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2020年9月27日 (日)

ロイスと歌うパン種

ロイスと歌うパン種/ロビン・スローン;島村浩子訳(東京創元社,2019)
 こういうパターンのタイトルが最近多いような気がするが、原題は単に『サワードウ』(Sourdough)。酸味のあるパン生地。邦題はそのままでよかったような気がする。
 まあタイトルはともかく、話の内容そのものはなかなかユニーク。ハイテクとグルメと、微妙なファンタジー要素がミックスされた小説。

 サンフランシスコのロボットアーム製作会社で働くプログラマーのロイス・クラーリーは激務に疲れ果てていた。ある時近所にできたサワードウとスープの店に出前を頼み、届けられたパンとスパイシースープのとりこになる。作っているのはマズグという謎の民族の兄弟二人。
 ところがまもなくマズグの二人はアメリカを出ることになり(マズグというのは放浪の民族らしい)、秘蔵のサワードウ・スターター(パン種)をロイスに託していく。
 スターターはマズグの歌を聞かせないとうまく育たない。夜中に歌うような音をたてたりする。そして焼き上がるのは、表面に顔の浮かび上がる奇妙だが美味なパン。怪奇現象の一歩手前のようなスターターなのだった。
 そんな変なスターターを使ってのパン作りに上達してきたロイスは、職場に自家製パンを持ち込み、好評を得る。そして社内食堂のシェフの勧めで、マーケットの審査を受けることに。
 メインの審査には落ちたものの、ロイスはアラメダ島にあるマロウ・フェアという新しいマーケットの出品者としてスカウトされる。
 ここまでが約半分。後半はこのマロウ・フェアが主な舞台になり、話は会社小説からグルメ小説(?)に変わっていく。
 マロウ・フェアは元核ミサイルの貯蔵庫だった地下施設を流用したマーケット。チェルノブイリの蜂蜜とか、コオロギ・クッキーとか、女性科学者ドクター・ミトラが作るレンバスという完全食(をめざして試作中の食物)とか、個性的な出店が揃っている。
 その中に混じってパンを焼き、オープンに向けて準備するロイス。彼女自身がプログラミングしたロボットアームを助手にして、パンこねや卵割りをさせる。会社も辞め、パン職人として生きる道を選ぶロイスなのだった。
 ――というように、ここまで事件らしい事件もなく、それでいてテンポよく進んできた物語だが、ラスト近くになってついに事件が起きる。
 マロウ・フェアの正式オープン前夜、マズグのスターターを勝手に使ってドクター・ミトラがバイオリアクターで培養実験をする。そしてスターターが暴走してまさかのバイオハザード(?)。
 地下のマーケットは増殖するパン生地で埋め尽くされ、地上には巨大なパンの山が出現する。まあ、所詮はパンなので食べることができるのだが。
 そんな騒動の後、ロイスはマズグのスターターに別れを告げ、例の兄弟が住んでいるベルリンへ旅立つことになる。今度は自分で育てたスターターを持って。ロイスのパン職人としての独り立ちなのだった。

 ちょっと不思議なパン作り物語だった。そこはかとないユーモアと、どこか不穏な雰囲気が独特。

Saurdough

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2020年9月23日 (水)

