« 複数の日本語 | トップページ | 唐草物語 »

2013年6月23日 (日)

「語源遺産」の旅

地団駄は島根で踏め 行って・見て・触れる《語源の旅》/わぐりたかし(光文社新書,2009)
 おそらく日本で唯一と思われる「語源ハンター」を名乗る著者が、日本各地の「語源遺産」を巡る旅をする紀行。「語源遺産」というのは著者の造語(多分)で、「日常生活でなにげなく使っている言葉の「語源」にゆかりのある「場所や地域」のことをいう」のだそうだ。厳密にその言葉が発生した現場に限らず、「ゆかりのある」場所として、広く解釈できるようにしているのがポイントだろう。
 本書は光文社のPR誌『本が好き!』(2009年で休刊)の連載を元にしたもので、23編の語源の旅を収録している。目次が日本地図になっていて、著者が訪問した土地がひと目でわかるようになっている。それはいいのだが、順番がわかりにくいし項目も探しにくいので、目次としては今ひとつ。
 収録された「語源遺産」は、例えばこんなもの。
 最初が「急がば回れ」で、滋賀県草津市。ここから東海道の近道、琵琶湖の渡しに通じる道が分岐していた。だが、この近道は琵琶湖の天候が悪いと船が沈むこともあるという危険なものだったので、遠回りでも陸路を通った方が安全だという意味の「~急がば回れ瀬田の長橋」という歌が生まれた。――というような説明をまじえながら、著者は旧東海道や昔の船着き場を歩き回るのである。
 なお、各編の最後では必ずその土地にちなんだ食べ物、「旅グルメ」を紹介していて、この草津では「うばがもち」。
 また、タイトルにもなっている「地団駄」は、日本古来のたたら製鉄に使う「地だたら」がなまったもので、これを踏んで風を送る様子から「地団駄を踏む」という表現ができた。著者はこの地だたらの実物を求めて、「もののけ姫」の舞台のモデルにもなった島根の山奥を訪ねる。タイトルになるだけあって、かなり念入りに取材している。この地の旅グルメは牛丼。
 その他、「ごたごた」では鎌倉の古寺、「らちがあかない」では京都の上賀茂神社、「ひとりずもう」では愛媛の大三島、「あこぎ」では津市の阿漕浦――といった調子で語源遺産の地を尋ねている。
ただ、著者はジャーナリストであって日本語の専門家ではないので、それぞれの言葉の発生の事情について学術的に語源を考察しているわけではない。語源を確かめるといっても辞書を引くくらいで、しかも「そういう説もある」程度の話も多い。
 例えば、「ごたごた」が鎌倉時代の僧「兀庵」[ごったん]の名に由来するとか、「どろぼう」が三河土呂(今の岡崎市)の一向一揆を指したものであるとかいうのは、一説にすぎない(そのことは本文にも書いてある)。実のところ、かなり怪しい説だという気がする。
 しかし著者は、それが本当の語源かどうかということを、たいして気にしていないようだ。基本的に著者は、語源説の厳密な検証はせず、いかなる説も否定しない、という姿勢を保っている。「この説は本当なのだろうか」なんて疑問は決して書かないのである。
 古い言葉の語源というのは、実際のところ確かめようのない部分が大きい。ただ、そう思っている人が世の中にいる――それだけで著者にとっては、十分旅に出る値打ちがあるらしい。時々は著者自身の独自の解釈を披露したりもしている。
 だから、正直言って本書に書かれている語源説は、学問的に正しいという保証があるものではない。単に言葉の起源をさぐるのであれば、専門家の書いた本が何冊もある。本書で重要なのは「旅」であって、語源の考証ではないのだ。日本語の語源を知るための情報源というより、ユニークな紀行として読むのが正しいと思う。
 なお、本書の巻末には『太鼓判は山梨で押せ』という続編予告(?)が載っているのだが、実際には…。

