ファンタジー/ホラー

2021年4月 1日 (木)

新・幻想と怪奇

新・幻想と怪奇/仁賀克雄編訳(ハヤカワ・ミステリ,2009)
 タイトルに「新」とついているのは、同じハヤカワ・ミステリから1956年に『幻想と怪奇』という2冊ものアンソロジーが出ていたため。そちらの方はレ・ファニュ、ブラックウッド、ラヴクラフト、M・R・ジェイムズなど、いかにも正統派の怪奇幻想小説の作家たちが収録されている。
 本書はその続きとなる怪奇幻想小説のアンソロジーということになるのだが、作者名を見ると、ヘンダースン、シェクリイ、ナース、ファーマー、テン、ウェルマン、マシスンなど、半分くらいSF作家。SFファンタジーのアンソロジーと言うべきかもしれない。
 内容は17編を収録。

「マーサの夕食」(ローズマリー・ティンパリー)
 これはサイコホラー。旦那の浮気相手を奥さんが料理してしまう。
「闇が遊びにやってきた」(ゼナ・ヘンダースン)
 五歳の少年スティーヴィは川の土手で「闇」を見つけ、それを封じ込める。だがロバのエディが封印を破ってしまう。「闇」に取り憑かれたロバの描写が鬼気迫る。
「思考の匂い」(ロバート・シェクリイ)
 未知の惑星に不時着した宇宙郵便配達人が、思考感知能力を持つ現住生物に襲われるという、完全なSF。
「不眠の一夜」(チャールズ・ボーモント)
 炉端怪談形式のショートショート。ある館での一夜の怪異を語って、単純だがよくできている。
「銅の器」(ジョージ・フィールディング・エリオット)
 ベトナムでフランス軍人が中国人ギャングに捕らえられる。部隊の配置を聞き出すため、フランス人の目の前で恋人が拷問されるというグラン・ギニョール的残酷物語。
「こまどり」(ゴア・ヴィダール)
 少年時代の残酷さと後悔を描くショートショート。怪談でも幻想小説でもなく、文学に近い。
「ジェリー・マロイの供述」(アンソニイ・バウチャー)
 ジーンとジェリーは芸人コンビだったが、ジーンが殺人を犯す。その犯行の経緯について証言するジェリー。だがジェリーは実は腹話術の人形なのだった。これも一種のサイコホラーか。
「虎の尾」(アラン・E・ナース)
 無限にものを吸い込む謎のハンドバッグ。それを研究する科学者たちは、向こうにいる「何ものか」を無理やり引っ張り出そうとする。ラストの不気味な展開が星新一の「おーい、出てこーい」を思わせるSF。
「切り裂きジャックはわたしの父」(フィリップ・ホセ・ファーマー)
 語り手の貴族の母は凶悪犯罪者である義理の弟に犯され、アフリカに渡航した後で語り手を出産する。この語り手が、実のところあのターザンとしか思えない。本編はFeast Unknownという長編の抜粋ということなので、この作品についての英語版Wiki記事を見てみると、やはりターザンをモデルにしたキャラクター(名前は違うが)らしい。
「ひとけのない道路」(リチャード・ウィルスン)
 アメリカの田舎を車で走っていた男は、いつのまにか他の人間が誰もいなくなっていることに気づく。二日後にすべて何事もなかったかのように元に戻るのだが、その間何が起きていたのか。男の推測はこの作品を完全なSFにしている。
「奇妙なテナント」(ウィリアム・テン)
 存在しないはずの13階を借りる奇妙なテナント。その階に用事のある人間は簡単にそこに行けるが、ビルの管理人だけはどうしても行くことができない。軽妙でシニカル。いかにもテンらしい作品。これもSF。
「悪魔を侮るな」(マンリー・ウェイド・ウェルマン)
 第二次世界大戦中、ナチスドイツの一部隊がトランシルヴァニアらしき地方のとある城に駐屯する。そこはドラキュラの城だった。
「暗闇のかくれんぼ」(A・M・バレイジ)
 スミーというかくれんぼゲームに、知らない人間が混じっていたという、典型的ゴーストストーリー。
「万能人形」(リチャード・マシスン)
 どうしようもない暴れ者の息子をおとなしくさせるため、万能人形を友達として与える両親。しかし息子に影響されて万能人形も暴れ出す。困り果てた両親は、人形を息子の代わりにしてしまう。最後のオチが傑作。
「スクリーンの陰に」(ロバート・ブロック)
 映画ファンタジー。エキストラに生涯を捧げてきた老人が、スクリーンの中の恋人と一緒になるため、映画の中に入ってしまう。よくある話である。
「射手座」(レイ・ラッセル)
 収録作中一番長い中編。ニューヨークを訪問中のイギリス貴族テリー郷が、フランスで知り合った二人の俳優を巡る奇怪な物語を語る。ジキルとハイド、切り裂きジャック、グラン・ギニョール、二十世紀初頭のパリといった道具立ての中で展開するゴシック的怪奇譚。収録作中で一番クラシックな「怪奇幻想」小説。他の作品とテンポが違うのでやや冗長に感じてしまうが。
「レイチェルとサイモン」(ローズマリー・ティンパリー)
 本書2作目のティンパリー。日本では無名のこの作家を編者はよほど気に入ったらしい。死んだ子どもたちが実在するかのようにふるまう女の話で、やはりサイコホラーみたいなもの。

