交通・乗り物

2020年12月12日 (土)

乗り物はじまり物語

乗り物はじまり物語/ブリヂストン広報室編(東洋経済新報社,1986)
 ブリヂストンのPR誌『タイヤニュース』の連載記事を再編集したもの。「乗り物」に関するさまざまな話題を、テーマ別に分けて書いている。
 最初が「車輪」というのが、いかにもタイヤ会社らしい。
 その「車輪」から始まって、1章から5章までは、「荷車」→「駕籠」→「自動車」→「二輪車」という並び。だいたい、道路を通る乗り物の発展の順番になっているようだ。しかも、「駕籠」を除いては全部車輪を使っている。「駕籠」の章はも、後半には「人力車」が登場するし。
 6章から9章は、「鉄道」、「重機」、「船」、「飛行機」と乗り物の種類別。
 そして10章から14章は、「道路」、「隧道」、「並木・駅・橋」、「地図」、「標識・駐車場・免許証」と、インフラや制度関係。最後は「新交通」となっている。
 ――というような内容で、「乗り物はじまり物語」というより、「交通はじまり物語」の方が書名にふさわしいようだ。もっとも、タイトルとしては「乗り物」とつけた方が面白そうではある。
 記述は総合的な解説というより短いトピックの連続。だから体系性はあまりないが、図版が豊富で参考文献も載っており、交通の歴史に関する手軽なガイドブックになっている。内容にPRぽいところがほとんどないのもいい。

 各章の内容は次のとおり。

其之壱 車輪之巻 /其之弐 荷車之巻 /其之参 駕篭之巻 /其之四 自動車之巻 /其之伍 二輪車之巻 /其之六 鉄道之巻 /其之七 重機之巻 /其之八 船之巻 /其之九 飛行機之巻 /其之拾 道路之巻 /其之拾壱 隧道之巻 /其之拾弐 並木・駅・橋之巻 /其之拾参 地図之巻 /其之拾四 標識・駐車場・免許証之巻 /其之拾伍 新交通之巻

Norimonohajimarimonogatari

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2020年5月26日 (火)

有栖川有栖の鉄道ミステリー旅

有栖川有栖の鉄道ミステリー旅/有栖川有栖(山と渓谷社,2008)
 先日、本ブログで紹介した『幻坂』(2020年3月23日のエントリー)では、大阪への熱烈な地元愛を披露していた著者だが、本書ではまた別の側面を見せている。すなわち、鉄オタとしての――。
 内容は3章構成。

 第1章「ヰタ・テツアリス」は、いわば回想編。
 章題になっている「ヰタ・テツアリス」は、やや長文のエッセイで、幼少期から現在までの、鉄道との関わりを記している。と言っても、著者が本格的に鉄道好きになったのは大学四年の時と、比較的遅い。きっかけは宮脇俊三の『時刻表2万キロ』を読んだことだという。「たった一冊の文庫本で、私は変わった」と著者は言う。宮脇俊三恐るべし。
 こんな風に宮脇俊三から鉄道に入ったので、著者はほぼ完全な乗り鉄である。
 この章には、他に短い鉄道エッセイを5編収録。若い日の鉄道旅行の思い出話が多い。

 第2章「この鉄ミスがすごい!」は、鉄道ミステリ編。ミステリ作家で、ミステリマニアで、鉄道マニアで、鉄道ミステリマニアであるという著者ならではのエッセイが集まっている。
 中でも、「この鉄ミスがすごい!」は、松本清張『点と線』からの日本の鉄道ミステリの歩みを述べたもの。
 著者は『点と線』のトリックには不満らしい。一方で作家としての師でもある鮎川哲也の鉄道ミステリは激賞している。
 ただ、本文よりも、後ろについている日本の鉄道ミステリベスト60のリストの方が値打ちがあるかもしれない。読んでみたくなる本が多い。
 他に、鉄道ミステリ関連エッセイ3編と、なぜかマレー半島鉄道紀行「多国籍な雰囲気が楽しいマレー鉄道寝台列車の旅」を収める。

