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2020年8月30日 (日)

ぐるぐる博物館

ぐるぐる博物館/三浦しをん(実業之日本社,2017)
 三浦しをんが実は無類の博物館好きだったことがわかる本。
 全国の特色ある博物館を著者と編集者が「ぐるぐる旅した」ルポで、2014年から2015年にかけて『紡』と『月刊ジェイ・ノベル』に連載された記事をまとめたもの。
 登場する博物館は全部で10館。国立科学博物館以外は、明確で個性的なテーマを持った、しかし規模の比較的小さい博物館ばかり。

 第1館「茅野市尖石縄文考古館 私たちはつながっている」は、縄文土器が中心の考古学博物館。
 第2館「国立科学博物館 親玉は静かに熱い!」。言わずと知れた、日本の科学博物館の親玉。著者は主に動物と人類学のコーナーを見学。
 第3館「龍谷ミュージアム 興奮!の仏教世界」は、京都にある仏教をテーマにした博物館。ハイライトはベゼクリク石窟壁画の復元。
 第4館「奇石博物館 おそるべし!石に魅せられた人々の情熱」は、富士宮市にある奇石の宝庫。
 第5館「大牟田市石炭産業科学館 町ぜんぶが三池炭鉱のテーマパーク」は、展示よりも炭坑そのものの見学がメイン。
 第6館「雲仙岳災害記念館 災害に備えつつ穏やかに暮らすということ」。大牟田かr有明海を渡って島原市へ。「大噴火シアター」がメインの体験型施設。
 第7館「石ノ森萬画館 冒険と希望の館で失神するの巻」は、石巻市にあるマンガ博物館で、東日本大震災からの復興で有名になった。だから震災関係の話も多いのだが、何より著者の石ノ森マンガへの思い入れが半端じゃない。
 第8館「風俗資料館 求めよ、さらば与えられん」。東京にある、博物館というよりSM・フェティシズム文献を集めた図書館みたいな施設。
 第9館「めがねミュージアム ハイテク&職人技の総本山」。めがねと言えば当然鯖江市。めがねの自作ができる体験型博物館。
 第10館「ボタンの博物館 美と遊びを追求せずにはいられない」大阪・天王寺区にある企業内博物館(その後東京に移転したとのこと)。最後はいかにも女性好みの博物館で、そして微妙に地味なのだった。ある意味本書を象徴するような博物館。

Guruguruhakubutsukan

 

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2020年8月26日 (水)

漢字の魔力

漢字の魔力 漢字の国のアリス/佐々木睦(講談社選書メチエ,2012)
 漢字についての本は今までずいぶん読んできたし、本ブログでも何冊かは紹介した。
 例えば、『日本の漢字』笹原宏之(2007年4月13日)、『漢字三昧』阿辻哲次(2008年8月18日)、『漢字と図形』渡辺茂(2015年2月21日)、『漢字の字形』落合淳思(2019年9月23日)など。なぜか「漢字の本」が好きで、ついつい読んでしまうのである。
 本書を読んだのは数年前だが、それ以前やそれ以前に読んだあまたの「漢字の本」と比べても、そのユニークさは類を見ない。
 何しろ、書き出しからしてこんな感じ。

 今晩は中秋の名月。アリスちゃんはお姉さんのそばに座り、月餅をほおばりながら時折お姉さんの読んでる本をのぞきこんでいましたが、それにもだんだん飽きてきました。だってその本は絵ばっかりだったんですもの。
「漢字の書いてない本なんて何の役に立つのかしら?」

 ――という、漢字が大好きという変な少女アリスを狂言回しとして、漢字の国を旅していくという趣向なのである。
 もっとも、アリスが登場するのは各章の最初の4ページくらいで、本文は普通に書かれている。いくら何でも最初から最後までこんな調子では書けなかったらしい。
 とはいえ、本文もテーマとしてはユニークなものばかり。この本で紹介されているのは、日本の漢字ではなく、中国の奇想天外な漢字の世界なのだ。
 内容は9章構成。

