地理

2009年4月13日 (月)

地図から消えた地名

地図から消えた地名 消滅した理由とその謎を探る/今尾恵介(東京堂出版,2008)
 地名といっても、本書が扱っているのは、主に行政地名(そりゃまあ、自然地名がそんなに消えるわけはないが)。消える原因もまた、市名の変更、住所表示の変更、合併による自治体の消滅など様々。もっとも、地名の後ろにつく「市」や「村」といった自治体名称が変わるだけでも「消えた」とみなしているので、一般的な「消えた地名」のイメージとは違うものも含まれている。もちろん、完全に消滅した地名もあるが。
 本書は北海道、東北、関東、中部、近畿、中国、四国、九州の各地方別に、上に挙げたような大小さまざまの「地図から消えた」地名を、ひとつにつき1ページのミニコラム形式でまとめ、さらに各地方ごとに「消えた市町村めぐり」として、メインのコラムで取り上げなかった、合併などで消えた市町村名(ただし、地図には自治体内の地名として残っているので、地名として完全に消えたわけではない)をひとつにつき数行程度で紹介するコーナーを設けている。
 メインのコラムで取り上げている地名には、地方によってかなり数にばらつきがある。北海道9、東北8、関東40、中部22、近畿12、中国8、四国10、九州13といった具合。関東、それも東京が圧倒的に多い。このへんは著者の興味の範囲がそのまま表れているのだろう。無理にバランスをとろうとしてないのは、本書が資料集ではなく、「地名エッセイ」だという意思表明なのかもしれない。
 前に取り上げた、同じ著者の『生まれる地名、消える地名』(2007年11月13日)は、「平成の大合併」による地名(というか、自治体名)の変化を扱った本だったが、こちらは、地名の変遷という似たようなテーマではあっても、扱う時期ははるかに広い。例えば、山口県の「赤間関市」は、明治35年(1902)年に「下関市」に改称されている。もちろん、最近の「平成の大合併」で消えた地名も入っている。
 また、大きいところでは支庁レベルから、市名、町名レベル、小さいところでは市の一部である「町」とか、大字といったレベルまで、出てくる地名の種類も、極端なまでに幅広い。これも前著が(テーマ上当然ではあるが)市町村レベルに限定されていたのとは大きな違いだ。大きなところでは「釧路国支庁」(現・釧路支庁)、「東京市」(現・東京都特別区)、「徳山」(現・周南市)など、小さいところでは「長右衛門新田」とか「上土新田下足洗新田川合新田請新田」とか、聞いたこともない地名が取り上げられている。ちなみに、「上土新田~」というのは、おそらく日本一長い地名だったということだ。
 全体として、歴史的重要性より話題性を重視し、特に「変な地名」を選んで取り上げている傾向がある。その点、テーマは似ていても、地名変更への異論提出の書でもあった『生まれる地名、消える地名』に比べて、本書は地名トリビア集としての性格が強いようだ。東京近辺の地名が多くとりあげられているのも、話題提供のネタ元としての活用を考えているように見える。

地図から消えた地名―消滅した理由とその謎を探る

| | コメント (0)

2009年3月12日 (木)

