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2021年3月27日 (土)

ほんほん本の旅あるき

ほんほん本の旅あるき/南陀楼綾繁(産業編集センター,2015)
 この著者については、以前(といってももう10年以上前になるが)、本ブログで『一箱古本市の歩き方』という本を紹介したことがある(2010年1月18日のエントリー)。
 そこでは、著者が始めた一箱古本市というユニークな活動や、日本各地のブックイベントのことが、情熱と遊び心たっぷりに語られていた。
 本書はその続きみたいな本。日本各地で開催されるブックイベント、一箱古本市、さらには地方でユニークな文化活動を続ける人々を訪ね歩いた現地ルポが集められている。北は盛岡から南は鹿児島まで。最後に地元である東京で締めくくる14編。
 鹿児島編の最後に書いているとおり、「箱に先導されて各地を回る」旅の記録である。
 各編とも冒頭に「旅あるきMAP」がついている。ただし基本的に著者が訪ね歩いたところが書いてあるだけなので、一般的には参考にならない。本文を読む時には便利。さらに本文中にも写真とイラストが豊富に入っている。イラストを描いているのは、イラストレーターの佐藤純子。緩いタッチが本の雰囲気によく合っている。
 著者が訪ねるのは、ユニークな本屋に古書店、昭和っぽい市場や商店街、昔ながらの喫茶店に食堂――といったところ。そこにブックイベントや地域おこしに関わる人々が登場する。出会う人々は、みんな活動的で個性的。著者自身も含め、本や文化や地域への熱い思いがすべてのページにあふれている。
 ただ、どこへ行っても同じようなところへ行って同じようなことをして、同じような種類の人々とばかり会っているような気もする…。ブックイベントという「仕事」で行く時は仕方ないとして、私的な旅で行く時くらいは、ちょっと違うことをしてもいいんじゃないだろうか。
 まあ、これはそういう場所や人々からなる「世界」について書いた本なのだから、仕方ないのだろう。ブログ主もそういう「世界」が嫌いではないのだし…。

 本書で著者が旅した場所は以下のとおり。

盛岡(岩手県)―朝市と三人の木村さん
秋田(秋田県)―川反中央ビルにはブク坊がいる
石巻・仙台(宮城県)―“まちの本棚”が生まれた
新潟(新潟県)―旅は不器用
富山・高岡(富山県)―『まんが道』と鱒寿司
津(三重県)―カラスの目で町を見る
鳥取・松崎(鳥取県)―横に長い県をゆく
松江・隠岐(島根県)―水の町から海のある町へ
呉・江田島(広島県)―コミさんに導かれて
高知・阿波池田(高知県・徳島県)―うだつのある町で
北九州(福岡県)―洞海湾を渡って
別府(大分県)―温泉から奇想が湧き出る
鹿児島(鹿児島県)―ぼっけもんのいる国
都電荒川線(東京都)―東京の町を旅あるきして

Honhonhonnotabiaruki

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2021年3月23日 (火)

乱世に生きる

乱世に生きる 歴史の群像/中村彰彦(中公文庫,2001)
 この著者の本は、2年ほど前に本ブログで『武士たちの作法』という歴史エッセイをまとめた本を紹介したことがある(2019年3月25日のエントリー)。
 そちらの本は、戦国時代と幕末をテーマにしたエッセイが中心だったが、本書の場合は、平安時代から昭和初期まで、扱う時代は幅広い。「群像」というサブタイトルが示すとおり、大半が歴史上の有名無名の人物をテーマとするエッセイ。『武士たちの作法』を読んだ時は、この著者の本領は人物エッセイにあると思ったが、その印象を裏づける内容だった。

 時代別に4部構成になっている。
 Ⅰ「武将たちの時代へ」は、平安末から戦国時代までの人物を取り上げている。タイトルはすべて人物名で、待賢門院璋子、藤原秀衡、足利尊氏、板垣信方、武田勝頼、毛利元就、長宗我部盛親、直江兼続。
 Ⅱ「江戸を生きる」は、江戸時代初期から中期。「北政所・淀殿」、「徳川家康」、「真田幸村」など、やはり人物エッセイが中心だが、それ以外の、関ヶ原合戦史や尾張藩の忍者集団についての珍しい記録もある。
 Ⅲ「幕末の人と事件」は、人物というより出来事を中心とした文章が多い。。「ドキュメント攘夷決行」、「ドキュメント長州征討」、「薩長同盟と王政復古」、「徳川慶喜」、「新撰組隊士・斎藤一のこと」、「沖田総司は黒猫を見たか」、「幕末受難の家老たち」。
 Ⅳ「明治の気骨・大正の夢」は、明治以降の人物を扱っている。後の方になると政治家や軍人ではない民間人が主役になるのだが、歴史上の有名人物よりも、こっちの方が面白い。知らないからこそだろう。「佐川官兵衛討死の光景」、「明治顕官たちの「那須野ヶ原」開拓物語」、「榎本武揚と福島安正」、「島村速雄」、「秋山真之」、「松江春次」(サイパン島の砂糖王)、「松旭斎天勝」(一世を風靡した女性マジシャン)、「ラグーザお玉」(イタリアで活躍した女性画家)。