 上の文章が出てくるプロローグに続いて、第一章「辞書にない漢字」は、中国の合体文字や転倒文字など、辞書にない漢字の数々。
 第二章「文字の呪力」は、漢字の発音を使ったことば遊びの世界。もちろん中国語での発音である。
 第三章「名前の秘密」は、人名と漢字の呪力について。君主や親の名前を徹底的に避ける「忌諱」の話も出てくる。
 第四章「漢字が語る未来」は、漢字の将来についてのマジメな話――ではなくて、漢字占いの世界。
 第五章「怪物のいない世界地図」は、地名と漢字の話。特に外国地名の漢字化について。すべての固有名詞を漢字化する中国ならではの話題。
 第六章「漢字の博物学」は、動物名と漢字の関係を語る。クジラが魚ヘン、虹が虫ヘンになっているわけなど。
 第七章「絵のような漢字と漢字のような絵」は、漢字で描く「絵」。漢字を変形させて絵にしてしまうわけである。
 第八章「浮遊する文字――漢字のトポグラフィー」は、今までの話題とは一転して、近代中国と漢字の社会史みたいなもの。漢字そのものからはちょっとはずれるが、テーマとしては一番面白い気がする。
 第九章「漢字が創る宇宙」は、中国の漢字まみれの宇宙を自在に語る。則天武后と新漢字の話など。日本の話も最後に出てくる。

Kanjinomaryoku

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2020年8月22日 (土)

フォークの歯はなぜ四本になったか

フォークの歯はなぜ四本になったか 実用品の進化論/ヘンリー・ペトロスキー;忠平美幸訳(平凡社ライブラリー,2010)
 原題は、The Evolution of Useful Things (1992)。つまりサブタイトルの方が本来の書名。
 読む前は、技術の進化を扱った理工系の本かと思っていたのだが、実際には文化史に近い内容だった。
 身近な日用品がどのように進化してきたかを、豊富な資料に基づいて追跡するのが主な内容。そこから明らかになるのは、既存の製品への不満や批判が、新たな発明の原動力になってきたということ。時には行きすぎて、むやみにバリエーションが増えたり、不要なものが生まれたりする。
 試行錯誤、あるいは迷走とも見える数々の事例から著者が主張するのは、「必要は発明の母」ではなく、「贅沢」や「失敗」が発明の母ということ。あるいは、章題の一つを借りると、「形は失敗にしたがう」。

 著者が取り上げる事例の最初は、食器の進化。フォークやナイフやスプーンがどのように発展し、多様化してきたかを追っていく。「食べ物は不可欠だが、フォークを使って食べる必要はない。必要ではなく、贅沢こそが発明の母なのである」。
 当初は二本だったフォークの歯が、四本になるまでの変遷の歴史は、まだ必然性を感じさせる。だが、後の方で語られる食器の多様化の歴史は、もはや迷走ではないかと思われる。図版とともに紹介されるのは、サーディンフォーク、ゼリーナイフ、トマトフォーク、チーズナイフ、オイスターフォーク、フルーツフォーク、フルーツナイフ…。
 また、ペーパークリップの開発の話では、針金を曲げて作るだけの単純な製品に、いかに多くの試行錯誤がなされてきたかが語られる。
 さらに登場するのは、ファスナー、工具、缶切り、飲料缶のプルタブ、手押し車等々。
 それら日用品の進化の歴史を見ていると、あらゆる製品に改良の余地は常にあるということがわかってくる。食器の例みたいに、改良が行きすぎて種類がとめどなく増えてしまうこともあるが…。
 結局のところ、本書が教えてくれるのは、現在存在する日用品たちはすべて、ある意味欠陥品なのだということ。どんなに完璧に見えても、いつの日か、発明家がよりよい製品を生み出して、今までの製品に含まれていた欠陥を明らかにするという意味で。

Evolutionofusefulthings

 

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2020年8月19日 (水)

カレル・チャペック

カレル・チャペック 小さな国の大きな作家/飯島周(平凡社新書,2015)
 本ブログでは過去に一度だけカレル・チャペックの本を取り上げたことがある(2016年7月23日のエントリー『絶対製造工場』)。他に例を見ない独創的なSFの作者で、「ロボット」という言葉の創造者――まさに本書のサブタイトルどおり「小さな国の大きな作家」というにふさわしいだろう。
 本書はそのチャペックの評伝(余談だが、平凡社はチャペックの著作を何冊も出していて、日本で一番チャペック推しの出版社と言える)。チャペックの生涯とその人間像、文筆から政治問題、趣味までの多才な活動をさまざまな角度から語っていて、その全体像を知ることができる。
 とはいえ、『ロボット』や『山椒魚戦争』などの有名作品の内容そのものについてはあまり触れておらず、作品論を期待するとあてがはずれる。ただ、日本であまり知られてない作品については、そのあらすじをかなり詳しく紹介しているが。

