« ハッカーと蟻 | トップページ | 不実な美女か貞淑な醜女か »

2009年8月11日 (火)

7月に読んだ本から

 7月に読んだ本から、今回は新書ばかり3冊。もちろん新書以外の本、小説なども読んでいるのだが、それはまた別の機会に。

世界奇食大全/杉岡幸徳(文春新書,2009)
 なんだか小泉武夫の書きそうなタイトルだが、著者は食文化や食品の専門家ではなく、エッセイスト。日本の珍祭、奇祭に関する著書などがある。
 著者のウェブサイト(http://www.sugikoto.com/)によると、「世界中の変わった食べ物を、僕が実際に食べ、その味と文化を追及した、究極で至高のグルメ本。」とのこと。後半はともかく、前半は事実のようだ。
 第1章がプロローグにあたる「奇食への招待」。
 第2章「伝統の奇食」は全体の約半分にあたる分量で、前半で日本各地の、後半で外国の伝統的食文化に見られる奇食珍食を取り上げている。小泉武夫の本にもよく取り上げられている石川県の「フグの卵巣の糠漬け」に始まり、日本では岐阜県の「漬物ステーキ」、福島県の「サンショウウオ」、長野県の「おたぐり」や「ザザムシ」など、外国では中国の「ヘビ」、ヨーロッパの「ウサギ」、オーストラリアの「カンガルー」、世界各地の「土」や「カエル」など。
 第3章「奇食界のニューウェーブ」は、主に日本で、比較的最近生まれた奇食、というか変な料理を取り上げている。愛媛県の「みかんご飯」、たくあんをサンドにした滋賀県の「サラダパン」、名古屋の某喫茶店の名物「甘口イチゴスパ」など。なぜかスウェーデンの「シュールストレミング」も、伝統食ではなくこちらに入っている。
 第4章「めずらしい飲み物」、第5章「不思議なデザート」は、タイトルどおり、ドリンク編とお菓子編。「イカスミジュース」や「ふなずしパイ」はともかく、世界一甘いお菓子として紹介されているトルコの「バクラヴァ」など、どこが奇食なのかよくわからない。確かに日本では手に入れにくいが。
 最後の第6章「幻の珍グルメ」では、「紙」、「毒キノコ」、「トラ」、「ラクダのこぶ」などを紹介。確かにこれは奇食かも。鳥の発酵食品「キビヤック」はさすがに自分では食べてない。
 こうして見ると、わりと普通の食材で、ただ著者の目から見て奇食・珍食に見えるというだけのものが多いような気もする。ただ、自分で全部食べたというだけあって、どこでどうやって食べたのか書いてある。店の名前までは書いてないことが多いが、ある程度場所や店の種類が特定できれば、ネットで調べればわかるだろう。一種のガイドブック的役割も果たしているのだ。
 これだけ多種多様な食べ物のほとんどが、日本のどこかで食べられる、あるいは手に入るというのは、考えてみるとすごいことだ。

世界奇食大全 (文春新書)

 

振仮名の歴史/今野真(集英社新書,2009
 著者は清泉女子大学の教授で、日本語学専攻。今回取り上げた3冊の著者の中で唯一、本職の学者である。
 「振り仮名」(著者の表記では、「振仮名」だが、かな変換すると送りがなつきしか出てこないので、これでいく)という、普通誰も注目しないようなものに焦点を当てた、ユニークな日本語史。
 最初に第一章で、現代日本語での多種多様、むしろ無秩序と言ってもいいくらいの振り仮名の諸形態を紹介。振り仮名は最初「読み」を示していたが、次第に「表現」にも使われるようになった、と著者は言う。実のところ、この部分だけ読んだら、後はおまけみたいなものである。
 第二章以降、平安時代に始まった振り仮名が、江戸時代に出版文化とともに発展し、明治に入って新聞や政府の布告にも使われるようになり、社会に欠かせないものになるまでを、豊富な実例と図版を使って解説している。最後には著者の専門らしい夏目漱石の振り仮名使用についても解説。
 作者が振り仮名について並々ならぬ愛着を持っていることは見てとれるのだが、そのわりに、「おわりに」のところで、振り仮名の未来について「それにつじて声高になにかをいうつもりはない」と非常に抑制的なことを言っているのは、学者としての自制が働いているのか。こういうところでは、「声高になにかを」言ってもらった方が、読む側としてはおもしろいのだが。
 一見、着眼点はいいのだが、著者が主観を押さえすぎてるせいで、おもしろみが今ひとつ出てこないのだった。図版の中には、おもしろいサンプルもあるのだが。
 なお、タイトルは表紙も背表紙も奥付も振り仮名つきだが、本文には振り仮名はほとんど使われてない。

