十億年の宴/一兆年の宴
今年も去年と同じく、正月休みが終わってからぼちぼちと始めることにする。
最初は、だいぶ前に出た本。
十億年の宴 SF―その起源と歴史/ブライアン・オールディス;朝倉久志ほか訳(東京創元社・KEY LIBRARY,1980)
一癖も二癖もあるイギリスのSF作家オールディスによる、今や古典的となったSF史。メアリ・シェリーの『フランケンシュタイン』を「SFの起源」とし、ポー、ヴェルヌ、ウェルズ、E・R・バロウズと1920年代までで半分以上を費やしている。アメリカにSF雑誌が登場してからの後半、特に1950年代・1960年代は駆け足気味。
この本について、かつてあるSFファンジンにこんなことを書いた。もう20年以上前の話。
いかにもイギリス人らしい文学趣味と知的エリート意識に満ちたSF史で、その態度はウェルズを賞賛しガーンズバックを「SF界をうちのめした最大の災厄」とまでこきおろすあたりに、実に見事なまでに明快に表れている。が、僕にとってこの本の重要性はそんなところにあるのではなく、SFを、「ゴシック小説の活発なサブジャンル」とするオールディスの見解にある。これを読んだ時には眼からウロコが落ちる思いだった。SFとファンタジー、「科学」と「非(反)科学」という正反対のベースを持つ二つのジャンルがなぜかくも分かちがたく結びつき、融合しているかもこれでわかる。ゴシックこそが両者をつなぐ共通項だったのだ。
なんだか分かった風なことを書いているが、この本の要点は、実際ほぼここに書いたことに尽きている。「オールディスはアメリカ風B級SFが嫌い」ということと、「SFとファンタジーはゴシック小説のサブジャンルである」ということ。
前半については個人の好みの問題なので何とも言いようがないが、同じイギリス人でも『楽園の日々』で見るようにクラークがB級SFにも愛着を持っていたのに比べると、えらい違いである。というか、下のインタビューなど見ると、オールディスはそもそもアメリカそのものが嫌いらしい。
http://www.d2.dion.ne.jp/~fujitam/BWA1.htm
だが、オールディスのその偏屈さの方が、いかにもイギリス人らしい。キイス・ロバーツやクリストファー・プリーストみたいなイギリスSFは、オールディスが代表する土壌から生まれてきたことは間違いない。良くも悪くも、「イギリス人から見たSF史」なのである。
後半については、昔書いた文章ではえらく感動して同意を示しているみたいだが、今となっては、「そういう考え方もあるのかなあ」くらいである。ただ、イギリスSFがゴシック的色彩が強いことは確かだろう。オールディスはイギリスこそがSFの正統な本場だと思っているみたいなので、その限りでは正しいかもしれない。でも、アメリカSF(それにファンタジーも)はちょっと違うのではないか。では何かというと、主流は「戦争小説」ではないかと、最近は思うようになってきている。
一兆年の宴/ブライアン・オールディス,デイヴィッド・ウィングローヴ;浅倉久志訳(東京創元社・KEY LIBRARY,1992)
『十億年の宴』につぐオールディスのSF史。正確には、原書Trillion Year Spree (1986)は『十億年の宴』の原書Billion Year Spree (1973)の内容をすべて収録した上で、第11章以降をつけ加えた増補版。この翻訳は、その改訂増補版の序文と追加された11章以降を翻訳したもの。だから翻訳版では『十億年の宴』と『一兆年の宴』を合わせて完全版となる。共著者のウィングローヴはSF評論家。
で、その内容だが、前作で駆け足での紹介にとどまっていた1960年代のSFから始まって、同時代、つまり1980年代前半までを扱っている。
相変わらず小説性、文学性、そしてイギリスSF重視の観点から書かれているが、元は同じ本なのだからまあ当然である。スペースオペラやファンタジーの大群など目もくれず、ロバート・シルヴァーバーグ、S・R・ディレイニー、マイクル・ムアコック、P・K・ディック、U・K・ル・グイン、ジョン・ヴァーリイ、ウィリアム・ギブスン、グレッグ・ベア、ジーン・ウルフなどに焦点を当てていく。一方で、この当時の売れ筋作家たち、アン・マキャフリイ、ラリイ・ニーヴン、ジェリイ・パーネルなどに対する書きぶりはいかにも冷たいし、ゴードン・ディクスンやジャック・ウィリアムスン、E・C・タブ、ベン・ボ-ヴァあたりは名前がちらっと出てくるだけ、J・P・ホーガンなどは名前すら出てこない。
きわめて偏っているが、そこがいかにもオールディスらしい。
ただ、全体として作品紹介の羅列になっていて、『十億年の宴』に比べるとSF論としての緊密性に欠けている。オールディスのSF観と主張を知るには『十億年の宴』を読めば充分である。逆にこの本だけを読んでもあまり意味はない。本1冊分の蛇足と言えなくもない。
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