地理マニアと二匹目のドジョウ

えっ?本当?!地図に隠れた日本の謎/浅井建爾(実業之日本社・JIPPI COMPACT,2008)
 前に取り上げた『日本全国「県境」の謎』(2007年12月11日のエントリー)は、ずいぶん評判がよかったようで、刷を重ねているらしく今でも本屋で見かける。で、柳の下の二匹目のドジョウを狙ったか、同じ出版社から同じようなデザインで出た本がこれ。
 が、狙いどころがまったくはずれている。『日本全国「県境」の謎』は、「県境」だけにテーマを絞って細部にこだわったからこそ、地理好きのマニア心をくすぐる本になったのだ。
 この本はどうだろう。各章の構成を見ると、「I・日本の地形と自然の不思議」は自然地形と環境、「Ⅱ・地図ではわからない日本の姿」は人口、「Ⅲ・これだけは知っておきたい日本の文化と産業」は食文化や神社仏閣などがテーマ。ここまではわりとテーマが明確だが、続く「Ⅳ・地図で見つけた意外な事実」は、島・川・湖・温泉などの自然地形と市町村の変遷をミックスしたもので、「Ⅴ・「県庁」の謎、「道州制」のゆくえ」は、主として県庁の位置にまつわるトリビアで、最後に付け足しのように道州制論が入っている。
 と、ざっと見ただけで、統一したテーマも何もない、後半は章のテーマすら統一されてない、日本地理に関する多種多様なデータの寄せ集めである。しかもⅠとⅣは微妙にテーマがダブっていたりする。これでは凡百の地理雑学本と見た目変わらない。
 もっとも、個別の項目を見れば、着眼的がユニークでおもしろいものもあるし(「国分寺の北限と南限」とか、「横浜も神戸も2国の合体都市だった」とか、「市から町に降格した都市」とか...いかにもトリビアであるが)、低レベルの雑学本にあるような「雑学本を参考に雑学本を書く」というようなことはしてなくて、一応ちゃんとした情報源に当たって書いているようだし、コンビニで売っているような雑学本と同列に扱うには忍びない面もあるのだが。
 前著で見せた「ワンテーマのおもしろさ」を放棄してしまったのは、いかにも惜しいのだ。


えっ?本当?!地図に隠れた日本の謎(じっぴコンパクト) (じっぴコンパクト)

日本列島飛び地の謎/浅井建爾(廣済堂,2008)

 二匹目のドジョウを狙ってはずした『地図に隠れた日本の謎』は、やはり地理マニアへの受けがイマイチだったのだろうか。著者は『日本全国「県境」の謎』と実によく似た装幀の本を出した。しかも今度は出版社が違う。なのに、帯には「ベストセラー『日本全国「県境」の謎』の著者によるおもしろ地図雑学決定版!」と、よその出版社のタイトルを引き合いに出して惹句が書いてある。出版社を変えて、今度こそ2匹目のドジョウを狙いますよ、と宣言しているわけだ。
 それはともかく、著者自身、『地図に隠れた日本の謎』は失敗だったと認識しているのか、再びワンテーマ本に戻った。今度は「飛び地」。いかにも地理マニアが飛びつきそうなテーマだ。「県境」といい「飛び地」といい、「境界線」にまつわる知識が著者はよほど得意らしい。
 構成は、「第1章・飛び地って何?」(飛び地の形態さまざま)、「第2章・珍しい飛び地、不思議な飛び地」(飛び地実例集)、「第3章・飛び地が生まれたのにもわけがある」(飛び地の歴史)、「第4章・平成の大合併で生まれた飛び地」(そのまま)、「第5章・消えた飛び地、幻の飛び地」(飛び地の変遷)、「第6章・飛び地生活事情」(飛び地が生む問題の数々)、「第7章・飛び地以上、飛び地未満」(飛び地もどき、飛び地ではないが変な地域)の7章からなる。
 飛び地というだけで、よくこれだけのネタを集めたものだ。もっとも、著者の飛び地の定義はかなり広く、「これが本当に飛び地と呼べるのか」というようなものも中にはあるが。また、第7章には、地理マニアサイトの代表とも言える「世界飛び地領土研究会」からとってきたのではないかと思えるネタもある。それでも、「日本国内の飛び地」だけで本1冊書く狙いは、充分成功していると見る。
 日本にはまだまだ飛び地があるので、もう1冊書いて欲しいほどだ。地理マニアはとにかく「境界線」が好きなのである。

 ところで、本書第6章で取り上げられている、大阪府池田市と箕面市に挟まれた豊中市の飛び地、「石橋麻田町」に、実は私は一時期住んでいたことがある。本書では、「ゴミ収集は1ヶ月遅れ、水道代は2倍。あまりの仕打ちに住民の怒り爆発!」と書かれているが、それは1960年代の話で、私が住んでいた頃にはそんなことはなかった。もっとも、電話の市外局番は豊中市ではなく池田市と同じだったし、市の広報は豊中市と池田市の両方のものが配達されていたりと、今思えばやはりちょっと変なところだった。

