歴史小説

2020年7月17日 (金)

決戦! 関ヶ原

決戦! 関ヶ原(決戦! シリーズ)/葉室麟ほか(講談社文庫,2017)
 本ブログですでに3冊ほど取り上げたことがある時代ものアンソロジー<決戦!>シリーズの1冊。出版順から言うと、これが第一弾。
 収録作は7編。西軍から4人、東軍から3人の武将を主人公に据えて、合戦の裏で展開されていた意外なドラマを描く。単行本(2014年)に比べてなぜか作品1編が差し替えされているが、西4、東3の組み合わせは同じ。

「人を致して」(伊東潤)
 徳川家康が主人公。関ヶ原の戦いは、福島正則や細川忠興などの武断派武将をまとめて始末するために、石田三成と家康が裏で手を結んで仕組んだもの、というとんでもない設定。しかし家康も三成も、最終的には相手をどうやって倒すかを考えている。二人の騙し合いが見もの。
「笹を噛ませよ」(吉川永青)
 福島正則配下の武将、可児才蔵、通称「笹の才蔵」が主人公。本書に登場する7人の主人公の中で、一軍の大将ではない唯一の人物。井伊直政に騙されて抜け駆けを許してしまった才蔵は、怒り心頭に発して直政を殺そうと前線へ突進する。
「有楽斎の城」(天野純希)
 わずかな兵を率いて東軍の片隅に参加した織田有楽斎。有楽斎は本能寺の変の時、織田信忠を見捨てて一人逃げ延びたことで悪名高い。つきまとう卑怯者の汚名を今度こそ払拭しようと思うが、腕もたたない上、まったく戦に不慣れなため、戦いが始まっても右往左往するばかり。小物の処世がいじましい。
「怪僧恵瓊」(木下昌輝)
 吉川広家の視点から見た、安国寺恵瓊の怪しい動き。毛利家を西軍の総大将に引っぱり出し、それでいて、肝心な関ヶ原の戦場では毛利秀元軍の参戦を妨害する。恵瓊の正体とその真の目的が最後で明らかになる。
「丸に十文字」(矢野隆)
 関ヶ原の戦場に立ちながら戦況を傍観し、最後になって徳川軍に向かって突撃した島津義弘の心境を細かく描く。通説の裏に隠された真相の暴露、みたいなものが定番になっているこのアンソロジーの中で、もっとも正統派の作品。
「真紅の米」(冲方丁)
 主人公は小早川秀秋。普通はバカの見本みたいに思われている小早川秀秋だが、本編では頭脳明晰で知的な青年で、ただ保身のためにバカを装っていたということになっている。そんな秀秋が松尾山の陣でこれまでの人生を回想し、裏切りに踏み切るまでが本筋。とにかく、ここまで聡明で誠実な小早川秀秋の人物像は見たことがない。
「孤狼なり」(葉室麟)
 石田三成が主人公。この作品も最初の「人を致して」と同じくらい、関ヶ原の意外な裏側を語っている。本編で騙し合いをするのは、三成と安国寺恵瓊。関ヶ原の戦いを利用して毛利の天下を実現しようとする安国寺恵瓊の謀略、阻止しようと捨て身の策を図る三成――。

 こうして見ると、東軍の方は徳川家康はともかく、可児才蔵や織田有楽斎みたいなバカが主人公になっているのに対し、西軍の方は、いろいろと裏があって一筋縄ではいかない人物ばかり。特に二つの作品で暗躍する安国寺恵瓊の暗黒パワー(ダジャレではない)がただごとではない。面白さでは西軍の勝ち。

Kessensekigahara

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2020年1月23日 (木)

李世民

李世民/小前亮(講談社,2005)
 この著者の本は、これまでに本ブログで3回取り上げている。『苻堅と王猛』(2012年10月21日)、『劉裕』(2019年1月19日)、『蒼き狼の血脈』(2019年8月2日)。
 この『蒼き狼の血脈』の時にもちらっと書いたが、前から、この人の文章はどうも田中芳樹に似ていると思っていた。
 本書は小前亮のデビュー作になるのだが、著者紹介を見ると、田中芳樹の勧めで小説の執筆にとりかかったとある。本当に田中芳樹の弟子みたいなものだったのだ。

