時代小説

2018年4月12日 (木)

水戸黄門 天下の副編集長

水戸黄門 天下の副編集長/月村了衛(徳間書店,2016)
 月村了衛といえば、<機龍警察>で有名なSFハードボイルドの旗手。その作者が書いたとは思えない、ふざけ切った小説が本書。
 徳川光圀の『大日本史』編纂事業をネタに、「水戸黄門」(主にテレビドラマ版の)を思い切りパロディ化しいる。
 この物語世界の江戸時代には、なぜか現代日本と同じような編集(作中では「編修」という言葉を使用)システムが存在し、『大日本史』でも日本中の学者たちに依頼した原稿を「編修者」たちが取り立てるという仕組みになっている。
 主人公は一応、実在の人物である安積覚兵衛。テレビドラマの格さんのモデル。『大日本史』の編集局である彰考館の総裁で、編集長の立場。彼の下で編修顧問の佐々介三郎(助さんのモデル、これまた実在の人物)や「机」(デスク)のお吟という謎の女性が働いている。しかし執筆者たちは締め切りを守らず、原稿は遅れに遅れ、『大日本史』編纂事業は一向に進まない。
 その現状に業を煮やしたのが、徳川光圀その人。自ら書物問屋の隠居に仮装し、お忍びで入稿の遅れている執筆者たちから原稿を取り立てる旅に出る。
 光圀は現場を引退し、総裁の補佐役となっていて、サブタイトルの「副編集長」はここから来ている。だが、それは建前にすぎず、実際には光圀がすべてを取り仕切っていることは言うまでもない。もちろん、覚兵衛、介三郎、お吟も同行する(させられる)のだった。
 ――というわけで、水戸黄門一行の旅が始まる。
 光圀たちの行く先々でさまざまな事件が起きるのはお約束。テレビと違って主人公の覚兵衛はただの学者で、世間知らずの堅物、武芸は全然ダメ、何の役にも立たない。例の印籠を見せる場面はあるが、それも成り行き上仕方なくといった格好でやっている。
 また、介三郎は遊び人で下世話なことはよく知っているが、やはり腕は立たない。そんな中でお吟が実は甲賀の忍びで、立ち回りは一手に引き受ける。さらに公儀から密かに派遣された伊賀者の「風車の男」(本名は最後で明かされる)が、時々現れて窮地を救う。八兵衛は出てこない。

 本編は四つのエピソードからなる。
 最初は本のタイトルと同じ「水戸黄門 天下の副編集長」。最初の取り立て先として、下田の学者鈴之原銅石のところへ行くが、なぜか姿を見せない。実は悪徳業者に監禁され、とんでもないものを書いていたのだった。
 次は駿府に舞台を移し、「水戸黄門 謎の乙姫御殿」。大河原康軒という学者を缶詰にして原稿執筆をさせようとするが、なぜか毎夜、謎の失踪を遂げる。ここでライバル組織の登場。真田の末裔月読姫と4人の女忍者たちの陰謀が暴かれる。
 ドタバタぶりがさらに激しくなるのが「水戸黄門 艶姿女編修揃踏」。藤枝の岡本無楽斎を訪ねると、無楽斎は重度のスランプに陥っていた。「スランプ」という言葉が出てきたところで、この言葉は清朝に生まれた遊技「素乱符」に由来するという解説が入る(民明書房か!)。一行は気分転換のため、無楽斎を<飲む><打つ><買う>に連れ出す。そこへ真田一味や、お吟の助っ人の女忍者、お鹿とお寅も登場して大乱戦になる。
 最後は最初から最後までパロディ、「水戸黄門 日本晴れ恋の旅立ち」。舞台は掛川、ここに二つの対立する学派、門田(もんた)と伽備(きゃび)があり、代々いがみあってきた。だが、『大日本史』の執筆を依頼された門田家の露水鷗(ろみおう)と真田一派から依頼を受けた伽備家の珠里(じゅり)は密かに愛し合っていた。そのため恋の病で二人の原稿はまったく進まなくなっていた。――という、もろに「ロミオとジュリエット」。露水鷗と珠里の交わすセリフまで一緒。最後はとにかくハッピーエンドになり、光圀一行はまた旅立つのだった、というところで終わり。

 なんというか、出だしである程度予想はしたものの、ここまでぶっ飛んだ内容だとは思わなかった。月村了衛の意外な一面を見た。いや、ブログ主はこういう悪ふざけ作品は嫌いではないが。まだ掛川までしか行ってないが、続きは出るのだろうか。

Mitokoumon

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2017年3月28日 (火)

数学と侍の物語

 江戸時代の和算にちょっと興味を持ったのは、冲方丁の『天地明察』を読んだのがきっかけだった。そこから算学をテーマにした時代小説があることを知り、2冊ほど読んでみた。今回取り上げるのは、その2冊。両方とも短編集。

算学武士道/小野寺公二(文芸春秋,1989)
 1冊まるごと、和算を扱った時代小説という点では先駆的な本ではないだろうか。収録作は5編。

「算学武士道」
は、算法だけが生き甲斐の水沢藩の侍が主人公。しかし家は貧しく、父はボケてしまい、老いた母まで内職をしなければいけない始末。算法修行のために江戸に出るなどかなわない夢で、そんな望みのない生活の描写が延々と続き、ついに算法への夢も破れて何の救いもないまま終わってしまうという、読んで気の滅入るような話。。
「出世の算法」は、算法を学んでいる桶屋の小僧と、奉公先の店に出入りしている貧乏御家人との物語。御家人は算法の力量を認められて役職につくことに成功するが、不正が発覚して最後は破滅する。算学を出世の手段とした考えなかった男の悲劇なのだが、これまた救いのない話。
「行商算法」も、算法を通じて主人公が侍とかかわりあう。神社で算額を見ていた行商人が病(結核)に倒れ、たまたま一緒にいた謎の侍に助けられる。算法を志す者同士、身分を超えた友情が生まれる話か――と思うと、そうはならず、行商人はさんざん世話になっているのに侍が犯罪人ではないかと疑うなど、まったく人情のかけらもない。最後は侍の正体が暴かれ、結核で余命短い行商人には虚しい思いだけが残るという、やはり前途に何の希望もない暗い話。
「偽りの算法」。もう題名からして、暗い前途を感じさせる。慶応4年、上野戦争直後の江戸が舞台で、戦い敗れて農家に潜んでいる彰義隊隊士の妻が主人公。負傷した夫に代わって妻が算額を愛宕神社に奉納しに行くと、すでにまったく同じ問題が別人の名前で掲げられていた。明らかに盗用としか思えないが、掲げた者は誰も知らないはずの内容をどうやって知ったのか。幕末の江戸を舞台にしたミステリ風味の話で、展開もドラマチック。小説としては一番面白いが、やはり最後は悲劇で終わる。
「百五十年後の仇討」は、現代の高校教師が先祖の残した算額を見つけるところから始まる。古文書に残されていた、その算額にまつわる物語がメインストーリーになっているという枠物語形式。最後は高校教師が先祖に代わって算法勝負の「仇討」をするが、あまり大したことをするわけではない。現代パートは悲劇的な終わり方ではないが、江戸時代の話そのものは、やはり蛮社の獄を背景にした悲恋の物語なのだった。