 マイベスト3は、「不眠の一夜」、「奇妙なテナント」、「万能人形」。

Shingensoutokaiki

| | コメント (0)

2021年3月 3日 (水)

言葉人形

言葉人形 ジェフリー・フォード短篇傑作選/ジェフリー・フォード;谷垣暁美編訳(東京創元社,2018)
 中・短篇13編をセレクトした日本オリジナル短編集。
 基本的にどの作品もファンタジーなのだが、現実に近い話から、幻想的要素がだんだん多くなるように配列しているのだそうだ。最後の方の数編はほぼ異世界ファンタジーになる。

「創造」
 好奇心から、森で集めた植物や石から「人間」を作った少年。キャヴァノーと名づけられた「人間」は行方をくらます。設定はホラーに見えるが、そこから父と子の物語に展開するところが普通のファンタジーと違うところ。。
「ファンタジー作家の助手」
 異世界「クリーゲンヴェイル」を舞台としたシリーズものファンタジーで売れている作家アシュモリアンのアシスタントになった女性メアリー。アシュモリアンは実際にクリーゲンヴェイルを幻視して見たままを物語にしていたのだが、ある時クリーゲンヴェイルが見えなくなる。メアリーはアシュモリアンに代わってクリーゲンヴェイルに入り込む。ファンタジーのパロディに見えるが、もっと深い。
「〈熱帯〉の一夜」
 バー「熱帯」を久しぶりに訪れた「私」は、少年時代の友人、不良のリーダーだったボビーと再会する。「熱帯」のバーテンダーになっていたボビーは「私」に、呪いのチェスの駒にまつわる昔話を聞かせる。収録作中では幻想性が一番薄い。
「光の巨匠」
 光を操る巨匠ラーチクラフト。その技術は「光の錬金術によっておぞましいものを美しく、使い古されたものを新品同様に、物質的なものを精神的に、偽りを真実に変える技」と描写されている。ラーチクラフトはインタビューに訪れた新聞記者に向かって、かつて見た生々しい夢の話をする。
「湖底の下で」
 湖底の下の洞窟に「薔薇色の硝子玉」が鎮座していて、その中には「一度だけ語られたが誰にも聞かれなかった物語が渦巻いている」。「私」が語るのはその硝子玉の中の、エミリーとヴィンセントという少女と少年の物語。
「私の分身の分身は私の分身ではありません」
 語り手「私」は自分の分身(ドッペルゲンガー)と出会う。この物語の世界は分身がいるのが普通らしい。分身の言うことには、分身の分身「ファンタスマ=グリス」が出現したが、それは凶悪な存在で、殺さなければならないという。気乗りしないまま、「私」は分身の計画に協力することになる。アクションもあり、収録作中一番わかりやすく読みやすい。
「言葉人形」
 作者の分身らしいジェフ・フォードと名乗る主人公は、ある日、道路脇の草に埋もれた看板に気づく。「言葉人形博物館」。その家を訪れると、現れた老婦人が、かつてこの地方にあった、農民の子どもが農作業の間集中力を保つための「野良友だち」という風習について語る。それは言葉だけで構成された架空の人形だった。そしてさらに彼女は、「野良友だち」の儀式が終わるきっかけとなったおぞましい事件について語るのだった。
「理性の夢」
 ここから後の作品は異世界の物語。大学都市ベルダンチの光の研究者アマニタス・ベラルは、光を減速させる実験に打ち込む。最終的に彼が光を静止させるための媒体としたのは、人間の精神だった。
「夢見る風」
 リバラの町には毎年<夢見る風>が通る。<風>は人間の体を含め、あらゆるものを変形させる。「混沌と雑多、現実全体のしっちゃかめっちゃか状態」が生じ、その作用は二、三時間続く。災厄とも言える<風>だが、なぜかある年から到来しなくなる。その時、人々は――という寓話めいた話。
「珊瑚の心臓[コーラル・ハート]
 この話はヒロイック・ファンタジー風。触れるものすべてを珊瑚に変える魔剣「珊瑚の心臓」(持ち主の異名でもある)を持つ剣士イズメット・トーラーが主人公だが、この男、果てしなく殺戮をくり返す殺人鬼。ある城に招かれたトーラーが、復讐の罠にはめられるという、実に殺伐とした話。
「マンティコアの魔法」
 王国を荒らしていた最後のマンティコアが仕留められた時、魔法使いワトキンはその死骸を前に、弟子の「ぼく」にすべてを記録するように命じる。人とマンティコアの奇妙なつながりが物語の核になっている。
「巨人国」
 人間を鳥籠に入れて飼う巨人が住む国。明らかに異世界だが、この世界とじかにつながっているらしい。<犬の背骨>という山地を通ると、アメリカのどこかから巨人国へ行けるらしいのだ。巨人国と宿命的なつながりを持つ女性アンナの不可解な遍歴が主なストーリーだが、話が奇妙な具合にジャンプして、不条理さに頭がよじれそうになる。ひょっとして傑作かもしれないという気もする。
「レパラータ宮殿にて」
 元海賊のインゲスが一代で築き、はぐれ者たちが集まって政府を形作る王国で、すべての人々から愛されていた王妃ジョゼットが死ぬ。壮麗なレパラータ宮殿は悲しみに包まれ、絶望した王は生きる力を失う。魔術師めいた老治療師が呼ばれて王の心を救うが、それには大きな代償が伴っていた。

