交通・乗り物

2009年7月20日 (月)

国道の謎

国道の謎/松波成行(祥伝社新書,2009)
 世の中に鉄道マニアは数多く、鉄道に関する本も山のように出版されている。それに対して自動車が通る道――国道のファンは少数派である。よく知らないが、本もあまり出てないようだ。著者も本書の「あとがき」に、「日本ではじめての国道ガイドブック」と書いてるくらいだから、本当に出てないのだろう。
 つまり本書は、「国道マニア本」という、世にも珍しい分野の本なのだ。カバー裏の紹介によれば著者の本業は国道とまったく関係がなく、国道は趣味ということになる。
 内容は3部構成。プロローグ的第一部、「列島ぐるっと、国道の謎」。第二部は、全国の特徴ある国道を紹介しながら、なぜそんな道ができたかを考察する「愛すべき国道たち」。第三部は第二部と同じような内容だが、より歴史に重点を置いた「国道史をなぞる旅」。
 第二部以降は10個の「章」ならぬ「道」に分かれている。基本的に各「道」が一つの国道をテーマとしていて(もちろん他の国道にも言及はされているが)、それぞれがけっこう長い。例えば第一道「津軽・竜飛崎の「階段国道」―国道339号―」は40ページ近く。短めの第四道「米軍基地につながる「港国道」―国道189号」」でも、10ページ以上ある。
 だから本書は、マニア本にありがちな雑学本的雰囲気はほとんどない。各「道」が10ページから40ページくらいあるということは、ひとつひとつについてかなり掘り下げた調査や論考がしてあるということだ。全国の変わった国道、あるいは国道にまつわるトリビアをつめこんだ本を期待してはいけない。けっこう「固い」本なのだ。
 とはいえ、読者の興味を引くためか、「珍国道」についての情報が豊富なことも事実で、車が通れない「階段国道」339号、日本一短い国道174号、なぜか米軍基地につながっている国道189号、車どころか徒歩でさえ通行不可能な区間がある「点線国道」291号などが紹介されている。
 そうしたマニアックな部分と、国道の成立史や道路政策の変遷を真面目に探求するディレッタントの部分とが本書には同居している。両方が必ずしもうまく融合しているとは言えない。結局、主眼が珍国道の紹介なのか、日本の道路行政なのか、どっちつかずの感は否めない。「日本ではじめて」ということで、あれもこれもと詰め込みすぎたのだろうか。

国道の謎 (祥伝社新書 160)

| | コメント (0)

2008年12月 6日 (土)

鉄道用語の不思議

鉄道用語の不思議/梅原淳(朝日新書,2007)
 誰でも知ってるような言葉から、鉄道関係者(またはマニア)しか使わないような専門用語まで、鉄道に関わる様々な言葉を簡潔に解説したもの。
 第1章「よく見聞きする基本用語」では、「鉄道」、「線路と軌道」、「旅客」、「路線」、「新幹線」、「在来線」、「起点と終点」といった具合。
 「鉄道」というもっとも基本的な言葉そのものをとっても、厳密に定義しようとすれば、普通の鉄道はともかく、モノレールは、新交通システム(レールがない)は、トロリーバスは、鉄道に含まれるのか、含まれるとしたらどのような根拠によるのか、とか様々な論点が生まれてくる。あるいは「旅客」という議論の余地がなさそうな言葉にしても、運賃を支払って乗っているのが旅客だとしたら、無賃乗車している人間は旅客ではないのか、だとすれば旅客を対象とした法律は適用されないのか、とかいう議論が出てくる。
 ひとつひとつの言葉について、法律、規格、統計等々を引用しながら、そういうことを論じる。要するに非常に理屈っぽい本である。
 第2章以下、「組織に関する用語」、「車両に関する用語」、「線路や施設に関する用語」、「マスコミでよく取り上げられる用語」と続く。当然ながら、「専用鉄道」、「専用軌道」、「信号場、信号所」、「系と形」といった、いかにも専門用語風な鉄道用語も登場するが、それよりも、「車両」、「電車」、「駅」、「踏切」といった日常的な用語の説明の方がおもしろい。誰もが意味がわかっていると思っている用語が、実は意外に奥が深く、思いもよらない側面を持っていることがわかったりするからだ。例えば、「駅」と分類される施設の中に、列車が発着しない、旅客も出入りしない、レールすらない場所がある、とか。そういったトリビア的知識も豊富に含まれている。各章の末尾に、取り上げられた用語の簡潔な説明が別枠でまとめてあるのが親切。
 この本を読むと、鉄道に詳しくない人の前でなら、ちょっとだけ知ったかぶりができるかもしれない。ただ、実際はそうでもないのに濃いテツだと思われても何の得にもならないだろうが。
 「読みテツ」にとっては必読書か。