 本書には具体的な問題も出てくるが、登場するのが市井の算法家ばかりであり、算額のレベルで、本当に理論的な数学ではない。まあ小説としてはそれでいいのだが、やたらと陰鬱な、救いのない話ばかりなのはどういうことなのだろう。

和算の侍/鳴海風(新潮文庫,2016)
 上の本から約10年後に出版された『円周率を計算した男』(1989)の改題、文庫化(一部作品が差し替えられている)。
 無名の人々ばかりだった上の本と違い、江戸時代の有名な算学家たちの名が各編のサブタイトルになっている、本格的な算学小説で、収録作は6編。

「円周率を計算した男 関孝和の高弟、建部賢弘」は、『天地明察』にもちょっとだけ登場する建部賢弘が主人公。この作品の建部賢弘はきわめて攻撃的な性格で、師である関孝和にやたら反発している。それでも、関孝和から投げかけられた難題、円周率の計算式作成に人生をかけて挑んでいくのだった。算学にすべてをかけた師弟を描き出す、算学小説の典型みたいな作品。
「初夢 天才数学者、久留島義太」。この作品の主人公は久留島本人ではなく、算学に40年近く打ち込んできた銀座役人の平野忠兵衛。久留島義太は脇役として登場するが、これがどうしようもない大酒飲みの破滅型人物。型破りな天才の久留島と、実直だが数学的才能はあまりない忠兵衛を対比させながら、算学に生きる人々の姿を描く。
「空出 大名数学者、有馬頼徸」。これまた主人公は久留米藩のガエン(火消し)で、その主君である久留米藩主有馬頼徸はちょっとしか登場しない。話も、主君の危機を主人公が機転をきかせて救うというもので、数学とほとんど関係ない。ちょっとだけラブストーリーの風味もある。
「算子塚 関流に挑んで数学論争、会田安明」。ここからはサブタイトルどおり、算学者本人が主人公の話になる。江戸算学の主流だった関流と真っ向から対立し、自分の流派「最上流」を立ち上げた会田安明の生涯。この作品で描かれる会田安明は、論敵とみなした人間には、誰だろうが容赦なく非難・嘲弄・挑発して止まない、性格に問題のあるとしか思えない人物。その孤高の生き方はむしろすがすがしいほど。
「風狂算法 孤高の遊歴算家、山口和」。サブタイトルには「孤高」とあるが、前の作品の会田安明みたいに他人と相容れない性格ではない。全国を旅して歩いて各地で算学の指導に努めた、遍歴の数学教師みたいな人物であり、むしろ社交性に富んでいるのではないかと思われる。しかし女性関係は苦手だったようで、この作品は彼と二人の女性を巡るすれ違いの悲劇を語っている。
「八尾の廻り盆 遺題継承に終止符を打った男、石黒信由」。タイトルは、富山の観光名物になっている越中八尾のおわら風の盆のこと。この作品は、石黒信由の算学者としての事績にはあまり触れず、一人の女性との波乱に満ちたエピソードを描いている。多分、全部フィクション。終盤の盆踊りのシーンが印象的で、直接算学にかかわる話ではないが、普通に時代小説としてよくできている。

 ベストは「八尾の廻り盆」か。どの作品にも共通して言えることだが、決してハッピーエンドとは限らないのに、妙に読後感が爽やかなのが特徴。同じ算学がテーマでも、暗すぎる『算学武士道』とは対照的。

Wasannosamurai

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2016年11月26日 (土)

10月に読んだ本から

 先月読んだ本から、歴史ものの小説とノンフィクションを1冊ずつ。意図したわけではないが、両方とも今年の大河ドラマと関わりがある内容。

城を噛ませた男/伊東潤(光文社時代小説文庫,2014)
 戦国時代末期から江戸時代初期を背景にした歴史小説5編。単行本は2011年刊。
 関東から伊豆、駿河が舞台になっていて、戦国時代の北条家の勢力圏、活動範囲と重なっている。物語もだいたい北条家とかかわりがあり、さらに今年の大河ドラマにも関係ある話が大半。

「見えすぎた物見」は、下野の国人佐野宗綱の家老、天徳寺宝衍を中心に、北条氏と上杉氏の間で右往左往しながら生き残りをはかる小領主の生き様と、運命の皮肉を描く話。佐野氏は北条氏の滅亡後も小大名として生き延びることに成功するが、江戸時代の初め、目のいい物見が遙かに江戸の大火を目撃し、一族をあげて火消しに駆けつけたことが、逆に災いを招いてしまう。

「鯨のくる城」も、北条氏支配下の小領主の話。伊豆半島、雲見という小さな浦を治める高橋丹波守が主役。名前は立派だが軍役わずか二人という実に小さな領主で、周囲の小領主からも軽んじられている。豊臣秀吉の小田原攻めが始まり、高橋丹波守と数人の配下は、わずかな兵しかいない下田に籠城し、押し寄せる豊臣水軍に立ち向かうことになる。そこで丹波のとった奇策が、この作品の読みどころ。話は全然違うが、北条攻めという時代背景といい、城を守る奇策といい、あの『のぼうの城』に通じるものを感じる。鯨取りの場面から始まる伏線もうまく、よくできた話。

 表題作「城を噛ませた男」も、北条氏がらみ。秀吉が小田原討伐を決める直接の原因となった、北条氏の武将猪俣邦憲による名胡桃城奪取事件。その真相を主に猪俣邦憲の視点から描くのだが、真の主役は真田昌幸である。この作品では、事件そのものがすべて真田昌幸の謀略であり、猪俣邦憲はその掌で踊らされただけ、ということになっている。今年の大河ドラマで、大嘘つきで裏切り常習犯という印象が広まった真田昌幸だが、それより数年早く発表された本作では、大河ドラマよりもさらに悪辣な真田昌幸の本性が描かれている。それでいて妙に憎めないのがこの人物の持ち味と言おうか。