 複雑な構成と予想のつかない展開、そして眩惑的な語りの技巧を駆使した精巧な文章が特徴。ファンタジーとかSFとかのジャンルを超越した作家の一人だろう。例えば、ルーシャス・シェパードやケリー・リンク、エリック・マコーマックあたりが似た作風と言えるだろうか。
 マイベストは「レパラータ宮殿にて」。次点は「巨人国」。

Kotobaningyou

| | コメント (0)

2021年2月11日 (木)

リラと戦禍の風

リラと戦禍の風/上田早夕里(KADOKAWA,2019)
 第一次世界大戦の西部戦線。ドイツ軍兵士イェルク・ヒューバーは、砲撃で負傷し倒れていたところを、謎の男に救われ、見知らぬ館で目を覚ます。
 そこにいたのは、彼を救ったシルヴェストリ伯爵と名乗る男、女医のサンドラ、そしてリラと呼ばれる十一、二歳くらいの少女。実はここにいるのはイェルクの本体ではなく、虚体と呼ばれる存在なのだった。一種のドッペルゲンガーみたいなものらしい。本体の方はまだ戦場にいる。伯爵はイェルクを二つに分けてしまったのだ。
 虚体となったイェルクは死んだり傷ついたりすることもなく、様々な能力が使える。実は伯爵とサンドラはもっと超越的な存在、魔物だった。伯爵はルーマニア出身でヴラド公(ドラキュラのモデルになった人物)の部下だったが、ヴラドの敗北後も戦い続けるために魔物になった事情が中盤で語られる。要するに吸血鬼みたいなもの。
 伯爵に保護されちるリラは、不思議な能力も使えるが、基本的には人間。両親の記憶は封印されているが、自分がポーランド人だという意識は強く持っていて、祖国を奪ったドイツ人であるイェルクを最初のうちは嫌っている。
 伯爵はイェルクにリラを護衛する役割を与え、イェルクは打ち解けないリラに同行してフランスに潜入する。潜入と言っても、魔法により「どこでもドア」みたいなものが使えるので簡単なものである。
 リラは子供ながら自立した精神の持ち主で、自分なりに正しいと思える行動をとる。エッフェル塔での女性たちの「魂の集い」で、飢えに苦しむドイツの銃後の女性と知り合い、食料を密輸して彼女を助けようとする。秘密の食料ルートを作ろうとするリラとそれを手伝うヒューバーの間に、いつしか絆が生まれていくのがメインストーリー。
 サブストーリーがいくつもある。本体の方のイェルクの物語。こちらの方は負傷除隊してドイツ本国に帰り、革命運動に身を投じる。さらに、イェルクの前に何度も現われて彼の妨害をし、最後には彼を本体の中に封じ込める、ニル="無"という名の敵。また、人間になるために戦う人狼のミロシュも、彼なりの物語を持っている。少々話が込み入りすぎているような気もするが…。

 基本はファンタジーなのだが、その中で当時のドイツの悲惨な状況、戦争そのものの残酷さを重い現実として描き出している。カミーユ・クローデル(エッフェル塔の集いに魂だけで登場)、ローザ・ルクセンブルクなどの実在の人物もちらっと登場して、話に重みを与えている。
 主人公はあくまでヒューバーで、リラは実のところそんなに活躍するわけではない。しかし彼女の言葉は大人以上に深い。行動ではなく、しゃべるためのキャラクターのようだ。まあ、リラに限らず、妙に哲学的なことを言う登場人物が多いのがこの話の特徴だが。
 そんなリラの語る、本書を象徴するような言葉を引用してみる。
「ヒューバーさんから見ると、私は子供ののくせに冷たくて残酷なことを言う怪物みたいに見えるかもしれない。でも、それがその通りだとしても、私を怪物に変えたのは戦争よ。戦禍の風は、子供や大人の区別なく、あらゆる人間を怪物に変える」(p.160)

Lilatosenkanokaze

| | コメント (0)

2020年12月 8日 (火)

