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2008年7月17日 (木)

レッツ・エンジョイス

辞書はジョイスフル/柳瀬尚紀(新潮文庫,1996)
 『フィネガンズ・ウェイク』の訳者として名高い柳瀬尚紀による、辞書をテーマにした連作エッセイ集。
 辞書のことだけでよくこんなに書くことがあるものだというくらい、辞書をネタに遊びまくっている。タイトルからして「<ジョイス>フル」というだけあって、『フィネガンズ・ウェイク』のネタが多い。というか、『フィネガン―』を訳すためにいかに辞書を使ったかという内輪話がメイン。
 取り上げられている辞書は、翻訳の話だから当然英語関係も多いのだが、各種外国語辞書各種は無論、日本語の辞書も多い。それというのも『フィネガンズ・ウェイク』の翻訳―著者によれば「ヤナセ語訳」に、ありとあらゆる語呂合わせ、かけ言葉、当て字、引用のテクニックを駆使しなければならなかったからだ。だから、普通の辞書だけではなく、逆引き辞典、中引き辞典、文章辞典、漢和辞典などの出番となる。
 そして読者は、翻訳版『フィネガンズ・ウェイク』の一行に、どれだけ多くの辞書から引っ張ってきたネタが詰め込まれているか、知ることになる。

 たとえば、原文のこんな一節。 

 from morning rice till nightmale,

 単純に直訳すると、本文にも書いてあるとおり、「朝の米から夜の雄まで」。
 これが翻訳(ヤナセ語訳)ではこうなる。 

 米晁燦[よねちょうさん]から夜子[よね]長く匂いたゆたう夕餉まで、

 なぜこういう訳になるか、という理由を解説してあるのだが、詳しくは省く。ただ、「nightmale」は、ドイツ語の「Nachtmahl」(夕食)がかけてあるのだそうだ。そこを読みとるのはすごいが、そんなこと普通わかるはずないだろ…と言いたくもなる。
 こんな調子で『フィネガンズ・ウェイク』の訳文の裏を語っているのだが、知れば知るほど、こりゃ読んでもわからんわ、という気になる。意味を全部知ろうと思ったら、2、3倍くらいのページ数の解説が必要だろう。
 ただ、『フィネガンズ・ウェイク』のことを気にしなくても、それ自体で充分面白いネタはたっぷりとある。特に『諸橋大漢和辞典』について書いたあたり、変な漢字で遊びに遊んでいる。
 何しろ、辞書にはあらゆることが掲載されているから、どんな言葉からでも辞書の話題を振ることができるし、辞書の中身からどんなテーマを抜き出すこともできる。だから話題は飛びまくる。本来秩序の源泉であるはずの辞書を使って、乱調に楽しむ。その落差が楽しい。
 ちなみに、カバーに書かれた英語タイトルは「Let's En-Joyce in Dictionaries」。こっちの方がこの本のニュアンスをよく荒笑して―じゃなかった、よく表している。

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