「椿の咲く寺」は、武田家滅亡後、徳川家の支配下に入って間もない駿河の久能が舞台。久能城は徳川勢に攻められて落城、城を預かっていた今福丹波守虎高は死んだと思われていたが、実はひそかに落ち延びていて、家康に復讐をはかろうとする。調べてみると、実際に久能城主だったのは今福丹後守虎孝という人物で、微妙に違う。この話自体まったくの創作なので(実際の今福丹後守は落城時に討死)、名前も変えたのだろうか。この作品だけ悲劇仕立てで、他の作品と雰囲気が違う。

 最後は「江雪左文字」。伊豆の国で生まれ育った田中源十郎は、才智を認められて小田原の北条氏に仕えることになる。奉行として手腕を発揮して出世した源十郎は、やがて板部岡江雪と名乗り、北条氏の外交を任されることになる。今年の大河ドラマで一躍名を知られるようになった人物「板部岡江雪斎」(本作では「斎」の字はつかないが)の一代記。関ヶ原で小早川秀秋に裏切りを決意させることになった江雪の行動がクライマックスになっている。大河ドラマでは真田信繁の引き立て役みたいな扱いだった江雪だが、本作では戦国時代屈指のとてつもなく優秀な人物で、家康が天下をとれたのもこの男のおかげ――みたいな描かれ方である。それにしてもドラマの影響は大きく、江雪のイメージとして山西惇の顔しか思い浮かばない。

 どの作品も、一般には名を知られてない武将たちを主役に、巨大な力に翻弄されながら自分なりのやり方で戦い抜こうとする姿を描いた物語である(板部岡江雪斎など、今年の大河ドラマに出てきて少しは有名になったが、本書が出版された頃はほとんど誰も知らなかっただろう)。あえなく敗れ去った者もいれば、なんとか生き延びた者もいるが、肝心なのは歴史の影に隠れた武将たちの戦う姿そのものであり、結果など二の次と思えてくる。
 ベスト作品は「鯨のくる城」。結末は途中で予想がついたけど。

Shirookamasetaotoko

ここまでわかった! 大坂の陣と豊臣秀頼/歴史読本編集部編(KADOKAWA・新人物文庫,2015)
 雑誌『歴史読本』の特集号を再編集したもの。2015年8月に出版されているから、やはり今年の大河ドラマの便乗出版か。
 内容は4部構成+特別付録。

 第1部「ここまでわかった!大坂の陣の真相」は記事4編。
 歴史学者堀新による「「豊臣体制」解体と大坂の陣」は、秀吉の死から豊臣家滅亡までの徳川・豊臣両家の動きを概説。
 戦国史の専門家渡邊大門の「検証!大坂の陣」は、二重公儀体制論、秀頼と千姫の結婚、二条城会見の意味など、10個の論点から大坂の陣の持つ意味を検証する、わりと本格的な歴史論。
 他に、ガイド的な記事として、布陣図で夏・冬の陣の戦況の推移を解説する「図説・大坂の陣の激闘」、大坂城南側外郭、空堀や真田丸近辺を中心とした探訪案内「豊臣期大坂城の外郭を歩く」。予想はしていたがタイトルが大げさで、「ここまでわかった!」というような新事実が特にあるわけではない。まあ、最新の研究をふまえてはいるのだろうが。

 第2部「徹底研究!豊臣秀頼の生涯」は、約100ページを若手歴史学者の矢部健太郎が一人で書いている。秀頼誕生以前の豊臣一族の状況から始まり、その誕生から死までの生涯を詳細に追ったもの。本書のメインコンテンツと言える。

 第3部「激闘!大坂の陣を戦った男たち」は、武将列伝。いかにも『歴史読本』らしい内容。
 長宗我部友親が長宗我部盛親について解説する「武士としての名誉と意地、旧領地復活の夢」。
 続いて両軍の武将を簡単に紹介した「豊臣方の諸将」、「徳川方の諸将」。さらに大坂の陣と言えば欠かせない真田信繁(幸村)については、江宮隆之が書いている。
 記事の最後は「織田家の人びとと大坂の陣」。織田信包、有楽斎、信雄の3人の大坂の陣前後の動向について述べたものだが、結局、みんな大勢に影響のあるようなことはしていないので、わざわざ他の武将をさしおいて特筆する必要はあったのか疑問がわく。
 本書にはさらに特別付録がついている。「原文と現代語で読む『駿府記』<大坂夏の陣>」。徳川家康晩年の動向を日記体で書いた『駿府記』から大坂夏の陣の時期の記述を取り出したもの。当時の人びとの言葉で語られた記録という点では貴重だが、本文が漢文で読みにくいことこの上ない。

 大坂の陣について初歩的なことを知りたい人というよりは、ちょっと詳細な知識が欲しい人向けの本か。それにしても、雑誌の特集号を読めばそれですんでるような気もする。

Kokomadewakattaoosakanojin

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2016年10月17日 (月)

娘秘剣

娘秘剣/細谷正充編(徳間文庫,2011)
 編者の細谷正充は時代小説、ミステリを主なテリトリーとする文芸評論家。歴史読み物の著作もあるが、手がけた本の中で圧倒的に多いのが、一連の時代小説アンソロジー。
 それぞれのアンソロジーに独自のテーマを設定していて、例えば、「笑い」をテーマにした『江戸の爆笑力』(集英社文庫)、映画原作を集めた『時代劇原作選集』(双葉文庫)、時代怪奇小説『妖異七奇談』(双葉文庫)、さらには『くノ一、百華』(集英社文庫)、『姫君たちの戦国』(PHP文芸文庫) 、『本能寺・男たちの決断』(PHP文庫)など。テーマも、そして出版社もさまざまである。そういえば、以前に紹介した『機略縦横! 真田戦記』(2014年10月9日のエントリー)も、この人の編集だった。
 本書は、女剣士を主人公にした短編ばかりを集めたアンソロジー。しかもほとんどの作品で「秘剣」がかかわっている。なんだか小説よりもマンガに向いたテーマのような気がする。
 しかしそんなテーマでも、けっこう大家の手がけた作品が集まっているところが面白い。