血と薔薇のエクスタシー

血と薔薇のエクスタシー 吸血鬼小説傑作集/幻想文学編集部編(幻想文学出版局,1990)
 国産吸血鬼小説のアンソロジー。Amazonで買うと高いが、普通の古書サイトだとそんなにしないようである。(ブログ主はもちろん普通に古本で買った)
 同じテーマのアンソロジーとして、本ブログでずいぶん前に『血 吸血鬼にまつわる八つの物語』を取り上げたことがある。(2012年11月15日のエントリー)
 そっちの方はホラー/SF寄りのセレクションだったが、それより10年前に出版されたこちらは、さすがに当時の『幻想文学』誌がからんでいるだけあって、やや文学寄り。作者も、エンタメ系よりは文学史に名を残すような作家が目立つ。
 そして、吸血鬼には欠かせない「耽美」の色濃い小説が多い。中には、そんなものと関係ない、あっけらかんとしてポップな新井素子の作品みたいなのもあるが。
 収録作は16編。印象的な作品をいくつか挙げてみる。

 最初はいきなり三島由紀夫。「仲間」は、吸血鬼めいた闇の眷属を象徴的に描く作品で、5ページしかない掌編だが、密度は濃い。
 倉橋由美子「ヴァンピールの会」は、湘南のレストランに自らを「ヴァンピールの会」と称して集う上流の女性たちの物語。フランス風の洒落た、そして退廃的な雰囲気が横溢する怪奇譚。
 須永朝彦「森の彼方の地 」は、「ヴァーミリオン・サンズ」と吸血鬼を結びつけるという離れ業を見せる。作者の吸血鬼愛と、そしてJ・G・バラードへのオマージュに満ちている。
 赤川次郎「吸血鬼の静かな眠り」は、赤川次郎の暗黒面を見せつける怪奇譚。外国人が住んでいたという家を別荘として借りた家族を襲う、怪奇現象とその果ての惨劇。
 新井素子「週に一度のお食事を」は、本書の中では異色作。世の中の人間のほとんどが吸血鬼になってしまうが、精神面は前と同じで、みんなきちんと暮らしているという、実に明るい吸血鬼小説。
 日影丈吉「女優」。ベテラン女優の弟子になった若い女優が、なぜか次々と病気に倒れる。女優は吸血鬼なのか、結局疑惑は疑惑のままで、最後まで真相はわからない。このあたりになると、もはや吸血鬼という言葉は象徴的に使われているように見える。
 戸川昌子「黄色い吸血鬼」も、入院患者から血を抜き取って売る悪徳病院を舞台にした話で、「吸血鬼」は、完全に比喩的な意味で使われている。しかし本物の吸血鬼よりたちが悪いのだった。
 岸田理生「ちのみごぞうし」は、吸血鬼の子どもとして生まれた少年が、父を求めて旅をする話、らしい。全編が象徴と言葉遊びとパロディで構成された、特異な作品。

 他に菊地秀行、星新一、岡本綺堂、都筑道夫、種村季弘、中井英夫など、名だたる作家の名が並んでいる。なかなか贅沢なアンソロジーなのである。

 そんな中でマイベスト作品を選ぶのもなかなか難しいが、もっとも正統派の吸血鬼小説ということで、「吸血鬼の静かな眠り」とする。

Chitobara

 

| | コメント (0)

2020年9月 8日 (火)

ウィスキー&ジョーキンズ

ウィスキー&ジョーキンズ ダンセイニの幻想法螺話/ロード・ダンセイニ;中野善夫訳(国書刊行会,2015)
 ダンセイニの小説といえば、以前に本ブログでも紹介した『時の神々の物語』に代表されるような神話的ファンタジーのイメージが強いが、本書は現代(といっても20世紀前半)を舞台にしたほら話のシリーズ<ジョーキンズ・シリーズ>。その日本オリジナル短編集である。
 収録作はほとんどが初訳。訳者あとがきによれば、昔ハヤカワ文庫でこのシリーズの作品集『魔法の国の旅人』が出た後、それに続く邦訳短編集を待っていたのだが、いつまでたっても出ないので、しびれをきらして自分で出すことにしたとのこと。

 収録作品は23編。
 最初の「アブ・ラヒーブの話」は、解説によればシリーズ全体のプロローグに当たるとのことで、この作品が最初にないと始まらないらしい。語り手がビリヤード・クラブでジョーキンズという初老の紳士と初めて出会い、その話を聞くエピソード。
 ジョーキンズを紹介した男の、「一つだけ警告しておくことがある。ジョーキンズの話を決して信じてはならないということだ」という忠告の言葉がこのシリーズを象徴している。
 後半になると、ビリヤード・クラブの面々がジョーキンズに話をさせないようにあれこれ画策するようになっている。こういう「酒場でのほら話」のシリーズでは、みんなが喜んでその話を聞きたがるのがお約束常だが、ジョーキンズの場合、「誰も聞きたがらない話を無理やりする」というのがパターンになっている。
 印象的だった話をいくつかあげてみる。