日本列島飛び地の謎

| | コメント (0)

2009年2月19日 (木)

大リーグと都市の物語

大リーグと都市の物語/宇佐見陽(平凡社新書,2001)
 タイトルだけだと、内容がなんだかわかりにくいが、要するに大リーグの略史がメイン。ただし、球団の成績やプレイヤーの話はほとんど出てこない。「野球」の話を期待すると当てがはずれるだろう。
 何が書いてあるかというと、球団の移転や拡張、誘致合戦、チームとファンや地域との結びつき、マイナーリーグと地域社会、球場の名称と建築様式の変遷、といった大リーグ周辺の話題に焦点を当てている。特に、最後の「球場進化論」みたいな話はオタクっぽくてけっこうおもしろい。
 つまりは、スポーツとしての「野球」に関する本ではなく、社会現象としての「大リーグ」という仕組みについての本。スポーツ史ではなく、歴史といっても、社会史なのである。
 ところで、当たり前だが大リーグチームは通常は大都市にフランチャイズを置いている。日本のプロ野球と同じように。だが日本と違ってアメリカでは、メジャーの下に200を超えるマイナーリーグがある。基本的に3A→2A→A→ルーキーとランクが下がるにつれ、所在地も小さな町になっていく。チームのランクと所在都市のランクが連動しているのである。逆にいうと、その町に本拠を置くチームのランクが高ければ、町のランクも高く見られるということだ。
 中部の町カンザスシティ(カンザス州ではなくミズーリ州にある)は人口50万弱、大都市というほどではないのだが、大リーグチーム、ロイヤルズの本拠地がある。ロイヤルズと、NFLのチーム、チーフス(本書ではなぜか「シェフス」と書かれている)があることが、カンザスシティの「格」を高くしているわけで、本書の98ページには、「この二つのチームがなければ、われわれの街はウィチタとなんら変わらない」という地元の政治家の言葉が引用されている。ウィチタはカンザス州にあるカンザスシティのライバル都市、だそうだが、田舎の街という印象が強い。大リーグチームがなかったら、カンザスシティもただの田舎町にすぎない、ということだろう。
 一方で、けっこう規模が大きい都市なのに大リーグのチームがない、という都市もある。オハイオ州コロンバス、ルイジアナ州ニューオーリンズ、インディアナ州インディアナポリス、テキサス州サンアントニオ、などだが、こういった都市がどのように見られているのか、また市民が大リーグをどう見ているのか、興味がわくところである。残念ながら新書のページ制限のためか、本書にはそこまでは書いてない。インディアナポリスが大リーグチーム誘致に失敗した、ということはちらっと書いているが。
 また、同一都市圏にチームが複数あるのは、大都市の証明(ニューヨーク、シカゴ、ロサンジェルスなど)との記述もある。都市の格や威信と野球チームとのつながりは、日本よりはるかに強いようだ。日本では、たとえば所沢や西宮にプロ野球チームがあるからと言って、そんなんい都市自体の格が上がると見られているようには思えない。日本のチーム名に都市名があまり入らない、ということも大きいかもしれないが。
 こんなふうに、スポーツファンよりはむしろ地理ファンの好奇心や想像力を刺激する、ユニークな視点の本である。

大リーグと都市の物語 (平凡社新書)

| | コメント (0)

2008年10月18日 (土)