 内容は4章構成。
 第1章「世に出るまで」は、チェコ北部の田舎での少年時代から、大学を出て文筆家の道を歩み始めるまでの前半生。
 第2章「ジャーナリスト、作家として」は、本書で一番長く100ページ以上。ジャーナリスト、作家、評論家としての活動と、その死までを語る。
 若くして新生チェコスロヴァキアきっての流行作家として活躍、マサリク大統領の若い友人として、対談を本にしたり、伝記を書いたりするなど、政治とも深くかかわってきたチャペックだが、最後は悲劇的だった。
 ナチスドイツの台頭に警鐘を鳴らし続けたのも虚しく、チェコスロヴァキアがドイツに併合される直前の1938年に48歳の若さで病死する。兄のヨゼフは、カレルの死にあたって、「あのカレルは、ずっと幸せな人生を送ったんだ。死ぬのさえちょうどいいときだった。これ以上生きてたって、もう何もいいことなんかなかったさ」と言ったそうだ。
 チャペックの伝記としては、一応ここで終わりということになる。残る2章は、チャペックの周辺について別な角度から語るもの。
 第3章「趣味に生きる」は、趣味の世界からチャペックの人間像を浮かび上がらせる。犬と猫、園芸、詩、チャペックと日本の関わりなど。日本はともかく、他の分野はそれぞれに本を書いているほどだから、趣味というレベルを超えている。
 第4章「カレルの周辺の人たち」は、チャペックと交友のあった人々や家族、親族について。トーマス・マンとも交流があったそうだ。

 カレル・チャペックの作品は何冊か読んだが、その生涯については、意外なほどに若死にしていたことを含め、あまりにも何も知らなかったことに気づかされる本だった。チャペックが病死せず、ナチスの手も逃れて、どこかで長生きして活躍していれば、「世界の大きな作家」になっていたかもしれない。

 

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2020年8月14日 (金)

プロ野球・二軍の謎

プロ野球・二軍の謎/田口壮(幻冬舎新書,2017)
 現役のプロ野球二軍監督(当時)による、「二軍への招待」みたいな本。
 この本が出た時、著者はオリックスの二軍監督就任二年目。長年プロ野球選手、引退後は解説者として仕事をしてきて、組織の中で仕事するのはこれが初めての経験だったとのこと。新しい発見に満ちた世界に生きている充実感が伝わってくる。(なお、著者は今は一軍のコーチをやっている。)
 文章は特に表現力に優れているということもないが、要所を押さえて言いたいことを伝えている。強調したいところはゴシック体。ビジネス書に近い印象。つまりは、ビジネス書並みに普通に読める文章だということでもある。

 内容は5章構成。
 第1章「プロ野球の二軍は何をしているのか?」は、プロ野球二軍についての基礎的情報。一軍と二軍との違い、年間スケジュールや一日のスケジュール、降格・昇格事情などを、実際のエピソードをまじえて説明。
 第2章「日本の二軍とアメリカのマイナー」は、アメリカでの経験が長い著者ならではの章。厳しい格差社会であるアメリカ・マイナーリーグの世界、マイナーとメジャーとの関係、マイナー生活の生々しい実情などを語っている。
 第3章「二軍の試合が100倍面白くなる!?観戦ガイド」は、観戦のための二軍各チームと試合のガイド。ウェスタンリーグ各チームの特徴、一軍の試合との違いなど。
 第4章「新人監督のマンスリー・ダイアリー」は、日経新聞ウェブ版の連載コラムをまとめたもの。2016年1月から12月まで、現場から生まれた野球論、チーム論、選手談義、体験談の数々。この章が一番長い。
 第5章「二軍監督という仕事」。二軍監督就任の経緯や一年目の反省などを語る、一応まとめの章。現場に身を置く者の生の声ではあるが、ちょっとまとまりがない気もする。
 ――というような内容で、二軍の話はなかなか表に出てこないだけに、現場での体験談は値打ちがあるだろう。ただし、タイトルにある「謎」なんてものは何もない。

 

 

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2020年8月10日 (月)