 上でも触れた最初のエピソード「アブ・ラヒーブの話」は、アフリカの幻獣アブ・ラヒーブの目撃譚。
 やや長めの話「リルズウッドの森の開発」は、森から出てきたサテュロスと富豪との奇妙な生活の物語。
 ジョーキンズがアフリカの瞬間移動の魔術を体験する「アフリカの魔術」。なぜかアフリカの話が多い。
 古代の曲を奏でる男が登場する「流れよ涙」。その曲を聞く者すべてが涙を流す。税務署員も警官もみんな泣く。
 ジョーキンズがユニコーンと出会った話「ジョーキンズの忍耐」。このシリーズには、ジョーキンズの話を信じないライバルが何人か登場するが、この作品に出てくるターバットもその一人。
 一種の暗号もの「オジマンディアス」。暗号と宝探しという、古典的な話。推理の結果場所はわかるのだが、忙しくて探しに行くヒマがないというラストがなかなか人を食っている。
 アフリカの奥地に建設された理想の都ウルムスラギとその最後を語る「ジョーキンズ、馬を走らせる」。またアフリカの話。収録作中、一番ダンセイニらしいファンタジーだろう。
 ジョーキンズの知り合いディックの若い頃の奇妙な体験談「奇妙な島」。彼が愛した島の女は、神話の魔女キルケだった――と思わせて、最後にひっくり返す。
 ジョーキンズがついに話をさせてもらえないのが「スルタンと猿とバナナ」。ビリヤード・クラブの別のメンバーが、ある不動産屋の悲劇を語るのだが、その後でジョーキンズが、「スルタンと猿とバナナの話と比べたら取るに足りない」と言う。しかし誰もその話をしてくれと言わないので、その内容はわからないまま終わる。
 最後の作品「夢の響き」。ジョーキンズが悪霊に取り憑かれた男の演奏を聴いて、天国への道を見る。ラスト3ページ、改行なしの音楽の描写は、いかにもダンセイニらしい幻想を見せてくれる。

Whiskeyandjokens

| | コメント (0)

2020年8月 2日 (日)

ウッドハウスとソーン・スミス

マリナー氏ご紹介/P・G・ウッドハウス|トッパー氏の冒険/ソーン・スミス;井上一夫訳(筑摩書房・世界ユーモア文庫,1978)
 <世界ユーモア文庫>は、文庫という名前だがいわゆる「文庫」ではなく、「世界ユーモア文学全集」と呼んだ方が似合う単行本の双書。奥付には「新装版」とあるが、初版がいつなのかよくわからない。
 調べてみると、1961年から62年にかけて、<世界ユーモア文学全集>という全集が出ていて、その新装版ということらしい。
 しかし、旧版<世界ユーモア文学全集>では、「マリナー氏ご紹介」は、エイメの「マルタン君物語」と、「トッパー氏の冒険」は、ハインリヒ・ベルの「ムルケ博士の沈黙集」と組み合わされてそれぞれ一冊になっている。新装版にあたって内容をシャッフルしたらしい。

 それはともかく、今や日本でも人気のウッドハウスは、こういう全集には欠かせない作家だろう。本書に収録されているのは、<ジーヴス>ではなく、ちょっとマイナーな<マリナー氏>のシリーズ。「ウィリアムの話」、「厳格主義者の肖像」など短篇7編を収録。(2007年に『マリナー氏の冒険譚』として本シリーズの新しい訳が出ているが、内容はほとんど重なってないようだ。)
 このシリーズは、「釣魚亭」という酒場でマリナー氏という紳士が、自分の従兄弟たちの奇妙な(主として男女関係に関する)冒険を語るというもの。この人にはやたらと多くの従兄弟(もしくはまた従兄弟)がいるらしい。彼らは多くの場合、奇策を用いて意中の女性と結婚することに成功するのだが、逆に結婚を迫る女性から逃げ出す話もある。一番面白かったのは、「名探偵マリナー」。意味ありげな笑顔だけで、財産と伴侶を手に入れた男の話。

 一方、ソーン・スミスは、ウッドハウスと違って今ではまったく忘れられている作家。しかしさすがにウィキの英語版には「Thorne Smith」の項目がある。本書に収録されている長編「トッパー氏の冒険」はソーン・スミスの代表作で、映画、ラジオ、テレビでメディア化されたという。
 主人公はコスモ・トッパーという冴えない中年サラリーマン。カービーという若い夫婦が死亡事故を起こした中古車が売りに出されていたのを、何をとち狂ったのかひと目で気に入ってしまい、購入する。
 ところがその車が事故現場を通りかかったところで、そこらをさまよっていたカービー夫婦の幽霊が乗り込んできて、好き放題を始める。後半ではさらに男と女の幽霊が二人合流してくる。トッパーは主に夫婦幽霊の妻の方のマリオン・カービーの奔放な行動に振り回されっぱなしになるが、口うるさい妻から逃れて幽霊たちと放浪するうち、次第に自由の味に目覚めていく――みたいな話。
 この作品の幽霊は姿を消したり現したりできるし、物理的な力を行使したり、ものを食べたりもできるという、ほとんど万能の存在。ただ、地上で活動できる時間には限りがあって、最後はお別れパーティーを開いてみんな消えていく。
 ふざけた話だが、最後の方はわりと情感が漂う。「風と星のあいだのどこかに、マリオンがただよっているのだ」とか――。
 ウッドハウスのドライな笑いより、こっちの方が日本人好みの話かもしれない。忘れられているのがちょっともったいない作家。