 第3章「日本列島殺人のない鉄旅」は、本書のページ数の半分以上を占め、事実上のメインコンテンツとなっているシリーズエッセイ。
 元は山と渓谷社のムック『ゆったり鉄道の旅』に連載されたもの(「島原旅情」だけ別)。
 内容はただの鉄道紀行で、本当にミステリとは関係ないことばかり書いている。
 北から南へ、北海道の根室本線から九州の指宿枕崎線まで、日本各地のローカルな特色ある路線に乗る旅。マニアックな趣向はほとんどなく、ごく普通に、ゆっくりと旅している。その気負わない感じがいい。
 著者の地元である大阪では、大阪環状線に大阪モノレールという、ごく日常的な路線に乗っている。それでいて、実に魅力的に語っているのだ。
 最後の「あとがきに代えて」では、鉄道でもミステリでもなく、東京一極集中の弊害と地方の衰退について真面目に語っている。

 ミステリよりもテツ成分の方がやや濃いめのエッセイ集だった。なお、文庫版は光文社文庫から。

Tetsudoumysterytabi

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2020年3月28日 (土)

そうだったのか、路面電車

そうだったのか、路面電車 知られざる軌道系交通の世界/西森聡(交通新聞社新書,2018)
 著者はヨーロッパを中心に写真を撮っているカメラマン。そのせいで路面電車になじみがあるのだろう。
 本書には「路面電車愛」があふれている。路面電車が衰退する日本の現状を寂しく思い、消えていった路線を惜しみ、LRT普及への動きに希望を見いだしている――そんな心情がひしひしと伝わってくる。
 著者の理想は、慣れ親しんだヨーロッパの路面電車。先進的技術や合理的な運行システム、環境への配慮…。そして高く評価しているのがセルフサービス方式(信用乗車方式)の運賃授受。これは路面電車に限らず、ヨーロッパの鉄道では普通らしいが。
 このセルフサービス方式について、著者はこんなことを言っている。

 ところが、なぜか日本ではこの方式が導入されない。セルフサービス方式で問題になるのは無賃乗車だが、信用乗車を導入している国に比して日本が公徳心に欠ける国であるとは到底思えないから、かなり不思議だ。(p.118)

 確かにそうかもしれない。日本で信用乗車が導入されないのは、公徳心の問題ではなく、規範意識が強すぎるせいのような気もするが。

 内容は全6章。
 第1章「路面電車の現在」は、そもそも路面電車とは何か、について解説。その法的位置づけと、鉄道との違い。
 第2章「路面電車の誕生と発展」は歴史編。「電車」という乗り物の誕生に始まる、日本での路面電車創世記。路面電車は全国への普及し、太平洋戦争開戦直前くらいまでに、最盛期を迎える。全国114の路面電車を図示した68-69ページの地図は圧巻。
 第3章「衰退する路面電車――路面電車の歴史」は、歴史編の続き。終戦後、戦災から復興したものの、モータリゼーションなど社会情勢の変化により、路面電車は急激に衰退していく。阪神、阪急、京阪などが最初は路面電車として開業した歴史も語る。
 第4章「世界の合言葉は「LRT」」。この章は著者独自の公共交通論みたいなもの。路面電車の利点、そして新たな希望としてのLRTについて語る。富山市に見る、LRTを軸とした街作りの事例も紹介。
 路面電車論としての本書の内容は、事実上この章で終わっている。後は各論。
 第5章「路面電車の車両の話」は、ややマニアックというか、鉄道マニア向けの内容で、主に路面電車の車両について。鉄道の車両が、今ではステンレスやアルミが主流になっているのに対し、路面電車の車両は今でも鉄製が主流。車とぶつかる可能性が高いので丈夫に造っているのだという。
 第6章「全路面電車を概観する」。現在も路面電車(軌道)を運用している全国19の事業体を紹介。中には、路線のほんの一部だけが併用軌道というところも多い。路面電車マニアのためには、立派な年鑑も毎年出ているが、ブログ主のようなライト読者には、これで十分である。

 

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2019年8月26日 (月)

鉄道エッセイコレクション

鉄道エッセイコレクション 「読み鉄」への招待/芦原伸編(ちくま文庫,2018)
 元『旅と鉄道』デスクの鉄道ジャーナリストが編集した、鉄道エッセイ・アンソロジー。
 20編のエッセイをテーマ別に7部にまとめ、各部ごとに「<テーマ名>への招待」と題した編者の解題を付している。テーマは、<各駅停車><蒸気機関車><夜行列車><駅><駅弁><時刻表><鉄道員>。