宇宙飛行士オモン・ラー

宇宙飛行士オモン・ラー/ヴィクトル・ペレーヴィン;尾山慎二訳(群像社ライブラリー,2010)
 1992年に出版されたロシアの小説。ソ連時代の架空の宇宙飛行計画を中心とした小説だが、SFというより不条理小説に近い。
 父親から変わった名前をつけられたオモン・クリマヴァーゾフは、少年時代から宇宙飛行にあこがれ、高校を出ると親友のミチョークとともに宇宙飛行士になるために航空学校の試験を受ける。
 ザライスクという町の試験会場で、オモンは一人の老人に話しかけられ、「宇宙に行くってのは並大抵じゃないぞ。お国に命まで求められるかもしれん」と言われる。「やるべきことをやるだけです」とオモンは答えるが、これが文字どおりの意味だということが、後でわかるのである。
 そしてオモンとミチョークが試験に合格して宇宙飛行士訓練生になった途端に、悪夢が始まる。訓練生たちはまず足を切られる。意味のわからない講義と訓練が続く。やがてソ連の宇宙飛行の真実がわかってくる。
 ソ連のロケットは人間の犠牲の上になりたっていたのだった。ロケットの切り離しは各段ごとに人間が操作していて、もちろんその人間は直後に死ぬのである。
 オモンは「無人月探査機」ルノホートに乗り込んでそれを操作する役を割り当てられる。自転車みたいにペダルをこいでルノホートを動かすのだ。地球に帰る手段はないから、最後に空気も食糧も尽きたら自殺するしかない。ひどすぎる話である。
 親友のミチョークは、そんな殺人ロケットにすら乗せてもらえず、「前世試験」というわけのわからない試験で危険分子と見なされて射殺されてしまう。
 オモンは何人もの仲間の死の果てに月の裏側に着陸、何十日もルノホートのペダルをこぎ続けて目的地に到着し、無線標識を設置する。これで後は死ぬだけなのだが、自殺用の銃は不発。そしてオモンは月面のはずの周囲の様子がおかしいことに気づく。
 結局、ソ連宇宙計画のとんでもないインチキがオモンの前で明らかになる。秘密を知ったオモンを殺そうとする政府の手先たち。追われるオモンが最後に行き着く先は…。
 地獄のような宇宙計画の果てに待ち構える大ドンデン返し。だが実のところ、前半の描写と後半の展開が矛盾するところも多く、そもそも最初の試験のところからすべてがオモンの妄想だったとも解釈できる。

 それにしても、ソ連崩壊の直後に、ソ連政府と共産党の信じがたい非人間性と冷酷さ、教条主義、形式主義をパロディ的に暴き出し嘲弄する、こんな作品が出ていたとは。

Omonra

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2020年8月 6日 (木)

変と乱の日本史

変と乱の日本史 歴史を変えた18の政変とクーデター/河合敦(光文社知恵の森文庫,2017)
 本屋へ行くと、新書コーナーに『乱と変の日本史』 (祥伝社新書)という、本書と非常にまぎらわしいタイトルの本が並んでいる。2019年の出版で、著者は本郷和人。何を思ってこんな間違いやすいタイトルをつけたのだろう。
 ただ、後から出た新書の方はもっぱら中世を扱っているのに対し、本書は古代から近代まで範囲が広い。まさに日本史全般。そして、サブタイトルのとおり、「政変・クーデター」、もしくは暗殺事件に対象を限っていて、新書の方には入っている承久の乱や応仁の乱のような、大規模な戦乱は含まれてない。事件がきっかけになって戦乱が起きたというケースはあるが。
 タイトルは似ていても、内容はけっこう違っているのである。それにしてもややこしい。
 本書は全18章で、時代順に18の事件を取り上げている。

 まず飛鳥時代から、蘇我入鹿が暗殺された「乙巳の変」。
 奈良時代は、「長屋王の変」と「藤原種継暗殺事件」。
 平安時代は、「薬子の変」、「長徳の変」、「鹿ヶ谷の陰謀」。
 鎌倉時代は、「摂家将軍・宮将軍」だが、これは実際にはいくつかの政変をひとつにまとめている。
 室町時代は、将軍足利義教が暗殺された「嘉吉の変」。
 戦国・安土桃山時代は、「本能寺の変」と「豊臣秀次謀反事件」。
 江戸時代は、由井正雪の乱とも言われる「慶安の変」と、幕末の「八月十八日の政変」。
 明治時代は、「廃藩置県」と、政府から西郷隆盛を追い出した「明治六年の政変」、大隈重信を追い出した「明治十四年の政変」。
 大正時代は、民衆運動で桂内閣が倒れた「大正政変」。
 そして昭和時代は、「五・一五事件」と「二・二六事件」。

