豪華客船の文化史
豪華客船の文化史/野間恒(NTT出版,1993)
かつて世界の海を駆け巡っていた豪華客船の歴史。ここで言う豪華客船は、クルーズ船のことではなく、あくまで輸送のため――娯楽ではなく、旅行手段としての船のことである。
19世紀中頃から20世紀末まで、「一五〇年にわたる客船の転変を、世界史との関わりで捉えたい」というのが、まえがきに書いてある趣旨。確かにそのとおりの内容だが、これならタイトルは「文化史」ではなく、「世界史」の方がふさわしかったのでは。
内容は9章構成。
第1章「旧大陸から新世界へ」は、大西洋航路の誕生と発展を語る。19世紀、蒸気船の発達とともに、大西洋をわたる定期郵船が誕生。初期の船は郵便が主で、客室施設は粗末なものだった。しかし船内施設は次第に豪華なものになっていく。
第2章「極東に注がれる欧州列強の目」は、舞台をアジアに移す。アジア-ヨーロッパ航路の歴史。そして新興勢力としての日本で、海運会社が誕生する。
第3章「浮かぶ宮殿―豪華巨船時代へ」。19世紀末から20世紀初頭の大西洋航路について。ドイツ海運会社の台頭と、イギリス・アメリカとの競争。客船史を語る上では避けて通れない、巨船「ルーシタニア」と「タイタニック」の悲劇についても。
第4章「二十世紀の日本海運」は、日露戦争から第一次世界大戦までの日本海運の歩み。
第5章「第一次世界大戦と客船」は、戦時輸送に駆り出される客船たちの運命について語る。
第6章「活気溢れる一九二〇年代[ローリング・トウエンティーズ]」。第一次大戦が終わり、続々と登場する豪華客船。日本も健闘しているが、いかんせん欧米諸国に比べると船が小さい。
第7章「世界恐慌から客船黄金時代へ」。1930年代に入り、各国を代表する巨大客船がデビューする。日本の「浅間丸」、フランスの「ノルマンディ」、イギリスの「クイーン・メリー」。クルーズ客船が誕生したのもこの頃だが、まだ主流は輸送手段としての客船だった。前章とこの章、つまり大戦間の時期が豪華客船の最盛期。
第8章「第二次世界大戦と客船」。第二次世界大戦が始まり、客船の黄金時代は悲劇的な終末を迎える。この大戦は各国の客船にとって最大の悲劇の舞台となる。特に日本の客船は壊滅的被害を受けた。
第9章「平和の再来と客船サービス」。第二次大戦後、大型豪華客船の時代がふたたびやってくる。イギリスの「クイーン・エリザベス」・「クイーン・エリザベス2」、アメリカの「ユナイテッド・ステーツ」、フランスの「フランス」など、国の威信をかけた巨船がデビューする。
だが、客船の時代は長くは続かない。1960年代からジェット機に客を奪われ、定期客船の繁栄は急速に終わりを迎える。旅客輸送という仕事で生きていけなくなった客船は、クルーズに活路を求めるようになっている――というところで本書は終わり。クルーズそのものについてはごく簡単にしか触れてない。
2008年に刊行された本書の増補版では、第10章「クルーズの世紀」が追加されている。現代ではクルーズ客船こそが「豪華客船」で、輸送のための船は「フェリー」や「連絡船」でしかなくなっている。その実態を反映した増補である。とはいえ、クルーズ以前の客船本来の姿を伝えてることが本書の本来の役割なのだから、旧版でもその価値は失われてはいない。