 最初は大御所池波正太郎「寛政女武道」。剣術道場の女中お久が、実は手裏剣の達人で、自分をなぶりものにした道場の門人たちに報復する。
 宇江佐真理「余寒の雪」は、ずいぶん前に本ブログで紹介した短編集の表題作になっていた作品(2008年7月27日のエントリー)。意に染まない結婚をした気の強い娘が主人公の、基本的に人情話。主人公は剣法の達人だが秘剣は特に出てこない。
 五味康祐「先意流「浦波」」。先意流は実在の薙刀の流派。道場の娘里絵は天才的な薙刀使い。勝負で勝った者と結婚するという条件で、惚れた男と真剣勝負をすることになる。最後は結構お約束の結末。
 早乙女貢「秘剣鱗返し」は仇討ち話。許嫁を斬られた十五歳の宇乃は故郷の駿府を出て甲府に向かい。旧知の和尚から居合いを習い、仇討ちをめざす。最後は松平忠長の愛人となり、その最期を見届けることになるという、女剣客の数奇な運命を描く。
 澤田ふじ子「嫋々の剣」は、京都の公家の娘が主人公。その娘千佳が実は小太刀の達人で、彼女に目をつけて側妻にしようとする幕府役人を成敗する。女と見て油断する相手を不意打ちで斬るという、ちょっと卑怯な秘剣。
 またも大御所、柴田錬三郎「願流日暮丸」。主人公は日暮丸という名前だが実は少女。死んだ母から老剣豪松林蝙也斎に預けられ、剣を学ぶ。やたらと気の強い日暮丸の男遍歴と剣と冒険の旅の物語で、女ピカレスク小説みたいなものか。
 最後は宮本昌孝「春風仇討行」。舞台は丸亀藩。女ながら道場の師範代をつとめるりやは、実の両親が殺されたことを知り、仇を討つために江戸へ行く。藩から同行者としてつけられた頼りない侍藤馬が、実は剣の達人で…という、あまりにお約束な展開。しかし、ストレートなエンターテインメントになっていて、読んでいて気持ちがいい。
 正直言って後味のあまりよくない結末の話もある中で、この作品を最後に持ってきたのはいい選択だったと思う。

 というわけで、マイベストは「春風仇討行」。次点は、「余寒の雪」。

Musumehiken

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2016年7月 7日 (木)

時代小説秀作づくし

時代小説秀作づくし/黒岩重吾ほか(PHP文庫,1997)
 このアンソロジー、タイトルは「時代小説」だが、通常この言葉でイメージされるのは、江戸時代を舞台にした作品だろう。しかしこの本の場合、江戸時代ものは半分以下という、ちょっと変わった構成なのである。これを「時代小説」アンソロジーと呼んでいいのか、というより、このタイトルでいいのか、という疑問がわく。
 それはとにかく、収録作品は11編、時代順に並んでいる。作者にはビッグネームが多い。

 最初はいきなり古代の話、「埴輪刀」(黒岩重吾)。垂仁天皇の時代――何世紀なのかもわからない、とにかく古代。帝に仕える勇者野見宿禰が、殉死させられようとする娘を救出するという、古代のアクションドラマ。
 次は奈良時代、「天眼の人」(長部日出雄)。行基と玄昉という、立場の異なる二人の僧の物語。
 そして平安時代末から鎌倉時代初期にかけての話が、「仏御前と蜃気楼」(梅原猛)。源平合戦の後、平清盛の愛人だった仏御前が、越前にひっそりと隠れ住んでいた。
 次も鎌倉時代、「流れ星」(杉本苑子)。鎌倉・釈迦堂の忍性の弟子、忍覚は師から西大寺への使いを命じられる。もと荒くれ者だった忍覚はかつての家に立ち寄り、自分の罪を詫びるのだが、世の理不尽に再びその怒りが燃え上がる。
 続いて時代は飛んで戦国時代、「睡猫」(戸部新十郎)。これは武術もの。山本勘助に育てられた由比甚九郎は、師から秘剣「睡猫」の極意を教えられる。
 次も戦国もの、「元亀元年の信長」(南条範夫)。朝倉攻めから退却した信長を暗殺しようとする試みがあったのは歴史的事実だが、その裏事情を描く、戦国スナイパー物語。
 やっと江戸時代に入って、「二代吉野」(藤本義一)。寛永年間の京都、島原の太夫と刀鍛冶見習いの若者との恋物語。
 次も江戸時代で、「シャムからきた男」(白石一郎)。長崎に入港した唐船に乗っていたシャム人は、実は故郷を一目見るために鎖国を破って帰国した日本人だった。長崎の人たちの対応が感動的な、いい話。
 時代は早くも幕末となり、「桜田門外・一の太刀」(津本陽)。桜田門外の変を、最初に刀を抜いた森五六郎を中心にドキュメンタリー風に描く。
 次も幕末、「狂熱の人」(早乙女貢)。幕末の京都で佐久間象山を暗殺して有名になった肥後の河上彦斎の、狂人としか思えないような一徹な生涯。
 そして江戸時代も終わってしまう「ヤングジャパン・フォーエバー」(杉本章子)。幕末に日本にやってきたワーグマンは、明治に入って新生日本の発展を見届ける。

 古代から明治まで、これだけ時代の幅が広い「時代小説」アンソロジーも珍しい。そして、収録作品はけっこう質の高いものが多く、「時代小説」かどうかはともかく「秀作」の名に恥じない。
 私的ベスト作品は「シャムからきた男」。「二代吉野」、「ヤングジャパン・フォーエバー」もいい。

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2016年4月13日 (水)

箱館奉行所始末

箱館奉行所始末 異人館の犯罪/森真沙子(二見時代小説文庫,2013)
 幕末の箱館を舞台にした時代小説の連作短編集で、シリーズ第1弾。現在4作目まで出ている。
 主人公は、旗本支倉幸四郎。明治維新まで間もない元治元年(1964年)、語学力を買われて江戸からはるか箱館に赴任する。職場は完成したばかりの五稜郭内にある箱館奉行所。
 外国人のあふれる箱館の町で、幸四郎がさまざまの難題に立ち向かう、というのがメインストーリー。その幸四郎の上司に当たるのが箱館奉行、小出秀実。実在の人物だが、これがとんでもなく優秀で、本書終盤では完全に主役になっている。