 なんだか歴史の闇を感じさせる陰惨な事件が多い。こういう闇の深い事件が歴史を大きく動かしてきたという著者の主張はわかるのだが、「歴史のロマン」なんて言葉がむなしくなる。夢も希望もない。一面では、こういうものこそが歴史の醍醐味だったりするが。

Hentorannonihonshi

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2020年8月 2日 (日)

ウッドハウスとソーン・スミス

マリナー氏ご紹介/P・G・ウッドハウス|トッパー氏の冒険/ソーン・スミス;井上一夫訳(筑摩書房・世界ユーモア文庫,1978)
 <世界ユーモア文庫>は、文庫という名前だがいわゆる「文庫」ではなく、「世界ユーモア文学全集」と呼んだ方が似合う単行本の双書。奥付には「新装版」とあるが、初版がいつなのかよくわからない。
 調べてみると、1961年から62年にかけて、<世界ユーモア文学全集>という全集が出ていて、その新装版ということらしい。
 しかし、旧版<世界ユーモア文学全集>では、「マリナー氏ご紹介」は、エイメの「マルタン君物語」と、「トッパー氏の冒険」は、ハインリヒ・ベルの「ムルケ博士の沈黙集」と組み合わされてそれぞれ一冊になっている。新装版にあたって内容をシャッフルしたらしい。

 それはともかく、今や日本でも人気のウッドハウスは、こういう全集には欠かせない作家だろう。本書に収録されているのは、<ジーヴス>ではなく、ちょっとマイナーな<マリナー氏>のシリーズ。「ウィリアムの話」、「厳格主義者の肖像」など短篇7編を収録。(2007年に『マリナー氏の冒険譚』として本シリーズの新しい訳が出ているが、内容はほとんど重なってないようだ。)
 このシリーズは、「釣魚亭」という酒場でマリナー氏という紳士が、自分の従兄弟たちの奇妙な(主として男女関係に関する)冒険を語るというもの。この人にはやたらと多くの従兄弟(もしくはまた従兄弟)がいるらしい。彼らは多くの場合、奇策を用いて意中の女性と結婚することに成功するのだが、逆に結婚を迫る女性から逃げ出す話もある。一番面白かったのは、「名探偵マリナー」。意味ありげな笑顔だけで、財産と伴侶を手に入れた男の話。

 一方、ソーン・スミスは、ウッドハウスと違って今ではまったく忘れられている作家。しかしさすがにウィキの英語版には「Thorne Smith」の項目がある。本書に収録されている長編「トッパー氏の冒険」はソーン・スミスの代表作で、映画、ラジオ、テレビでメディア化されたという。
 主人公はコスモ・トッパーという冴えない中年サラリーマン。カービーという若い夫婦が死亡事故を起こした中古車が売りに出されていたのを、何をとち狂ったのかひと目で気に入ってしまい、購入する。
 ところがその車が事故現場を通りかかったところで、そこらをさまよっていたカービー夫婦の幽霊が乗り込んできて、好き放題を始める。後半ではさらに男と女の幽霊が二人合流してくる。トッパーは主に夫婦幽霊の妻の方のマリオン・カービーの奔放な行動に振り回されっぱなしになるが、口うるさい妻から逃れて幽霊たちと放浪するうち、次第に自由の味に目覚めていく――みたいな話。
 この作品の幽霊は姿を消したり現したりできるし、物理的な力を行使したり、ものを食べたりもできるという、ほとんど万能の存在。ただ、地上で活動できる時間には限りがあって、最後はお別れパーティーを開いてみんな消えていく。
 ふざけた話だが、最後の方はわりと情感が漂う。「風と星のあいだのどこかに、マリオンがただよっているのだ」とか――。
 ウッドハウスのドライな笑いより、こっちの方が日本人好みの話かもしれない。忘れられているのがちょっともったいない作家。

Mullinertopper

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