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2009年2月28日 (土)

詩人、本を語る 2

 前に荒川洋治の『本を読む前に』を取り上げたが(2008年11月27日)、今回はねじめ正一による書評エッセイ。

読むところ敵なし 言葉のボクシング/ねじめ正一(ハルキ文庫,1998)
  銀座と巨人をこよなく愛する詩人・作家のエッセイ集である。
 ねじめ正一といえば、『高円寺純情商店街』で直木賞を受賞し、テレビドラマ化までされたことでよく知られているが、やはり本業というべきは小説ではなく詩だろう。1997年には「詩のボクシング」の初代チャンピオンにも輝いている。その翌年に出たこの本のタイトルは、もちろん「詩のボクシング」から来ているに違いない。
 この本だが、要はコラムや書評が中心の軽いエッセイ集である。が、言葉の選び方のはしばしに詩人らしい感性が埋め込まれている。中には「中上健次に捧げる」や「美空ひばりに捧げる」みたいに詩の形式のエッセイまである。
 が、詩人が書いているから高踏的なところや抽象的なところがあるかというとそんなことはなく、その感性はあくまで日常的。高橋源一郎や長島茂雄や藤井貞和の「地に足がついてない」ところを誉めているが、本人は実に地に足がついた人のようだ。
 無論、詩人だけあって詩関係のエッセイも多く、この世界をよく知らないこともあって、なかなか新鮮だった。現代詩のおもしろさを力説する著者の言葉には、詩の世界への思い入れがこもっていて、この人はあくまで詩人が本領なのだと思わせる。
 特に、北村太郎、高橋鏡太郎(俳人)、藤井貞和(高橋源一郎の「ゴヂラ」の登場人物としてしか知らない)、山口哲夫、高岡淳四、田中庸介などの詩は実におもしろそうに見える。もっとも、詩を紹介するというのは至難の業である。この本でも、実は詩の中身はさっぱり見当がつかないので、それぞれの詩人のキャラクターの書きぶりのが、おもしろそうに見える主な原因だが。
 「ボクシング」と言うほどのインパクトは正直なところ感じられないが、頭を心地よく揺さぶられる気分にはなる。なお、巨人ファンだというところだけは残念だが、誰にも欠点の一つ二つはあるものだから仕方ない。

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