振仮名の歴史 (集英社新書)

名言の正体 大人のやり直し偉人伝/山口智司(学研新書,2009)
 著者は、『トンデモ偉人伝』など偉人や名言に関する本を何冊か書いているライター。 「偉人研究」(http://izinken.com/)というサイトも主宰している。。
 このサイトの「トンデモ偉人典」というコーナーには、世界史上の偉人たちの知られざるエピソードが列挙してある。著者は普通の伝記的事実より、常識に当てはまらない変わったエピソードに興味があるらしい。
 本書は、常識的な視点とは違った角度から「名言」をとりあげ、名言やそれを発した人物に関する意外な事実を明らかにしようというもので、上のサイトの内容と通じるものがある。「トンデモ」と冠するほどではないが、着眼点はおもしろい。
 第1章「誤解された名言」では、本人の意図と違った意味で捉えられている名言の数々を取り上げる。
 最初に出てくるのは、エジソンの「天才とは、99%の努力と1%のひらめきである」という名言。これは一般には努力の重要さを伝える言葉をされているが、著者によれば、エジソンが本当に伝えたかったのは、逆に「ひらめきを大事にすること」だったという。1%のひらめきがないと、いくら努力しても無駄だということなのだ。ところで、田中芳樹の『七都市物語』の中で、ユーリー・クルガンが、この名言についてこんなことを言っている。「エジソンの真意はこうだ――いくら努力したって霊感のないやつはだめだ、と」。小説の中では、この言葉は、「多くの人の許容しうるところではな」かったと書かれていたが、実は正鵠を射ていたらしい。
 こんな具合で第1章では他にも、テレシコワの「私はカモメ」というのは、実は人工衛星のコードネームに過ぎなかったとか、「酒は百薬の長」というのは、古代中国の簒奪者王莽が、酒の専売を正当化するために言った宣伝文句だとか、名言に冠する幻想を切りまくる。
 第2章「カットされた名言」で取り上げられるのは、実は肝心な部分が省略されて一部だけが一人歩きしている言葉。たとえば、ブルワー=リットン(日本では幻想小説作家として知られる)の名言、「ペンは剣よりも強し」は、戯曲の中の台詞で、その前に「真に偉大な人間の統治下では」という言葉がある。ちなみに劇中でこの台詞を言っているのはリシュリュー枢機卿で、「真に偉大な人間」というのは、自分のことを言っているのである。それはともかく、「ペンは剣よりも強し」というのは政治がうまく言っていることが前提ということで、さらに裏読みをすれば「権力者が言論を握っている時は」ともとれる。どっちにしても、ずいぶん印象が変わってくる。
 第3章「誇張・捏造された名言」は、「本当はそんなことは言ってない」という例の数々。リンドバーグの「翼よ、あれがパリの灯だ!」とか、ナポレオンの「余の辞書に不可能の文字はない」とか、板垣退助の「板垣死すとも自由は死せず」などが取り上げられている。この章が読み物としては一番おもしろい。
 第4章は「「おまえが言うな!」と言いたい名言、「そこまでやらなくても」と言いたい名言」。名言そのものより、もっぱらそれを言った偉人の事績と、それが名言といかに食い違っているか(あるいは、そのまますぎるか)を語っている。
 全体としては、ややまとまりに欠ける印象があるものの、ひとつひとつの記事はおもしろいし、着眼点も悪くない。今回とりあげた3冊の中では、これがベスト。

名言の正体―大人のやり直し偉人伝 (学研新書)

|

« ハッカーと蟻 | トップページ | 不実な美女か貞淑な醜女か »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ハッカーと蟻 | トップページ | 不実な美女か貞淑な醜女か »