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2008年12月18日 (木)

文章読本さん江

文章読本さん江/斎藤美奈子(ちくま文庫,2007)
 文章読本を読んだ覚えはあまりない。
 ところが、念のため読書記録を調べてみたら、意外なことに何冊か読んでいた。
 波多野完治『新文章入門』、丸谷才一『文章読本』、井上ひさし『自家製文章読本』、橋本治『よくない文章ドク本』。
 どれもこれも全然中味を覚えてない。まあ、読んだ内容が少しでも身についていたら、このブログに書いているぐだぐだな文章も、少しはましになっていたかもしれない。

 本書は「文章読本」について書いたものだが、文章を読む上で参考になるとか、そういうものでは全然ない。古今の文章読本を材料に、遊びまくっている本である。
 だいたい、タイトルからしてふざけている。「はじめに」によれば、「このジャンルは、数ある書物のなかでも、もっとも花を贈るにふさわしい晴れの舞台だと思われます。」とのこと。つまり開店した店の前に出ている大きな花輪を、文章読本を出して晴れがましい気分でいっぱいの著者に贈ろうというのが、このタイトルの意味。著者をおちょくっているとしか思えない。
 著者がおちょくっている相手は、名だたる大家たちである。「旧御三家」、このジャンルの開祖である谷崎潤一郎(本書の表紙は谷崎の『文章読本』の表紙のパロディになっている)、三島由紀夫、清水幾太郎。「新御三家」、本多勝一、丸谷才一、井上ひさし(このうちの2冊が上の読んだ本に入っている)。
 その他、川端康成、中村真一郎、大野晋といったビッグネームから、聞いたこともない著者に至るまで、斎藤美奈子は有名無名を問わず、ツッコミを入れ、疑問を投げかけ、批評し、果ては文体模写をしてもてあそぶ。例えば旧かなづかい派の丸谷才一の文章読本を論じる一節では、いつの間にか著者の地の文まで旧かなになっている、という具合。
 そして、何十冊という文章読本をちぎっては投げちぎっては投げしながら、「文章読本」というジャンルそのものにひそむ差別や偏見や詐術や矛盾を暴き出すのだ。
 おそれを知らないというか何というか。 

 アマゾンで、『文章読本』というタイトルを検索し、売れている順に並べてみると、この本に出てくる新旧御三家がかなり上位に入っていることがわかる。2位に本多勝一、3位に谷崎潤一郎、7位に丸谷才一、8位に三島由紀夫、12位に井上ひさしの『自家製文章読本』(1位は『どんどん話すための瞬間英作文トレーニング』なので、ここでいう文章読本ではない。)。
 今の時代でも、御三家の威光は衰えてないようだ。でも、どんな人が買っているのだろう。本書を読んだ後だと、こういう本を買う人たちは何を考えているのだろうと、その動機を詮索したくなる。昔自分が読んでいたことは棚にあげて。
 「文章読本」は、役に立たない。それを教えてくれるこの本は、文章読本よりは少し役に立つかもしれない。そして間違いなく、文章読本を読むよりはおもしろいだろう。

 ちなみに著者はこの本を書くために何十冊という文章読本の類を読んだのだが(巻末の参考文献を数えると81冊あった)、十冊めまでは何を言ってるのだと「好戦的な姿勢」になるが、二十冊で「何を読んでも笑って許せる」ようになり、三十冊を超えるころには「退嬰的な気分が支配的となり」、五十冊めともなればすっかり解脱して「無の境地」に至るのだそうだ。文章読本の読み過ぎには注意した方がいいらしい。

文章読本さん江 (ちくま文庫)

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