 歴史上の人物や出来事についての見解は実にオーソドックスで、伝統的な説を出るものではない。本業の歴史学者ではないのだから、それでいいのだろう。独創性はあまり感じないが、題材の選び方や、限られた文字数で容量よくまとめる腕は職人の業というべきである。

Ranseniikiru

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2021年3月19日 (金)

廃止駅の不思議と謎

国鉄・私鉄・JR 廃止駅の不思議と謎/伊原薫、栗原景(じっぴコンパクト新書,2019)
 鉄道系雑学本。テーマが「廃止駅」とかなり狭い範囲に絞られているが、それだけでも本が1冊できるのだから、この世界はまだまだネタが尽きないらしい。
 本書に登場する廃止駅は100近くある。地域的には、北海道や関東、関西に多く、四国にはなぜかひとつだけ。それも臨時駅の津島ノ宮なので、正確には廃止駅ではない。以外にも、登場する廃止駅の数では東京が一番多い。

 ところで廃止駅といっても、廃止の理由も現状も実にさまざま。
 理由で一番多いのは、路線自体が廃止されたもの。
 続いて、駅の利用があまりに少なく、廃止されたもの。北海道に多い。信号場に格下げされたケースもある。
 線路のつけ替えにより、旧線の駅が廃止されたもの。この場合、駅自体は移転して存続していることが多い。
 他には、設備更新費用がかかりすぎるため廃止されたとか(阪堺電車上町線)、車両の重要過多で運行休止になったとか(ドリーム交通ドリーム線)、変わったパターンもある。
 また、廃駅後の状況についても、跡形もなくなった駅もあれば、観光名所として再生されたところもある。
 北海道など過疎地の駅では、森に埋もれて形跡もわからないところがある。自然消滅パターンとでも言えるだろうか。また、町中の駅でも、大阪の片町駅、湊町駅などは跡地が再開発されて場所もほとんどわからなくなっている。これは「上書き」されて消滅したパターンである。
 一方では、駅舎などを生かして廃駅を観光地にしたところもある。北海道の増毛駅や幸福駅、広島の三段峡駅、宮崎の高千穂駅など。北海道の北見相生駅、中湧別駅、石川の輪島駅などは、駅は駅でも「道の駅」に生まれ変わっている。青森の大畑駅、福島の熱塩駅なども、地味だが地元の人によって保存、活用されている。
 ――などと、知らない「廃駅の世界」が展開されている。思ったより興味深い内容だった。
 ただ、内容に体系性がなく、全体的に雑駁な印象はある。雑学本だから仕方がないか。せめて駅名の50音順インデックスくらいは欲しかったところ。

Haishieki

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2021年3月15日 (月)

