水戸黄門 天下の副編集長
水戸黄門 天下の副編集長/月村了衛(徳間書店,2016)
月村了衛といえば、<機龍警察>で有名なSFハードボイルドの旗手。その作者が書いたとは思えない、ふざけ切った小説が本書。
徳川光圀の『大日本史』編纂事業をネタに、「水戸黄門」(主にテレビドラマ版の)を思い切りパロディ化しいる。
この物語世界の江戸時代には、なぜか現代日本と同じような編集(作中では「編修」という言葉を使用)システムが存在し、『大日本史』でも日本中の学者たちに依頼した原稿を「編修者」たちが取り立てるという仕組みになっている。
主人公は一応、実在の人物である安積覚兵衛。テレビドラマの格さんのモデル。『大日本史』の編集局である彰考館の総裁で、編集長の立場。彼の下で編修顧問の佐々介三郎(助さんのモデル、これまた実在の人物)や「机」(デスク)のお吟という謎の女性が働いている。しかし執筆者たちは締め切りを守らず、原稿は遅れに遅れ、『大日本史』編纂事業は一向に進まない。
その現状に業を煮やしたのが、徳川光圀その人。自ら書物問屋の隠居に仮装し、お忍びで入稿の遅れている執筆者たちから原稿を取り立てる旅に出る。
光圀は現場を引退し、総裁の補佐役となっていて、サブタイトルの「副編集長」はここから来ている。だが、それは建前にすぎず、実際には光圀がすべてを取り仕切っていることは言うまでもない。もちろん、覚兵衛、介三郎、お吟も同行する(させられる)のだった。
――というわけで、水戸黄門一行の旅が始まる。
光圀たちの行く先々でさまざまな事件が起きるのはお約束。テレビと違って主人公の覚兵衛はただの学者で、世間知らずの堅物、武芸は全然ダメ、何の役にも立たない。例の印籠を見せる場面はあるが、それも成り行き上仕方なくといった格好でやっている。
また、介三郎は遊び人で下世話なことはよく知っているが、やはり腕は立たない。そんな中でお吟が実は甲賀の忍びで、立ち回りは一手に引き受ける。さらに公儀から密かに派遣された伊賀者の「風車の男」(本名は最後で明かされる)が、時々現れて窮地を救う。八兵衛は出てこない。
本編は四つのエピソードからなる。
最初は本のタイトルと同じ「水戸黄門 天下の副編集長」。最初の取り立て先として、下田の学者鈴之原銅石のところへ行くが、なぜか姿を見せない。実は悪徳業者に監禁され、とんでもないものを書いていたのだった。
次は駿府に舞台を移し、「水戸黄門 謎の乙姫御殿」。大河原康軒という学者を缶詰にして原稿執筆をさせようとするが、なぜか毎夜、謎の失踪を遂げる。ここでライバル組織の登場。真田の末裔月読姫と4人の女忍者たちの陰謀が暴かれる。
ドタバタぶりがさらに激しくなるのが「水戸黄門 艶姿女編修揃踏」。藤枝の岡本無楽斎を訪ねると、無楽斎は重度のスランプに陥っていた。「スランプ」という言葉が出てきたところで、この言葉は清朝に生まれた遊技「素乱符」に由来するという解説が入る(民明書房か!)。一行は気分転換のため、無楽斎を<飲む><打つ><買う>に連れ出す。そこへ真田一味や、お吟の助っ人の女忍者、お鹿とお寅も登場して大乱戦になる。
最後は最初から最後までパロディ、「水戸黄門 日本晴れ恋の旅立ち」。舞台は掛川、ここに二つの対立する学派、門田(もんた)と伽備(きゃび)があり、代々いがみあってきた。だが、『大日本史』の執筆を依頼された門田家の露水鷗(ろみおう)と真田一派から依頼を受けた伽備家の珠里(じゅり)は密かに愛し合っていた。そのため恋の病で二人の原稿はまったく進まなくなっていた。――という、もろに「ロミオとジュリエット」。露水鷗と珠里の交わすセリフまで一緒。最後はとにかくハッピーエンドになり、光圀一行はまた旅立つのだった、というところで終わり。
なんというか、出だしである程度予想はしたものの、ここまでぶっ飛んだ内容だとは思わなかった。月村了衛の意外な一面を見た。いや、ブログ主はこういう悪ふざけ作品は嫌いではないが。まだ掛川までしか行ってないが、続きは出るのだろうか。