 内容は、唐の実質的建国者李世民が皇帝になる前の話。隋末の群雄たちとの戦いに明け暮れる日々を描いている。
 戦いの中で、敵方の武将たちが次々と帰順してきて李世民の部下になっていくのがメインストーリー。
 一章では、李世民の味方として登場する唐の主な将軍は、劉文静、劉政会、殷開山くらい(劉弘基が二章から登場)。二章で段志玄が加わり、三章で隋から李靖と屈突通が投降。五章では群雄の一人李密が降るが、こいつはすぐ裏切る。この時李密の配下で一緒に降伏したのが魏徴。六章ではその魏徴に説得されて、李密の参謀だった知将徐世勣が李世民と運命的な出会いを果たし、部下になる。本書の三大スターの一人。
 八章では姓を下賜された徐改め李世勣が、王世充配下の豪将秦叔宝の引き抜きに成功。本書三大スターの二人目。トリックスター程咬金と秦叔宝と共に唐軍に入る。そして十章では劉武周の配下で三代スター最後の一人、最強武将の尉遅敬徳が、ついに李世民の部下となる。とにかくこの尉遅敬徳の強さは異常で、呂布や関羽にも匹敵するのではないかと思われる。最後に十二章で王世充がついに降伏、配下の羅士信が李世民の下に加わる。だけどもう小説が終わるので、この後の出番はないのだった。
 竇建徳、王世充が敗北する十二章で本書の物語は事実上終わる。最終章では李世民が兄弟たちを倒した玄武門の変のいきさつがごく簡単に語られる。

 ――というような話なのだが、デビュー作のせいか、気になる部分もないではない。
 ひとつは、李世民を理想的に描きすぎていること。まるで欠点がないが、こんなやつがいるわけない。
 だいたい、長安にいた隋の恭帝楊侑を禅譲の後で殺しているのだが、そのことを全然書いてない。段志玄が屈突通の元に投降勧誘に行った時、「代王殿下が害されることなどなかろうな」と確かめているのに対し「わが主君あるかぎり、そのようなことはありません」と答えているのにもかかわらず、である。本当はひどい裏切りをしているのだ。玄武門の変での兄弟殺しも、無理やり正当化している。
 もうひとつは、歴史小説にはありがちだが、女性がほとんど出てこないこと。唯一の女性の登場人物と言えそうなのは、竇建徳の妻曹白蓉。竇建徳は皇帝となった後でもこの妻に頭が上がらない。他には霍紅炎という女傑が八章にちらっと出てくるだけ。それ以外は、李世民自身の妻さえ出てこない。
 さらに言えば、登場人物が多すぎる点か。この長さでこの数はいくらなんでも詰め込みすぎでは。
 逆にいいところは、単なるやられ役、悪役になりがちな唐と敵対する群雄たちの姿を、彼ら自身の視点からも描き、それなりの論理と目的を持ったキャラクターとして自立させていることだろう。李密、竇建徳、王世充、劉武周、さらには薛仁果や李軌みたいな二流勢力まで。王世充など、史実と違って殺害を免れ、どこへともなく旅だっている。
 とにかく、この作品を書いた時、まだ28か29歳の若さだったことを考えれば、デビュー作でこれだけ書けというのは大したもの。田中芳樹っぽいところが一番多い作品でもあるが。

Riseimin

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2019年12月19日 (木)

信長嫌い

 前回に続いて歴史小説集。こちらはまだ新しい。

信長嫌い/天野純希(新潮社,2017)
 織田信長によって人生を狂わされた7人の男たちを主役にした連作短編集。主役たちに共通しているのは、自分の力を過信していていること。そして男たちの多くが、その過信を信長によって打ち砕かれ、破滅していく。