鉄道用語の不思議 (朝日新書 88)

| | コメント (0)

2008年8月20日 (水)

リアル「鉄子」の旅

おんなひとりの鉄道旅/矢野直美(小学館,2005)
 マンガ『鉄子の旅』(2007年3月15日のエントリー)にも登場したライター、矢野直美の鉄道紀行。
 乗車した鉄道は、北はJR宗谷本線から、南は沖縄のゆいレールまで40路線。「北斗星」や九州新幹線「つばめ」みたいなメジャーな列車にも乗っているが、ほとんどは弱小ローカル線。
 例えば、濡れせんべいで有名になった「銚子電鉄」とか、日本最短「紀州鉄道」とか、京福電鉄の廃止路線を復活した「えちぜん鉄道」とか。中には「ちほく高原鉄道」とか「くりはら田園鉄道」とか、この本が出た後で廃止された鉄道もある。
 『鉄子の旅』に出てきた矢野直美は、大人びた雰囲気の非常にまともそうな人だったが、この本の文章は少々イメージが違う。
 「きゃあ!カギ閉めてないっ!」とか、「海に叫ぶ。基本でしょ?」とか、マンガじみた独り言と感嘆符と体言止めを多用する、30代後半とは思えないはじけた文章は、好みが分かれるところだろう。昔こういう感じの文章をどこかで読んだことがあるような気がする…と思ってよく考えてみたら、新井素子のエッセイだった。まあ、そういう文章なのである。
 ただ、鉄道と旅が好きだという思いはよく伝わってくる。各路線の地図もついていて(小さい地図だが)データとしても最低限は揃っている。惜しむらくは乗車年月日が書いてないこと。この点は『鉄子の旅』に負けている。
 『鉄子』と言えば、イラストを菊池直恵が描いていているが、本文とあまり関連性がない&著者があまりに可愛く描かれすぎていて、菊池直恵ファン以外の人にとっては、微妙なところか。
 最近小学館文庫から2冊本の文庫版も出た。

おんなひとりの鉄道旅 (BE‐PAL BOOKS)

| | コメント (0)

2008年6月28日 (土)

定刻発車

定刻発車/三戸祐子(新潮文庫,2005)
 この本の単行本は2001年発行だが、文庫本は2005年。例の尼崎でのJR福知山線脱線事故とタイミングを合わせるように発行された。そのために当時は話題になり、けっこう売れた。
 あの事故が起きたのが200 5年4月25日、文庫版の発行日は5月1日になっている。5月1日発行なら、4月25日にはもう印刷・製本は終わっている。だから、事故とほとんど同時に発行されたのは、まったくの偶然である。そのおかげで、売れたことそのものはいいにしても、一種のキワものみたいになってしまったのは、この本にとって、また読者にとっても、不幸だったかもしれない。
 世界的に見れば異常なレベルにまで達している日本の鉄道の「正確さ」と、その正確さへの「信頼」。著者はその由来を資料と取材を元に丹念に調べ、時に大胆な推測を交えて考察する。ユニークな着眼点と丁寧な取材に基づいた本である。
 が、作者自身はその「正確さ」を必ずしもベストのものだとは思っていない。むしろ日本の社会的条件がやむを得ず生み出した「必要悪」のように考えているらしい気配がある。
 最後に書かれた「定時運転」の将来についての考察でも、現在の異常なまでの定時運転は消滅の運命にある、というか、消滅しなければならない、と作者が考えていることが見てとれる。
 文庫版の発売と時を合わせて起きた例の事故は、この本を読んだ時点では(その年の9月)、無理を重ねた定時運転の未来を暗示するかのようにも思えたものだった。おそらく、当時多くの人がこの本を読んで同じようなことを思ったのではないか。この本は、定時運転へのレクイエムになるのかもしれないと。
 だけど、あまりに事故とタイミングが合いすぎたのが不運だった。あの事故をめぐる諸現象の一つとして埋もれてしまったのだ。

