。つまりは、国語教育が相変わらずひどすぎて、国語改革問題どころじゃない。せめて今の日本語を、もっとちゃんと教えてほしいということか。
 「ゴシップ的日本語論」は、昭和天皇の言語能力の問題から始まって、最後はやはり、今の国語教育はだめだという話になる。
 丸谷才一から見た日本語をめぐる状況は、依然として改善の兆しを見せてないようである。ここはひとつ、また激烈な論説を書いてほしいと思う。

ゴシップ的日本語論 (文春文庫 ま 2-19)

|

« 1985年という遠い過去 | トップページ | 中国に「妖怪」はいるのか? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 1985年という遠い過去 | トップページ | 中国に「妖怪」はいるのか? »