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2013年1月 4日 (金)

忘れられた名文たち

忘れられた名文たち/鴨下信一(文春文庫,1997)
 この著者の本としては、以前に『面白すぎる日記たち』を紹介したことがある(2008年7月13日のエントリー)。
 だが、文章に関する本を書いてはいるものの、著者の本業は数々のテレビドラマを手がけた演出家。文学や文芸批評などといった、文章の専門家ではない。だからこそ、本書の発想は生まれたのかもしれない。文学史に残るような作品ではなく、発表されては埋もれていく「普通の文章」の中に、名文を探し出す、他に例を見ない本。

 まず第一章(章のタイトルはない)の最初は、「野球」、そして「囲碁・将棋」の観戦記。「名文」がこれから始まるとは、いきなり意表をつくジャンルの選択――と言おうか。続くのは「レコード評」、「劇評」、「映画評」など…。確かに、後世に残りにくい文章である。
 第二章は「画家の文章」と「新聞記者の文章」が中心。画家のエッセイと、「天声人語」、「よみうり寸評」などの新聞コラムが引用されている。
 画家の中には、鏑木清方、竹久夢二などの有名人もいる。本書に収録されている「忘れられた名文」は、書いた人が忘れられているという意味ではない。こういう誰でも知っているような人もけっこういる。ただ、文章の方が、忘れられてしまうような「雑文」なのだ。
 この章の「使用書」の項では、パソコンのマニュアルまで引用されている。
 第三章では文学の世界に足を踏み込むが、もちろん有名な小説からの引用などはない。「浮気小説」、つまりポルノよりは柔らかい軽度エロ小説みたいなものからの引用とか。あるいは「俳人の文章」とか、「歌人の文章」とか。俳人と歌人の文章の質の違いを考察するあたり、著者の感性の鋭さを見せている。雑文だからといってぼんやりと読んでいたのでは、到底気づかない点だ。
 第四章は「食に関する文章」、第五章は「翻訳」と「学者の雑文」が中心。
 第六章は、なんだかごちゃごちゃしている。方言の入った文章、続いて漫画家の文章を取り上げたかと思うと、「文豪の先どり」の項で、いきなり時代が明治に遡って、谷崎潤一郎の雑文などが出てくる。かと思うと次の「幼児擬態文」や「改行多用文」では、現在にまでつながる軽い文章の起源をさぐる。さらに後の方では、正書法の話まで出てくる。どうもこの章は、主題や扱う年代があちこちに飛んでまとまりがない。
 第七章は、時代小説の文章と「です・ます調」について。時代小説といっても、なるべく今では忘れられたような作品を引用している。本書の最後になる「です・ます調」文章の話では、「だ・である調」文章との違いについての考察が興味深い。「です・ます調」でしか語れないことがあるとは、気づかなかった。

 本書に引用された文章は、上にも書いたように、必ずしも無名の人が書いたものばかりではない。しかし「雑文」だったり、今では誰も読まないような作品だったり、「忘れられた」文章を中心に集めているという点は、だいたいそのとおりである。それだけに、資料収集の苦労が並でなかったことが想像できる。
 第六章に典型的に見られるように、全体の構成が今ひとつ体系的に整理されてない気がするが、その資料収集の労力を思えば、大した問題ではないように思えてくる。

 しかし著者は、なぜ苦労してそんな文章を集めたのか。著者の立場は、第一章中の「レコード評」の項で、明確に書かれている。志鳥栄八郎(全然知らない人だ)のレコード評の引用に続く文章。

 実に平凡で非個性的な文章と思われるかもしれない。しかし、こういう文章こそもっとも実用的な名文なのである。ぼくたちのような一般人がなにかの文章を書くとすれば、お手本になるのは小説家や詩人の<非凡な名文>ではなく、この志鳥栄八郎のような、<平凡な名文>に他ならないだろう。(p.23)

 つまり著者は、あらゆる分野(ただし、メジャーな文学と学術関係は除く)にわたる無数の「平凡な名文」の中に、現代の汎用的な文体が生まれた源を求めようとしている。その文体――著者の言う「標準文体」――が完成したのが、昭和30年代なのだそうだ。だから、本書で引用される文章の多くは、それ以前のものである。本書は、明治から昭和までの日本人が「普通の文章」をどういう風に書いてきたかを知る、貴重な資料になっている。

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