 結局その後、あまりに過密なダイヤはやめましょうということになっただけで、相変わらず、日本の鉄道は時刻表どおりに動くのが当たり前だと、みんな思っているのだった。

定刻発車―日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか? (新潮文庫)

| | コメント (0)

2007年9月16日 (日)

日本全国路面電車の旅

日本全国路面電車の旅/小川裕夫・編著(平凡社新書,2005)
 小川裕夫、城戸久枝、和気淳という3人の若手ライターによる、全国の路面電車乗り歩きルポ。
 基本的に全線完乗し、それぞれの土地の路面電車や交通事情紹介、観光案内や地元の人との触れあいも入れるという盛りだくさんな内容。そのため、新書のページ内では全都市を網羅するのは無理で、いくつかは1ページくらいの簡単な紹介に押し込められている。
 本文に取り上げられているのは、札幌(小川)、函館(小川)、都電(小川)、江ノ島電鉄(小川)、高岡・万葉線(小川)、豊橋(小川)、岡山(和気)、広島(和気)、松山(城戸)、高知(和気)、長崎(城戸)、熊本(城戸)、鹿児島(城戸)。1ページで片づけられているのは、東急世田谷線、富山、福井、京福、京阪大津線、阪堺。東日本を小川、中国・四国を和気と城戸、九州を城戸という分担らしい。
 ライターは3人とも1970年代生まれ。小川裕夫は「都電ひとつばなし」というブログを作っているほどの都電マニアで、鉄道関係の著作も出しているが、本人は「鉄道ライターではない」とブログに書いている。城戸久枝は、この本を除いては、鉄道に関する本は書いてない。和気淳については単独著作がないらしいので、よくわからない。
 まあ、3人とも鉄道関係をホームグラウンドとするライターではない、と乱暴にまとめてしまおう。年齢からして路面電車へのノスタルジックな思い入れはあまりないだろう、と思う。
 どちらかというと、著者たちは路面電車を、「新時代の交通システム」という目で見ているらしい。過度な思い入れがない分、一般の読者には受け入れられやすい。路面電車にあまり親しみのない読者に情報を伝えるという点では、いい本だろう。
 その反面、文章が型どおりというか、こぎれいにまとまりすぎていて、ルポという点ではもの足りない。締めくくりが「もう一度乗りに来たい」とか「今後に注目したい」とか、新聞に載っているような文章ばかりなのである。
 新書にそこまで期待するのはないものねだりかもしれないが、もう少しはじけた部分があれば(テツ趣味に走るとかそういう方向ではなくて)、楽しい本になっていたと思う。あと、路線図だけじゃなくて、地図もほしかった。

日本全国路面電車の旅

| | コメント (0)

2007年7月17日 (火)

鉄道ひとつばなし

 鉄道をネタにしたエッセイは世に数多く、最近はコミック『鉄子の旅』のヒットなどもあり、ますます増加しているようだ。
 この本も、分類すれば鉄道エッセイということになるのだろう。
 だが、鉄道オタクが書いた本と一線を画しているのは、著者が日本政治史を専門とする学者だということだ。

