今回取り上げるのは、「小国」についての新旧の本。
まずはつい最近出た本から。
世界の小国 ミニ国家の生き残り戦略/田中義皓(講談社選書メチエ,2007)
小さい国というのは、なぜか地理マニアの関心をひきつけるものがある。地理マニアはディテールを好むものであり、存在そのものが地理上のディテールである小国は、地図で見ているだけでもおもしろいのである。その興味がさらに深まると小国マニアになる。ネットを見ていると、世の中にはそういうマニアが、数は少ないかもしれないが、確かに存在するらしい。
この本のタイトルは、そんな小国好きの人(まあ、私もその一人だが)なら飛びつきそうなものである。
だが、世界中の小国のガイドブックや資料集みたいなものを期待すると、あてがはずれることになる。著者は国際関係の専門家であり、この本も、国際社会の中での小国の成立から歴史、現状と今後について、政治・経済の面から分析した、けっこうアカデミックな内容なのである。
その昔、老子は「小国寡民」こそが理想の国家と説いたが、現実に国土が小さく国民も少ない国が国際社会でやっていくのは、生やさしいものではないことがわかる。多くの国が大国からの経済援助なしではやっていけないし、政治不安や独裁や貧困に苦しむ国もある。一方では、石油成金の無税の国、観光立国やタックス・ヘイヴンでもうける国、あるいは中国と台湾の間を巧みに泳ぎまわって両方から援助をせしめているしたたかな国もあったりする。
著者は小国の生き残り戦略や国際社会での独自の位置を高く評価しているようで、「ミニ国家の存在はグローバリゼーションの進展によって、ともすれば画一化されがちな国際社会に多様性と文化的豊かさをもたらすものとしなくてはならない。」と言っている。小国・理論編とでもいうべき本。
ところで、「小国」とは正確にはどのような国を指すのかという問題だが、この本では人口100万人以下を基準としている。国連に小国を研究している部門があって、そこでの基準が人口「100万人およびそれ未満」(要するに「以下」)なのだそうだ。国際的に確立した定義があるわけではないので、あくまでこの本が採用した目安だが。現在該当する国は44ある。
一方で、英語版ウィキペディアの「Microstate」(マイクロ国家)の項目では、その定義を「面積1000平方キロ未満」としている。該当国は25。英語圏では、小国家といえば面積の小さい国を指すのが一般的なのかもしれない。
もっとも、面積の小さい国は普通人口も少ないので、25国のうち24国は、人口100万人以下の小国の範囲に入っている。唯一の例外はシンガポール。
逆に、人口は少ないが面積は結構広い、というパターンもあって、上の44の「小国」の中には、面積が10万平方キロ以上の国が3国ある。一番広いガイアナは面積21.5万平方キロと、ほぼ日本の本州に匹敵する広さ。しかしガイアナの人口は75万人くらいしかないので、いくら広くても、やはり「小国」としか言いようがないだろう。(サブタイトルにある「ミニ国家」と呼ぶのはちょっとどうかという気がするが。)人口を基準とするのは、実感からしても納得できる。面積が日本の6倍近くあるグリーンランドが独立したとしても、人口が6万人足らずなので、「小国」と言うしかないだろう。
小国の裏街道を行く/大宅壮一(文芸春秋新社,1962)
『世界の小国』が理論編なら、こっちは実践編というところか。ヨーロッパの小国を巡る紀行。ただし45年も前の本(当然ながら、古本で買った)。著者はいうまでもない戦後日本を代表するジャーナリスト。
大宅壮一はこの本に先立って、『ソ連の裏街道を行く』、『東欧の裏街道を行く』という本を出していて、これが3冊目で最後の「裏街道」シリーズ。
裏街道といっても、そんなに変なところに行ってるわけではない。ガイドもつけずに一人で好き勝手に歩きまわってるから、そう称しているのではないかと思われる。(もっとも、前2冊を読んでないので、この本だけの印象だが。)
