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2021年2月19日 (金)

青春の文語体

青春の文語体/安野光雅編著(筑摩書房,2003)
 昨年12月に亡くなった安野光雅の本。主体は著者の本業である絵ではなく、あくまで文章。文語体への思い入れが過剰なほどに詰まっている。
 文語体=古くさいというイメージがあるが、著者にとって、文語体とは青春の覇気と熱情をこそ表現するための文体なのである。「文学は年齢ではないが、思うに文語文は、その文章の気負うところ、志の高さ、訴える気概などにおいて、青春の文学なのである」と、序文でその思いを語っている。
 内容は、著者のお気に入りの文語体の文章を引用し、それに関する自分の思いを述べるというもの。全体の半分くらいは引用だから、「編著」となっている。
 章題はついてないが、内容は全7章。

「はじめに」は、「わたしは、鴎外訳の「即興詩人」に傾倒している」という文章から始まる。この「即興詩人」は、この後たびたび引用されることになる。
 第1章は島崎藤村の文語詩「初恋」から始まる。そして「藤村詩集」序文、「小諸なる古城のほとり」、「千曲川旅情のうた」と藤村の詩が続く。さらに、「春の小川」、「われは海の子」などの小学唱歌。このへんが、著者の文語体験の原点ということらしい。
 第2章も詩が中心。北原白秋「邪宗門秘曲」、「啄木詩集」、萩原朔太郎「純情小曲集」に収録された詩を取り上げている。「即興詩人」の引用も出てくる。
 第3章は、一転して江戸時代の文章が並ぶ。
 新井白石の「西洋紀聞」、久米邦武の「米欧回覧実記」、鈴木牧之の「北越雪譜」、杉田玄白の「蘭学事始」、橘南谿の「東西遊記」。いずれも歴史に残る名著。
 最後にひとつだけ江戸時代ではなく明治時代の文章として、鴎外訳「即興詩人」より「蜃気楼」のくだり。
 この章は長い。全体の3分の1近く、80ページ以上ある。しかし、江戸時代に「文語体」という概念があったのだろうか。
 第4章は10数ページしかない。藤村操の「巌頭の感」と、高山樗牛の「滝口入道」、「敦盛と忠度(青葉の笛)」という唱歌。
 第5章は明治文学から。中江兆民「一年有半・続一年有半」、樋口一葉「たけくらべ」、樋口一葉「通俗書簡文」。そしてまたも「即興詩人」より「絶交の書」。
 一葉の文章は本書の中で一番文語らしい文語かもしれない。中江兆民は「である」調がまじっていて、純粋な文語体とはちょっと違う気がする。
 第6章は戦争文学と文語。
 最初は司馬遼太郎『坂の上の雲』から、「敵艦見ユ」の電文のくだり。本文も長々と引用されているが、これはもちろん文語体ではない。「水師営の会見」の歌、「広瀬中佐」の歌、永井荷風「断腸亭日乗」、吉田満「戦艦大和ノ最期」と続く。
 この「戦艦大和ノ最期」は、「わたしの知り得た最後の文語文である」とのこと。ただ、山本夏彦は『完本 文語文』の中で、「戦艦大和ノ最期」は、「生活がないから真の文語ではない」と言っている。
 第7章は短い。またまた「即興詩人」から、「わが最初の境界」と、与謝蕪村の「北寿老仙をいたむ」。
「あとがき」は、「さらば、お灯明もいらない、花もいらない、この本を、読んでくださるだけで、「老仙」、思い残すことはない」と締めくくられている。実際には亡くなるまでまた17年もあったのだが、まるで遺書のような趣である。

 とにかく、文語体への著者の思いが、痛いほどに伝わってくる本である。
 しかしその後、著者はあれほど思い入れのあった鴎外訳「即興詩人」を口語訳して出版している(2010年刊)。本書を読んだ後では、言ってはなんだが、「それはありなのか?」と思ってしまう。

Seishunnobungotai

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