Mullinertopper

| | コメント (0)

2020年7月 1日 (水)

死者の饗宴

死者の饗宴/ジョン・メトカーフ;横山茂雄、北川依子訳(国書刊行会 ドーキー・アーカイヴ,2019)
 日本では怪奇小説アンソロジーにこれまで数編の作品が邦訳されただけの、実にマイナーな作家の短篇集。著者は1920年代から50年代にかけて作品を発表した人だが、そもそも寡作な(というか、売れなかった)作家で、しかも怪奇小説と言えるのはそのうちのごく一部らしい。
 作品数から考えて、これが日本で発行されるメトカーフの唯一の怪奇小説短篇集になるのではないだろうか。
 収録作は8編。

「悪夢のジャック」
 ビルマからいわくつきの宝石を持ち帰った船乗りたちに、呪いがふりかかる話。

「ふたりの提督」
 退役した提督に執拗につきまとう、得体の知れない「島」の幻。その「島」に向かって船を出す提督。すれ違った

「煙をあげる脚」
 これも「悪夢のジャック」と同様、ビルマから水夫が呪いの宝石を持って帰ってくる話。ただし彼自身の意志ではなく、宝石は邪悪な医師によって、護符と一緒に彼の足に縫い込まれていたのだった。

「悪い土地」
 神経症の療養のため海岸の田舎町にやってきた男が、砂丘の向こう側の土地で説明のつかない不安、違和感に襲われる。その土地にある白い家が、「悪の国の中心、拠点」なのだ――と男は信じ、悪の元凶の破壊に向かう。すべてが神経症患者の妄想ともとれるが、「呪われた土地」テーマのよくできた怪談。

「時限信管」
 自分の家で降霊会を開くほど心霊主義に取り憑かれた女が、信念の力で奇跡を起こす。赤く燃える石炭を手をつかみ、体に押しつけるが、何の影響もない。まさに「心頭滅却すれば火もまた涼し」というところだろう。だが、その信念が崩れる時が来たらどうなるか…。

「永代保有」
 ジョンとサロメの新婚夫婦がイギリス沿岸をヨットで旅行している。サロメはハンフリーという横暴な男と結婚していたが、夫は四週間前に死んで彼女はやっと解放されたのだった。だが、ハンフリーは死んだ後もサロメを決してあきらめていなかった…。死者の妄念を、はっきりとした形では書かないまま、じわじわと迫る恐怖をかもし出す。

「ブレナーの息子」
 予備役軍人のウィンターは、列車の中でかつての上官だったブレナー提督に偶然再会する。数日後、列車に乗り合わせていた提督の息子が突然家にやってきて、滞在を始めるする。ウィンターには息子を預かるなどという約束をした覚えはない。提督の息子は三日くらいの間さんざん乱暴狼藉を働いた後、忽然と姿を消す。ただの悪ガキの話かと思ったら、最後の場面で怪談になる展開が鮮やか。

「死者の饗宴」
 本書全体の約3分の1を占める、収録作の中では格段に長い中編。
 要するに、フランスから来た悪霊が少年に取り憑く話。一種の吸血鬼みたいなものだが(実際、最初の邦訳はかつて吸血鬼テーマのアンソロジーに収録されていた)、血を吸うのではなく、生気を吸い取る。それも直接接触しなくても、近くにいるだけで吸い取られるらしい。
 父親の抵抗で魔物は一度は退散。しかし魅入られた少年は自分からフランス、オーヴェルニュへ行ってしまう。後を追う父親。「こうしてオーヴェルニュ地方の捻れ曲がった陰鬱な風景に接近するにつれて、わたしは邪悪な力たちの本拠地に無謀にも足を踏み入れ、取るに足らない力で悪霊の軍勢と対抗しようとするかに思えた」。実際のオーヴェルニュの人たちには少々失礼な描写だが…。
 ――というわけで、地元の伝承に伝わる「無し[サン・ノン]」と呼ばれる存在から息子を取り戻そうとうする父親の苦難、そしてその後に待ち受ける悲劇の物語が展開する。

 前半の4編は正直言って、今ひとつわかりにくい上にとっつきにくい話だったが、後半は理解しやすい正統派怪奇小説に近づいてくる。とはいえ、この作家の作風らしく、不可解な謎の数々が説明されないまま放り出されているのだが。それがまた、作品に漂う不穏で不気味な雰囲気を増幅する効果も生んでいる。
 マイベストはやはり表題作だろう。次点は「ブレナーの息子」。

Feastingdead

| | コメント (0)

2020年6月23日 (火)

刻丫卵(こくあらん)

