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2009年2月24日 (火)

石川喬司の『SFの時代』

SFの時代/石川喬司(双葉文庫,1996)
 『日本SF論争史』の中で、巽孝之が「日本初のSF批評家」と呼んだ石川喬司による、日本SF界初期の歴史を語る貴重な評論集。
 本書は最初、1977年に今は亡き奇想天外社から出版された。この文庫版は、双葉社から「日本推理作家協会賞受賞作全集」の1冊として出たもの。だから内容は1977年以前、今から30年以上前の日本SFの状況を語っているわけで、この本自体が歴史の証人である。

 内容は3部構成。第1部は日本SF作家論、第2部がSF論、そして第3部が時評。
 第1部「作家論のためのノート」で取り上げられている作家は、小松左京、星新一、筒井康隆、光瀬龍、半村良、福島正実、眉村卓、石原藤夫、広瀬正、海野十三。海野十三を除く9人は、これが書かれた時点での同時代作家―当時の日本SFを代表する作家たちなのだが、時の流れを感じさせる。何しろ、半村良や眉村卓は新人扱いだし、その半村良を含め、9人のうち5人がすでに故人なのである(もっとも、広瀬正はこの時すでに亡くなっている)。
 第2部「SF・夢の文学―初心の周辺」には、サブタイトルが示すとおり、日本にジャンルSFが成立した直後の1960年代前半に書かれた二つのSF論、「日本SF史の試み」と「戦略的SF論」、それにブラッドベリの『火星年代記』とハインラインの『宇宙の戦士』についての評論が収録されている。
 「日本SF史の試み」は、なんと古事記から始まり、「竹取物語」はもちろん、仏教経典、説話、落語、江戸随筆、明治以後は谷崎潤一郎、芥川龍之介(これはまあわかる)、横光利一、川端康成等々、ちょっとでも超現実的要素のある作品は何もかもSFに取り込もうという野心的なSF史である。別の見方をすれば、生まれたばかりの日本SFに、文学史の流れの中で何とか納まるべき場所を見つけてやろうとする涙ぐましい努力の産物とも言える。
 「戦略的SF論」の方は、私は歴史に残る傑作評論だと見ている。特に最後の方に掲げられた「SF十則」は、今でも通用する部分が多い。もっとも第四則「飛躍の次元の異なる二つ以上の設定が混在してはならない。」というのは、そんなことを言ってると今や新しい設定が生み出せないので、破られまくりだが。
 『宇宙の戦士』論は、上の『日本SF論争史』にそのまま収録されている。

 さて実は、第3部「時評―同時代の記録」こそがこの本の一番価値のある部分である―と言いたい。特に、『SFマガジン』に1963年から1977年まで連載された新刊書評「SFでてくたあ」。要するに今の『SFマガジン』に載っている「SFブックスコープ」の先祖である。もっとも、スペースの都合で内容がブツ切りの抄録になっているのは残念だが、まさに日本SFが若かった頃の、同時代の証言なのだ。
 ところでこの「SFでてくたあ」抜粋の中に、こんな一文が出てくる。

 珍しいことに(!)先月は国産SFの単行本が一冊もなかった。一種のエアポケットだろうか。(この欄がスタートした頃、こんな書き出しを使える日が来ることを、夢みたことがあったっけ) (p.476)

 最近のSFしか知らない人には、なぜ「!」がついているのか、石川喬司が何を夢みていたのか、説明が必要かもしれない。
 「SFでてくたあ」の連載が始まったのは、1963年6月号。なぜか本書には収録されてない第1回で取り上げられているのは、松本清張の雑誌連載『神と野獣の日』、『サンデー毎日』別冊のSF特集、『朝日ジャーナル』に抄訳が掲載された『五月の七日間』。当初は海外・国内の区別はされてないが、それでも取り上げるべき本がなく、全部雑誌掲載作品の紹介なのである。第2回で翻訳本が出てくるが、日本作家の本が取り上げられるのは第3回の眉村卓『燃える傾斜』が最初。とにかく最初の頃は、日本作家によるSFの本は、月1冊出ればいい方だったのである。もっとも、海外SFだって似たようなものだったが。
 それでも少しずつSFの出版も増えてきて、このコラムが「新・SFでてくたあ」と題して海外セクションと日本セクションに分離するのが1969年9月号(タイトルはその後すぐに「新」がとれて元に戻る)。石川喬司は当然のごとく日本セクションの担当になる。海外セクションの担当は福島正実。ところが分離したとはいえまだ国産SFの出版数は少なく、1969年12月号にはネタがなくて日本セクションは休載になってしまう。その次の号、1970年1月号の「SFでてくたあ」(この時はもう「新」がとれている)日本セクションの冒頭の文章が、上の引用だったのだ。
 つまり、石川喬司が「SFでてくたあ」の連載を始めた頃、日本SFが月に1冊も出ないのは珍しくもなんともなかった。それが毎月のように出版されるようになり、1冊もないことを「珍しい」と言えるようになることを、著者は夢みていたわけである。「!」は、珍しいと言えるようになったことに、自ら嬉しい驚きを感じているマークなのだ。
 ところで、『SFが読みたい!2009年版』の巻末のリストに載っている、2008年に刊行された国内作品の冊数をざっと数えてみると、380冊くらいあった。しかもこの中には、架空戦記、架空歴史小説、近未来シミュレーション小説などは基本的に含まれてない。まあ半分くらいはライトノベルが占めてるわけではあるが。とにかく、日本作家による広義のSFやファンタジーは、確実に1日1冊を上回るペースで出ていることになる。
 石川喬司が「せめて月1冊」を夢みていた頃から、日本SFはいかに遠いところに来てしまったことか。なんだか呆然とする。

SFの時代 日本推理作家協会賞受賞作全集 (36)

 

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コメント

私は、今、古いSFマガジンを回顧する仕事をしています。そのとき、「SFでてくたあ」も読み直していますが、日本SFの幼少期に石川喬司いう、批評家がいてくれたことが、日本SFにとって、ものすごく大きな幸運だったと思います。
あたたかく、やさしく、当時の日本SFを見守り育てておられました。石川さんがなにより良いのは、肯定的な批評をされることではないでしょうか。

投稿: 雫石鉄也 | 2009年2月25日 (水) 09時42分

そうですね。
石川氏はSFに対する理不尽な批判には敢然と反論してましたが、SF作品は決してけなさないですね。
この本の474ページでも、「批評よりも紹介というのが本欄の基本路線である。」と言ってます。まだ若いSFというジャンルを、とにかく暖かく見守りながら育てていくことが第一だ、と考えていたのでしょう。

投稿: りゅうじ | 2009年2月25日 (水) 21時41分

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