 最初を飾るのは、<各駅停車>の部の種村直樹「三陸で念願の国鉄全線完乗」。1979年8月、岩手の盛駅で国鉄全駅完乗を達成した時の記録。いきなり全線完乗である。しかし「各駅停車」と直接関係はないような。
 次の立松和平「東海道本線各駅停車の旅」は、正真正銘の各停紀行。東京駅8時19分発、各停を乗り継いで京都まで向かう旅だが、京都には18時ちょうどに着いている。意外と速いというべきか。
 川本三郎「中央本線各駅停車に乗る楽しみ」は、中央本線各停列車に乗りながら、沿線に関係する小説やエッセイのことを語る、半分文芸エッセイみたいなもの。
 <蒸気機関車>では、竹島紀元「雪の行路」が迫力がある。冬の北海道、小樽と長万部の間を往復するSL重連の旅路を描いたドキュメンタリー。SL愛にあふれている。ややマニアックな気もするが。
 関沢新一「機関車との出会い」は、蒸気機関車と自分との関わりを回想する自伝的エッセイ。
 編者自身の作品、芦原伸「夕張炭鉱へ。最後の蒸気列車の旅」は、1975年、全国で一路線だけ蒸気機関車の牽く旅客列車が走っていた室蘭本線の乗車紀行。全体的に寂寥感にあふれている。その後観光列車として全国各地でSLが復活するとは、この時点では作者も予想できてなかったのだ。
 <夜行列車>の部は、おなじみ内田百閒「雪解横手阿房列車」と、比較的最近の女性ライターによる2編の夜行列車紀行、酒井順子「お疲れ様、「出雲」。お疲れ様、餘部鉄橋」と、森ミドリ「“星の音”を探しに「北斗星」に乗る。」。本書に収録された20編のうち、女性が書いたものは3編しかないのだが、そのうちの2編までがこの部に入っている。
 <駅>の部には、太宰治「列車」と、井上靖「姨捨」という二人の文豪の作品が収録されている。しかしどちらも、鉄道や駅と直接の関係が薄くて、鉄道エッセイと呼ぶにはやや疑問がある。もう1編の岡田喜秋「駅の花・駅の顔」は、駅に咲く花についてのエッセイ。「駅は単なる建物ではない。無人の駅にも、生活がある。人声は聞こえなくても、じつは、人声がひそんでいる」が書き出しで、これこそ駅エッセイというべき。この人は元『旅』の編集長だったそうだ。
 <駅弁>の部の吉田健一「駅弁の旨さに就て」は、ただの食べものエッセイで、駅弁のことは最後の方にちらっと出てくるだけ。
 五木寛之「さらば横川の釜飯弁当」は、新幹線の長野開通の直前、横川駅へ釜飯弁当を食べに行く話。駅弁や、消えゆく旅情へのノスタルジーがあふれている。
 そして小林しのぶ「四国駅弁食べ歩き1泊2日」は、駅弁を食べるばかりでなく、調製元にも取材していて、これこそ正統派駅弁紀行。それにしても、二日間で駅弁8個を食べている。よくこんなに食えるものだ。
 <時刻表>の部は、本書の中で一番鉄道趣味があふれている気がする。
 阿川弘之「時刻表を読む楽しみ」は、時刻表の楽しみと、想像を超える時刻表マニアのすごさを語る。
 宮脇俊三「米坂線109列車 昭和20年」は、1945年8月の終戦の日前後、父親の仕事について行って、東北地方を列車で巡った回想記。自分の乗った列車の時刻を克明に記録し、さらに後から時刻表とつき合わせてデータの正確性を検証しているなど、いかにもこの人らしいというか。終戦前後でも日本の鉄道は基本的にダイヤどおりに走っていたことがわかる。
 西村京太郎「時刻表から謎解きを」は、鉄道ミステリ裏話。十津川警部シリーズは、最初は鉄道と関係ない話だったが、あまり売れないので、編集者が持ち込んできたテーマがブルートレインだったという。正直言って鉄道エッセイとは少し違う気もするが、読み物としては収録作の中で一番面白いかもしれない。
 最後は<鉄道員>の部。鉄道員について書いているエッセイと、鉄道員が書いたエッセイ。
 檀上完爾「ソーラン車掌」は、北海道の名物車掌の話で、簡潔な記述の中に人柄がよく描写されている。国鉄車掌列伝の中の1編とのこと。
 本書の最後は元鉄道員(新幹線運転士)による、にわあつし「H5系から始まる函館の旅 」。中身は北海道新幹線試乗記。

