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2014年5月13日 (火)

4月に読んだ本から(その1)

漢字雑談/高島俊男(講談社現代新書,2013)
 高島俊男の漢字に関する本といえば、すぐに思いつくのが、大胆な問題提起の書『漢字と日本人』。ウィキペディアの独立項目にまでなっている。漢字がいかに日本語という言語を歪め、ダメにしてきたかを過激に語る、何か恨みでもあるのかと思えるような内容だった。
 もちろん、高島俊男は中国文学の専門家で、いわば漢字を知り尽くした男。だからこそ、本来中国語のための文字である漢字を日本語に導入するのがいかに無理な試みであったかが、身に染みてわかっていたのだろう。
 本書でも出だしの一文、「漢字は漢語(中国語)を視覚化した文字である」というあたりに、著者の従来の主張――漢字は日本語の文字ではない――がちょっとだけ顔を出している。
 また、『お言葉ですが…』のシリーズでは、漢字に限らず日本語全体を対象に、疑問点に切り込んだり、乱れた現状をなで斬りにしたりしている。とにかく高島俊男の書くものは辛口という印象が強い。
 本書も漢字の本ということで、またそんな議論や批判が出てくるのかと思っていたが、本当にタイトルどおり「雑談」だった。ややこしい議論はない――こともないけれど、基本的には気楽な読みもの。元は講談社のPR誌『本』の連載エッセイである。
 内容は、「我慢して商売」、「リクツについてリクツをこねる」、「英語が入ってきた」、「脅迫状三通」の4部構成。しかしそれぞれにはっきりしたテーマがあるわけではなく、6~9編の短いエッセイを集めてあるだけ。上のタイトルは、単に各パートごとの最初の1編からとってきたものにすぎない。もっとも、第3部「英語が入ってきた」だけは、比較的、「外国語の受容」というテーマが見える(関係ないのもあるが)。
 さすがにタイトルにとられたものは、どれもなかなか興味深い。この4編の内容をちょっと見てみる。
「我慢して商売」は、「我慢」がなぜ「堪え忍ぶ」意味になるのかという考察など、漢字の本来の意味とかけ離れた日本製熟語について。中国人が見ると、「我慢」は「おごり高ぶる」意味にしかとれないのだそうだ。そう言われればなるほどと思う。
「リクツについてリクツをこねる」も熟語の語源がテーマ。日本人が普通に使う「理屈」は、実は謎に包まれた言葉だった。元の表記は「理窟」で、晋代の故事が語源。しかし本来の意味はよくわからないとか。中国ではほとんど使われていない言葉でもある。
「英語が入ってきた」は、前半と後半でテーマが違う。前半は英語の訳語として作られた数多くの熟語について。後半は、日本人に初めて英語を教えた男、ラナルド・マクドナルドについて。
「脅迫状三通」は、なんだかおだやかでないタイトルだが、要するに昔の手紙を解読するもの。短いものを選んだら偶然そんなものばかりになったそうだ。村役人に対し、負担軽減しないと役所を焼き払うと脅すもの。村の踊りはやりたい者だけがやればいいので、参加を強制するなというもの(これは非常に気持ちがわかる)。商家の娘の縁談に反対して町に放火するという物騒な「火札」(放火予告書)。それぞれの手紙に対する著者の考察が面白い。
 他に、和語のように見えて実は漢語から来た言葉(ぜに、きぬ、かみ、ふみetc.)について語る「古く中国から入った日本語」、オニという言葉の成り立ちを探る「オニの由来、ほか」、江戸時代の日本の識字率は実は大したことなかったという「日本は識字率世界一?」などが興味を引く。
 とにかくこんな具合で、漢字制限についての批判は多少あるものの、高島俊男がもっとも得意とする悪口雑言は、ほとんどの場合影をひそめている。
 漢字マニアや言語マニアには興味のあるトピックが散りばめられていて、気楽に読めるのだが、毒舌が売りの高島俊男にしては、いかにも毒が薄い。この著者のファンにとっては、やや物足りないかもしれない。

唐物の文化史 舶来品からみた日本/河添房江(岩波新書,2014)
 古代以来、日本人が外国からもたらされた品物をどう受容してきたか――を、文献資料や遺物を元に探る本。
  言うまでもなく、「唐物」なんて今では誰も使わない言葉である。「舶来品」というのも、日常語としてはほとんど死語だが、店の名前とかには使われている。なんとなく、「唐物」=中国などアジア各国からの輸入品、「舶来品」=欧米からの輸入品みたいなイメージがあるが、どちらにしても、外国からの品物が特別な意味を持っていた時代の言葉である。
 室町時代まで、外国からの品といえば主に中国や朝鮮半島から渡来したものばかりだった。本書の記述は大半がその時代のものである。
 特に奈良時代、平安時代が詳しくい。全六章のうち、第一章「「唐物」のはじまり―正倉院と聖武天皇」から第三章「王朝文学が描く唐物趣味―『枕草子』『源氏物語』の世界から」までが平安以前。この章題に見るように、多くの文学作品が研究対象になっているのも本書の特徴。それもそのはずで、著者は本来平安文学の専門家である。
 第四章「武士の時代の唐物―福原・平泉・鎌倉」は源平・鎌倉時代を扱っているが、これも時代としては半分以上が平安時代に属する。
 第五章「茶の湯と天下人―中世唐物趣味の変遷」でやっと室町時代から戦国時代。第六章「庶民が夢みる舶来品へ―南蛮物・阿蘭陀物への広がり」が江戸時代。
 だから登場する舶来品は、大半が「唐物」の名にいかにもふさわしい、早い話が、正倉院に収められているような品々である。実を言うと、そういうものより、戦国時代からのヨーロッパ産品の受容について知りたかったのだが、そのへんの記述は意外と少ない。著者の専門を考えると仕方のないところだが。
 もっとも、江戸時代にヨーロッパからの輸入品を扱っていた商店も、「唐物屋」と称していた。「唐物」=「外国製品」だったのだ。よくある話である。
 本書にちょっとだけ出てくるヨーロッパ文化の中で一番興味深かったのが、その「唐物屋」のひとつを描いた絵。第六章に出てくる、18世紀末に出版された『摂津名所図会』の挿絵である。摂津だから大坂の唐物屋なのだが、そこに付されたコメントにローマ字が使われている。ローマ字にカタカナで読みがふってあって、和歌風のこんな文章。
 Japan ni mo tin pn cwan no mi se Ali te Kaite wofiki da Mo cu Zen no kala
 ワコクニモ チンプンカンノ ミセアリテ カイテヲヒキダ モクゼンノカラ

 綴りもわかち書きも(それに文章自体も)ところどころ変だが、一応、ちゃんとそう読める。「ワコク」に対応するローマ字を「Japan」としているのは秀逸。江戸の絵師あなどり難し。

 本書で一貫して語られているのは、古代以来、日本人が外国の品をいかにありがたがって、珍重してきたかということ。もちろんそれは威信や富の象徴として使われることが多かったのだが、人々がそれを好んでなければ、象徴としての意味もなさなかっただろう。
 いつの時代も日本人はとにかく外国ものが好きだった。江戸時代に製作された祇園祭の山鉾に、ペルシャ絨毯やヨーロッパ製のゴブラン織など、「唐物」がふんだんに使われているのもよく知られているところ。上のローマ字の件といい、日本人が外国ものを好きすぎるというのは、伝統文化の一部としか思えない。

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