 わりと最近読んだ『鉄道ひとつばなし2』について書く前に、まず4年前に出た本を取り上げておく。

鉄道ひとつばなし/原武史(講談社現代新書,2003)
 講談社のPR誌、『本』の連載をまとめたもので、一つ一つの章は短いし、文章は普通のエッセイよりはやや固めかな、と思う部分はあるものの、読みやすさを阻害するほどではない。
 気軽に読める鉄道エッセイ、と思っても読んでも、決して裏切られはしないだろう。
 だが、著者が学者だけあって、着眼点や分析には鋭いものがある。単なる鉄道マニアに書けるものではない。
 例えば、東西日本の鉄道の普及度の差には「時間感覚」の差があったのではないか、とか(「時間意識から見た東北と九州」)、東京と大阪の私鉄の「官」への依存度の対照的な違い、とか(「「新」のつく駅名」ほか)もそうだが、何といってもこの著者の本領を発揮しているのは第一部「天皇と鉄道」の章だろう。普通の鉄道の本は、鉄道政策を除いて、政治的に微妙な問題は避けて通るものが多いが、この人はこれが本業なのである。
 第二部「鉄道をめぐる人物論」でも、出口王仁三郎、後藤新平、永井荷風、ヒトラー、折口信夫といった意外な人物と鉄道とのかかわりを書いている。短い文章のひとつひとつに、政治と歴史とにかかわる深い知識と洞察力が感じられる。
 もちろん、政治や歴史がらみの話ばかりでなく、鉄道乗車記や駅名にまつわる雑学的エッセイなど、普通の鉄道好きらしい文章も多い。
 中には、「駅から見た東京に出づらい都道府県ランキング」みたいなマニアックなデータも集めている。これは沖縄を除く(この本が出た時点で、まだ那覇のモノレールは完成してない)各都道府県のすべての駅から、その日のうちに東京に着けるデッドラインを調べるというすごい調査の産物である。出版社のPR誌に載せる短いエッセイのためにこれだけの調査をするのというのは、やはり好きだからこそできるのだろう。
 巻末に駅名索引がついているのも、いかにも研究者が書いた本らしくていい。
 鉄道に関する名著の一つに挙げたい本。

鉄道ひとつばなし2/原武史(講談社現代新書,2007)
 前作から4年、装幀も一新されて発行された、『鉄道ひとつばなし』の第2弾。もっとも、講談社現代新書の装幀は、前の黄色い表紙に小さなイラストをあしらったデザインの方が好みである。
 それはともかく、いろいろな面で前作を踏襲していて、前作を読んだ人を読者として想定していることをうかがわせる。
 たとえば、全体の構成。前作の序章は「思索の源泉としての鉄道」だったが、今回は「続・思索の源泉としての鉄道」。第一章は、前作は「天皇と鉄道」で、今回は「天皇と東京」。「天皇」は著者の研究テーマで、どうしてもはずせないらしい。
 さらに前作の第五章が「私の鉄道体験記」で、今回が「鉄道乗車記」。前作の第六章「駅・駅名・駅のそば」に対応するのが、今回の第四章「駅の記憶」。そして第二章「鉄道をめぐる人物論」と第七章「風俗と風景」に対応するのが、第六章「鉄道趣味と文学・メディア」か。
 この第四章「駅の記憶」の一編、「独断・日本の駅百選」では、タイトルのとおり日本の駅ベスト100を選び、それぞれを解説してしかも10ページに収めるというすごいことをやっている。また、第六章の「鉄道趣味と女装趣味」では、鉄道マニアと女装趣味には共通性があるという仰天の分析をしている。
 「駅から見た東京に出づらい都道府県ランキング」の最新版も収録されており、独創的な着眼点と、学者ならではの分析力、そしていかにも鉄道好きらしい調査力が生かされているのは前作と同じ。
 だが、前作にはなかった、この本の一番のハイライトは、第三章「日本の鉄道全線シンポジウム」だろう。鉄道路線を擬人化して語るという手法は、鉄道関係本ではときどき見かけるもので、この企画自体、20前に宮脇俊三が書いた「国鉄全線大集会」の現代版をねらったものらしい。
 JR、私鉄、第三セクターの代表的な路線(さすがに全線登場させるのは無理)に人格を与え、福知山線事故の直後に書かれたということもあって、日本の鉄道の危機的状況とその将来を語らせるというこのエッセイ(?)、実は結構真剣なテーマを扱っているのに、無闇におもしろい。ページ数の都合もあって、各路線がほとんど一回しか発言していないのに、それぞれの「個性」がよく出ている。地域によっては方言をしゃべらせているのもいい(例えば関西の私鉄は皆関西弁でしゃべっている)。
 東海林さだおの食べ物エッセイの中に、ときどき「野菜の対談」が出てくるが、あのおかしさと共通するものがある。著者の学者としての学識才能だけでなく、コラムニストとしての並々ならぬ資質を感じさせる。

鉄道ひとつばなし 2

|