 収録作は5編。
 第一話「自分の流儀」は、支倉幸四郎が数人の家人を従えて江戸から箱館までの長旅をするところから始まる。「道行く人の半分以上は異人」という箱館の賑わいに幸四郎は圧倒されるのだが、いきなり寝過ごして奉行との体面に遅れてしまうという失態をしでかす。そんな幸四郎だが、最初に出会った事件である街中での外国人の暴行事件を、自分の流儀で解決するのだった。
 第二話「捨て子童子」では、幸四郎が五稜郭の濠に落ちた捨て子らしい子どもを見つけ、世話をすることになるのだが、この子がどうも不思議な予知能力があるらしい。少し前に起きた新島襄の密航事件を調査していた幸四郎は、たまたま捨丸の素性にかかわるらしい文書を見つける。しかし結局は幸四郎の推理に過ぎず、捨丸の素性は不明なまま。しかもこの捨丸、後の話に全然出てこないのはもったいない。
 第三話「山ノ上遊廓 月女郎」では、幸四郎が遊女の不審な死について、遊郭の下女から事情聴取をする。背景には遊郭の女たちの悲しい事情や異人たちとの絡みがあるらしいことがわかるだが、結局話を聞いただけで、何の解決もない。第二話に続いて、これで終わり?という印象を受ける。
 物語のトーンががらりと変わってくるのが、第四話「領事の置きみやげ」。元号が慶応に変わった直後、幸四郎の家に日頃仲の悪い奉行所の同僚志賀が訪ねてくる。志賀は女にだまされ、ロシア領事の密偵役を強要されていたのだった。外国のスパイ、密貿易、不審死した同僚の謎――と時代ミステリめいた道具立てが揃い、作品中唯一のチャンバラシーンも出てくる。第一話以来ほとんど姿を見せなかった小出奉行がここへ来てその実力を発揮、事件を鮮やかに解決する。
 そして第五話「盗まれた人骨」では、実際に起きた「アイヌ人骨盗掘事件」が題材となる。長さも収録作中一番長い。アイヌの人骨を掘り出して標本として持ち帰ろうとするイギリス人たちと小出奉行が対決する。この話の主役は奉行で、幸四郎はその手足となって働く脇役に過ぎなくなっている。

 というわけで、前半のエピソードでは中途半端な感じのものもあったが、後半、小出奉行が表に出てくるようになってから一転して盛り上がってくる。やはり真の主人公はこの傑物の奉行か。
 本書で事件にからんでくる外国はプロイセン、ロシア、イギリス。アメリカ、フランス、ポルトガル各国人もちらっと出てくる。これだけ国際色豊かな時代小説は、なかなかないだろう。

Hakodatebugyousho

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2016年4月 2日 (土)

宗旦狐

宗旦狐 茶湯にかかわる十二の短編/澤田ふじ子(光文社時代小説文庫,2013)
 サブタイトルのとおり、収録された作品のどれもが、茶の湯になんらかの関わりを持っている、ちょっと変わったテーマの時代小説集。
 しかしテーマとは裏腹に、茶席そのものの場面はほとんど出てこない。物語の中心となるのは茶道具であったり、茶人であったり、茶の席に飾る絵や花だったりする。それぞれ趣向が違っているし、話の雰囲気も違っている。物語の舞台はほとんど京都かその周辺だが、他に共通点はあまりない。むしろテーマが共通していながら、意外なほどのバラエティを見せている。

 収録作品数は、実は十二ではなくて十三編ある。
 最初は、うどん屋で謎の客が代金の代わりに置いていった茶掛けの一幅を巡る話「蓬莱の雪」
 次の「幾世の椿」では、伏見の貧しい曳き人足の家にある、場違いに立派な椿の木が、先祖からの因縁をつなぐ。松永久秀が意外な形で物語にからんでくる。
 かと思えば、次の「御嶽の茶碗」は怪談。大垣を舞台に、貧しい老婆が猫の餌入れに使っている茶碗が実は青磁の逸品であることに気づいた侍の迷妄とその末路を描く。
 京都の小間物問屋菊屋では、毎年三月六日正午ちょうどに比叡山麓の地蔵堂で水を汲んでくるのが習わしだった――という謎めいた設定の「地蔵堂茶水」。しかし最後に明かされる由来はあまり大したことではなく、本質は人情話。
 天王山の麓の村を舞台に、ある農民一家が乱世に翻弄される姿を描くのが、「戦国残照」。関ヶ原の戦いに足軽として参加して、そのまま戻らなかった夫を、妻が数十年ぶりに京都の町で見かける。話が突然の再会の場面で終わっているので、その後どうなったかは読者の想像にまかされている。こういうパターンの終わり方が、この短篇集には多い。
 収録作中唯一、室町時代が舞台になっている「壼中の天居」。応仁の乱が終わって間もない京都、茶の湯がやっと成立し始めた頃、京都の町で働く大工たちが、不思議な道服姿の老人と出会う。「狭い空間の中に、広大無辺な自然を感じさせる」茶室の概念と、本当の壼中の天地とを結びつけた幻想小説。
 茶の湯の心得のある立派な侍が、実は盗賊の一味だったことが判明する「大盗の籠」は、ちょっと時代ミステリ風と言えるだろうか。
 実際に京都に伝わる伝説を題材にしたのが「宗旦狐」。茶屋に毎日のように串団子を食べにやってくる茶人千宗旦は、実は宗旦に化けた老狐だった。それを知りつつ狐に団子を提供する主人には、ある思惑があった。茶屋と狐の化かし合いを描くコミカルなファンタジー。
 実際の茶会の場面が出てくる数少ない作品が「中秋十五日」。もっとも、夢の中の話。茶会と名画と侍の意地と若い男女の恋がからむ、収録作中ではかなりドラマチックな話。結末があっさりしているのは、他の作品と同じだが。
 仇討ちのため国許を出てきた夫婦が、二十年以上の歳月の末に、京の町で仇の消息を意外な形で知る「短日の霜」。仇討ちの話とはいえ、チャンバラはなし。そういえば、そんな活劇シーンは、本書中にはまったく出てこない。病死した仇討ちの相手は、贖罪のため高価な茶道具の数々を残す。それを前にした主人公の決断が潔い。
 宇治の茶農家の娘が主人公の「愛宕の剣」は、江戸時代の宇治の様子がよくわかる一篇だが、たちの悪い男が娘にちょっかいをかけようとして、颯爽と現れた救い手にやりこめられるという、それだけの話。
 裏長屋暮らしに零落した商人が、たまたま家にあった屏風に救われる「師走の書状」。ちょっとご都合主義のような気もする。
 最後の「仲冬の月」は、例外的に長い作品、そして例外的に、実在の人物が主人公。上にも書いたが、前の作品までで十二編あるので、この作品はボーナストラックみたいなものである。戦国時代の武将で、利休七哲の一人に数えられた茶人でもある瀬田掃部。その半生を語る本格的歴史小説。