 こんな感じで、内容はそれほどマニアックなものではなく、「鉄分」薄めのものから濃いめのものまで、バラエティに富んでいる。基本的には一般読者にも楽しめるエッセイを集めていると言えるだろう。とはいえ、こういうテーマの本を何冊も読んでしまう読者は、「読み鉄」と言われても仕方ないかもしれない(自分のことだ)。

Tetsudouessaycollection

 

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2019年2月20日 (水)

路線図の世界

たのしい路線図/井上マサキ、西村まさゆき(グラフィック社,2018)
 冒頭の一文がすべてを言い表している。「路線図が好きな2人が、ただただ路線図を「いいねぇ」と愛でる本である」と。
 まえがきによれば、路線図が好きと告白すると、鉄道マニアだと思われるのだそうだ。しかし本書の著者たちは、特に鉄道に詳しいわけではない。あくまで鉄道ではなく、路線図だけが好きなのである。
 何を隠そう、ブログ主も路線図が好きな一人である。そして、別に鉄道マニアではない。本書に出てくるようなデフォルメされた路線図もいいが、普通の地図の上に路線が描かれた「路線地図」の方がもっと好み。
このことからわかるのは、路線図マニアというのは、明らかに鉄道マニアとは別種類だということ。どちらかというと、地図マニアの一種ではないかと思う。(ブログ主は間違いなく地図マニアである)。
 本書の内容は、カラーの路線図をたっぷりと載せて文章は少しだけという、完全にビジュアル中心。
 それでも一応章立てはしてあって(章番号はないが)、まず「路線図ってどうやってできたの?」で、路線図の歴史を紹介。路線図の歴史はロンドン地下鉄から始まる(なお、本書に出てくる外国の路線図はこのロンドンのものだけ)。
 次が「路線図鑑賞のポイント」。「時空の歪み」、「その駅だけの一点もの」、「他社との遭遇」、「レインボー路線図」の4項目。
 ここまでが導入部で、その後が実際の路線図紹介になる。まず「全国の地下鉄路線図鑑賞」。続いて「全国鉄道 路線図・運賃表・停車駅案内」。この章が一番分量が多い。
 その次は「偏愛! 鉄道会社公式路線図」。これまでとどこが違うかというと、前の二つの章は、駅などに掲示されている案内図を撮影したもの、この章は鉄道会社の公式サイトに掲載されている路線図なのだ。
 また、次の最終章「インディーズ路線図の世界」は、鉄道会社以外の企業などが作った路線図や、駅員による手作り路線図を紹介している。
 とにかく路線図好きにとっては、掲載された一つ一つの図を見ているだけで楽しめる。路線図に関心がない人にとっては、何の意味もない本であることは言うまでもない。

Tanoshiirosenzu

世界の美しい地下鉄マップ/マーク・オーブンデン;鈴木和博訳(日経ナショナルジオグラフィック社,2016)
 路線図マニアというのは日本だけにいるわけではないようで、これは路線図が大好きなイギリスのジャーナリストが書いた本。上の『たのしい路線図』の参考文献にもタイトルが挙げられている。
 邦題は「地下鉄マップ」となっているが、原題はTransit Maps of the World(世界の路線図)で、別に地下鉄に限定しているわけではない。世界の主要な都市交通システムの路線図を集めた本なのだ。とはいえ、現在の都市交通というのは圧倒的に地下鉄が主流なので、出てくる路線図のほとんどは地下鉄のものであることは確かなのだが。
 収録された路線図は166都市(図版の数としてはもうちょっと多い)。『たのしい路線図』に掲載された路線図は約200ということだから、そっちの方が数だけから言えば多い。しかし『たのしい路線図』の方は路線一本だけの単純きわまりない案内図もかなりあり、一点の大きさも小さいものが多い。
 それに対して本書に出てくる路線図は、どれも複雑で大きい。1ページに収めると文字が小さすぎて、ルーペなしでは見るのがしんどいものもかなりある。とはいえ、実用性や利便性を重視している『たのしい路線図』に比べて、本書に掲載された路線図は、圧倒的なデザイン性を備えたものが多い。
 ブログ主は複雑な路線図が好きなので、本書こそが路線図の醍醐味を伝えるものと評価したい。値段は高いが(3200円)。

 ちなみに、ブログ主の一番好みの路線図は、大阪メトロ。大阪市中心部の格子状になっているあたりがいい。世界中の路線図を見ても、ここまで綺麗な格子になっているところはなかなかない。