上杉謙信

上杉謙信/井上鋭夫(講談社学術文庫,2020)
 原著は1966年の出版。今から半世紀以上前に出版された上杉謙信の伝記である。
 解説によると、内容には今の最新の研究成果から見ると古い部分もあるらしい。だが、上杉謙信という人物について、その祖先も含めた出自や事績がよくわかる1冊になっている。実のところ、謙信というのは川中島で武田信玄と戦った以外、何をした人物なのか、今ひとつイメージがわかない気がするのだ。その意味では手頃な「謙信入門」本と言える。
 内容は全10章だが、実はそのうち前半の5章が、上杉謙信登場以前の越後の情勢を語ることに当てられている。
 この時代の越後は関東と深く結びついていた。関東を実質支配するのが(名目上は関東公方がトップ)関東管領上杉家、その下で家宰を務めるのが関東長尾家。そして、越後も守護を上杉家、守護代を長尾家が代々務めていた。関東も越後も、上杉家-長尾家というラインで統治されていたわけである。実際には内輪もめが絶えなかったのだが。
 この越後上杉家を打倒して越後の実質支配者となったのが、上杉謙信の父親である長尾為景。守護上杉房能、関東管領上杉顕定と、主筋に当たる上杉家当主を二人まで敗死させた梟雄。本書はこの下克上の見本みたいな為景の活躍にもかなりのページを割いている。
 上杉謙信本人は、第6章の120ページ、全体の4割くらい過ぎたところで、やっと表舞台に登場する。そこからの本書後半は、謙信の戦いに明け暮れた生涯を語る。
 最初の頃は越後国内の抵抗勢力と戦い、国をまとめてからは、関東方面で北条家と戦い、信濃で武田信玄と戦い、越中・加賀方面で一向一揆や土着勢力と戦う。よくこれだけ戦争ばかりやっていたものである。
 上杉謙信と言えば、戦えば無敵みたいなイメージが一般的にはあるようだが、実のところ武田も北条も、強大すぎる敵だった。「武田信玄といい北条氏康といい、どのひとつをとってみても景虎の手に余る相手であった」と、著者の目はきびしい。
 謙信は確かに戦場では強かったかもしれない。だが戦国大名としての総合力については、著者はあまり高く評価してないようだ。本書から浮かび上がってくる謙信像は、どちらかというとただの戦争マニアに近い。理想化された謙信像を求める人には、本書は不満の残る内容かもしれない。
 ブログ主にとっては、正直言ってむしろ父親の長尾為景の人生の方が、波瀾万丈で面白い気がする。何より、為景には強烈な悪の魅力みたいなものがある。

Uesugikenshin

 

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2021年3月11日 (木)

カラ・ブラン

カラ・ブラン 黒い嵐/鈴木了三(皆美社,1977)
 前回に続いて、珍品と言っていいだろう。というか、この本の存在を知っている人はほとんどいないのではないかと思われる。
 著者鈴木了三は、他に『中国怪異集』とか『中国奇談集』という本を出しているので、中国が専門の人らしいが、経歴とか一切不明。出版社も聞いたことがない(今でも存在はしているらしい)。
 そんな得体の知れない本だが、何十年も前から持っていたのが不思議である。どこで買ったのか全然覚えてない。
 内容は、紀元前2世紀の匈奴の王、冒頓単于を主人公にした歴史小説。古代の話なのでやや神秘がかってはいるが、そんなに突飛な内容ではない。

 物語は匈奴と対抗する国家「月氏」の都城から始まる。
 匈奴の頭曼単于の長男冒頓は、継母の邪壱に疎まれ、月氏への人質に差し出されていた。そんな逆境の中でも、冒頓は月氏の王女阿美奈(可汗・姑利泥の娘)と親しくなったり、祭りの武術比べで優勝して可汗から名馬をもらったりする。
 やがて匈奴の兵が月氏に攻めて来る。人質の冒頓が殺されてもかまわないという、邪壱の差し金だった。しかし冒頓は阿美奈の助けを借り、戦の混乱にまぎれて名馬とともに都城を脱出する。
 匈奴に帰国した冒頓の人気は大いに上がった。自分の子の布安を跡継ぎにしたい邪壱は、ついに冒頓の暗殺をたくらむ。冒頓は毒に倒れるが、侍女の野うさぎに助けられてかろうじて命をとりとめる。生きるためには頭曼を殺すしかないと腹を決める冒頓。策をさずけるのは野うさぎ。実は野うさぎは匈奴のライバル部族「東胡」の娘。頭曼を親の仇と狙っていたのだった。
 狩りに誘い出された頭曼は、冒頓とその部下の矢で殺される。しかし野うさぎも流れ矢で死んでしまう。
 頭曼に続いて邪壱と布安も殺される。血を血で洗うような争いの果てに、冒頓はついに単于になる。――と、ここまでが約半分。
 後半は、匈奴を大帝国に成長させた冒頓単于の事績そのままの、戦いに次ぐ戦いの物語である。東胡を破って東に追い、月氏の都城を襲って激戦の末にこれを陥落させる。
 かつて冒頓を助けた阿美奈は、月氏の都から脱出し、祁蓮山を根拠地として匈奴と対抗するという道を選ぶ。冒頓は、「祁蓮山にこもっておれを狙うのが姫の願いなら、甘んじてそれを受けよう」と、阿美奈の侍女丹羅に語る。
 ここからまたドラマが始まりそうなのだが、この物語はここまで。
 月氏への遠征から帰路につく冒頓の一行を、砂嵐カラ・ブランが襲う。カラ・ブランとはゴビ砂漠に吹きすさぶ嵐のことなのだ。
 そして、カラ・ブランが去った後には、死の沈黙だけが残っていた――というところで終わり。冒頓は砂嵐の中で死んでしまったような書き方である。
 実際には、冒頓単于の活動はこの後も続く。このラストだけがなぜか現実離れしているのである。歴史の虚しさみたいなものを象徴しているのかもしれない。