刻丫卵/東海洋士(講談社ノベルス,2001)
 聞いたことのない謎の作家による謎の小説。
 いや、実は作者は別に謎でもなんでもなく、本編の主人公、祝座[のりくら]岳雄と同じく放送作家だったとのこと。著者と交友のあった竹本健治による解説に、そのプロフィールについて書いてある。
 さらにネットでいろいろと情報を探してみると、著者はこの本が出た翌年、2002年に死んだこと、新井素子がデビューしたのと同じ『奇想天外』新人賞に応募していたこと(二次予選まで通過していた)、死後に『東海洋士追悼集 やさしい吸血鬼』が出ていて、新井素子や竹本健治などが寄稿していること――などがわかった。
 東海洋士というのは本名で、享年47歳だったとのこと。小説は結局、これ一冊だったようだ。

 それはとにかく、この小説。なんだかわけがわからない。ミステリなのか、幻想小説なのか、一種のSFなのか。
 主人公祝座は、旧友の六囲[むめぐり]立蔵から久しぶりに連絡を受ける。正体されて六囲の家に行ってみると、見せられたのは卵型の物体。表面には時計のような仕掛けがいくつも取り付けられていて、一種の機械らしい。収められていた箱には「刻丫卵」[こくあらん]の文字。そして島原の乱にゆかりの山田右衛門作という人名も。
 六囲が「刻卵」と呼ぶこの機械は彼の家に伝わるものだという。ただ、ひとつ足りない部品が人手にわたっていて、それを取り戻して来てほしいと六囲は頼むのだった。
 祝座は詐欺同然の手段で足りない部品――十字型の時計が六囲のところに戻るように仕組む。そして完全形となった刻卵は時を刻み始めるが、ただそれだけで何も起こらない。だが、六囲が席をはずした時、祝座は刻卵が異様な変形を遂げるのを見る。
 現実か夢かわからないこの場面は、本編中唯一の幻想的場面なのだが、すさまじい迫力に満ちている。結局、それが何だったのか、最後までわからないのだが。
 その異常体験の後、祝座と六囲は刻卵を巡っていさかいを始め、二人は喧嘩別れする。
 その後まもなく、祝座は六囲の妻から、彼が急死したことを知らされる。刻卵は呪いの物体だったのか――。結局何もわからないまま話は終わる。
 実際の物語は、半分くらいが祝座と六囲の会話から成り立っていて、しかも二人の視点がめまぐるしく移り変わる。小説としては禁じ手をあえてやっていて、違和感が半端ない。この作品の奇妙な印象は、これも一因。
 そして以上のようなメインストーリーの合間に、漢数字の章がはさまれていて、「刻丫卵」の由来にまつわる島原の乱での出来事が語られる。それが本当にあったことなのかどうかは不明のまま。さらに、刻卵の部品を取り戻すために祝座が演じた芝居も、同じく漢数字の章で語られているのだ。どういうことなのか。読んでいる者は混乱するばかり。
 解説で竹本健治が種明かしというか、彼自身の解釈を述べている。漢数字の章は祝座が書いた文章。そして他のアラビア数字の章は、刻卵が語っているのだと。
 なんにしても、読者を幻惑に導く怪作である。この人にはもっと作品を書いてもらいたかった気もする。

Kokuaran

 

| | コメント (0)

2020年5月 7日 (木)

だから見るなといったのに

だから見るなといったのに 九つの奇妙な物語/恩田陸ほか(新潮文庫,2018)
 8編の小説と絵物語1編を集めたアンソロジー。基本はホラー。
 元は『小説新潮』に掲載されたものだそうで、タイトルはアンソロジーにまとめてからつけられたものだろうが、確かに、「見てはいけないものを見てしまった」人間の陥る恐怖の物語が多い。
 若手作家が多くて、ブログ主が知ってる名前は恩田陸と海猫沢めろんと北村薫だけだった。
 収録された小説は以下のとおり。

