新・幻想と怪奇
新・幻想と怪奇/仁賀克雄編訳(ハヤカワ・ミステリ,2009)
タイトルに「新」とついているのは、同じハヤカワ・ミステリから1956年に『幻想と怪奇』という2冊ものアンソロジーが出ていたため。そちらの方はレ・ファニュ、ブラックウッド、ラヴクラフト、M・R・ジェイムズなど、いかにも正統派の怪奇幻想小説の作家たちが収録されている。
本書はその続きとなる怪奇幻想小説のアンソロジーということになるのだが、作者名を見ると、ヘンダースン、シェクリイ、ナース、ファーマー、テン、ウェルマン、マシスンなど、半分くらいSF作家。SFファンタジーのアンソロジーと言うべきかもしれない。
内容は17編を収録。
「マーサの夕食」(ローズマリー・ティンパリー)
これはサイコホラー。旦那の浮気相手を奥さんが料理してしまう。
「闇が遊びにやってきた」(ゼナ・ヘンダースン)
五歳の少年スティーヴィは川の土手で「闇」を見つけ、それを封じ込める。だがロバのエディが封印を破ってしまう。「闇」に取り憑かれたロバの描写が鬼気迫る。
「思考の匂い」(ロバート・シェクリイ)
未知の惑星に不時着した宇宙郵便配達人が、思考感知能力を持つ現住生物に襲われるという、完全なSF。
「不眠の一夜」(チャールズ・ボーモント)
炉端怪談形式のショートショート。ある館での一夜の怪異を語って、単純だがよくできている。
「銅の器」(ジョージ・フィールディング・エリオット)
ベトナムでフランス軍人が中国人ギャングに捕らえられる。部隊の配置を聞き出すため、フランス人の目の前で恋人が拷問されるというグラン・ギニョール的残酷物語。
「こまどり」(ゴア・ヴィダール)
少年時代の残酷さと後悔を描くショートショート。怪談でも幻想小説でもなく、文学に近い。
「ジェリー・マロイの供述」(アンソニイ・バウチャー)
ジーンとジェリーは芸人コンビだったが、ジーンが殺人を犯す。その犯行の経緯について証言するジェリー。だがジェリーは実は腹話術の人形なのだった。これも一種のサイコホラーか。
「虎の尾」(アラン・E・ナース)
無限にものを吸い込む謎のハンドバッグ。それを研究する科学者たちは、向こうにいる「何ものか」を無理やり引っ張り出そうとする。ラストの不気味な展開が星新一の「おーい、出てこーい」を思わせるSF。
「切り裂きジャックはわたしの父」(フィリップ・ホセ・ファーマー)
語り手の貴族の母は凶悪犯罪者である義理の弟に犯され、アフリカに渡航した後で語り手を出産する。この語り手が、実のところあのターザンとしか思えない。本編はFeast Unknownという長編の抜粋ということなので、この作品についての英語版Wiki記事を見てみると、やはりターザンをモデルにしたキャラクター(名前は違うが)らしい。
「ひとけのない道路」(リチャード・ウィルスン)
アメリカの田舎を車で走っていた男は、いつのまにか他の人間が誰もいなくなっていることに気づく。二日後にすべて何事もなかったかのように元に戻るのだが、その間何が起きていたのか。男の推測はこの作品を完全なSFにしている。
「奇妙なテナント」(ウィリアム・テン)
存在しないはずの13階を借りる奇妙なテナント。その階に用事のある人間は簡単にそこに行けるが、ビルの管理人だけはどうしても行くことができない。軽妙でシニカル。いかにもテンらしい作品。これもSF。
「悪魔を侮るな」(マンリー・ウェイド・ウェルマン)
第二次世界大戦中、ナチスドイツの一部隊がトランシルヴァニアらしき地方のとある城に駐屯する。そこはドラキュラの城だった。
「暗闇のかくれんぼ」(A・M・バレイジ)
スミーというかくれんぼゲームに、知らない人間が混じっていたという、典型的ゴーストストーリー。
「万能人形」(リチャード・マシスン)
どうしようもない暴れ者の息子をおとなしくさせるため、万能人形を友達として与える両親。しかし息子に影響されて万能人形も暴れ出す。困り果てた両親は、人形を息子の代わりにしてしまう。最後のオチが傑作。
「スクリーンの陰に」(ロバート・ブロック)
映画ファンタジー。エキストラに生涯を捧げてきた老人が、スクリーンの中の恋人と一緒になるため、映画の中に入ってしまう。よくある話である。
「射手座」(レイ・ラッセル)
収録作中一番長い中編。ニューヨークを訪問中のイギリス貴族テリー郷が、フランスで知り合った二人の俳優を巡る奇怪な物語を語る。ジキルとハイド、切り裂きジャック、グラン・ギニョール、二十世紀初頭のパリといった道具立ての中で展開するゴシック的怪奇譚。収録作中で一番クラシックな「怪奇幻想」小説。他の作品とテンポが違うのでやや冗長に感じてしまうが。
「レイチェルとサイモン」(ローズマリー・ティンパリー)
本書2作目のティンパリー。日本では無名のこの作家を編者はよほど気に入ったらしい。死んだ子どもたちが実在するかのようにふるまう女の話で、やはりサイコホラーみたいなもの。
マイベスト3は、「不眠の一夜」、「奇妙なテナント」、「万能人形」。