地図もウソをつく

地図もウソをつく/竹内正浩(文春新書,2008)
 タイトルが示すとおり、地図をテーマにした、雑学ネタたっぷりのエッセイ集。
 第一章「おしゃべりな地図」は、緯度によって変わる地形図の余白、由布院付近のJR路線の大カーブの由来、千葉県の数字地名の起源など、地図・地名にまつわる小ネタ集。もっとも、緯度と余白の話はどこかで読んだことがある。
 第二章「ウソつきな地図」は、この本のタイトルの元になったパート。戦前・戦中の日本のや、現在の韓国で、軍事上の理由で隠蔽されたり改変されたりした部分がある地図、測量技術や地図作成技術が未熟なために不正確になった地図、山の高さの表記ミスなど、真実を伝えてない地図を巡るエピソードを語る。
 第三章「気まぐれな地図」は、名もない山が九州最高峰に出世するまでの変遷、門外不出の自衛隊製地図、地図に見る国の自由度、ある日突然変わってしまった日付変更線、アフリカに3年だけ存在した「帝国」の話など、タイトルどおり気まぐれというか、ちょっととりとめがない。あえて言えば、時の流れとともに変わってゆく地図、がテーマか。
 第四章「小悪魔な地図」は、文化や政治に左右される地図表現を巡るエピソードの数々。デフォルメされた外交プロパガンダ地図、ナチスドイツや大日本帝国最盛期を物語る地図、中国全土はもちろんモンゴルまで領土に含まれている1997年版「中華民国」の地図、中国で生産したばかりに、日本にとってまずい表現が数々記載されてしまい商品回収に至った「毒地球儀」の一件など。正直、この章が一番おもしろい。「地図は主観の産物」という点で、この本のタイトルにも合致している。
 著者は地図関係の本はこれが初めてのようだが、かなりの地図好きらしいことはわかる。売れ行きが落ちる一方の地形図やネット時代の地図のあり方に危機感を訴える終章は、短いが読み応えがある。
 あとは、今尾恵介などの先行する地図エッセイと違った独自性をどう打ち出していくかがポイントだろう。正直、第一章から第三章までは、どこかで読んだことのあるようなネタが多い。本書の中心テーマになっている「地図にもウソがある」というのは、地図マニアにとっては当たり前のことなので、今さら取り立てて言うほどのことでもないのだが、新書だからこの点は仕方がないか。この本の第四章の路線など、おもしろい方向性だと思うのだが。

地図もウソをつく (文春新書 651)

| | コメント (0)

2008年4月 1日 (火)

地図で遊ぶ

地図の遊び方/今尾恵介(けやき出版,1994)
 この本で紹介されている「地図の遊び方」の数々。
・ほとんど海ばかりの地図を集める。
・飛行場のある地図から、「飛行場」と「空港」の違い、さらには空港の命名方法を語る。
・各国の地図に載っている外国地名の表記を比較する。
・世界各国の地図記号や境界線の表現を見比べる。
・古い地図に地名の変遷を見る。
・東村山の、西武路線がごちゃごちゃしている部分について、その成り立ちを探る。
・「地図で見る多摩の変遷」を見ながら、旧川崎街道を自転車でたどる。
・古い地形図を頼りに、立川市から昭島市にかけて五日市鉄道の廃線跡を、やはり自転車でたどる。
・地図を参照しながら「市町村要覧」を楽しむ。

 ほとんどあらゆる地図マニアの楽しみ方がここにはある。それぞれがきわめれば独立した趣味になるくらいで、「地名マニア」、「境界線マニア」、「鉄道地図マニア」、「旧道マニア」、「廃線マニア」、「自治体マニア」などがここから派生するわけだ。
 今尾恵介のすごいところは、これだけ様々な地図の楽しみ方を、しかもかなり深入りして味わいながら、「地図そのもの」という中心軸がぶれないところだ。
 この本には文庫版(新潮OH!文庫,2000)もあるが、豊富に掲載された地図を単行本と見比べてみると、判型に合わせて単に縮小しているのではなく、同じ大きさの図版をかなり無理矢理カットしながら載せているのがわかる(中には違う地図に差し替えられているのもあるが)。言うまでもなく、縮小してしまったら「縮尺」が変わってしまうからだ。「遊ぶ」にしてもこだわるべき部分はこだわる。
 まさに地図遊びの達人である。

