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2011年2月 9日 (水)

ことばの履歴

ことばの履歴/山田俊雄(岩波新書,1991)
 この本を初めて読んだのは、刊行後間もない頃だから、もう20年近く前。最近ふとしたことから再び手にとってみて、ページをめくってみたら、改めてその内容に「言葉好き」心をそそられたのだった。
 日本語の歴史や言葉の由来に関する本は何冊も出ていて、このブログでも紹介してきた。今回の本は、一般向けの新書ではあるが、中身はけっこうマニア好みの話題がつまった一冊。
 俳句雑誌『木語』(「季語」ではない。木語俳句会というのがあって、そこが出してる雑誌のようだ)に掲載したエッセイをまとめたもの。
 「どれ一つを取ってみても、身辺にあることばの用法や書きあらわし方などに話題を求めた、些細な贅言にすぎない。おそらく、年長けた人々の眼には、言わずもがな、書かずもがな、と映ることのみであろう」と、あとがきではかなり謙遜した言葉が述べられている。
 その背景には、戦後日本の教育や政策が、日本語文化を荒廃させてきているという危機感があるようで、このへんは丸谷才一と共通する。もっとも、丸谷才一ほど理屈っぽくはなくて、ところどころに日本語の現状に対する批判が顔をのぞかせるが、基本的には気軽に読める言葉のトピック集である。江戸時代から現代小説、時には英語の文献まで、豊富な用例が引用されているところは、いかにも日本語の専門家らしい。疑問点だけあげて、わからないことはわからないと率直に書いているところもあるが、そういうところも好感が持てる。
 とにかくトピックスの選定がいい。ほとんどの人が問題の所在にすら気づいてないような話題を掘り起こしてくる。
 俳句雑誌に掲載されたものではあるが、直接俳句に関連するような話題はほとんどない。多少季節に関する言及が多いかな、という程度。

 内容は全部で五章に分かれているが、そのへんの編集作業はすべて岩波書店の編集者がやったとのこと(これもあとがきに書いてある)。だから各章への振り分けも、それぞれのタイトルも編集者が便宜的につけたものなので、読む上であまり気にする必要はないだろう。一応、各章のタイトルを挙げておくと、「Ⅰ ことばの保守主義」、「Ⅱ 用語百態」、「Ⅲ 語形感覚」、「Ⅳ 作家の語彙」、「Ⅴ 辞書の周辺」。
 そこに収録された話題は、例えば、次のようなもの。( )内は章の番号。

    ・鴎外の「ヰタ・セクスアリス」を現代仮名遣いに直すのはどこが問題か。(Ⅰ)
    ・夢野久作の『ドグラ・マグラ』の語源になった「どぐらまぐら」という言葉の意味と由来は。(Ⅱ)
    ・「電覧」とはどういう意味の言葉か。(Ⅱ)
    ・「むずかしい」と「むつかしい」の表記のムツカシサ。(Ⅲ)
    ・「ノ」が脱落していく「無用の合理主義」について(「足利学校」の昔の読みは「アシカガノガッコウ」、工具の「つるはし」は、「ツルノハシ」だった)。(Ⅲ)
    ・和歌を表す「三十一文字」を「みそひともじ」と読むのは歴史的に正しいのか。(Ⅲ)・「龍」には「リョウ」という読み方もあったが(坂本龍馬が例)、いつ頃「リュウ」だけになったのか。(Ⅲ)
    ・斎藤緑雨の作品中に出てくる「言語同断」は、「言語道断」の単なる誤りなのか。(Ⅳ) この話題はⅤ章にも再度登場。
    ・複数の犬の書き表し方について。(Ⅳ)
    ・「闇から牛」という諺の「闇」という字の本来の読み方は(「ヤミ」ではない)。(Ⅴ)
    ・トランプのジャックの図柄について、辞書では「兵士の姿」と説明しているが、それは妥当なのか。――自分も編者に加わっている『新潮現代国語辞典』の記述を批判しているのがおもしろい。

 というような、重箱の隅をつつくような――著者自身が言う「些細な贅言」と、そう言われたらそうかもしれない――題材が並んでいる。だがその細かいところがいいのだ。細部をつつくところに言葉の面白さがある。言葉に興味を持つ人間なら、中身を知りたくなる題材が並んでいる。
 山田俊雄(1922-2005)は、親子二代の日本語学者(父親が日本語文法理論で有名な山田孝雄)で、『新潮現代国語辞典』の編者としても知られる。
 一般向けの新書としては、1999年に同じ岩波新書から『ことば散策』を出しているし、かなり前に出た中公新書の『日本語と辞書』 (1978年)もあるが、この3冊だけ。
 「言葉好き」の興味をかきたて、素人にもわかるように言語の面白さを生き生きと伝えてくれる、こういう本をもっと書いてほしかった。もう新しい著作が出ないのが残念。

ことばの履歴 (岩波新書)

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