みんな酒場で大きくなった

みんな酒場で大きくなった 居酒屋対談集/太田和彦(京阪神エルマガジン社,2013)
 居酒屋評論家、というか酒飲みライター太田和彦が4人のゲストを迎えて、居酒屋で飲みながらの対談――が一応メインの本。
 だが、それ以外のコンテンツが山盛り。写真にもカラー・白黒でたっぷりページをとり、マンガまで載っている。雑誌みたいな構成の本である。
 表紙をめくると、まず<スペシャルグラビア>と銘打つカラー写真ページ。著者の書斎、酒器コレクション、創作ノート。
 続いて尾瀬あきらのマンガ「オオタのぶらり失恋酒」。この二人は知り合い、というか飲み仲間だったのか。
 それから本書のメインコンテンツ、対談「今夜はこの人と…」。ただし前半「その一」、「その二」まで。
「その一」は角野卓造と下北沢「両花」で、「その二」は川上弘美と下高井戸「酒魚 まきたや」で。
 その後、紙の色が変わって(凝ってる)、「オオタの酒話[へや]」というコーナー。内容はやはりゲストとの対談が中心なので、メインコンテンツとあまり変わらないが。
 ゲスト1、大沢在昌、「居酒屋案内人と飲みに行く」。場所は新宿の「とど…」。
 コラム「酒人を偲ぶ」は、本書中唯一のエッセイ。孤高の切り絵作家、成田一徹について。その後に、成田一徹本人との対談「夜の銀座。酒飲みのユートピア」。場所はどこなのか書いてない。
 そこからまた対談「今夜はこの人と…」に戻る。
「その三」は東海林さだお、場所は荻窪「有いち」。
「その四」は椎名誠で、場所は新宿の「池林房」。この時は椎名誠の主義とのことで、ビールだけで何も食べてない。もったいない。太田和彦が「あやしい探検隊」のドレイだったという前歴も、この対談で初めて知った。(改めて『わしらはあやしい探検隊』を見て、太田の名前があることを確認。)
 最後はまたカラーページ、「太田和彦、全仕事を語る!」。文字通り、太田和彦のすべての著作を、本人の言葉とカラー写真で紹介。
 さらに奥付の後に付録として、かつて著者が出していた手書きミニコミ「季刊居酒屋研究」を8号分(8ページ)収録。
 というようなバラエティに富んだ、なかなか贅沢な本だった。ただし著者を知らない人には何の値打ちもないだろう。
(なお、本書は河出文庫で再刊されているが、そちらは見てないので、カラーページとかどの程度再現されているかはわからない。)

Minnasakabadeookikunatta

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2020年9月19日 (土)

ビザンツ帝国

ビザンツ帝国 千年の興亡と皇帝たち/中谷功治(中公新書,2020)
 ビザンツ帝国の歴史は、波乱に富んでいてややこしいけど面白い。室町時代の面白さに似ているかもしれない。ただ、一般人にとって、相当マイナーな部類に属する歴史のテーマであることは間違いないだろう。
 にもかかわらず、日本では一般向けのビザンツ帝国関連本がけっこう出ている。新書だけでも何冊もあって、白水社の『ビザンツ皇妃列伝』については本ブログで以前に取り上げたことがある(2011年1月14日のエントリー)。
 そんな新書の中で、講談社現代新書の『生き残った帝国ビザンティン』(1990年)を著者はビザンツ帝国通史として高く評価していて、かなり意識しているのがわかる。この本が出てから30年くらい立つので、新たな新書版ビザンツ帝国史の決定版を――そんな意気込みも感じる。
 ただ、『生き残った帝国ビザンティン』と比べると本書の方がより専門的。史料批判や統治機構論などにかなり力を入れている。その分、新書にしてはやや固い印象はある。
 内容は序章、終章含めて7章構成。

 序章「ビザンツ世界形成への序曲――四~六世紀」。本書ではビザンツ帝国の始まりを、ローマ帝国の東西分裂ではなく、コンスタンティヌス1世からとしている。(これは『生き残った帝国ビザンティン』と共通)。そのコンスタンティヌス1世時代のニケーア公会議から、ユスティニアヌス朝の終わり頃までを扱う。
 第1章「ヘラクレイオス朝の皇帝とビザンツ世界――七世紀」は、フォカス帝の即位から、ヘラクレイオス朝の終焉まで。本書の内容は基本的に王朝史がメイン。
 第2章「イコノクラスムと皇妃コンクール――八世紀」はイサウリア朝、アモリア朝で、実際には9世紀まで扱っている。
 第3章「改革者皇帝ニケフォロス一世とテマ制――九世紀」は、第2章と同じ時期。この時期を代表する皇帝としてニケフォロス一世の事績を詳しく語るとともに、帝国の地方制度「テマ」制誕生の謎をさぐる。
 第4章「文人皇帝コンスタンティノス七世と貴族勢力――一〇世紀」は、マケドニア朝前半。文化面が中心。ビザンツ人の名前の話も出てくる。
 第5章「あこがれのメガロポリスと歴史家プセルロス――一一世紀」。マケドニア朝後半とドゥーカス朝。11世紀はビザンツ帝国史上、7世紀以来の大きな転換期なのだそうだ。その中でバシレイオス2世の時代、帝国は最盛期を迎えるが、わずか半世紀後には存亡の危機に立たされる。
 第6章「戦う皇帝アレクシオス一世と十字軍の到来――一二世紀」。コムネノス朝、アンゲロス朝。この時期はほとんどが簒奪で帝位についた皇帝。政治が乱れるとともに帝国は弱体化。1204年、十字軍がコンスタンティノープルを占領する。
 本書ではこの時をもってビザンツ帝国は滅亡したと見なす。後にパライオロゴス朝がコンスタンティノープルを奪回して帝国は復活するが、それはもはや「帝国」の名に値しない弱小国でしかない。確かにそのとおりではある。
 終章「ビザンツ世界の残照――一三世紀後半~一五世紀」は、帝国の「復活」からトルコによるコンスタンティノープル陥落までの、パライオロゴス朝の歴史。ただ、「帝国」はもう滅亡しているので、これは後日談もしくは余談でしかないことになる。