「義元の呪縛」
 今川義元。大軍を率いて尾張に侵入、信長を包囲殲滅する作戦をたてる。しかし信長軍の突破力を甘く見ていたため、あえなく討ち死に。ご存じ、桶狭間の戦いのドラマ。戦いの展開についてはよく知られている通りだが、義元の心理を深く描いた点に新味がある。
「直隆の武辺」
 真柄直隆、朝倉家の家臣。大刀を振るう天下無双の豪傑――と自分では思っているが、家中で認められず、手柄を立てる機会もない。朝倉宗滴に将来を見込まれたと自負していたが、それも錯覚だった。勘違いしたまま姉川の合戦に挑み、無茶な突進をして敵中に孤立、討ち死にする。信長にやられたというより、自滅しただけに見える。
「承禎の妄執」
 六角承禎。近江源氏佐々木氏嫡流を誇り、一時は三好氏を圧倒して京を制圧したこともあったが、そこがピーク。織田信長の近江侵攻で本拠地観音寺城を捨てて逃亡してからは、凋落の一途を辿る。しばらくの間は近江南部を転々として信長に対抗していたが、最後の拠点石部城も落城して大名としては完全に滅亡。六角承禎は弓の名手だったが、戦は恐ろしく下手だったのだ。しかし承禎とその息子義治は、秀吉の時代までしぶとく生き延びる。
「義継の矜持」
 三好義継、三好長慶の養子。三好三人衆と反目して一時は織田信長に降伏。しかしその後足利義昭や松永久秀と結託して信長に敵対。だが頼みの綱だった武田信玄が病死して形勢は一気に信長に有利になり、義継は一旦は信長への敵対を中止。
 義昭は信長と戦って敗れ、義継の居城若江城へ逃げ込んで来る。信長から派遣されてきた羽柴秀吉は、義昭を殺すよう義継に密かに依頼。だが、義継はその話を断る。「逆らってみるか。ふと、そんな考えが脳裏をよぎった。流されるままに生きるのは、もううんざりだ。どの道、流れの先には滅びしかない」。
 結局、織田軍に攻められて若江城は落城(義昭はその前に逃亡している)、義継は自刃する。本書に出てくる主役たちの中では、一番ドラマチックで悲壮な滅びである。
「信栄の誤算」
 佐久間信栄、佐久間信盛の息子。織田家きっての宿老の嫡男だが、戦が嫌いで、もともと武士に向いてない性格。戦が近づくと胃が痛くなる。戦場でもろくな手柄を立てられない。降伏した石山本願寺の検使役に抜擢されながら、みすみす本願寺を焼亡させてしまうという大失態も演じる。
 そのあげく、父信盛ともども、信長に折檻状を突きつけられて織田家から追放される。信栄は、「その不届きの条々を書き並べれば、筆にも墨にもきりがない」とまで書かれていた。しかし信栄はむしろ解放された気分で、茶人として新たな人生を歩み出す決心をするのだった。口の信栄つきの悪い家老(というか執事みたいな印象)の荒川小右衛門が、いい味を出している。
「丹波の悔恨」
 百地丹波、伊賀の上忍。伊賀を壊滅させた織田信長を暗殺しようと試みるが、寄る年波で体がなまっていて、思うようにまかせず失敗。鍛錬を怠っていなかった妻のお梅に危うく助けられる始末。このお梅というのが、老女だが凄腕で、夫をたびたび救う。
 何度も失敗した後、丹波は明智光秀の軍勢にまぎれこみ、信長に少しでも近づこうとする。しかし彼がまったく予期しなかったことに、明智の軍勢は本能寺の信長を攻め、丹波は切腹直前の信長と対面することになる。本能寺にもぐりこんでいたお梅とも合流。二人に対し信長は、「夫婦でこんなところまで押しかけてくるとは、よほど余が憎いと見える」と笑う。
 収録作の主人公の中では一番無名(一応実在の人物ではある)で、その分フィクションを思う存分に盛り込んでいる。結末が一番ハッピーエンドに近いのも、フィクションだからこそだろう。
「秀信の憧憬」
 織田秀信。幼少期の名は三法師、信長の孫。祖父信長は夢の中でしか会ったことがないが、回りの人間は、彼が生前の信長そっくりだという。耄碌した秀吉など、秀信を信長と思い込んで錯乱し、詫びごとを言う始末。その時、秀信は「自分の体を流れる血には、これほどの力がある」という自信に目覚める。
 そして秀吉の死後、関ヶ原の戦いが迫る中、秀信は石田三成から美濃・尾張二ヵ国を約束されて西軍につく。もともと秀信は、徳川家康にすり寄ることを「美しくない」といって拒否しており、西軍につくのは自然のなりゆきみたいなものだった。
 そして結局秀信は、関ヶ原の決戦の前、岐阜城から討って出て無理な戦いをしたあげく、わずかに生き残った家臣とともに降伏する羽目になる。歴史上は凡庸だったとされる織田秀信が、実は誇り高く果敢な若者だった、という再評価の作品。
 この作品に限っては、「信長嫌い」ではない。秀信は信長に憧れている。むしろ「秀吉嫌い」、「家康嫌い」なのである。

 マイベストはやはり、ドラマ性の高さで「義継の矜持」だろうか。

Nobunagagirai

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2019年12月15日 (日)

