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2013年6月18日 (火)

複数の日本語

複数の日本語 方言から始める言語学/工藤真由美、八亀裕美(講談社選書メチエ,2008)
 方言に関する本は数多いが、大きくわけて二つの方向に大別されるようだ。
一つは、「○○のことをこの方言ではこう言う」とか「この方言ではこんな面白い表現がある」とかいった雑学的知識が中心のもの。「ケンミンSHOW」みたいなノリの本である。
 もう一つは、語彙や発音、アクセントなどの特性や地域的分布を研究するもの。言語地理学とでも言おうか。専門的な本が多いが、『全国アホ・バカ分布考』みたいに、一般向け読み物として優れた本もある。

 本書は、そのどちらの類型でもない。著者は二人とも大学で日本語を研究する研究者で、どっちかというと専門的な内容だが、分析しているのは語彙でも発音でもない。文法なのである。
 その趣旨は、本書のはしがきにも書いてあるとおり。

 方言については、これまでに専門書だけではなくたくさんの一般向けの本も出されている。しかし、どちらかと言うと方言語彙やアクセントなどがポピュラーなテーマで、文法はあまりとりあげられてこなかった。
(略)
 本書は、文法という従来はどちらかというと手嫌いされがちな領域を通って、日本語のさまざまな姿=方言を見つめ直し、いままで無条件に絶対正しいと思いこんできた方言を相対化していく。(p.7)

 方言とはいえ、同じ日本語だから文法も同じなのではないか、と普通は思うが、本書を読むと、日本語の文法レベルでの多様性がわかる。
 内容は以下のような全10章。 

 1.「あっこに花子ちゃんがいてる」―存在をいかに言い表すか
 2.「桜の花が散りよる/散っとる」―標準語は世界標準じゃない!
 3.「落ちよった!」―目撃者の文法・エヴィデンシャリティー
 4.「生ちゅとーてーさやー」―テンスが伝えるのは時間だけじゃない
 5.「花子、美人でら」―美しいのは今日だけ?現象と本質の違い
 6.「おかあさん、干してある」―「シテアル」にひそむ地域差
 7.「花子、元気ない」は「花子は元気だ」―ふらふらする形容詞と形容動詞
 8.「全部食べれれんかった」―可能をいかに言い表すか
 9.「ねえ花子、明日学校来る」―質問が尻上がりイントネーションとは限らない
 10.「みんなでシュラスカリア、アジューダしよる」―言語接触と日本語

 「花子」が出てき過ぎではないかという気もするが、興味を引く見出しが並んでいる。
 内容の一例として、2章に出てくる標準語のアスペクトの問題を見てみる。
 アスペクトというのは、英語の進行形や完了系に見られるような、動作の局面を表す要素のこと。本書では、代表的なアスペクトとして、完成/進行/結果の3種を挙げている。完成というのが動詞の基本形に当たる。
 で、標準語の場合、アスペクトは「完成」と「進行/結果」の二項対立になっている。「する」と「している」、あるいは過去形だと「した」・「していた」の2種類。だが、西日本方言の多くでは、三項対立の形式が使われている。つまり進行と結果を区別しているのだ。
 本書で例にあげられている宇和島方言だと、「作りよる」(今作っている最中)と「作っとる」(作り終わって完成品がある)という形で区別している。英語で言えば「he is making」と「he has made」の違いである。
これが標準語だと、両方とも「作っている」になる。この区別がないのは、世界の言語では珍しいのだという。世界では三項対立がむしろ普通で、つまり西日本方言の方が「グローバルスタンダード」なのだ。
 この三項対立は、自分の郷里の言葉である高知方言でも同じなので、きわめて理解しやすかった。上の例で言うと、高知方言では「作りゆう」/「作っちゅう」になる。

 こんな具合に、主として動詞や形容詞を中心に、標準語とは異なる様々な文法の日本語を分析している。「文法とはいかようにも変化しうる「開かれた大系」である」(p.197)ことを、豊富な実例で示しているのだ。逆に言うと、標準語の文法がいかに貧弱かということがわかる。
 著者たちの主張したかったのは、日本語が複数あるということより、日本語=標準語ではない、ということのように思える。標準語という枠をはずして日本語を見た時、そこには方言の豊かな世界が広がっている。自分も方言使用者の一人でありながら、本書のおかげで、そのことに気づくことができた。

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