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2013年8月 1日 (木)

ことばと思考

ことばと思考/今井むつみ(岩波新書,2010)
 言語学の世界では有名な「サピア=ウォーフの仮説」というものがある。私は言語学の専門家ではないので、学術的な意味での理解をしているかどうかは自信がないが、言語が人間の認識や思考様式に影響を与える――つまり、人がどんな世界を見ているかは、その人が使う言語によって違ってくる、まあそんな風な趣旨の仮説なのである。
 言語が人間の認識まで変えてしまうというのはけっこう刺激的なアイデアで、元の言語学的仮説を離れて一人歩きしてしまっている感もある。これをテーマにしたSFもいくつも書かれていて、テッド・チャンの「あなたの人生の物語」などその典型。
 それはともかく、「人は本当に言語によって見えてくる世界が違うのか?」という問いを実例により検証してみようとしたのがこの本。

 第一章「言語は世界を切り分ける」では、言語による色の分け方の違いに始まり、モノの呼び名、動作の呼び名などが、いかに違った分け方で呼ばれているかを、豊富な実例を挙げて紹介している。図版が多いのでわかりやすい。
 例えば、中国語で「持つ」動作を表す言葉を、「抱[パオ]」、「夾[ジア]」、「頂[ディン]」、「托[トゥオ]」など13種類、図とともに並べて、それぞれを日本語、韓国語でどう呼ぶかを説明している。中国語で13種類に分かれている動作が、日本語では7種類、韓国語では5種類の動作を表す言葉になる。「抱[パオ]」(正面に抱える)と「夾[ジア]」(脇に抱える)は韓国語でも2つの言葉に対応するが、日本語では両方とも「抱える」。一方、中国語の「背[ベイ]」と「挎[クァ]は、日本語でそれぞれ「背負う」「(肩に)掛ける」に相当するが、韓国語では一種類――といった具合。ちなみに英語ではみんな「hold」でひとまとめにされるとのこと。
 こんな具合に、第一章では言語の違いが、いかに「世界の切り取り方」の違いに結びついているかが、豊富な実例で示されている。ではこの後、「サピア=ウォーフの仮説」がやはり正しかったという論証が進められるかというと、そうはならないのである。
 第二章「言語が異なれば、認識も異なるか」では、この仮説(本書では「ウォーフ仮説」と呼ばれている)への疑問が提示され、一旦コースが変更される。
 さらに第三章「言語の普遍性を探る」では、第一章とは逆に言語の違いを超えた普遍性が述べられる。内容も第一章のような例示中心ではなく、ほとんど理論的な話である。
 第四章「こどもの思考はどう発達するか」では、幼児の言語獲得の過程から、言語がどのように人間の認識を形づくっていくかを分析している。ここでは再び、言語の違いが眼前の現実の認識に違いをもたらす実例が取り上げられる。
 第五章「ことばは認識にどう影響するか」では、「言語情報は記憶を変える」、「言語は出来事の見方を変える」といった見出しが代表するような、言語が脳の働きに影響を及ぼす事例が取り上げられている。同じ映像を見た英語話者たちに対する質問で、定冠詞"the"を使うか不定冠詞"a"を使うかで、記憶が改変されてしまって、出てくる答えが違ってくるとか…。言語は無意識のレベルで脳の働きに影響を与えているらしいのだ。
 どうも、「サピア=ウォーフの仮説」を巡って行ったり来たりしている印象だが、仮説はやはり正しかったのか。

 本書の結論部分、終章「ことばと思考」で著者は答えを出す――かと思ったら、最後まで来ても、「異なる言語の話者は、本当に、お互いの認識をまったく理解できないほどに異なっているのだろうか。それともそのようなことはないのだろうか」という根本的な問いには答えていないのだった。結局、何が言いたかったのか。
 さらに、あとがきでは、「言語が思考を決定するか否か、あるいは、異なる言語の話者が異なる思考をしているか、という問題について、単純に白か、黒か、という二者択一的な答えをすることは不可能である」と、結論を出さないことを強調までしている。
 あれだけ「言語が認識に影響を与える」実例を出しながら、それはないだろうという気もする。著者もそれは自覚しているようで、「これは、一部の読者にとっては、いらいらする、はなはだ納得のいかないことであったかもしれない」などと書いている。しかし考えようによっては、誠実である。
 少なくとも、本書に出てくる豊富な「言語が現実認識を変える」実例は、それ自体で値打ちがある。日本語と外国語は一対一で対応しているわけではなく、「世界の見方」がずれているのだ、ということは実感できるし、それは外国人や外国文化と接する時に何らかの役に立つはずだ。

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