古城秘話

古城秘話/南條範夫(ちくま文庫,2018)
 このちくま文庫版は去年の出版だっが、元は『南條歴史夜話 古城秘話』として1974年に刊行されたもの。昭和を代表する歴史・時代小説の大家の一人南條範夫による、全国各地の城を舞台とした歴史小説短編集。
 内容は全30編、それに「附」として江戸城論「戦わざる巨城」1編を追加。各編はだいたい南から北に並んでいる。
 どんな話かというと、例えば「鹿児島城の隠密」は、不可能と言われた鹿児島城潜入に成功した隠密の話。その隠密は誰あろう間宮林蔵。
 次の「熊本城の首かけ石」は、熊本城にあった「横手五郎の首かけ石」の伝説の元となった男の悲劇。
 さらに「原城の裏切者」は、島原の乱で仲間を裏切り、ただ一人生き残った男の話――といった具合。
 以下、「佐賀城の亡霊、「松山城の呪咀」、「福山城の湯殿」、「岡山城の後家」、「姫路城の高尾」、「明石城の人斬り殿様」、「松江城の人柱」、「鳥取城の生地獄」、「大坂城の人間石」、「郡山城の怨霊」、「津城の若武者」、「名古屋城の金鯱」、「犬山城の執念」、「稲葉山城の仇討」、「岩村城の女城主」、「福井城の驕児」、「富山城の黒百合」、「七尾城の秋霜」、「金沢城の鮮血」、「小田原城の老臣」、「宇都宮城の釣天井」、「江戸城の白骨」、「若松城の叛臣」、「米沢城の名君」、「鶴ヶ丘城の反骨」、「久保田城のお百」、「松前城の井戸」の各編。
 短いページで史実だか伝説だかフィクションだかわからないストーリーが語られる。城の歴史ドラマと言えば攻城戦をすぐ連想するが、本書の場合、城を舞台とした奇談や愛憎劇の方がむしろ多い。
 タイトルからして内容の見当がつくのは、「明石城の人斬り殿様」(「十三人の刺客」のモデルになった暴君の話)、「鳥取城の生地獄」(秀吉の城攻め)、「岩村城の女城主」(武田と織田の間で翻弄された女性の悲劇)、「宇都宮城の釣天井」(伝説の将軍暗殺未遂事件)、「米沢城の名君」(上杉鷹山伝)など。一方で、佐々成政時代の話「富山城の黒百合」や佐竹家のお家騒動「久保田城のお百」など、全然知らない話も多い。
 とにかく、城に物語ありと感じさせてくれる1冊。どの話もとにかく読みやすいのはさすがに大家。ただ、どっちかというと暗い話が多い。やはり城には悲劇の方が似合うのだろうか。

Kojouhiwa

 

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2019年11月29日 (金)

孟徳と本初

孟徳と本初 三国志官渡決戦録/吉川永青(講談社,2017)
 サブタイトルのとおり、『三国志演義』前半の山場である「官渡」の戦いを曹操(孟徳)と袁紹(本初)、双方の視点から描いた小説。
 奔放で大胆不敵な曹操と、あくまで正統派の覇道を歩む袁紹。二人の性格は通常のイメージをベースにしながらも、それを超えた肉づけをされている。
 本作の曹操は、奸雄に相応しい資質を備えてはいるが、通説ほどに知謀に長けて冷静なわけではなく、けっこう悩みもするし間違いも犯す。
 逆に袁紹の方は、いかにも名家の御曹司らしいが、通説ほどに傲慢なわけでも愚昧なわけでもなく、確かな戦略眼を持ち、打つ手は誤りがない。正直言って、本作に出てくるくらい優秀な袁紹は、あまり見たことがない。
 その袁紹が曹操との望まない戦を始めることになったのは、劉備が懐に飛び込んできたため。
 本作の劉備は奸智に長けた梟雄で、登場人物の中で一番たちが悪い。普段は君子然としているが、いざとなるとヤクザ者の本性を露わにする。なかなか面白いキャラクターではあるが、本作の劉備は、前半にちょっと出てくるだけ。劉備の部下では他に関羽と孫乾だけがちょっと登場。張飛は名前が出てくるだけ。
 曹操と袁紹の部下たちももちろん登場するが、両陣営ともに、武将よりも参謀たちの活躍が目立つ。袁紹の参謀たちは仲が悪く内輪もめばかりしており、曹操の参謀たちは、程昱、荀攸、郭嘉、賈詡など、癖の強い個性派揃いだが、結束は強い。結局のところ、この物語では参謀たちの質が勝敗を決しているのだ。
 敗戦の原因となった袁紹の参謀の代表格が郭図と許攸。若い頃から袁紹に仕えていた郭図は早い段階で裏切り、袁紹を敗戦に導くことを目標にさまざまな画策をする。許攸もまた、史実どおりに裏切って曹操の元に走り、烏巣の兵糧基地の場所を教えるという決定的な役割を果たす。
 曹操たちが袁紹軍の猛攻をひたすら耐え忍んでいた圧倒的に不利な、というか絶望的な状況が、烏巣奇襲という一手で一気に逆転するのだ。
 逆に言うと、この袁紹の参謀たちの裏切りがなければ、曹操はどうしようもなく負けていたとしか思えないのである。
 ただ、自分に勝利をもたらした郭図を、結局曹操は自分の陣営に受け入れない。郭図は自分を高く売り込むという、その目的のためだけに、曹操軍を徹底的に追い詰めた。そんな郭図を曹操は許さなかったのだ。――というところで本作は終わる。

