鉄道をネタにしたエッセイは世に数多く、最近はコミック『鉄子の旅』のヒットなどもあり、ますます増加しているようだ。
この本も、分類すれば鉄道エッセイということになるのだろう。
だが、鉄道オタクが書いた本と一線を画しているのは、著者が日本政治史を専門とする学者だということだ。
わりと最近読んだ『鉄道ひとつばなし2』について書く前に、まず4年前に出た本を取り上げておく。
鉄道ひとつばなし/原武史(講談社現代新書,2003)
講談社のPR誌、『本』の連載をまとめたもので、一つ一つの章は短いし、文章は普通のエッセイよりはやや固めかな、と思う部分はあるものの、読みやすさを阻害するほどではない。
気軽に読める鉄道エッセイ、と思っても読んでも、決して裏切られはしないだろう。
だが、著者が学者だけあって、着眼点や分析には鋭いものがある。単なる鉄道マニアに書けるものではない。
例えば、東西日本の鉄道の普及度の差には「時間感覚」の差があったのではないか、とか(「時間意識から見た東北と九州」)、東京と大阪の私鉄の「官」への依存度の対照的な違い、とか(「「新」のつく駅名」ほか)もそうだが、何といってもこの著者の本領を発揮しているのは第一部「天皇と鉄道」の章だろう。普通の鉄道の本は、鉄道政策を除いて、政治的に微妙な問題は避けて通るものが多いが、この人はこれが本業なのである。
第二部「鉄道をめぐる人物論」でも、出口王仁三郎、後藤新平、永井荷風、ヒトラー、折口信夫といった意外な人物と鉄道とのかかわりを書いている。短い文章のひとつひとつに、政治と歴史とにかかわる深い知識と洞察力が感じられる。
もちろん、政治や歴史がらみの話ばかりでなく、鉄道乗車記や駅名にまつわる雑学的エッセイなど、普通の鉄道好きらしい文章も多い。
中には、「駅から見た東京に出づらい都道府県ランキング」みたいなマニアックなデータも集めている。これは沖縄を除く(この本が出た時点で、まだ那覇のモノレールは完成してない)各都道府県のすべての駅から、その日のうちに東京に着けるデッドラインを調べるというすごい調査の産物である。出版社のPR誌に載せる短いエッセイのためにこれだけの調査をするのというのは、やはり好きだからこそできるのだろう。
巻末に駅名索引がついているのも、いかにも研究者が書いた本らしくていい。
鉄道に関する名著の一つに挙げたい本。
鉄道ひとつばなし2/原武史(講談社現代新書,2007)
前作から4年、装幀も一新されて発行された、『鉄道ひとつばなし』の第2弾。もっとも、講談社現代新書の装幀は、前の黄色い表紙に小さなイラストをあしらったデザインの方が好みである。
それはともかく、いろいろな面で前作を踏襲していて、前作を読んだ人を読者として想定していることをうかがわせる。
たとえば、全体の構成。前作の序章は「思索の源泉としての鉄道」だったが、今回は「続・思索の源泉としての鉄道」。第一章は、前作は「天皇と鉄道」で、今回は「天皇と東京」。「天皇」は著者の研究テーマで、どうしてもはずせないらしい。
さらに前作の第五章が「私の鉄道体験記」で、今回が「鉄道乗車記」。前作の第六章「駅・駅名・駅のそば」に対応するのが、今回の第四章「駅の記憶」。そして第二章「鉄道をめぐる人物論」と第七章「風俗と風景」に対応するのが、第六章「鉄道趣味と文学・メディア」か。
この第四章「駅の記憶」の一編、「独断・日本の駅百選」では、タイトルのとおり日本の駅ベスト100を選び、それぞれを解説してしかも10ページに収めるというすごいことをやっている。また、第六章の「鉄道趣味と女装趣味」では、鉄道マニアと女装趣味には共通性があるという仰天の分析をしている。
「駅から見た東京に出づらい都道府県ランキング」の最新版も収録されており、独創的な着眼点と、学者ならではの分析力、そしていかにも鉄道好きらしい調査力が生かされているのは前作と同じ。
だが、前作にはなかった、この本の一番のハイライトは、第三章「日本の鉄道全線シンポジウム」だろう。鉄道路線を擬人化して語るという手法は、鉄道関係本ではときどき見かけるもので、この企画自体、20前に宮脇俊三が書いた「国鉄全線大集会」の現代版をねらったものらしい。
JR、私鉄、第三セクターの代表的な路線(さすがに全線登場させるのは無理)に人格を与え、福知山線事故の直後に書かれたということもあって、日本の鉄道の危機的状況とその将来を語らせるというこのエッセイ(?)、実は結構真剣なテーマを扱っているのに、無闇におもしろい。ページ数の都合もあって、各路線がほとんど一回しか発言していないのに、それぞれの「個性」がよく出ている。地域によっては方言をしゃべらせているのもいい(例えば関西の私鉄は皆関西弁でしゃべっている)。
東海林さだおの食べ物エッセイの中に、ときどき「野菜の対談」が出てくるが、あのおかしさと共通するものがある。著者の学者としての学識才能だけでなく、コラムニストとしての並々ならぬ資質を感じさせる。