 この本の内容をさらにテーマ別に整理し、掘り下げた趣があるのが、次の本。

地図を探偵する/今尾恵介(新潮文庫,2004)
 単行本は上の『地図の遊び方』と同じく、けやき書房から出た『地図ざんまい・しますか』(1995)。その改題・修正版がこの本。
 4部構成になっており、「地図を歩く」は、地図の上の気になる箇所を著者自らが歩く探訪記。「地図を読む」は地図記号にまつわるエッセイ。「地図を眺める」は主に地名関係のエッセイ。「地図が気になる」は地形表現についてのエッセイ。雑学的な知識がつまっているが、その背後にはけっこう地道なリサーチがある。
 とはいえ、本質的には『地図の遊び方』と大して変わらないのだが、なぜかこちらは普通の新潮文庫で出ている。
 地図の遊び方をさらに極めたい人向け。

| | コメント (0)

2007年11月19日 (月)

小国寡民

今回取り上げるのは、「小国」についての新旧の本。
まずはつい最近出た本から。

世界の小国 ミニ国家の生き残り戦略/田中義皓(講談社選書メチエ,2007)
 小さい国というのは、なぜか地理マニアの関心をひきつけるものがある。地理マニアはディテールを好むものであり、存在そのものが地理上のディテールである小国は、地図で見ているだけでもおもしろいのである。その興味がさらに深まると小国マニアになる。ネットを見ていると、世の中にはそういうマニアが、数は少ないかもしれないが、確かに存在するらしい。
 この本のタイトルは、そんな小国好きの人(まあ、私もその一人だが)なら飛びつきそうなものである。
 だが、世界中の小国のガイドブックや資料集みたいなものを期待すると、あてがはずれることになる。著者は国際関係の専門家であり、この本も、国際社会の中での小国の成立から歴史、現状と今後について、政治・経済の面から分析した、けっこうアカデミックな内容なのである。
 その昔、老子は「小国寡民」こそが理想の国家と説いたが、現実に国土が小さく国民も少ない国が国際社会でやっていくのは、生やさしいものではないことがわかる。多くの国が大国からの経済援助なしではやっていけないし、政治不安や独裁や貧困に苦しむ国もある。一方では、石油成金の無税の国、観光立国やタックス・ヘイヴンでもうける国、あるいは中国と台湾の間を巧みに泳ぎまわって両方から援助をせしめているしたたかな国もあったりする。
 著者は小国の生き残り戦略や国際社会での独自の位置を高く評価しているようで、「ミニ国家の存在はグローバリゼーションの進展によって、ともすれば画一化されがちな国際社会に多様性と文化的豊かさをもたらすものとしなくてはならない。」と言っている。小国・理論編とでもいうべき本。

 ところで、「小国」とは正確にはどのような国を指すのかという問題だが、この本では人口100万人以下を基準としている。国連に小国を研究している部門があって、そこでの基準が人口「100万人およびそれ未満」(要するに「以下」)なのだそうだ。国際的に確立した定義があるわけではないので、あくまでこの本が採用した目安だが。現在該当する国は44ある。
 一方で、英語版ウィキペディアの「Microstate」(マイクロ国家)の項目では、その定義を「面積1000平方キロ未満」としている。該当国は25。英語圏では、小国家といえば面積の小さい国を指すのが一般的なのかもしれない。
 もっとも、面積の小さい国は普通人口も少ないので、25国のうち24国は、人口100万人以下の小国の範囲に入っている。唯一の例外はシンガポール。
 逆に、人口は少ないが面積は結構広い、というパターンもあって、上の44の「小国」の中には、面積が10万平方キロ以上の国が3国ある。一番広いガイアナは面積21.5万平方キロと、ほぼ日本の本州に匹敵する広さ。しかしガイアナの人口は75万人くらいしかないので、いくら広くても、やはり「小国」としか言いようがないだろう。(サブタイトルにある「ミニ国家」と呼ぶのはちょっとどうかという気がするが。)人口を基準とするのは、実感からしても納得できる。面積が日本の6倍近くあるグリーンランドが独立したとしても、人口が6万人足らずなので、「小国」と言うしかないだろう。