Transitmaps

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2018年4月28日 (土)

80時間世界一周

80時間世界一周 格安航空乗りまくり悶絶ルポ/近兼拓史(扶桑社新書,2012)
 ヴェルヌの『八十日間世界一周』は、蒸気船に機関車といった当時の最新技術と、膨大な費用を思うがままに使える人間のみに可能になった、当時としては画期的な冒険旅行だった。
 つい最近になって、今なら「80時間」で世界一周ができるんじゃないかと気づいてしまった。航空便を乗り継げば、理論上は十分に可能なはずなのだ。かかる費用はせいぜい数十万。ヴェルヌの大旅行とは比べものにならないくらいお手軽に思える。
 しかし、80時間の大半は飛行機の中と空港の待ち時間、出国・入国手続きで費やされ、途中で観光などする時間はごく少ないだろう。いくら実行可能とはいえ、ただ金がかかるだけのそんなアホな旅行を実際にやる人間がいるとは思えなかった。
 しかし、いたのであるこれが。ブログ主はつい最近までこの本の存在を知らなかったのだが、6年も前にやった人がいるのだった。
 著者は神戸在住のフリーライター、本人の言葉によれば「おバカなルポや笑えるB級ニュース」を手がけているとのこと。この本はそんなおバカな企画の一つとして生みだされたものらしい。
 しかし取材費がどこかから出ているわけでもなく、著者にとって最初の仕事は、いかに安く世界一周の航空券を入手するかということだった。本書の第一章は、LCCや大手航空会社の格安航空券など、あらゆる手を使っていかに安い航空券を購入し、世界一周のルートを組むかという奮闘の記録になっている。その結果著者は13万円余りのチケット代で世界一周のための航空券を入手する。確かに安い。

 で、肝心の「80時間世界一周」は、次のようなものになった。
 茨城空港から中国のLCC「春秋空港」で上海へ。上海滞在6時間で超高層ビルを見学したり点心を食べたり。
 上海からアエロフロートでモスクワへ。2時間でCSKAモスクワ(当時本田圭佑が在籍していた)の本拠地とバザールを見学、出発時間ぎりぎりに空港に戻る。
 モスクワから再びアエロフロートでデュッセルドルフへ。デュッセルドルフとその郊外で4時間30分、ネアンデルタール博物館を見学し、市内でビールを飲む。
 デュッセルドルフからエアベルリンでチューリヒへ。エアベルリンはLCCだが、サービスのクオリティが非常に高いらしい。ここで著者は旅行を離れてLCCを論じ始め、かつて日本の某LCCで経験した不愉快な事件について述べる。ちょっと本筋から離れてるような気もするが、実はこの本はサブタイトルにもあるように、「格安航空」について語る本でもあるのだった。
 チューリヒでの滞在時間は9時間と、今回の旅行で一番長い。しかし夜中に到着して出発は次の日の午前、つまり滞在のほとんどは深夜。これが災いして、著者は夜中の市街を徘徊しているところを警官に怪しまれ、空港に引き返すことを余儀なくされる。
 チューリヒからまたエアベルリン(アメリカン航空と共同運行)でニューヨークまで。搭乗時に、滞在時間が短すぎるため、テロリストか麻薬の運び屋ではないかと、ここでも係員に怪しまれる。
 なんとか無事ニューヨークに到着、タイムズスクエアでおみやげを買い、アップルストアを訪問、実質滞在時間2時間。またもやぎりぎりで空港に戻り、滑り込みで搭乗。
 ニューヨークからデルタ航空で最後のフライト、ロサンゼルス乗り継ぎで羽田空港まで。
 羽田に到着したのは、スタートから87時間26分45秒後だった。だから厳密に言えば80時間で世界一周はしていない。だが、80時間を少々超えてしまったとはいえ、これくらいの時間で世界一周できるのだということは確認できた。
 同時に、その旅が思ったとおりハードなものであることも――。いや、思った以上に苛酷と言うべきか。
 せっかく外国へ行ってもゆっくりしている時間もない(中国、ロシア、ドイツ、スイス、アメリカと5ヵ国まわって、実質滞在時間は総計24時間もないくらい)。ろくに寝てる時間もない。おまけにエコノミークラス症候群が体を痛めつける。話のネタにはなるが、こんなことやるもんじゃない。
 著者も最初からそれはわかっていたのだろうが。受けを狙ってその無茶をあえてやる――体をはったチャレンジ精神というか、フリーライター魂というか、関西人らしいノリというか…。