 

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2020年9月16日 (水)

意地悪は死なず

意地悪は死なず/山本夏彦、山本七平(中公文庫,1991)
 単行本は1984年。この文庫版にしても30年近く前に出たもので、著者二人ともとっくに故人だが、時代を超えた面白さがある。
 内容は、いかにも偏屈そうな二人のオヤジの対談である。
 二人とも山本なので、対談の発言者の表記は「夏彦」「七平」になっている。
 しかしこの両山本、世間に逆らい、時代に抗し、頑固でひねくれているところは似ているようだが、実はかなりキャラクターが違うことがわかる。
 山本夏彦は、世の中の常識と言われるものにあえて反抗して異を唱えているように見える。だが、山本七平の方は超然としていて、本当に世の中のことに興味がないようだ。竹下景子と松坂慶子の区別がつかないと自慢している。
 なんだか山本七平の方が老隠者のように見えるが、実はこちらの方が年下。単行本が出た時には63歳だから高齢者の域にも入ってないのに、恐ろしく風格があるから不思議である。
 そしてこの対談、「対談」と言いながら、どちらかが一方的にしゃべっていることが多い。大部分は山本夏彦の方がひたすら好き放題に放言していて、山本七平はうなずいているだけ。しかしテーマによっては――歴史とか聖書とか文学とか――今度は山本七平がしゃべり出す。
 どっちにしても、当意即妙の言葉のやりとりとか、意見のぶつかり合いといった、対談の妙味みたいなものは、本書にはあまりない。二人が交互に言いたい放題言っているだけである。しゃべっている内容は、面白くないわけではないのだが。
 もとは雑誌『正論』(いかにも山本夏彦好みらしい)に連載されたもので、全8回。テーマは下のとおり。

「流行がすべてである」/「「三日三月三年」という」/「何よりも正義を愛す」/「テレビ人間と活字人間」/「意地悪は死なず」/「助平を論じてエロスに及ぶ」/「投票すれども選挙はせず」/「君見ずや管鮑貧時の交り」

Ijiwaruwashinazu

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2020年9月12日 (土)

ヘンテコ城めぐり

ヘンテコ城めぐり/長谷川ヨシテル(柏書房,2020)
 著者はテレビなどで「れきしクン」のニックネームで活躍しているタレント。童顔でいつもかぶりもの(このヒトの場合は兜)をかぶっているなど、「さかなクン」とかなりあからさまに似ている。
 まあそういう人が書いた本なので、専門性はあまりなく、基本的に初心者向け。とはいえ、ところどころにマニアックなトリビアも散見される。また、通常の歴史ファン、お城ファンでは思いつかないようなユニークな着眼点も見受けられる。