 茶道から連想されるような、しみじみしたわびさびを感じさせるような話はむしろ少ない。「えっ、これで終わり?」と思ってしまうような、急転直下型のラストシーンが目立つのが特徴。その中で、「壼中の天居」や「宗旦狐」みたなファンタジーが異彩を放っている。

Soutangitune

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2015年12月12日 (土)

裏表忠臣蔵

裏表忠臣蔵/小林信彦(新潮社,1988)
 毎年この時期になると、忠臣蔵もののドラマの予告を見かけるようになる。旧作のリバイバルもあるが、いまだに新作も作られる。いつになっても変わらない12月の風物詩である。討ち入りの日とされる12月14日は旧暦で、実は今の暦で言えば1月になるのだが、それは言わない約束になっている。
 それはともかく、今回取り上げるこの作品は、現代的視点から見た忠臣蔵。読んだのはハードカバーだが、その後文庫化、さらに文春文庫でも再刊されている。

 大筋はもちろんあの忠臣蔵物語なのだが、あの小林信彦が書いたのだから、かなりユニークなアレンジがしてある。
 特に最初の方は面白い。登場人物がみんな現代人みたいなしゃべり方をする。「ショックがひどかったのでしょう」なんてことを言う登場人物もいる。
 各章のタイトルも「鏡の国」とか「ビッグ・シティ、ブライト・ライツ」とか「存在の耐えられない軽さ」とか時代小説と思えないパロディが多く、全体的に軽いトーンを演出している。
 人物像にも独特の解釈が施されている。
 大石内蔵助は浅野内匠頭から嫌われていたにもかかわらず、なりゆきで過激派からリーダーにかつぎあげられる。情勢に流されるだけの男で、実は大した人物ではなかったという設定。大石に限らず、本書に登場する赤穂浪士たちはみんな小人物。
 一方で、吉良上野介は教養あふれる大人物。本人はなぜ浅野に切りつけられたのかまったく見当がつかない。ただ、才能がありすぎるがゆえに嫉妬されることもあるのだと、知り合いの和尚から言われる。人の心がわからない英才、という位置づけになっている。
 オリジナルの登場人物が、菓子屋の源太郎。上杉家の色部又四朗から、赤穂に様子を見に行くよう依頼される。この源太郎が京都で大石の動向をさぐっている時にめぐりあったのが、杉森という男。この男、赤穂浪士たちが吉良を襲撃するのを心待ちにしており、それを芝居にして大当たりをとろうともくろんでいる。またの名を近松門左衛門…。
 こんなふうに前半は現代風の語り口に加え、型破りな展開があいついで面白い。誰もが吉良上野介に対する敵討ちなど理屈が通らないと思いながら、それを待ち望んでいる。
 だけど、後半になると、登場人物たちのしゃべり方がなぜかだんだんと普通の時代小説風になる。最後の方は心理描写もほとんどなくなり、淡々と事実を並べるだけで終わってしまうのは、もの足りない。
 前半のペースで最後まで行ってほしかった。終盤の展開にも、著者が赤穂事件の裏に感じたという「グロテスクなユーモア」の一端は感じ取れるし、それもまたひとつの演出かもしれないが…。
 とはいえ、忠臣蔵物語に独特の解釈を加えたという点では、池宮彰一郎の『四十七人の刺客』と並ぶ作品と言えるかもしれない。浅野内匠頭の刃傷の理由が最後までわからないところや、吉良を討つのが理不尽だとみんなわかっていながら事態が進んでいくところなど、共通点もある。ただ、大石の人物像は、『四十七人の刺客』と本作とでは正反対だが。

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2015年11月29日 (日)

10月に読んだ本から

 月末ぎりぎりになってしまったが、10月に読んだ本から、短篇集とアンソロジーを各1冊。

私と踊って/恩田陸(新潮文庫,2015)
 2012年に単行本が発行された短篇集。
 内容はミステリあり、ファンタジーあり、ホラーあり、SFあり、スタイルも字組を変えたり、横書きだったりと、実にバラエティに富んでいる。何に分類していいかよくわからない、「変な小説」もある。唯一ないのは、「普通の小説」かもしれない。
 あまり長い作品は入ってなくて、19編を収録。印象に残った作品をいくつか取り上げてみる。

 最初の作品「心変わり」は、突然失踪した同僚の机に、主人公がふと違和感を抱いたところから物語が始まる。何気なく物が置かれたように見えるその現場から、主人公の目には恐るべき真相が徐々に見えてきて、最後には国を揺るがすような陰謀の影までがちらつく。日常的な冒頭の場面からはまったく想像できない展開。
 少し後に出てくる「思い違い」も、同様の趣向の作品で、こちらでは、カフェの中で何気なく交わされる会話の裏に、緊迫感に満ちた追う者と追われる者のドラマが進行していた――というもの。
 これまた日常的な公開生放送の現場を描く「骰子の七の目」。これも実は最後になって予想外の展開、読者は現実世界からディストピアに突き落とされる。
 突然言葉が理解できるようになった犬が、主人に宛てて書いた手紙という設定のショートショート、「忠告」。たどたどしい文章から見える犬の心情の表現が巧み。これと同じ設定で対になる作品が、少し後に出てくる「協力」。こちらは猫の手紙。犬は主人を救おうと必死だったのに、猫はまったく…。なお、この作品も含め、ショートショートはそれ以外の作品とは字組もフォントも変えている。
 音楽ファンタジー「二人でお茶を」。あがり症のピアニストに、夭折した天才ピアニストの魂が突如としてやどる。音楽家として大成功をおさめるも、やがて無理がたたり――という話。このピアニストのモデルは、著者が思い入れの深いディヌ・リパッティだという。
 台湾を舞台にした幻想的な2編、「台北小夜曲(タイペイセレナーデ)「火星の運河」。登場人物も重なっている。前者は、「記憶の集積でできた街」台北が舞台。主人公の元に過去からの声が届く。その導く先にあるものは、優しい「死」への誘い。後者は台南が舞台が、全体が白昼夢のような雰囲気の中で、過去と現在が交錯する。
 表題作「私と踊って」は、タイトルだけ見てホラー小説かと思っていたら、全然違った。世界的なダンサーとただ一度だけ踊った少女時代の記憶を辿って、主人公はその思い出の場所を訪ねる。物語としては、何が起きるわけでもない。ダンサーのモデルは、著者自身の解説によるとピナ・バウシュだそうだ。「二人でお茶を」と同じく、天才的芸術家へのオマージュというべき作品。
 この作品の後に、著者自身が収録作を解説するあとがきがあり、その後にさらに2作が収録されている。
 横書き小説「東京の日記」は、静かに全体主義化していく近未来の東京で、外国人が綴った日記。何が起きているか、具体的なことがよくわからないのが不気味。
 最後の「交信」は1ページだけ。著者には珍しい、タイポグラフィ風の作品。何かと思ったら、「はやぶさ」の話だったが、このわずかな字数でそのドラマを描き出す技には感心。