「あまりりす」(恩田陸)
 ボイスレコーダーに録音された音声だけで構成される話。宴会の席でかわされる会話から、人里離れた村に伝わる「あまりりす」なる存在が浮かび上がってくる。それを見てしまったら、もう最後なのだった。
「妄言」(芹沢央)
 新婚夫婦が引っ越して来た家の隣人は、最初は人のいい主婦のように見えたが、次第に言動がおかしくなる。単なる「迷惑な隣人」の話に見えて、実は「見てはいけないもの」を見ていた人だったのではないかという真実が、最後に示唆される。
「破落戸[ごろつき]の話」(海猫沢めろん)
 語り手の10年来の知り合い、謝花。沖縄生まれの彼は、タイトルのとおりのゴロツキ。語り手と酒を飲みながら、謝花は凄惨な少年時代からの思い出話を語る。その思い出は「見てはいけないもの」に満ちていた。実話怪談の雰囲気に、すさんだ人生の臭いをまぜこんだような話。
「とわの家の女」(織守きょうや)
 置屋「とわの家」の芸者に恋をしてはいけない。周囲の人間からそう言われながらも恋に走った男が最後に見たもの。こんなことになるのなら、最初から女を「見なければよかった」という話。
「自分霊」(小林泰三)
 一人暮らしを始めた女子学生の部屋に出現する、幽霊らしきもの。実は未来の彼女自身だと、それは語る――。確かにホラー要素はあるが、本質は小林泰三が得意な時間SF。これこそ「見てはいけない」の典型。
「高速怪談」(澤村伊智)
 5人が乗った車が夜の高速道路を走る。シートが3列になった車らしい。乗っている人間が一人ずつ、怪談を語っていく。話がとんでもない方向に行き、一時は車内がパニックになる。それが解決されたかに見えた時、本当の恐怖がやってくる。
「ヤブ蚊と母の血」(前川知大)
 母が失踪し、父に放置され、自ら菜園で野菜を作って食いつなぐ、たくましくも野蛮な少年が主人公。最後の方は正直言ってなんだかわけがわからないが、壮絶な青春小説みたいな話。ラストシーンは「生き埋め」で終わるのだが、作者が劇作家で、劇団名が「イキウメ」というのは、話ができすぎ。
「誕生日[アニヴェルセール]」(北村薫)
 太平洋戦争末期、戦国時代から続く侯爵家に双子の弟として生まれた男が、鎌倉の別邸で病に蝕まれながら、デカダンスに満ちた最後の日々を送っていた。この主人公は本当に何もしない。というか、病気で寝込んでいるだけで何もできない。最初から破滅しているようなもので、「だから見るな」も何も関係ないのである。

 正直言って、なんだか後味の悪い話ばかりなので、けっこう読む人を選ぶアンソロジーではある。

Dakaramirunato

| | コメント (0)

2020年4月 4日 (土)

千霊一霊物語

千霊一霊物語/アレクサンドル・デュマ;前山悠訳(光文社古典新訳文庫,2019)
 あの大デュマが書いた怪談小説。タイトルは「千夜一夜物語」をもじったものだが、複数の語り手が交互に自分の体験した怪異を語るという形式なので、むしろ日本の「百物語」に近いと言える。

 1831年、デュマはフォントネ=オ=ローズという町で首切り殺人事件に遭遇し、裁判の証人となる。
 事件は、ジャックマンという男がよくわからない理由で妻の首を斬り落として殺したというものだが、ジャックマンは切った後の妻の首が噛みついて来たと供述する。
証人として立ち会ったのは、デュマの他、この町の市長ルドリュ、医師のロベール、文人のアリエット、司祭のムール。デュマは市長の家に招かれ、そこで調書に署名することになる。
 市長の家には、先ほどの証人たちの他、ルノワール士爵と謎の女性が招かれていて、彼らは署名の後で食事をふるまわれ、食後に歓談をする。そこで怪談話が始まるのだった。
 最初は、正体主のルドリュ自信が語る。切り取られた首が生きていたという犯人の言葉に関連して、自身が若い頃に体験した話。フランス革命の頃、ソランジュという偽名を名乗っていた女性との恋と、彼女の悲劇的な死、そしてその首から呼びかけられた体験。
 続いて、ロベール医師が話すのだが、それは彼自身の体験ではなく、イギリス人の医師から聞いた話。――で、その医師が判事から聞いた怪異体験の話。判事は自分が処刑した悪党のかけた呪いに取り憑かれ、死んでしまうのだった。もう首がどうのこうのというテーマとは関係なく、ただの怪談になっている。
 次はルノワールの話。フランス革命の時、サン=ドニの王墓でアンリ4世の亡骸を侮辱した男のたどった悲惨な運命。フランス革命の時期でも、アンリ4世だけは特別だったらしい。
 その次はムール司祭が自分の体験を語る。ラルティファイユという悪党を自ら改心させた体験と、その後の彼の刑死。非常に説経くさいが、司祭がしゃべっているんだから仕方ないか。
 そしてアリエットの話。スイスの温泉で若妻が療養中、フランスにいた夫が病死する。夫の埋葬に間に合わなかった未亡人は、夫が自分の死後に身につけておいて欲しいと願った髪の毛を手に入れるため、墓を掘り起こす。彼女にはなぜか夫が埋められている場所がわかったのだった。
 最後は、謎の女性ヘドウィグの話。これが一番長く、かつドラマチック。
 ヘドウィグはポーランド人。一族がロシアに対する独立闘争に蜂起し、敗れたため、彼女はモルダヴィアに亡命することになる。その旅の途中で彼女が体験した、吸血鬼の恐怖と悲恋の物語。

 一同の中でデュマだけが何も話をせず、聞いているだけ。ヘドウィグの話が終わったところで、あっさりと作品も終わる。
 ひとつひとつのエピソードは、さすがにデュマだけあって読ませるのだが、全体としては、なんだか中途半端に始まり、終わった印象が残る。

Senreiichireimonogatari

| | コメント (0)

より以前の記事一覧