訪問先は11国。そのうちの7国、サンマリノ、リヒテンシュタイン、モナコ、アンドラ、ルクセンブルク、バチカン、アイスランドは、『世界の小国』にも載っていた、れっきとした小国。
残りは、『世界の小国』の「人口100万人以下」の基準にも、ウィキペディアの「面積1000平方キロ未満」の基準にも当たらない国、ベルギー、オーストリア、エール(アイルランド)、ノルウェー。著者はどうも「人口1000万以下」を小国と見なしているようだ。どっちかというと「中規模国家」のイメージが強い国々なのだが。当時はそういう感覚だったのかもしれない。
それにしても、かつての帝国、オーストリアも「小国」とは。マリア・テレジア女帝もさぞ嘆くことだろう。
1960年頃のヨーロッパの小国を旅した日本人というのはそうはいないだろうから、記録としてはけっこう貴重。もっとも、この当時すでにアイルランドやアイスランドにまで日本企業が進出していたことが書いてある。
さすがに一流ジャーナリストだけあって、文章はきわめて読みやすく、社会や歴史だけでなくゴシップも散りばめて話をおもしろくするあたりはさすがである。ただ、けっこう好き嫌いがはっきりした人のようで、国によって誉めているところとけなしているところの差が激しい。特に当時は賭博大国だったモナコなど、かなり辛辣な見方をしている。
何しろ半世紀近く前の紀行なので、旅行ガイド的な客観的な紹介に努めたところで、今となっては何の役にも立たない。こういう主観があからさまに入ったルポの方が、後世に読むとおもしろいものだということがよくわかる。
なお、この本の出版社は「文芸春秋新社」になっている。戦前からあった旧「文芸春秋社」は1946年に一旦解散、その後元の社員たちが作ったのが「文芸春秋新社」で、この本はその時代のものなのだ。1966年に最初の社名とは微妙に違う今の名前、「文芸春秋」に改名している。
もう一つおまけに、「小国」のガイド本を。
世界のミニ国家 25ヵ国――小さな国の誇り高き人々/トラベルジャーナル編(森谷トラベル・エンタプライズ トラベルジャーナル新書・旅行学入門シリーズ,1982)
ちょっと古い本だが、新書版、約150ページというコンパクトなサイズの中に、25の世界の小国家の情報を詰め込んだガイドブック。実は小国に関心のある地理マニアが本当に喜ぶのはこういうデータ集みたいな本なので、その後これに類した本が出てないのは残念である。
掲載されている国は、すべて「人口100万人以下」(この当時)で、しかもほとんどが、「面積1000平方キロ未満」。つまり「小国」かつ「寡民」という、どこからも文句のつけようのない小国ばかりである。
その25国というのは(表記はこの本に合わせる)、モルディブ、バハレーン、ルクセンブルク、リヒテンシュタイン、モナコ、サンマリノ、バチカン、アンドラ、マルタ、セーシェル、モーリシャス、コモロ、カーボベルデ、サントーメ・プリンシペ、アンチグァ・バーブーダ、ドミニカ連邦、セントルシア、バルバドス、セントビンセント・グレナディーン、グレナダ、ナウル、キリバス、ツバル、西サモア、トンガ。
この内、西サモア(今の国名は「サモア」)、カーボベルデ、モーリシャスは面積が1000平方キロを超えている。また、モーリシャスはこの本が出た時点での人口が96万人、今では100万人をはるかに超えているので、面積、人口どちらの基準でも小国ではない。(ただ、面積が東京都と同程度、人口約120万人、という国は、やはり「小国」と呼ぶ方がぴったりくる気がするが...)。
まあ例外は少しあるが、この時点での正真正銘の小国は全部収録されているわけである。その後独立したセントキッツ・ネヴィス、パラオ、ミクロネシア、マーシャル諸島は当然ながら収録されていない。
やっぱり、この手のガイドブックの新版をどこかで出してほしいものである。
この「トラベルジャーナル新書・旅行学入門シリーズ」は、他にも『太平洋の<島>辞典』とか、『国境の世界』とか、地理マニアの心をくすぐるような本を出していたのだが、1982年から83年にかけて12冊出ただけで終わってしまったらしい。「入門」というわりにはマニアックすぎたのだろうか。