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2017年8月19日 (土)

高速道路ファン手帳

高速道路ファン手帳/佐藤剛弘(中公新書ラクレ,2016)
 鉄道マニアよりは数が少ないし目立たないが、一定数存在している道路のマニア。その中でも主要な勢力が多分国道マニアで、このブログでも、以前に『国道の謎』(2009年7月20日のエントリー)『ふしぎな国道』(2015年2月8日のエントリー)といった本を紹介したことがある。
 その道路マニアの中に、さらにテーマを限定した高速道路のマニアもいる。本書はそんな高速道路を愛する著者が書いた高速道路の本。
 国道の本の時もそうだったが、ブログ主はこういう本を見るとつい手が伸びてしまう。また、鉄道路線(鉄道車両や駅ではなく路線そのもの)や県境・国境などの境界線ものにも読み気をそそられるので、「地図上に引かれた線」に興味があるのかもしれない。
 それはともかく、序文によると、著者は実は鉄道もかなり好きなのだが、そえ以上に高速道路に「萌え」るという。「一般の国道や県道を走っている時には感じられないある種の昂奮をもたらすものが、高速道路には間違いなくある」と言い切る。
 そんな著者の「高速道路萌え」が詰まったこの本は、新書には珍しくオールカラー。各章の見出しが、高速道路カラーの緑に白字になっているという凝りよう。

 内容はほぼ全編がマニアックな高速道路の楽しみ方と雑学に終始していて、歴史や政策、経済などの話題はほとんどない。
 第1章「高速道路を走る楽しみ」は、高速道路を楽しむためのトピックあれこれ。新開通道路、景色、トンネル、橋、パーキングエリア、さらにはあまり知られてない高速道路の正式名称みたいなトリビアまで。
 第2章「「標識」「表示」を楽しむ!」では、標識が示す情報の数々を楽しむ。インターチェンジ名、出入り口、渋滞情報、キロポスト、動物などの注意情報、別の自治体へ入ったことを示す「教養」標識など。一番マニア向けの章。
 第3章「高速道路が街を変える!」は、高速道路の開通によって大きく変わる地域の交通事情について。首都圏の圏央道、四国の高速道路、高速道路で復権した御殿場や伊那谷、高速道路誘致の問題など。
 第4章「進化するサービスエリア」は、一般読者には一番興味深いテーマだろう。最近はガイドブックやマップも何種類も出ている、SA、PA、ハイウェイオアシスの動向を紹介している。
 第5章「高速バスを楽しむ!」は、長距離高速バスへの案内。
 最後の第6章「大陸へとつながるハイウェイ~海外の高速道路を楽しむ~」は、ついに外国の高速道路にまで出かける。韓国、中国、台湾、ヨーロッパ、アメリカ、さらにはアフリカ(モロッコ)や南米の高速道路まで。高速道路好きもここまで来れば立派。
 終章「高速道路のこれから」。最後はちょっとマジメに、日本の高速道路の課題、料金と渋滞について。

 高速道路にさまざまな楽しみがあることはわかるが、マニアックな話題から観光情報、現実的な課題まで、何でもかんでも盛り込みすぎのような気もする。もっと雑学に徹した本も読んでみたいものである。

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2017年2月24日 (金)

線路まわりの雑学宝箱

線路まわりの雑学宝箱 鉄道ジャンクワード44/杉崎行恭(交通新聞社新書,2014)
 一見したところ、よくある鉄道関係の雑学本の一種のように見えるが、いい意味で期待を裏切る本だった。
 全6章構成だが、「宝箱」なので、各章のタイトルも「○○の箱」で統一。サブタイトルに「ジャンクワード」とあるが、必ずしもキーワードが見出しになっているわけではない。それに、そんなに「ジャンク」な言葉にあふれているわけでもない。