 それにしても、本作は「蒼天航路」の影響がところどころ見てとれるような気がする。
 官渡の砦で、曹操軍の兵士たちが矢の雨の下でひたすら耐え忍ぶ場面とか。「ならば良し、曹操は胸を張って唱えた」というセリフとか。あのマンガを読んだ人ならすぐにわかる、曹操の決め台詞である。関羽が顔良の胴を両断するところも、「蒼天航路」にそっくりな場面があった。
 また、「蒼天航路」ではないが、どこかで聞いたようなセリフとしては、袁紹軍の櫓に投石が命中した場面での「見ろ。人が、ごみのようだ」なんてのもある。
 他にも、気がついてないネタが仕込んであるかもしれない。今の時代らしい「三国志」小説である。

Moutokutohonsho

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2019年8月 2日 (金)

蒼き狼の血脈

蒼き狼の血脈/小前亮(文春文庫,2012)
 タイトルから、歴史小説『蒼き狼』を連想する人も多いだろう。そのイメージのとおり、モンゴルの征服戦を描く歴史小説である。
 井上靖の名作『蒼き狼』は、言うまでもなくチンギス・ハン(鉄木真)の生涯を描いたもので、特に後半はチンギス・ハンと長子ジュチとの関係がひとつの軸になっている。本当に鉄木真の子なのかどうか、出生の疑惑に終生悩んできたジュチは、遠征先のキプチャク草原で病死する。その死の知らせを聞いたチンギス・ハンは「自分が誰よりもジュチを愛していたこと」を知る。その2年後に、チンギス・ハン自身も死ぬのだが、死の床で最初に呼んだのはジュチの名だった。――というのが『蒼き狼』の結末。
 ところで『蒼き狼』では、ジュチの死の場面そのものは描かれていないのだが、本書はその場面から始まる。キプチャク草原のモンゴルの陣中で、「おれは、誰だ?」と息子に呼びかけながら、ジュチは死ぬのだが、この時父の言葉を聞いていたのが、主人公バトゥである。この作品は、いわば『蒼き狼』が終わるところから始まるわけだ。
 西へ、さいはての海へ、という父ジュチの遺志を受け継いだバトゥは、キプチャク族やルーシ(中世ロシア)と戦いながら征服地を広げていく。キプチャク草原からルーシ諸国を経て東ヨーロッパへと至る征服戦がメインストーリー。それと平行して、モンゴル帝国内の権力争いが語られる。
 遠征軍の総指揮官は、父の地位を継いだバトゥ。さらにチンギス・カンの血を引く各家の長男たちが軍中にいて「長子軍」と呼ばれている。トゥルイの長男モンケはバトゥと仲がよく、頼もしい相談相手。二代目カンの長男グユクは、無能なろくでなし。グユクの父親の二代目カンオゴデイは陰険な権力の亡者。キャラクターがはっきりしている。
 モンゴルだけではなく、他の国の歴史上の英雄も登場する。ノヴゴロド公の息子アレクサンドルは見るからに切れ者という感じ。後にロシアの民族的英雄アレクサンドル・ネフスキーとなる。後にモンゴル軍を撃退するエジプトの英雄バイバルスの若い頃の姿も登場する。
 架空の人物も活躍する。ペルシアの商人で、バトゥに対しても歯に衣着せずずけずけとものを言うターヒル。そして作中でもっとも魅力的な人物と言っていい、アレクサンドルの妹アガフィヤ。後にバトゥの意を受けてある重要な任務を果たす。その後の彼女の運命が、なんとも想像力をそそる。
 物語は、グユクの死後にバトゥが盟友モンケを第四代カンに即位させ、自らは西方に新たな国を作るべく再出発するところで終わる。
 まさに壮大なスケールの一代の英雄物語というところ。ただ、主人公バトゥが完璧すぎるのが欠点と言えば欠点か。戦闘にしても政争にしても、強大な敵がいない。オゴデイ、グユクの無能カン父子、キプチャク族の首領コチャン、ハンガリー王ベーラ四世などの敵が、どれも無能すぎるので、バトゥはいつも余裕をもって勝ってしまう。
 それでもつい読んでしまうのは、いかにも現代の歴史小説らしい語り口のせいか。ちょっと田中芳樹に似てる気がする。

Aokiookaminoketsumyaku

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2019年6月28日 (金)

決戦!大坂城

決戦!大坂城(決戦!シリーズ)/葉室麟ほか(講談社文庫,2017)
 本ブログ3冊目の<決戦!>シリーズ。ちなみに最初は『決戦!三国志』(2017年2月8日のエントリー)、2冊目が『決戦!本能寺』(2017年4月13日のエントリー)。
 従来の歴史小説にはなかったような斬新な解釈や視点を持ち込んだ作品が多いのがこの<決戦!>シリーズの特徴である。本書の収録作は7編。うち5編が、大坂方の人物が主人公になっている。