世界の小国――ミニ国家の生き残り戦略 (講談社選書メチエ)

小国の裏街道を行く/大宅壮一(文芸春秋新社,1962)
 『世界の小国』が理論編なら、こっちは実践編というところか。ヨーロッパの小国を巡る紀行。ただし45年も前の本(当然ながら、古本で買った)。著者はいうまでもない戦後日本を代表するジャーナリスト。
 大宅壮一はこの本に先立って、『ソ連の裏街道を行く』、『東欧の裏街道を行く』という本を出していて、これが3冊目で最後の「裏街道」シリーズ。
 裏街道といっても、そんなに変なところに行ってるわけではない。ガイドもつけずに一人で好き勝手に歩きまわってるから、そう称しているのではないかと思われる。(もっとも、前2冊を読んでないので、この本だけの印象だが。)
 訪問先は11国。そのうちの7国、サンマリノ、リヒテンシュタイン、モナコ、アンドラ、ルクセンブルク、バチカン、アイスランドは、『世界の小国』にも載っていた、れっきとした小国。
 残りは、『世界の小国』の「人口100万人以下」の基準にも、ウィキペディアの「面積1000平方キロ未満」の基準にも当たらない国、ベルギー、オーストリア、エール(アイルランド)、ノルウェー。著者はどうも「人口1000万以下」を小国と見なしているようだ。どっちかというと「中規模国家」のイメージが強い国々なのだが。当時はそういう感覚だったのかもしれない。
 それにしても、かつての帝国、オーストリアも「小国」とは。マリア・テレジア女帝もさぞ嘆くことだろう。

 1960年頃のヨーロッパの小国を旅した日本人というのはそうはいないだろうから、記録としてはけっこう貴重。もっとも、この当時すでにアイルランドやアイスランドにまで日本企業が進出していたことが書いてある。
 さすがに一流ジャーナリストだけあって、文章はきわめて読みやすく、社会や歴史だけでなくゴシップも散りばめて話をおもしろくするあたりはさすがである。ただ、けっこう好き嫌いがはっきりした人のようで、国によって誉めているところとけなしているところの差が激しい。特に当時は賭博大国だったモナコなど、かなり辛辣な見方をしている。
 何しろ半世紀近く前の紀行なので、旅行ガイド的な客観的な紹介に努めたところで、今となっては何の役にも立たない。こういう主観があからさまに入ったルポの方が、後世に読むとおもしろいものだということがよくわかる。

 なお、この本の出版社は「文芸春秋新社」になっている。戦前からあった旧「文芸春秋社」は1946年に一旦解散、その後元の社員たちが作ったのが「文芸春秋新社」で、この本はその時代のものなのだ。1966年に最初の社名とは微妙に違う今の名前、「文芸春秋」に改名している。