 他には、舞台劇の形を借りて、死んだ娘による、「自分がなぜ死んでしまったか」の弁明が繰り広げられる「弁明」。日常の法則が、物理法則も含めて何もかも通用しなくなった、人も物も場所も動きまわる不確定な世界を描く「少女界曼荼羅」。写真を手掛かりに過去を幻視することのできる、特殊能力を持つ青年を主人公にしたショート・ショート3部作「聖なる氾濫」「海の泡より生まれて」「茜さす」など。

 表面的にはバラエティ豊かな作品なのだが、ほとんどの作品に「死」や「過去」が色濃い影を落としている。そのせいか、あからさまな犯罪や事件がほとんど描かれてないにもかかわらず、ちょっとダークな印象の作品が多い。「奇妙な味」の一種なのかもしれない。
 私的ベスト3は、「東京の日記」、「心変わり」、「私と踊って」。

Watashitoodotte

幕末スパイ戦争/歴史時代作家クラブ編(徳間文庫,2015)
 最近時代小説のテーマ・アンソロジーをよく見かける。普通のテーマではもう目新しさが薄れてきたのか、本書は「幕末」プラス「隠密」という意外な合わせ技。
 収録作品は9編。

 多田容子「黒船忍者」は、公儀隠密青山保助が幕末政局の影で暗躍する姿を描く。英語が堪能な保助は、情報収集のため黒船に忍びこんで海外まで渡る。英語のできる忍者という設定が面白い。最後の最後でどんでん返しには、なんじゃそれは、という気もするが。 天堂晋助「会津の隠密」は、幕末の京都で尊皇の志士にまぎれこんで暗躍する会津藩の隠密大庭恭平が主人公。姉小路公知暗殺事件の真相というのが、ストーリーの中心だが、そもそも読者がその事件のことをよく知らなければ(自分だ)、インパクトが薄いのが残念なところ。
 嵯峨野晶「暗殺者の輪舞曲」。新撰組の目を逃れながら京都に潜伏し、諜報活動を続ける長州藩士、山田市之丞の物語。主人公は一種のスパイではあるが、忍者ではない。実は明治時代に司法大臣などを務めた山田顕義の若い頃の名前である。
 喜安幸夫「乗り遅れた譜代藩の志士」は、譜代藩姫路の藩士でありながら、尊皇攘夷派に同調する萩原虎六たちの物語。時流に乗ろうとあがきながら果たせないその苦闘というか迷走ぶりを描く。悲劇なのだが、主人公たちが、「姫路藩はもうあかん」とか、みんな関西弁をしゃべるので、妙に軽い雰囲気もある。
 井川香四郎「桜島燃ゆ」。薩英戦争のさ中、ゲリラ戦法でイギリス軍艦を迎え撃とうとする薩摩忍者"山くぐり"たち。その一人金剛は、イギリス軍艦に乗り込んだまま行方不明になる。数年後、薩摩藩から派遣された五代友厚ら留学生がロンドンに到着した時、一人の日本人が彼等の前に現れる…。こういう展開は好みなので、そこで話が終わってしまうのが残念。
 誉田龍一「二百六十八年目の失意」は、「苦無花お初外伝」というサブタイトルがついているが、どこかで本伝が書かれているわけではないようだ。官軍が迫る江戸で、徳川家の壊滅を期待するお初ら3人の男女。実は石田三成に仕えていた忍者の子孫で、お初は三成の子孫でもあった。お初は官軍との和平交渉を失敗させるため、勝海舟を殺しに行く。
 芦川淳一「逃げる旗本」は、元彰義隊士坪内兵庫が、官軍に制圧された江戸を脱出しようとする苦闘の物語。彼をかくまったのは一人の夜鷹だったが、やがてそこにも官軍の追っ手が迫る。収録作中ではむしろ珍しい、悲劇的結末の話だが、それよりも忍者とかスパイとか全然関係ない。
 聖龍人「三十余戦、無敗男」は、実話に基づく作品。仙台藩の細谷十太夫は無頼の徒を集めて衝撃隊を結成、官軍と戦って負けることを知らない。結局仙台藩は幸福するが、十太夫はその後軍人として西南戦争、日清戦争にも参加したという後日談が書いてある。どこか爽やかな幕末の快男児の生き方――というところか。スパイとか関係ない話なのだが、こじつければ、ゲリラ戦法が忍者っぽくないこともない。細谷十太夫こと細谷直英の名はWikiにも項目が立てられている。
 平谷美樹「黒脛巾組始末」も仙台藩の物語。仙台藩には代々「黒脛巾組」という隠密集団がいた。その一人作蔵は、新政府に降伏した藩からの命により、旧幕府軍に加わった元同輩の半兵衛と宿命の対決をすることになる。草薙の剣とか源義経の秘宝とか、ちょっと幻想的な要素も混じっているのが特徴。

 別にスパイとか関係ないじゃないか、という話も中にはあるが、着眼点は面白い。どうせなら、もっと奇想天外な話があってもよかった気がする。
 マイベスト作品は、「黒脛巾組始末」。

Bakumatsuspy

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2014年11月20日 (木)

10月に読んだ本から

ちいさな城下町/安西水丸(文芸春秋,2014)
 今年3月に亡くなった安西水丸の最後のエッセイ。安西水丸の本業は言うまでもなくイラストなのだが、そのエッセイもなかなか味がある。
 本書は、著者が日本各地の城下町を訪問した旅行記で、表紙絵も挿絵ももちろん著者自らが描いている。
 絵と文章はゆるいタッチだが、内容はけっこう本格的な歴史紀行である。
 だいたい、冒頭の文章からして、著者の並々ならない城と歴史への思い入れがにじみ出ている。

 旅の楽しみの一つとして、何処か地図で城址を見つけ、そこを訪ねることがある。たいていの城下町には城址があるわけだが、ぼくの城下町の好みは十万石あたりにある。そのくらいの城下町が、一番それらしい雰囲気を残している。(p.9)