 

 

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2021年3月 7日 (日)

太陽が消えちゃう

太陽が消えちゃう 気絶悶絶三つ巴リレーSF/川又千秋、横田順彌、岡田英明(いんなあとりっぷ社,1977)
 珍品である。こんな本が出版されていたことを知っている人がどれだけいるだろうか。物好きなオールドSFファンくらいじゃないだろうか。
 若手作家(当時の)3人によるリレー小説。
 第1章だけはかんべむさしが書き、その後を川又、横田、岡田が交代で書き継いでいくという形。岡田英明は、鏡明が当時使っていたペンネームである(鏡明が本名)。
 かんべむさしの書いた第1章は、独特の言葉遊びは頻出するが、ただの零細広告プロダクションを舞台にした業界内幕ものとしか思えない。
 だが、第2章の川又千秋が広告業界のことを知らなかったため、「せめてテーマだけでも、広告の世界からはずして、メチャSFにしてしまえ」と(第1章以外は、各章執筆者による短い前書きがついている)、強引にSFにする。ということで、主人公が実はテレパスで、宇宙人と会見することになる――という展開に。
 第3章の横田順彌は、太陽が実は広告塔で、広告主の白鳥座61番星人がスポンサーを降りることになった――というとんでもない設定を持ち込む。これが「太陽が消えちゃう」というこの作品のメインテーマになるわけだ。
 第4章の岡田英明は、エキセントリックな自衛隊員を登場させるなど、とにかく登場人物を暴走させる。他の作者が造った人物も暴走する。だいたい、3人が交代で書いているのだから、登場人物だって章によって性格や能力が変わったりするのだ。
 この後、タコ型火星人が出てきたり、ケンタウロス型のアルファ・ケンタウリ星人が出てきたり、ミラー・ブライトなる狂人としか思えないアメリカ軍人が出てきたり、話は混乱の度を増す一方。
 最終回を書いたのは岡田英明だが、どういう形であれ、完結したことが不思議なくらい。
 まあ、3人のリレー小説などというものが、まともになるわけがないから、予想されたことではある。そんなわけで、小説として評価されるところは、ほとんどなきに等しい作品。
 昔はこんな遊びをやっていたという思い出話のネタにしかならない。しかしこんな企画が通り、こんな本が出るということは、よき時代だったのかもしれない。
 なお、これが川又千秋と鏡明の初小説出版だったはずである。しかし(本日の時点では)、Wikiの川又千秋の項目には、本書のことは一言も触れられてなくて、なかったことにされている(鏡明と横田順彌の項目には書いてある)。


Taiyougakiechau

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2021年3月 3日 (水)

言葉人形

言葉人形 ジェフリー・フォード短篇傑作選/ジェフリー・フォード;谷垣暁美編訳(東京創元社,2018)
 中・短篇13編をセレクトした日本オリジナル短編集。
 基本的にどの作品もファンタジーなのだが、現実に近い話から、幻想的要素がだんだん多くなるように配列しているのだそうだ。最後の方の数編はほぼ異世界ファンタジーになる。

