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2011年8月18日 (木)

語感トレーニング

語感トレーニング 日本語のセンスをみがく55題/中村明(岩波新書,2011)
 著者は昨年岩波書店から『日本語 語感の辞典』を刊行している。本書は明らかにその副産物。
 語感とは、だいたい同じような意味の言葉の、感覚的としか言いようのない違いのこと。代表例が帯に書いてある。

 「快調」「好調」「順調」もっとも調子がいいのは?

 別に大差ないし、そんな些細なことはどうでもいいだろう、と思う人は、本書を読んでも仕方がない。ちなみに、この場合は「些細なこと」と言うのが、「瑣末なこと」というより適切と思われる。
 なぜなら、著者がこう言っているからだ。

 「些細」と「瑣末」はどちらも、取るに足らないどうでもいいことを言うが、「些細」が細かすぎるところに重点があるのに対し、「瑣末」は本筋と無関係であるところに重点がある。(「はじめに」より)

 同じように、著者は意味はほとんど同じだが「語感」の違う言葉を次々と挙げていく。その多くは、日頃考えたこともなかったが、言われてみて初めて気づく、それこそ微妙な違いである。
 「給料」と「給与」。「利子」と「利息」。「純情」と「純真」と「清純」。「贈呈」と「進呈」と「献呈」。「建築」と「建設」と「建造」と「造営」。「性格」と「性質」と「性分」と「気性」。「労苦」と「苦労」と「辛苦」…。
 で、『トレーニング』という言葉どおり、各項ごとに見出しの替わりに語感に関するクイズが出題されているので、読んでいるといやでも、これらの言葉の違いについて考えさせられることになる。とはいえ、本書はあくまで語感についての解説を述べた本なので、クイズについてはあまり気にしなくてもいいのだが。
 「語感」とは要するに言葉にまつわるイメージと言っていいと思うが、著者はそれをさらに三つに大別している。言葉の使用者のイメージ、言葉の対象のイメージ、そして言葉そのもののイメージ。
 上の例で言えば、「給料」と「給与」は使用者に関わる違いで、「給料」はもらう側の、「給与」は払う側の使う言葉というイメージがある。言葉の対象の違いは、「純情」など。「純情」は若い男性に、「純真」は子供に、「清純」は若い女性に対して使う言葉というイメージがある。
 このへんはまだ具体的な違いがあるのでわかりやすい方だが、言葉そのもののイメージというのは、それこそ感覚的なもので、非常に説明しにくい。「労苦」と「苦労」と「辛苦」は、言葉の「硬軟」の違いの例として挙げられているのだが、本文に具体的な説明がない。あくまで私の感覚だが、「苦労」<「労苦」<「辛苦」の順で、辛さの度合いが大きくなるような気がする。
 ともあれ、こんな微妙な違いに着目し、分析しようとする著者の探求心には恐れ入る。
 「現代日本語には、似たような意味で語感の違う広大な類義語の沃野が広がる。意味の微差を探り、語感のひだに分け入るのは、日本人の悦びであり、贅沢な悩みでもある」と著者は言うが、著者自身にとって、何よりの「悦びであり、贅沢な悩み」なのだろう。
 ただ、「語感」とは文字どおり感覚的なものであり、理論的な裏付けがあるわけではない。本書の記述のすべては、長年の日本語研究の蓄積と膨大な知識の裏付けがあるとはいえ、結局は著者の主観による部分が大きい。そのことについては、著者自身も末尾近くで「世代差や地域差や個人差もあり、読者にとっては必ずしも同感できない例も少なくはないと思われる」と書いている(ここで「同意」でも「同調」でもなく「同感」を使うところが、語感意識の見せどころだろう)。
 それでも、本書を読むと、冒頭の「些細」と「瑣末」みたいに、言葉の微妙な使い分けに関する意識が、それまでよりは敏感になることは間違いない。文章を書く人など、特に一読するべきだろう。
 『日本語 語感の辞典』も読みたくなってくる。

語感トレーニング――日本語のセンスをみがく55題 (岩波新書)

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