 さらにこの後、城そのものについて、楽しみは「縄張り」にあるといい、天守閣などは「大工仕事」と片づけてしまう。いかにも本物志向を感じさせる。
 そんな著者が訪問先に選んだ城下町は、村上市(新潟)を皮切りに、行田市(埼玉)、朝倉市(福岡)、飯田市(長野)、土浦市(茨城)など20。市町村合併などで市の名前と城の名前が一致しないところがあるが、行田市にあるのは忍城、朝倉市は秋月城。
 確かに、あまり大きい都市はない。大きすぎも小さすぎもしない「十万石」。その規模をそのまま引き継いでいれば、現在は10万人前後の都市になっているだろう。大都会でも田舎でもない、中庸が著者の好みであるようだ。
 各編の内容はだいたいパターンが決まっている。

 1.最初が、著者の回想と、その土地を訪れた理由またはきっかけみたいなもの。いわばエッセイ部分。
 2.実際にその地に旅して、城跡を訪れる紀行部分。
 3.その土地の歴史を語る、歴史部分。ここが一番分量が多く、だいたい半分以上。
 4.そして最後に、帰りにあたっての感想。土地の名物を食べる場合もある。

 基本パターンはこういうものだが、訪問先に似たような町があまりないので、どれも同じようなという印象は受けない。
 メインとなる歴史部分は、当然ながら城主たちにまつわる歴史が多いが、その地のゆかりの人物や出来事を語る場合もある。例えば、壬生町では、壬生城を築いた壬生氏のほか、最後の城主だった鳥居氏、壬生生まれの名僧円仁、この町に墓がある金売り吉次のことなどに触れている。壬生城そのものに、あまり語るほどのことがなかったというのもあるだろうが。

 他には、城で有名な掛川市、大洲市、高梁市や、あまり城下町のイメージがない天童市、木更津市などが登場。
 本書で著者が訪問しなかった、10万石くらいの城下町というのはまだまだある。ちょっと思いつくだけでも、宇和島(10万石)、米沢(15万石)、大和郡山(15万石)、津山(10万石)、白河(10万石)、佐倉(11万石)、長野市松代(10万石)、小浜(10万石)、柳川(11万石)など。
 10万石程度といっても、富山とか高松、宇都宮、大垣あたりは、町が大きくなりすぎて著者の求めるような風情はないかもしれない。
 本書に出てくる壬生は3万石、安中も3万石、飯田は2万石の小藩だが、5万石以下くらいの方が、著者から見て味のある城下町が多いようだ。その気持ちはよくわかる。
 ただ、あまり小さい藩だと、城ではなく陣屋になるのだが、陣屋の町でもそれなりに味のある紀行を書いてくれたような気がする(兵庫の柏原とか岡山の足守とか…)。
 いずれにしても、もう続編が書かれることがないのが残念。

Chiisanajokamachi


[さえ]の巫女 甲州忍び秘伝/乾緑郎(朝日文庫,2014)

 オリジナルタイトルは『忍び秘伝』(2011)。ただの忍者小説としか思えず、内容を著しく誤解させるタイトルだった。今回の文庫版のタイトルは少しましだが、それでもちょっと忍者小説っぽい。
 ブログ主は、著者がSFミステリ『完全なる首長竜の日』の著者であることから、ただの忍者が出てくる小説とは最初から思ってなかった。魔力を持った少女が、彼女を護衛する忍者戦士とともに妖魔と戦うという『戦都の陰陽師』みたいなパターンの話かと予想したのだが、似ているのは、化け物が出てくるところだけだった。いずれにしても、本書はただの忍者小説だとか時代小説とかいうものではない。もっととんでもないものである。

 主人公は「ノノウ」と呼ばれる甲斐の歩き巫女集団で育てられた孤児の少女、小梅。歩き巫女たちは実は武田家に仕える隠密でもある。ある意味、忍びと言える。
 この小梅が、真田家ゆかりの者だという武藤喜兵衛と名乗る武士と出会い、やがて武田家ばかりか日本の運命を変えるような秘密と謀略に巻き込まれる。ついには小梅と喜兵衛の二人は巨大な悪と対決し、この世のものとも思えない――というか、本当に時空を超えた冒険をすることになる、というのが大筋。
 本作での悪の巨魁は山本勘助。川中島で死んだと見せかけ、実は武田家滅亡の後まで生き延びて暗躍しているという設定。最後の最後で、驚きのSF的展開でその正体が明らかになる。
 また、山本勘助に育てられ、その手先となって暗躍するのが、謎の忍者加藤段蔵。戦国時代に「飛び加藤」の名で知られた謎の忍者の名前だが、本作では独自の設定がされている。なお、「飛び加藤」という呼び名は本作中では一度も出てこない。
 そして物語の鍵になるのが、読む者を狂気にいざなうという魔書「在阿条経」。そこに書かれているのは、邪神「御左口神[みしゃぐちしん]」を呼び出す秘術。正体は星の神だというその凶神を利用して、山本勘助は日本征服をたくらんでいた、というとんでもない話なのである。
 登場する邪神はクトゥルー神話を思わせる設定。実際、参考文献の中に『ラヴクラフト全集』や『魔道書ネクロノミコン』がある。
 敵は目に見えない邪神、宙に踊る禁断の経文、邪法を操る軍師に異端の忍者。対するは可憐な巫女に知勇兼備の剣士、そして巫女を守る石神「塞の神」――。要するにそういう話である。伝奇であり、ファンタジーであり、ちょっとSFでもある。故石川賢の超絶伝奇時代マンガみたいな話、と言えばわかる人はわかるだろうか。

 蛇足。ところでこの本、困ったことに、武藤喜兵衛の本名を帯の裏のストーリー説明でバラしてしまっている。まあ、真田信綱、昌輝の弟だということは途中で書いてあるし、「武藤喜兵衛」をウェブで検索したらわかることだし、知ってる人は最初から知ってることではあるのだが、何も読む前から帯で知らせなくてもいいではないか。
 武藤喜兵衛は真田家から武藤家に養子入りしていたのだが、長篠の戦で真田家当主の兄信綱、次兄昌輝が戦死した後、本家に戻って家督を継ぐことになる。当然、その時に姓も真田に戻す。 

 武藤喜兵衛は、この年より真田昌幸を名乗ることになる。(p.220)

 ここで初めて、武藤喜兵衛が真田昌幸の若い頃の名前だということを、読者は知ることになる――それが本来の著者の意図だったはずだが、帯がそれをだいなしにしている。まあ、真田昌幸の名を表に出す方が、販売戦略としては正しいかもしれないが。

Saenomiko

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