 内容は基本的に「城」単位になっていて、全7章。
 第一章「ヘンテコエピソードで城めぐり」は、ちょっと変わった歴史やエピソードを持つ城を紹介。「桃太郎」の鬼が城主だった鬼ノ城、最弱武将が城主の最弱の城、小田城、波の音がうるさいという城主のワガママで廃城になった福島城など。
 他には名古屋城、熊本城など有名な城も入ってはいるが、ほとんどがマイナーな城。鳥羽城、甘崎城、杉山城、園部城、中津城など。この章が一番長い。
 第二章「エンジョイ!お城はテーマパークだ!」。かつて娯楽施設になっていたり、楽しめる要素のある城。本丸跡に競輪場があった会津若松城、再建天守(今の天守とは別)にジェットコースターが走っていた広島城、天守台に観覧車が立っていた小田原城など。 遺構が残ってない渋谷城や練馬城などは、少々無理やり入れた感もある。
 ただ、練馬城はこの8月まで「としまえん」だった場所だが、閉園後は「練馬城址公園」として整備される予定とのことなので、今までほとんどの人が知らなかった「練馬城」がにわかに知名度を上げて来そうである。
 第三章「現代にアジャスト!”マチナカ”のお城たち!」は、街の風景に溶け込んでいる城。堀底に電車が走る水戸城、堀を埋め立てて駅が作られた高松城など。他に上田城、今治城、福井城、新発田城。
 第四章「気分はお殿様?戦国へ"タイムスリップ"!」は、戦国時代の姿が復元された城。荒砥城、高根城、足助城、逆井城の四つしかないが、マニア的には非常に興味をそそられるところばかりである。
 第五章「知られざる"お城のブラザーズ"」。これは本書ならではのユニークな着眼点。いくつかの城をまとめて「兄弟」城に認定している。
 五稜郭とその「仲間」である四稜郭、七稜郭、三稜郭、そして龍岡城五稜郭。歴代二条城。「"へ"城のいろいろ」と題して、一戸、三戸、四戸、五戸、七戸、八戸、九戸の各城。秀吉の「一夜城」の数々(墨俣、石垣山、益富)。
 第六章「"アレ"もお城?"コレ"もお城?」は、一般的な城のイメージとは違う、イレギュラーな城。寺にしか見えない足利氏館、そもそも城と言えるのかどうか疑わしい吉野ケ里遺跡など。他に田中城、品川台場、ヲンネモトチャシ、首里城。
第七章「"現存天守"のここがヘンテコ」
 最後はメジャーな「現存12天守」の城のちょっとトリビアなエピソードを紹介。備中松山城の猫城主とか、犬山城が最近まで個人所有だった話とか、「ヘンテコ」と言うほどではない。

 ――というような内容で、初心者向けとはいえ、ブログ主のようなゆるい城好きにとっては、そこそこ楽しめる。著者の城好きぶりは十分伝わってくる。

Hentekoshiromeguri

 

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2020年9月 8日 (火)

ウィスキー&ジョーキンズ

ウィスキー&ジョーキンズ ダンセイニの幻想法螺話/ロード・ダンセイニ;中野善夫訳(国書刊行会,2015)
 ダンセイニの小説といえば、以前に本ブログでも紹介した『時の神々の物語』に代表されるような神話的ファンタジーのイメージが強いが、本書は現代(といっても20世紀前半)を舞台にしたほら話のシリーズ<ジョーキンズ・シリーズ>。その日本オリジナル短編集である。
 収録作はほとんどが初訳。訳者あとがきによれば、昔ハヤカワ文庫でこのシリーズの作品集『魔法の国の旅人』が出た後、それに続く邦訳短編集を待っていたのだが、いつまでたっても出ないので、しびれをきらして自分で出すことにしたとのこと。

 収録作品は23編。
 最初の「アブ・ラヒーブの話」は、解説によればシリーズ全体のプロローグに当たるとのことで、この作品が最初にないと始まらないらしい。語り手がビリヤード・クラブでジョーキンズという初老の紳士と初めて出会い、その話を聞くエピソード。
 ジョーキンズを紹介した男の、「一つだけ警告しておくことがある。ジョーキンズの話を決して信じてはならないということだ」という忠告の言葉がこのシリーズを象徴している。
 後半になると、ビリヤード・クラブの面々がジョーキンズに話をさせないようにあれこれ画策するようになっている。こういう「酒場でのほら話」のシリーズでは、みんなが喜んでその話を聞きたがるのがお約束常だが、ジョーキンズの場合、「誰も聞きたがらない話を無理やりする」というのがパターンになっている。
 印象的だった話をいくつかあげてみる。