 最初の葉室麟「鳳凰記」の主人公は、通常淀殿と呼ばれている女性。本作での呼び名は、一貫して「茶々」。バカ女の代表みたいに言われることの多い茶々だが、この作品では、聡明で誇り高く、正義感に満ちた女英雄になっている。彼女の目ざすところは、徳川家の横暴から朝廷を守ること。そのために豊臣家を盾として、徳川に攻められるように仕向けたのだった。――という話。今まで読んだ中で一番優秀な淀殿。
 木下昌輝「日ノ本一の兵」の主人公は、ご存じ真田信繁。この作品での呼び名は「左衛門佐」。「日の本一の兵」すなわち徳川家康の首をとることだけを目標にしている気違いじみた男。そのために「幸村」という二枚目を影武者に仕立てて大将をやらせ、自らは徳川軍の雑兵に扮して家康を狙う。
 富樫倫太郎「十万両を食う」は、収録作中で唯一商人を主人公にしている。大坂の商人、近江屋伊三郎。戦で一儲けしようと質の悪い米を大量に買い込んで不良在庫を抱える商才のない男。そこへ、徳川軍に包囲された大坂城に、抜け穴を使って米を密かに売りに行くという闇商売の話が持ちかけられる。それが実は、真田幸村の策略だった。本書の中で、真田「幸村」の名でこの人物が登場するのは本作だけ。(上の作品でも「幸村」は登場するが、別人である。)真田十勇士(の一部)も出てくる。
 乾緑郎「五霊戦鬼」の主人公は、徳川方の水野勝成。知名度は高くないが、波瀾万丈の生涯を送った猛将。大坂夏の陣を舞台に、勝成と因縁のある後藤又兵衛、六角家の生き残り法雲、さらに宮本武蔵らが、壮絶なバトルを展開する伝奇小説。
 天野純希「忠直の檻」。主人公は松平忠直。徳川家の中で冷遇され続けてきた忠直のひそかな望みは、家康の死だった。大坂夏の陣でその望みは真田信繁の突撃によって叶うかと思われたが――。松平忠直の悲運の生涯と、最後に得たわずかななぐさめを描く、わりと正統派の歴史小説。
 冲方丁「黄金児」の主人公は豊臣秀頼。最初の「鳳凰記」の秀頼版みたいな話で、本作の秀頼は天才的に頭がよく、かつカリスマ性の持ち主で、まさに天性の君主なのである。ただ、すべてのことを天上から見下ろすような視点の持ち主なので、現世での生き残りには執着しない。透徹した目で事態を見つめながら滅びていく、いわば神に近い存在。今まで読んだ中で一番優秀な秀頼。
 伊東潤「男が立たぬ」は、福島正則の一族で、大坂の陣に豊臣方で参戦したことで知られる福島正守が主人公。福島正則と正守の血縁関係については諸説あるようだが、本作では福島正則の弟ということになっている。
 実は正守は、徳川家康の密命を受けて、千姫を脱出させるために大坂城にもぐりこんだ、というのがこの話の設定。福島家を守るためにやむなく豊臣家に仕えることになった正守だが、やがて秀頼に心酔し、喜んでその家臣となる。そして「男を立てる」ため、千姫を徳川方に引き渡したあと、大坂城内に引き返して最後を遂げるのだった。正守から千姫と秀吉の位牌を託された坂崎直盛も、最後に男を立てて死んで行く。この侍の美学がいかにもこの作者らしい。

 マイベストは、読みごたえから言えば「男が立たぬ」にしたい気もするが、このシリーズらしい変化球の「日ノ本一の兵」とする。

Kessenosakajou

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2019年6月12日 (水)

真田軍記

真田軍記 他七編/井上靖(旺文社文庫,1974)
 今回はこれまた古い本。今はなき旺文社文庫の1冊で、文豪井上靖による、戦国時代を舞台にした歴史小説集。もちろん古本で買ったもの。歴史に埋もれた名もない人物を主人公にした話が多い。

 書名にもなっている「真田軍記」は、実際には真田家に関わる人々を主役にした4編の別々の作品。相互の間にストーリー上の関連性はない。
「海野能登守自刃」は、武田家を離れて真田家についた独立心の強い武将、海野能登守昌景の物語。沼田城代となっていた海野能登守が、真田昌幸に疑われて謀殺されるまでを描く。
「本多忠勝の女」は、真田信幸の妻となった本田忠勝の娘の物語。この女性は大河ドラマ『真田丸』では稲という名前だったが、本編では月姫と呼ばれている。信幸への輿入れから関ヶ原の戦いに際して真田昌幸の入城を拒むまでの、わりと有名な話。しかし関ヶ原の戦い後に改名したはずの真田信幸の名前が、最初から「信之」になっているのはなぜなのか。
「むしろの差物」は、真田家の家臣、といっても下っ端の間嶋杢の運命の変転。関ヶ原の戦い後に侍がいやになって、戦友の角兵衛とともに一旦は百姓になる。その二人が大坂の陣でまた戦いに巻き込まれる話。大坂城陥落後に落ち武者になった二人に、真田信吉が「百姓なら百姓らしくせい!」と怒鳴る場面がいい。
「真田影武者」も、大坂の陣の話。真田幸村の息子幸綱の影武者となりながら、図らずも生き残ってしまった男のその後。