「創造」
 好奇心から、森で集めた植物や石から「人間」を作った少年。キャヴァノーと名づけられた「人間」は行方をくらます。設定はホラーに見えるが、そこから父と子の物語に展開するところが普通のファンタジーと違うところ。。
「ファンタジー作家の助手」
 異世界「クリーゲンヴェイル」を舞台としたシリーズものファンタジーで売れている作家アシュモリアンのアシスタントになった女性メアリー。アシュモリアンは実際にクリーゲンヴェイルを幻視して見たままを物語にしていたのだが、ある時クリーゲンヴェイルが見えなくなる。メアリーはアシュモリアンに代わってクリーゲンヴェイルに入り込む。ファンタジーのパロディに見えるが、もっと深い。
「〈熱帯〉の一夜」
 バー「熱帯」を久しぶりに訪れた「私」は、少年時代の友人、不良のリーダーだったボビーと再会する。「熱帯」のバーテンダーになっていたボビーは「私」に、呪いのチェスの駒にまつわる昔話を聞かせる。収録作中では幻想性が一番薄い。
「光の巨匠」
 光を操る巨匠ラーチクラフト。その技術は「光の錬金術によっておぞましいものを美しく、使い古されたものを新品同様に、物質的なものを精神的に、偽りを真実に変える技」と描写されている。ラーチクラフトはインタビューに訪れた新聞記者に向かって、かつて見た生々しい夢の話をする。
「湖底の下で」
 湖底の下の洞窟に「薔薇色の硝子玉」が鎮座していて、その中には「一度だけ語られたが誰にも聞かれなかった物語が渦巻いている」。「私」が語るのはその硝子玉の中の、エミリーとヴィンセントという少女と少年の物語。
「私の分身の分身は私の分身ではありません」
 語り手「私」は自分の分身(ドッペルゲンガー)と出会う。この物語の世界は分身がいるのが普通らしい。分身の言うことには、分身の分身「ファンタスマ=グリス」が出現したが、それは凶悪な存在で、殺さなければならないという。気乗りしないまま、「私」は分身の計画に協力することになる。アクションもあり、収録作中一番わかりやすく読みやすい。
「言葉人形」
 作者の分身らしいジェフ・フォードと名乗る主人公は、ある日、道路脇の草に埋もれた看板に気づく。「言葉人形博物館」。その家を訪れると、現れた老婦人が、かつてこの地方にあった、農民の子どもが農作業の間集中力を保つための「野良友だち」という風習について語る。それは言葉だけで構成された架空の人形だった。そしてさらに彼女は、「野良友だち」の儀式が終わるきっかけとなったおぞましい事件について語るのだった。
「理性の夢」
 ここから後の作品は異世界の物語。大学都市ベルダンチの光の研究者アマニタス・ベラルは、光を減速させる実験に打ち込む。最終的に彼が光を静止させるための媒体としたのは、人間の精神だった。
「夢見る風」
 リバラの町には毎年<夢見る風>が通る。<風>は人間の体を含め、あらゆるものを変形させる。「混沌と雑多、現実全体のしっちゃかめっちゃか状態」が生じ、その作用は二、三時間続く。災厄とも言える<風>だが、なぜかある年から到来しなくなる。その時、人々は――という寓話めいた話。
「珊瑚の心臓[コーラル・ハート]
 この話はヒロイック・ファンタジー風。触れるものすべてを珊瑚に変える魔剣「珊瑚の心臓」(持ち主の異名でもある)を持つ剣士イズメット・トーラーが主人公だが、この男、果てしなく殺戮をくり返す殺人鬼。ある城に招かれたトーラーが、復讐の罠にはめられるという、実に殺伐とした話。
「マンティコアの魔法」
 王国を荒らしていた最後のマンティコアが仕留められた時、魔法使いワトキンはその死骸を前に、弟子の「ぼく」にすべてを記録するように命じる。人とマンティコアの奇妙なつながりが物語の核になっている。
「巨人国」
 人間を鳥籠に入れて飼う巨人が住む国。明らかに異世界だが、この世界とじかにつながっているらしい。<犬の背骨>という山地を通ると、アメリカのどこかから巨人国へ行けるらしいのだ。巨人国と宿命的なつながりを持つ女性アンナの不可解な遍歴が主なストーリーだが、話が奇妙な具合にジャンプして、不条理さに頭がよじれそうになる。ひょっとして傑作かもしれないという気もする。
「レパラータ宮殿にて」
 元海賊のインゲスが一代で築き、はぐれ者たちが集まって政府を形作る王国で、すべての人々から愛されていた王妃ジョゼットが死ぬ。壮麗なレパラータ宮殿は悲しみに包まれ、絶望した王は生きる力を失う。魔術師めいた老治療師が呼ばれて王の心を救うが、それには大きな代償が伴っていた。

 複雑な構成と予想のつかない展開、そして眩惑的な語りの技巧を駆使した精巧な文章が特徴。ファンタジーとかSFとかのジャンルを超越した作家の一人だろう。例えば、ルーシャス・シェパードやケリー・リンク、エリック・マコーマックあたりが似た作風と言えるだろうか。
 マイベストは「レパラータ宮殿にて」。次点は「巨人国」。

Kotobaningyou

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