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2021年2月11日 (木)

リラと戦禍の風

リラと戦禍の風/上田早夕里(KADOKAWA,2019)
 第一次世界大戦の西部戦線。ドイツ軍兵士イェルク・ヒューバーは、砲撃で負傷し倒れていたところを、謎の男に救われ、見知らぬ館で目を覚ます。
 そこにいたのは、彼を救ったシルヴェストリ伯爵と名乗る男、女医のサンドラ、そしてリラと呼ばれる十一、二歳くらいの少女。実はここにいるのはイェルクの本体ではなく、虚体と呼ばれる存在なのだった。一種のドッペルゲンガーみたいなものらしい。本体の方はまだ戦場にいる。伯爵はイェルクを二つに分けてしまったのだ。
 虚体となったイェルクは死んだり傷ついたりすることもなく、様々な能力が使える。実は伯爵とサンドラはもっと超越的な存在、魔物だった。伯爵はルーマニア出身でヴラド公(ドラキュラのモデルになった人物)の部下だったが、ヴラドの敗北後も戦い続けるために魔物になった事情が中盤で語られる。要するに吸血鬼みたいなもの。
 伯爵に保護されちるリラは、不思議な能力も使えるが、基本的には人間。両親の記憶は封印されているが、自分がポーランド人だという意識は強く持っていて、祖国を奪ったドイツ人であるイェルクを最初のうちは嫌っている。
 伯爵はイェルクにリラを護衛する役割を与え、イェルクは打ち解けないリラに同行してフランスに潜入する。潜入と言っても、魔法により「どこでもドア」みたいなものが使えるので簡単なものである。
 リラは子供ながら自立した精神の持ち主で、自分なりに正しいと思える行動をとる。エッフェル塔での女性たちの「魂の集い」で、飢えに苦しむドイツの銃後の女性と知り合い、食料を密輸して彼女を助けようとする。秘密の食料ルートを作ろうとするリラとそれを手伝うヒューバーの間に、いつしか絆が生まれていくのがメインストーリー。
 サブストーリーがいくつもある。本体の方のイェルクの物語。こちらの方は負傷除隊してドイツ本国に帰り、革命運動に身を投じる。さらに、イェルクの前に何度も現われて彼の妨害をし、最後には彼を本体の中に封じ込める、ニル="無"という名の敵。また、人間になるために戦う人狼のミロシュも、彼なりの物語を持っている。少々話が込み入りすぎているような気もするが…。

 基本はファンタジーなのだが、その中で当時のドイツの悲惨な状況、戦争そのものの残酷さを重い現実として描き出している。カミーユ・クローデル(エッフェル塔の集いに魂だけで登場)、ローザ・ルクセンブルクなどの実在の人物もちらっと登場して、話に重みを与えている。
 主人公はあくまでヒューバーで、リラは実のところそんなに活躍するわけではない。しかし彼女の言葉は大人以上に深い。行動ではなく、しゃべるためのキャラクターのようだ。まあ、リラに限らず、妙に哲学的なことを言う登場人物が多いのがこの話の特徴だが。
 そんなリラの語る、本書を象徴するような言葉を引用してみる。
「ヒューバーさんから見ると、私は子供ののくせに冷たくて残酷なことを言う怪物みたいに見えるかもしれない。でも、それがその通りだとしても、私を怪物に変えたのは戦争よ。戦禍の風は、子供や大人の区別なく、あらゆる人間を怪物に変える」(p.160)

Lilatosenkanokaze

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