ぷらり日本全国「語源遺産」の旅/わぐりたかし(中公新書ラクレ,2013)
 光文社新書の『地団駄は島根で踏め』で、続編予告までした語源ハンターの著者だが、連載していた光文社PR誌は休刊になってしまった。
 だが捨てる神あれば拾う神ありで(この言葉もどこかの土地と関係あるのだろうか?)、2010年から読売新聞で「語源ハンター」を2年にわたって週刊連載。95回に及ぶその連載記事から17編を選び、大幅加筆したものが本書である。
 本書で著者が旅する語源遺産は、「べっぴん」(豊橋)、「やぶ医者」(兵庫県養父市)、「ろれつが回らない」(京都・大原)、「春一番」(壱岐)など。伝統的な言葉が大半であるのは『地団駄は島根で踏め』と同じだが、「タニマチ」(大阪)、「トロ」(東京・日本橋)、「銀ブラ」(もちろん銀座)など、明治以降に生まれた言葉も取り上げているのが、伝統文化ネタで占められていた前著と違うところのひとつ。
 とはいえ基本的に、出版社が変わりタイトルも似ても似つかないものになっていても、基本路線は、『地団駄は島根で踏め』と何ら変わらない。各編の最後で旅グルメを紹介しているところも同じ。ただ、目次は地図ではなく普通の目次。わかりやすいのはいいのだが、地理的分布が把握しづらい。目次と全国地図を両方載せてほしかった。
 続編の幻のタイトルとして予告(?)されていた「太鼓判」も出てくる。戦国時代に武田家が鋳造した「甲州壱分金」が、その形状から「太鼓判」とも呼ばれたそうで、著者は甲府を訪れてその現物を目にする。旅グルメはもちろん甲州名物「ほうとう」である。
 これだけなら語源の旅のひとつに過ぎないが、「太鼓判」の場合、語源の問題にありがちな「複数語源説」がからんでくる。「太鼓判」の前の「折り紙つき」の章で本阿弥家を訪問した著者は、太閤秀吉から授与されたという「太閤判」を見せられ、これこそが本当の「太鼓判」の語源だと当主から告げられるのだ。確かに、金貨が語源だとすれば「太鼓判を押す」という表現がどこから出てきたのか、説明がつかない。
 矛盾する二つの説に対し、著者はどう対処するかというと、かなり強引に二つを折衷した説を展開するのである。また、「濡れ衣」の章でも、二つの語源説を平等に扱っている。前著同様に、いかなる語源説であろうと、それ自体を否定しないという立場をあくまで貫く著者なのだった。
 本書の最後を飾るのは「完璧」。著者が訪れるのは、今も完全な姿を残す「玉璧」(まさに「完璧」)を所蔵する東京の尊経閣文庫と、古代の玉碧が出土した宮崎県の西都原。玉璧発見者の子孫にあったり、渡来ルートを考証したりと、なかなか力が入っている。
 だが、東京や宮崎がこの言葉の「語源遺産」なのだろうかという大きな疑問は残る。完璧の語源については、異説のありようがない。『史記』に記載されている、紀元前3世紀に秦の都咸陽で起きた出来事だ。だとすれば、本来なら中国の陝西省に行くべきじゃないのか?
 そもそも、タイトルをはじめやたらと本文中に出てくる「ぷらり」って何なんだ。なぜ「ぶらり」じゃなくて「ぷらり」?
 基本路線は変わらないとはいえ、タイトルのせいか、<中公新書ラクレ>というシリーズの特性ゆえか、全般的に『地団駄は島根で踏め』よりも軽い気がする。つっこみたい部分も増えている。
 その分、気楽に読めるのは確かで、こっちの方を先に読むのが正解かもしれない。

 なお、元の連載は読売新聞のサイトで、見出しだけは見ることができる。本文は有料。
 https://yorimo.yomiuri.co.jp/csa/Yrm0401_P/1221750017815
 見たところ、「大黒柱」とか、「ごり押し」とか、「うんともすんとも」とか、『地団駄は島根で踏め』のネタの使い回しもだいぶあるようだ。まあ、週刊連載なのでそうそう毎週旅に出てもいられないだろう。本書に収録されなかった言葉の中には、「ハヤシライス」、「サボる」、「半ドン」、「ウルトラC」など、近現代の造語も多い。また、「背広」、「サンドイッチ」ではイギリスまで訪問しているようだ。これらは次の著書に登場するのだろうか。

|

« 複数の日本語 | トップページ | 唐草物語 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 複数の日本語 | トップページ | 唐草物語 »