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2014年12月 5日 (金)

「ことば」の課外授業

「ことば」の課外授業 "ハダシの学者"の言語学一週間/西江雅之(洋泉社・新書Y,2003)
 著者は言語学者というだけではなく文化人類学者としても知られていて、アフリカ諸語やピジン・クレオール語研究の先駆者なのだとか。本書には"ハダシの学者"とあるが、他の本では、"歩く文化人類学者"、"歩く文化人類学者"とも名乗っている。いずれにしても、足で勝負する学者なのだ。

 本書は、気楽に読める言語学――というか、「ことば」の基本を語る本。実際に大学で「ことばに関してもっと広い視野からの話を聞いてみたい」という希望者が集まって放課後にした話をまとめたものだそうで、本当の「課外授業」だったわけである。
 著者は上にも書いたようにマイナー言語、周縁言語の専門家なのだが、本書には変な言語の話どころか、具体的な言語の個別の話題はほとんど出てこない。だから外国語が大好きな言語オタクにとっては、本書は物足りないかもしれない。(そういう人は黒田龍之介の本を読めばいい。)
 内容はサブタイトルに「一週間」とあるとおり、全7講。各講のタイトルが、巧みに読者の興味を引くようにつけられている。

 第1講は「新宿語が四言語にカウントされる理由―世界言語事情(1)」。異なった言語とは何か、世界の言語の数を特定することが不可能な理由について。タイトルは、「シンジュク語」というものがあったとして、綴りの違いによって4言語とみなされることもある、という話。
 第2講「得体が知れないバイリンガリズム―世界言語事情(2)」は、第1講に出てきた「母語だけで生活できる国は少ない」という話題の続きから、「バイリンガルとは何か」を考える。
 第3講「現状までの意味、現状からの意味―置き換え・翻訳・尻拭い」は、言語学にとっての難題である言葉の「意味」について。「意味」とは何か、その意味を考察する。
 第4講「ことばがわかる犬はこの世に存在しない―伝え合いの七つの要素」は、本書の中でも本質的なテーマ、「ことば」と「コミュニケーション」の違いについて。ここで言う「ことば」と「言語」とは違う。その違いについても説明。
 第5講「ロシア語でさえずるか、日本語でさえずるか―言語の七つの性質」は、世界のいかなる言語も例外なく持っている七つの性質について。
 第6講「幼稚園の子にできて大学生にできなかった試験問題―分ける・深入り・リアリティ」は、言語というより認識の問題について述べる。単語を手掛かりに、それぞれの言語によって、世界がどのように分類されているか。サブタイトルについては、正確に言うとそういう実例は出てこないので、「釣り」に近いが。
 第7講「これからの外国語とのつきあい方―グローバリゼーションと言語」は、「使える単語」と「知っているつもりの単語」の差の話から始まり、英語が席巻する世界の中で今後の外国語や日本語とどうつきあっていくかという身近な話題。
 まとめにふさわしい内容だが、ただ、「どんな言語でも、ほかの言語に比べてやさしいということはありません」(p.202)という一文には、個人的には疑問がある。やっぱり言語に易しい・難しいというのはあるんじゃないだろうか。この著者にとっては、どんな言語も易しいのかもしれないが。

 「言語学入門」と銘打ちながら、その内容は世界の言語の紹介だったり、言語理論の解説だったりする本がある中で、本書はあくまで「言語とは、ことばとは何か」というテーマをつきつめている。当然、言語やコミュニケーションそのものの本質に関する抽象的な話題が多いのだが、それでいて初心者にも読みやすいのだから、たいしたものである。
 これまで「ことば」について深く考えてこなかった人はもちろん、言語オタクにとっても、基礎教養として読んでおいて損はないだろう。なお、本書に加筆の上で、白水社から『新「ことば」の課外授業』(2012)が出ている。

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