終わらない悪夢/ハーバート・ヴァン・サール編;金井美子訳(論創社・Dark Fantasy Collection 8,2008)
「ホラー」と「怪奇小説」の違いはなんだろうか。
思うに、怪奇小説は、ファンタジーの一種であり、「怪奇なできごと」を描くもの。普通、怪奇なできごとに直面すると人は恐怖を覚えるので、結果的にホラー小説になることが多い。だが、書き方によっては、恐怖を感じない怪奇小説というものもあり得る。
ホラー小説は、読書が恐怖を感じるようなストーリーを語るもの。ファンタジーやSFであることも多いが、超現実的な要素を持たず、人間の異常な心理や行動を描くことで恐怖を生み出すいわゆる「サイコホラー」も含まれる。恐怖を感じないホラー小説は、失敗作である。
「ホラー」と「怪奇小説」のどこが違うのか、なんてことを考えてしまったのは、このアンソロジーを読んだからである。読む前は、「怪奇小説」のアンソロジーだと思っていたのだ。叢書名も「ダーク・ファンタジー・コレクション」だし(上にも書いたように、怪奇小説はファンタジーの一種だと思っている)。
ところが最初の作品、表題作でもある「終わらない悪夢」(ロマン・ガリ)を読んでみたら、超自然的な要素などない、サイコホラー、というかむしろサスペンスものだった。第二次大戦後何年も経っても、終わることのないナチスへの恐怖に取り憑かれているユダヤ人の、異常な心理を描いた作品である。
確かに鬼気迫る部分はあるが、これが「怪奇小説」とは、どうしても思えなかった。しかし、「ホラー・アンソロジー」という本書の趣旨からははずれてない気がする。では「怪奇小説」と「ホラー」とは、重なっている部分が多いにしても、意味するところがずれているのではないか。そこで上のようなことを考えるようになったわけである。なお、「重なっている部分」は、「怪談」と呼ぶのが適当ではないかと思う。
本書には上の表題作も含め20編が収録されているが、サイコ・ホラーと怪奇小説とに分けると、次のようになる。
サイコ・ホラーと明らかに判断できるのは、上の「終わらない悪夢」の他、以下の作品で、全部で9編。
「誕生パーティ」(ジョン・バーク)は子供が起こす恐怖の事件を語る。
「許されざる者」(セプチマス・デール)は狂信と妄想が生み出す悲劇。
「心臓移植」(ロン・ホームズ)は三角関係のもつれの果てのスプラッター劇。
「美しい色」(ウィリアム・サンソム)は、「色」に取り憑かれて狂っていく主人公を描く、異常心理もの。
「冷たい手を重ねて」(ジョン・D・キーフォーバー)は歪んだ愛が生み出す狂気の話。
「私の小さなぼうや」(エイブラハム・リドリー)は、タイトルでどういう話か予想がついてしまった。
「うなる鞭」(H・A・マンフッド)は、タイトルからは予想できない、犬のサーカスと子供の残虐性を巡る話。
「パッツの死」(セプチマス・デール)は、死刑囚と看守との憎悪に満ちたサスペンス劇。ホラー小説というよりミステリに近いかもしれない。
何らかの超自然的要素を含み、怪奇小説と呼べる作品は、以下の9編。
「レンズの中の迷宮」(ベイジル・コパー)は、悪人に下された意外な形での報いを辛辣な視点で描く。
「人形使い」(アドービ・ジェイムズ)は、人形による人形つかいへの復讐譚。
「入院患者」(リチャード・デイヴィス)は、「美女と野獣」の話。異常心理ものに含めるべきかもしれないが、科学的にあり得ないできごとを扱っているので、怪奇小説とした。
「悪魔の舌への帰還」(ウォルター・ウィンウォード)は、わりと古典的なゴースト・ストーリー。
「緑の想い」(ジョン・コリア)は、創元推理文庫の『怪奇小説傑作集2』などにも収録されている、「植物怪談」の佳品。
「暗闇に続く道」(アドービ・ジェイムズ)は、「レンズの中の迷宮」と同じく悪人がおぞましい報いを受ける、古典的な因果応報もの。
「死の人形」(ヴィヴィアン・メイク)は、人形の呪いにまつわる話で、これまたよくあるパターン。
「私を愛して」(M・S・ウォデル)は、正体不明の亡霊らしきものに憑かれた男の異常心理を描く、サイコ・ホラーと怪談が合体したような作品。
「基地」(リチャード・スタップリイ)は、一見不条理な虐待の犠牲者を描く話と思わせておいて、実はSF。後半の「種明かし」部分がとってつけたようなのが、ちょっといただけない。
怪奇小説なのかホラーなのか、微妙なのが「皮コレクター」(M・S・ウォデル)。異常心理ものにも思えるが、「主役」があまりに人間離れしすぎていて、とても現実の存在とは思えない。
もう一つ、どっちとも言えないのが、収録作中で一番の珍品、「蠅のいない日」(ジョン・レノン)。あのビートルズのジョン・レノンが書いた作品で、怪奇小説だとかホラーだとかいう枠を跳び越えてしまったシュールな怪作である。
というように、作品数から見れば、怪奇小説とホラーが半々くらいだが、全体的な雰囲気としては、明らかにこのアンソロジーは、ホラーがテーマである。原題はThe Sixth Pan Book of Horror Stories(1965)で、はっきりと「ホラー・ストーリー」と書いてある。怪奇小説の場合は「Ghost Stories」となっていることが多い。
ところで、ヴァン・サール編のこのアンソロジーは25巻まで出ているが、その中からなぜこの6巻が選ばれたのかは不明。多くの和製アンソロジーにネタを提供してきたようで、初期の巻の収録作はほとんど翻訳されているからかもしれない。下のサイトが参考になる。
http://homepage2.nifty.com/ksbstr/panbook.htm
日本でほとんど知られてない作家が大半を占めているのも、本書の特徴。日本である程度知られている作家と言えば、まあジョン・レノンは別として、ジョン・コリアとロマン・ガリくらいではないか。
有名な作家がごく少ない一方で、M・S・ウォデルとかアドービ・ジェイムズとか、正体不明な作家の作品が複数収録されていたりするのも妙だ。そんなに優れた作品とも思えないのに。全体的にB級テイスト漂う、あやしげなアンソロジーなのである。