 もう一つおまけに、「小国」のガイド本を。

世界のミニ国家 25ヵ国――小さな国の誇り高き人々/トラベルジャーナル編(森谷トラベル・エンタプライズ トラベルジャーナル新書・旅行学入門シリーズ,1982)
 ちょっと古い本だが、新書版、約150ページというコンパクトなサイズの中に、25の世界の小国家の情報を詰め込んだガイドブック。実は小国に関心のある地理マニアが本当に喜ぶのはこういうデータ集みたいな本なので、その後これに類した本が出てないのは残念である。
 掲載されている国は、すべて「人口100万人以下」(この当時)で、しかもほとんどが、「面積1000平方キロ未満」。つまり「小国」かつ「寡民」という、どこからも文句のつけようのない小国ばかりである。
 その25国というのは(表記はこの本に合わせる)、モルディブ、バハレーン、ルクセンブルク、リヒテンシュタイン、モナコ、サンマリノ、バチカン、アンドラ、マルタ、セーシェル、モーリシャス、コモロ、カーボベルデ、サントーメ・プリンシペ、アンチグァ・バーブーダ、ドミニカ連邦、セントルシア、バルバドス、セントビンセント・グレナディーン、グレナダ、ナウル、キリバス、ツバル、西サモア、トンガ。
 この内、西サモア(今の国名は「サモア」)、カーボベルデ、モーリシャスは面積が1000平方キロを超えている。また、モーリシャスはこの本が出た時点での人口が96万人、今では100万人をはるかに超えているので、面積、人口どちらの基準でも小国ではない。(ただ、面積が東京都と同程度、人口約120万人、という国は、やはり「小国」と呼ぶ方がぴったりくる気がするが...)。
 まあ例外は少しあるが、この時点での正真正銘の小国は全部収録されているわけである。その後独立したセントキッツ・ネヴィス、パラオ、ミクロネシア、マーシャル諸島は当然ながら収録されていない。
 やっぱり、この手のガイドブックの新版をどこかで出してほしいものである。

 この「トラベルジャーナル新書・旅行学入門シリーズ」は、他にも『太平洋の<島>辞典』とか、『国境の世界』とか、地理マニアの心をくすぐるような本を出していたのだが、1982年から83年にかけて12冊出ただけで終わってしまったらしい。「入門」というわりにはマニアックすぎたのだろうか。

| | コメント (0)

2007年11月13日 (火)

生まれる地名、消える地名

生まれる地名、消える地名 「平成の大合併」で日本地図に大異変!/今尾恵介(実業之日本社,2005)
 サブタイトルのとおり、「平成の大合併」で日本の地理に生じた大変動を、地図の専門家、今尾恵介が語る。もちろん地図上の境界線も大きく変わったが、この本でもっぱら取り上げているのは地名。それも新たに生まれた地名がメインである。より正確にいえば、「地名」というより「自治体名」だが。
 著者が考える、自治体名称の決定にあたって必要な原則というのは、「歴史的地名を尊重する」、「地名の範囲を守る」、「中心都市の名称を採用する」、「安易にかなを使わない」だそうだ。
 このことから想像できるように、著者は「平成の大合併」で新たに生まれた新地名の多くに批判的で、この本の半分近くを使って、上の原則からはずれた地名を取りあげて問題点を指摘している。
 それが第一章「生まれる地名」。この章では新地名をさらに五つの類型に分類しており、それぞれに皮肉な見出しをつけている。「雨後のたけのこのように出現 ひらがな地名」(さいたま市、つくばみらい市など)、「古代からの歴史があるけれど…… 方位つき地名」(四国中央市、西東京市など)、「憧れの地名を持ちたい! ブランド地名」(伊豆市、南アルプス市、四万十市など)、「旧国名から広域地名まで…… 大風呂敷地名」(奥州市、瀬戸内市など)、「もはや地名ではない!? 平成創造地名」(さくら市、湯梨浜町、和水町など)といった具合。取り上げられているのは、確かにどれも批判的意見が多い地名である。
 第2章、「幻の地名・消える地名」では、合併で消滅した地名だけでなく、新しい自治体名の候補になりながら、合併が成立しなくて幻になったものも取り上げている。太平洋市、湘南市、それに一時話題になった南セントレア市などである。
 第3章では、全都道府県について、第1章や第2章で取り上げられなかった新自治体名を説明。まともな方の新地名はこっちに入っている。
 で、これでもまだ漏れる地名があるので、巻末にはさらに「平成の大合併」で生じた全ての自治体の変動についてリストをつけるという丁寧さ。
 だいたい、地名・地理マニアというものは、こんな風に徹底しないと気がすまない、という面がある。(私もそういう傾向があるのだ。)
 だからこの本は、「平成の大合併」についての資料集にもなっている。変な新地名に対しても、皮肉はきかせるものの強い批判は表に出さず、記述はおおむね客観的。変な新地名に対して著者がやたらと怒りをぶちまけているような本もあるが、それでは読んでいる方も苛々してくる。地名の是非は読者が自分で考えてほしい、というこの本のスタンスはいい。地名エッセイであり、地理雑学本でもあり、資料集でもあるという、地理好きには楽しめる本になっている。