 この他の7編は独立した短編。
「篝火」は、武田家の家臣多田新蔵という名もない武士の意地の話。
「高嶺の花」は、信濃の山奥の村が舞台。若者次郎の恋心とその暴発、
「犬坊狂乱」も、やはり信濃、伊那の名もない若者が主役。国衆関国盛に仕える粗暴な若者犬坊の激情のままの行動と狂乱の果ての最期。
「桶狭間」は、本書では数少ない、誰でも知ってる人物が主役の作品。父親の死から桶狭間の戦いまでの、織田信長の苦悩と成長を描く。よく知られる人物のよく知られる事績を描いた、わりと普通の歴史小説。
「天正十年元旦」も有名人が主役。武田家と織田信長の最後の年となった天正十年の元日。その朝、武田勝頼は新しい城で不安な目覚めを迎え、織田信長は安土城で賀使を引見し、明智光秀は丹波の霧の中で茶を飲み、羽柴秀吉は鳥取の陣中で信長への献上物を確認している。この年に何が起きるか誰も知らないまま、それぞれの思惑を巡らしている。
「佐治與九郎覚書」は、浅井長政の末娘を娶った男の話。大河ドラマ『江』では、佐治一成の名でちょっとだけ登場していた人物。その妻、つまり「江」は、この話では「小督」という名になっている。小督と結婚するものの政略により離縁させられ、やがて浪人となった佐治與九郎の長い余生を語っている。
「川村権七逐電」は、女に迷って人生を過った侍の話。本書にはこういうパターンの話が多い。本作の主役は、加藤嘉明の家臣川村権七。

 ベストは、「天正十年元旦」。アイデアに感心した。
 ところで、本書はこの時期の旺文社文庫の特徴で、本文に詳細な注釈がついている。しかし、わかりきった内容のことが多く、正直言ってわずらわしい。本文はせっかくいい作品が揃っているのに…。

Sanadagunki

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2019年1月27日 (日)

叛鬼

叛鬼/伊東潤(講談社文庫,2014)
 15世紀、応仁の乱の少し後、関東に動乱を起こした長尾景春を主人公とする長編歴史小説。これまで多分、主人公どころか、主要登場人物としてさえ登場することのなかった人物だろう。
 ゆうきまさみの『新九郎奔る!』第五話に、上杉龍若と名乗る少年が登場する場面がある(コミックス1巻166から169ページ)。関東管領山内上杉家の直系が絶えたため、越後上杉家から後継者として、龍若こと上杉顕定が迎えられたのである。
 本書は、まさにこの出来事から始まる。「その少年を初めて見た時、喩えようもない悪寒が背筋に走った」というのが冒頭の文章。主人公長尾景春は、山内上杉家の家臣筆頭である家宰長尾景信の息子。管領館に到着した上杉顕定と初めて視線を交わした瞬間から、この主君と家臣は互いに憎み合うようになるのだった。
 やがて父親長尾景信が死ぬが、上杉顕定は景春の家宰職継承を許さず、それどころか難癖をつけて知行まで奪い、追放・出家を命じる。あまりの迫害に耐えきれなくなった景春は、当時管領上杉家と関東地方を二分する戦いを繰り広げていた古河公方足利成氏の元に亡命する。敵方に寝返ってしまったわけである。
 こうして長尾景春は、宿敵上杉顕定とのいつ終わるともしれない戦いを始める。名将太田道灌、親族で家宰の座を奪った長尾忠景、さらには実の子である長尾景英までが彼の前に敵として立ちはだかる。
 景春は基本的には武勇も軍略も兼ね備えた優秀な武将なのだが、敵が強すぎるのか運が悪いのか、よく戦に負ける。「景春はよく負けた。これだけ負けた武将はほかにいないくらい、よく負けた」と本文にも書いてあるくらいである。
 しかしいくら負け戦に叩きのめされても、根拠地も家臣も失い放浪の身となっても、景春はしつこく何度でも再起し、強大な関東管領の勢力に挑み続ける。景春をここまで果てしない戦いに駆り立てた原動力が、歴史小説の主人公によくある理想や野心や矜持などではなく、もっぱら私怨だったというのがすごいところ。恨み、怒り、反逆に人生のすべてをかける、まさに「叛鬼」である。
 そして、関東の情勢が不安定化する重要要因となり、伊勢宗瑞(北条早雲)やその後継者たちが進出してくる機会を与えたのも、この長尾景春。(その伊勢宗瑞も後半にちょっとだけ出てきて、景春に「関東二分の計」なんてのを提案したりする。)
 管領や公方など既存秩序の側から見れば、鬼どころか破壊の魔王みたいな存在だろう。しかし著者の描く景春の人物像は、一本筋が通っていて爽やかですらある。
 実際、人望のない人物がこれだけ長い間、先の見えない戦いを続けられるものではない。ただの「鬼」だったら暗殺されるか野垂れ死にしているところだろ
 上杉顕定、太田道灌などの宿敵たちがみな戦死したり暗殺されたりして非業の最期を遂げるのに対し、長尾景春は72歳まで生きて当時としては天寿を全うしている。

