« ナツメグの味 | トップページ | ふたり、幸村 »

2016年5月27日 (金)

4月に読んだ本から

数字の国のミステリー/マーカス・デュ・ソートイ;冨永星訳(新潮文庫,2016)
 2年くらい前に紹介した『素数の音楽』(2014年4月27日のエントリー)の著者による数学エッセイ。
 数学の分野には100万ドルの懸賞金がかかる数学の未解決問題、いわゆる「ミレニアム懸賞問題」がある。全部で七つあるが(うち一つは解決済)、本書はそのうちの五つを題材に取り上げて、5章にわけて解説している。
 もっとも、高度な数学問題をそのまま一般読者にもわかるように解説すると、『素数の音楽』みたいにまるまる1冊の本が必要になりかねない。本書は問題そのものの解説は最小限にとどめ、その背景となる数学の考え方を、身近な題材を挙げてわかりやすく説明する形をとっている。
 第1章「果てしない素数の奇妙な出来事」は、『素数の音楽』の中心テーマでもあったリーマン予想に関するもの。ただし、上にも書いたように、リーマン予想そのものの解説は2ページくらいしかない。素数とは何か、それがなぜ重要なのか、素数の性質の何が謎なのか、といった話題を、ベッカムの背番号、蝉の寿命、クラシック音楽など、身近で意外な例をあげながら説明している。
 第2章「とらえどころのない形の物語」では、アルキメデスの多面体に始まるものの形の話が。フラクタル、四次元立方体、そして宇宙の形と、どんどんふくらんでいく。この章に関する100万ドル問題は、ポアンカレ予想。ただし、この問題はすでに解かれていて、本文にもそのことが書いてある。この問題そのものの中身について、詳しいことがほとんどわからないのは第1章と同じ。
 第3章「連勝の秘訣」は、確率の問題から始まり、カジノ必勝法を数学的に考察する。さらには、サイコロの形、「チョコレート・ルーレット」の必勝法、魔方陣、数独にマインスイーパーと、ゲームとパズルの話にあふれている。100万ドル問題はNP完全問題。結局どういうことなのかよくわからない。
 第4章「解けない暗号事件」は、ほぼ1章すべてを、暗号の歴史と、公開鍵暗号の仕組みの解説にあてている。最後になって最新の暗号である楕円曲線暗号の話題が出てくるが、この章の100万ドル問題は、その楕円曲線に関するバーチ・スウィンナートン=ダイアー予想。「楕円曲線に無数の分岐点があるかどうかを判別する手段の有無を問うている」のだそうだが、やはりよくわからない。
 第5章「未来を予測するために」は、日食、サッカーボールの軌跡、振り子の動き、三体問題、バタフライ・エフェクト、レミングの繁殖数と、一見何の関係があるのだかよくわからない話題が続く。しかし、すべては「カオス」につながっているのだった。100万ドル問題は、ナヴィエ-ストークス方程式。「未来を予言する鍵」だそうである。方程式そのものが掲載されているが、見ただけで頭がくらくらしてくる。

 というわけで、身近な問題から高度の数学まで、話題を巧みに操りながら読者を誘導していく手腕は見事であり、理解できないながらもつい読んでしまう。結局のところ、それぞれの問題そのものについては、何もわかってはいないのだが。そういう高度な数学上の問題が、何に関連するものなのか、素人にもおぼろげながらもわかった気にさせてくれるだけでも、大したものである。

Numbermysteries

外国語を学ぶための言語学の考え方/黒田龍之助(中公新書,2016)
 この人の著作は今までに本ブログで3冊ほど紹介しているが、いずれも外国語の知識や学習に関する本だった。著者の興味の対象はあくまで外国語であって、言語学ではない。
 そのへんのことは、外国語学習を料理に例えた「はじめに」ではっきり書いてある。食材が語彙(個々のことばそのもの)で、文法が調理法。そして言語学はスパイスにあたるという。「言語学は学問分野の一つであり、外国語学習のために存在するのではない。だがそのなかには、ことばを学ぶためのヒントがいろいろ含まれている」というあたりが、著者にとっての言語学の位置づけを端的に表現している。
 だから大学でもそのつもりで言語学を教えていたのだが、著者の意図に反して、外国の文学や歴史ではなく、言語学そのものに興味を持つ学生が多い。「乳鉢の中で薬品を捏ねるような言語学は求めていない」著者が、改めて「外国語学習のための言語学」について書いたのが、本書というわけ。
 ただし、外国語学習とは「根本的に相容れない」理論言語学と、調味料で言えば塩にあたるくらい基本的だが深入りしすぎると危険なので控えめな方がいい音声学は取り扱わないとのこと。
 理論言語学は、それなりに面白いところもあるのだが、著者が「根本的に相容れない」と断絶宣言をしているのだから仕方がない。そういう方面の本はいくらでも出ているので、興味のある人はそれを読んでくださいということだろう(新書なら、ちょっと古い本だけど、講談社現代新書の『20世紀言語学入門』とか)。

 内容は、序章、終章あわせて8章構成。言語学の大系ではなく、トピックごとにまとめているのが、いかにも著者らしい。
 序章「言語学が隠し味である理由」では、序文に書いているような趣旨を、言語学とは何かという基本から始めて、改めて詳しく述べている。
 第1章「用語に気を遣う-繊細な言語学」は、言語学用語の基本。「国語」と「母語」の違い。「単語」と「語」の違い、「比較」、「語族」など言語学特有の用法を説明している。
 第2章「間違えるのが怖い-不安な言語学」は、外国語学習者の不安のタネ、発音と文法について。コミュニケーションの対象以外の第三者の評価など気にする必要はないと学習者を安心させる。
 第3章「空気を読む-柔軟な言語学」では、前章とはうらはらに、言葉は単なるコミュニケーションの道具ではないことを説く。婉曲表現、比喩、言外の「空気を読む」ことの重要さなど、豊富な実例を読んでいるだけで面白い。
 第4章「品詞もいろいろ-多様な言語学」は、やっと、いかにも言語学らしい話題となる、文法の話。男性名詞と女性名詞、単数と複数、格、言語によって違う品詞の分類、など。
 第5章「大切なのは過去-遡る言語学」は、ことばの変化から、時制の話、そして古典語の話へ。過去を知ることの重要性を説く。
 第6章「迫られる二者択一-張り合う言語学」では、「わたしは言語における二項対立について懐疑的である」と言いながらも、文法を中心に二項対立の考え方とその有効性を紹介。後半は同音異義語の話。同音異義語の類にもいろいろ種類がある(同字同音、異字同音、同字異音)というのが興味深いが、言語学とはちょっとずれてるような。
 終章「浪漫主義言語学への招待」では、著者が言語学に求めているものを改めて語り、それを「ロマン主義」と呼ぶ。正確さや妥当性ではなく、楽しみや喜びを求める、それが著者にとっての学問らしい。いや、最後のページに「浪漫主義言語学は研究が目的ではない」と書いているので、学問でもないかもしれない。なんだろう。まあ、楽しければ何でもいいじゃないかということか。

|

« ナツメグの味 | トップページ | ふたり、幸村 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ナツメグの味 | トップページ | ふたり、幸村 »