生まれる地名、消える地名―「平成の大合併」で日本地図に大異変!

| | コメント (0)

2007年5月 2日 (水)

国マニア

国マニア/吉田一郎(交通新聞社,2005)
 昔から世界地図を見るのは好きだった。
 特に興味があったのは、ごく小さい国とか地域とか、ややこしく国境の入り組んだ地域とか、とにかくごちゃごちゃしているところ。
 具体的に言えば、モナコとかアンドラとか、アフリカの西海岸とか、カリブ海とか、ジブラルタルとかセウタとか(今はなくなったけど)香港とかマカオとか。

 この本を書店で見かけた時、世の中には物好きな、というか「おれとよく似た嗜好の人もいるもんだ」と、少々あきれてしまった。もちろん、即買った。
 で、よく見たら、「世界飛び地研究所」の人だった。

 世の中には似たような趣味の人がいるもので、「世界飛び地領土研究会」というサイトがある。
 http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/2917/
 そのサイトの運営人こそが、「ややこしい地域」にあくなき興味を示す、この本の著者。
 「世界飛び地領土研究会」のトップに書いてあるように、「世界地図を眺めているとナゼか気になる飛び地や、飛び地のような小さな植民地その他各種の怪しい地帯を研究しています」という人である。
 この人が書いたものなら、納得。というか、他にこんな本を書ける人がいるだろうか。
 私と趣味は似ているが、違うのは、その知識と調査力。日本で並ぶ者がないのではないか。

 で、この本だが、 内容は5章に分かれていて、第1章は「小さくても立派にやってる極小国家ベストテン」。バチカンとか、モナコとか、ナウルとか、サンマリノとか、普通に世界地図にも載ってる、まあ、誰でも知ってる国々。ここはほんの序の口。
第2章から少しマニアックな世界に入る。「国の中で独立するもうひとつの国」。ギリシアのアトス山、タンザニアのザンジバル、プエルトリコ、バミューダといった、自治地域。しかしこのへんもまだ有名どころが多い。
 第3章「ワケあって勝手に独立宣言をした国々」。タイトルのとおりである。世界地図に載ってない国々。次の第4章と並んで本書のハイライトだろう。沿ドニエストル共和国、アブハジア共和国、ソマリランド共和国、など。(実は私はこれらの国々、存在自体は全部知っていたが、詳しい説明を読むのがまた楽しい。)
 第4章は、「常識だけでは判断できない珍妙な国・地域」。ピトケアン島、スバールバル諸島、ジブラルタル、ブガンダ王国、マルタ騎士団など。「国」というには怪しすぎる地域が多いが、そこがいいのだ。
 ただ、この第4章に出てくる「クチビハール」という、インドとバングラデシュの国境地帯だけは、独立した地域ではない。単に飛び地だらけというので載っているのだが、いかにも「世界飛び地領土研究会」の運営人らしいとはいえ、この本の趣旨からはちょっとはずれる。
 最後の第5章「かつてはあったこんな奇妙な国・地域」は、ビアフラ共和国とか、ローデシアとか、パナマ運河地帯とか、満鉄付属地とか、今は消滅した「国」もどきの地域。
 歴史をさぐると、変な地域というのは限りなくあって、それだけで本が2、3冊書けるだろう。いずれそういう本も出ることを期待したい。
 あと、「セボルガ公国」(※注)も入れてほしかった。これも次の本に期待か?

(※注)セボルガ公国 イタリア北部にある村「セボルガ」が、1960年代から勝手に独立国「セボルガ公国」を名乗っている。ただし、イタリア政府は無視。Wikipedia に記事がある。

国マニア―世界の珍国、奇妙な地域へ!

|