 一般にはあまり知られてない人物だが、これだけ印象的な主役はなかなかない。この人物を選び出した著者の眼力に感服。

Hanki

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2019年1月19日 (土)

劉裕 豪剣の皇帝

劉裕 豪剣の皇帝/小前亮(講談社,2018)
 以前、本ブログで同じタイトルの本を紹介したことがある(2010年1月21日のエントリー)。吉川忠夫の『劉裕 江南の英雄宋の武帝』がそれ。
 その時にも劉裕についてだいたいのことは書いたのだが、5世紀、中国南部を支配していた東晋王朝を滅ぼし、新王朝「宋」を建国して初代皇帝となった風雲児である。本書は、その劉裕の一代記を小説化したもの。吉川忠夫の本は、本書にもネタ本の一つとして大きな影響を与えていると思われる。
 ただ、吉川忠夫の本が、東晋を簒奪した桓玄に対して劉裕が挙兵するところから始まるのに対し、本書では劉裕のそれまでの前半生にかなりのページ数をさいている。桓玄との戦いが始まるのは、本書の半分くらいのところなのだ。

 この作品は、一兵卒にすぎない若い劉裕が、前秦と東晋の運命を決した「淝水の戦い」を遠望するシーンからが始まる。やがて将軍劉牢之の配下となって、孫恩・盧循の反乱軍との戦いの中で頭角を現す。
 本書の劉裕は、貧民の出身で字も読めない無学者だが、大剣を振るえば剛勇無双の戦士、という設定。そして権力欲は薄く、出世には興味がない。ただ博打さえできていればそれでいいという無頼漢、というか単なるヤクザ者。およそ皇帝というイメージではない。
 そんな劉裕が、乱世の中で周囲から押される内にいつのまにか権力を握っていき、次第に打算や策略を身につけ、ついには東晋を簒奪して皇帝の位につく。要するに腕っ節だけが自慢の武人が成り上がっていく物語である。同じ劉姓の劉邦や劉備も貧しい身分から身を起こして皇帝にまでなった人物だが、本書の劉裕が彼らと決定的に違うのは、本人がやたらと強いことだろう。
 ただ、ストーリーはほぼ史実どおりとはいえ波乱に富んでいるが、どうも小説としては今ひとつ盛り上がりに欠ける感がある。
 思うに、劉裕だけがキャラクターとして突出していて、周囲の人物が印象が薄いのだ。固い絆を結んだ戦友も、宿命のライバルも、強大な敵もいない。
 例えば、最初の上司の劉牢之は優柔不断な無能将軍。早くから劉裕に従っていた部下の檀憑之や何無忌はいまひとつ影が薄いまま、あっさり死んでしまう。劉裕をライバル視する劉毅や諸葛長民は取るに足りない小物。敵である桓玄や異民族の皇帝たちもやはり無能。劉裕以外で傑物と言えるのは、参謀格の劉穆之くらいだろうか。
 まあ、同時代に大した人物がいなかったからこそ、劉裕のような人物が成り上がって皇帝になれたのだろうが。ともあれ、理想も知謀も野望もほとんど持たず、ただ強いだけという主人公は、この手の歴史小説の中ではなかなか新鮮。

 本筋には直接関係ないが、端役にもかかわらず印象的な人物がもう一人いた。劉裕が劉牢之に仕えた直後に知り合った、陶潜という変わり者の文官。後の詩人陶淵明である。劉裕と陶淵明が一時期同僚だったというのは事実らしい。残念ながら陶淵明の出番はちょっとだけで、すぐに辞職して隠遁してしまうのだが。
 余談の余談だが、諸星大二郎のマンガに陶淵明を主人公にした「桃源記」という作品がある。そこに出てくる陶淵明の別人格「陶元亮」が、劉牢之と劉裕の悪口を言っていたのを思い出した。

Ryuyu

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