 上でも触れた最初のエピソード「アブ・ラヒーブの話」は、アフリカの幻獣アブ・ラヒーブの目撃譚。
 やや長めの話「リルズウッドの森の開発」は、森から出てきたサテュロスと富豪との奇妙な生活の物語。
 ジョーキンズがアフリカの瞬間移動の魔術を体験する「アフリカの魔術」。なぜかアフリカの話が多い。
 古代の曲を奏でる男が登場する「流れよ涙」。その曲を聞く者すべてが涙を流す。税務署員も警官もみんな泣く。
 ジョーキンズがユニコーンと出会った話「ジョーキンズの忍耐」。このシリーズには、ジョーキンズの話を信じないライバルが何人か登場するが、この作品に出てくるターバットもその一人。
 一種の暗号もの「オジマンディアス」。暗号と宝探しという、古典的な話。推理の結果場所はわかるのだが、忙しくて探しに行くヒマがないというラストがなかなか人を食っている。
 アフリカの奥地に建設された理想の都ウルムスラギとその最後を語る「ジョーキンズ、馬を走らせる」。またアフリカの話。収録作中、一番ダンセイニらしいファンタジーだろう。
 ジョーキンズの知り合いディックの若い頃の奇妙な体験談「奇妙な島」。彼が愛した島の女は、神話の魔女キルケだった――と思わせて、最後にひっくり返す。
 ジョーキンズがついに話をさせてもらえないのが「スルタンと猿とバナナ」。ビリヤード・クラブの別のメンバーが、ある不動産屋の悲劇を語るのだが、その後でジョーキンズが、「スルタンと猿とバナナの話と比べたら取るに足りない」と言う。しかし誰もその話をしてくれと言わないので、その内容はわからないまま終わる。
 最後の作品「夢の響き」。ジョーキンズが悪霊に取り憑かれた男の演奏を聴いて、天国への道を見る。ラスト3ページ、改行なしの音楽の描写は、いかにもダンセイニらしい幻想を見せてくれる。

Whiskeyandjokens

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2020年9月 3日 (木)

老老戦記

老老戦記/清水義範(新潮文庫,2017)
 単行本のタイトルは『朦朧戦記』(2015)。オリジナルのタイトルだと、いかにもボケた老人たちの暴れる話みたいな印象になるが、実際にはそれほどボケたやつはあまり出てこないので、この文庫版のタイトルの方が内容にふさわしいだろう。
 著者自身もその一員である団塊世代が、さまざまな出来事をきっかけにどんどん元気になっていき、しまいには日本をゆるがす騒動を起こすに至るとう話。
 9章構成の長編だが、実際には、主人公の異なる独立性の強いエピソードが連続している。どんな話かというと――。

 第一部、第一章・第二章。「グループホームあさがお」に入所している、田所聡一をはじめとする7人の老人たちの日常が描かれる。クイズ大会をメチャクチャにしたり、ラオス旅行で珍道中を演じたりする。
 第三章は、「グループホームあさがお」のホーム長菊池源吾の兄、団塊世代の菊池正一の同窓会のエピソード。
 第四章は、その同窓会の話に刺激を受けた菊池源吾が企画する、入所者たちの合コン。老人たちの乱交パーティーみたいになってしまう。
 ここまでの第一部は、まあ日常の範囲内で、まだまだ元気な老人たちの、ちょっとしたハプニング混じりの日々を語ったもの。
 第二部に入ると、それががらりと変わってくる。
 第二部、第五章・第六章。田所聡一は甥の堤准一を通じて大富豪の島崎老人から相談を持ちかけられる。それは団塊世代を対象に、南の島で本物の銃を使った戦争ごっこをするという秘密ツアーの企画だった。
 ただの遊びではなく、アメリカの同じような老人たちと本当に銃の撃ち合いをするのである。ツアーの参加者には死人も出るが、そこは内密に処理される。田所は命をかけたツアーの後で、「兵役は楽しうございました」と語る。
 第七章では、再び菊池正一が主人公に。同窓会で会った諸橋喜久雄が都議会補欠選挙に「団塊の世代を守る」をスローガンに立候補、菊池はその補佐をすることになる。諸橋は当選し、国会議員も加わる政党「団塊アゲイン党」の党首になる。
 第八章で、それに反発して「団塊全共闘」を結成したのが、やはり同級生の小西博史。「団塊アゲイン党」事務所をはじめ、企業、病院、警察などを狙って爆弾や火焔瓶を使ったテロ活動を始める。
 第九章では、さらに団塊全共闘に対抗して、田所聡一たちが「日本防衛義勇軍」を結成、銃や手榴弾で団塊全共闘と戦う。老人の遊びではない。本当の銃弾や手榴弾が飛び、死人も出る。
 個性あふれる老人たちの日常を描いたほのぼの系の話だったのが、いつのまにか殺し合いになってしまうという、なかなか意表をつく展開だった。昔の筒井康隆をちょっと連想する。もっとも、昔の筒井がこんな話を書いたら、もっととんでもない阿鼻叫喚の地獄絵図になっていただろうが。
 最後までどこかおとなしいというか、節度があるのが清水義範らしい。

Rourousenki

 

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