 第1章「はじまりの箱」は、イギリスにある「世界最古の廃線跡」に始まり、江戸時代の車石、レールの起源など、「列車以前の鉄道」を中心にした、鉄道「起源」物語の数々。鉄道誕生以前の「軌道みたいなもの」に注目するあたり、ユニークな視点を感じさせる。
 第2章「建築と構造物の箱」は、踏切、駅の階段、スイッチバック、転車台など鉄道に付随する施設について、それぞれの歴史と、各地の名スポットを案内。この章はわりと普通。
 第3章「旅と風景の箱」は、アニマル駅員、駅スタンプ、大船観音、冷凍みかん、駅そばなど、沿線風景から食の話題まで多彩な話題を取り上げる。オーストラリアにある世界最長の直線区間、ノルウェーのフロム鉄道など海外の話題もある。
 第4章「アートとファッション・スポーツの箱」は、前章と似たようなもので、鉄道にまつわる事物のあれこれをピックアップ。広い意味で芸術やスポーツにかかわるものを集めている。駅前像、駅名表示に使われる「鉄道文字」、車掌かばん、野球と鉄道、ブルースと鉄道など。どんどん話題が広がっていくあたりは、原武史の『鉄道ひとつばなし』にも似ている。
 第5章「メカと車両の箱」。ここへ来てやっと、普通の鉄道マニアが興味を示しそうな話題が出てくる。連結器、譲渡車両、車両ドア、ダブルデッカー、パンタグラフなど。中には「一本レール鉄道」(モノレールではない)なんて珍奇な話題もあるが。
 第6章「モノの箱」も、ちょっと鉄道マニア向きか。手旗と信号、サボ(サインボード)と灯油ランプ、日付印字器と切符の番号、鉄道時計と標準時、古レール趣味など。

 見てきたように、後半を中心に普通の鉄道マニア向け話題を集めたような側面もあるが、全体としては、普通の鉄道本にはないユニークな要素が山盛りになっている。この著者、実は以前に紹介した『百駅停車』(2014年6月21日)を書いた人で、その時は普通の鉄道ライターかと思っていたが、この興味と視野の広さはあなどれない。もっとも、著書は普通の鉄道本や旅ガイドが多く、本書に似たような著作は今のところ他にないようだ。

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2016年11月14日 (月)

日本全国「駅名」地図帳

日本全国「駅名」地図帳/浅井健爾(成美文庫,2012)
 地理マニアと鉄道マニア双方にアピールするかのような、「駅名」に特化した本。逆に言えば、地理マニアにとってはトピックが限定されすぎていて、鉄道マニアにとっては地理知識に偏りすぎた内容かもしれないが。
 基本的に一つの話題が見開き2ページの形式。地図が必ずついているのは評価できる。「マメ知識」と題したコーナーも必ずついていて、テーマに関連したトリビア的知識を一つか二つ、数行で紹介する。

 第1章「つい誰かに話したくなる珍駅名」では、「笑内[おかしない]」とか「半家[はげ]」とか、「及位[のぞき]」とか、どこかで聞いたような難読駅名が続出。ブログ主の故郷高知の「後免」もある。難読以外では、「心臓血管センター」とか、「面白山高原」とか。
 第2章「この駅名、いったい何と読む?」は、難読地名を集めている。難読なら第一章にもずいぶん出てきているが、「特牛[こっとい]」とか、「安足間[あんたろま]」とか、レベルの高い難読を掲載。「喜連瓜破[きれうりわり]」など、大阪住民にとってはなんてことない駅名もあるが。ところどころ、駅名二つが出てくるページもあるが、そういう場合でも地図が一つしかないのはちょっと残念。
 第3章「縁起のいい駅名、そうでない駅名」。「学」、「厄神」、「おかどめ幸福」など縁起物駅名を集めている。
 第4章「人の名前が駅名に!」。「宮本武蔵」、「吉備真備」、「淀屋橋」、「心斎橋」など。中には人名かどうか、かなり怪しいのも出てくる。日本には人名駅名は稀だから、明白な人名だけでは数が揃わなかったのかもしれないが。
 第5章「駅名から日本の歴史を垣間見る」。「備前福河」、「武蔵境」、「岐阜羽島」など、歴史的由来を秘めた駅名。日本の歴史というには少々大げさな気もする。せいぜい地域や鉄道の歴史だろう。高知の「海の王迎」はちょっとロマンがあるが。
 第6章「不思議な駅名、まぎらわしい駅名」。かつてあった「出雲大社口」とか、いくつもある「柏原」とか、いろいろな意味でまぎらわしい駅名を紹介。しかし「宇佐」=USAをまぎらわしいというのは、ちょっとこじつけすぎの感がある。
 第7章「駅名おもしろ雑学館」。この章が「駅名おもしろ雑学」なら、他の章は一体なんなのだ、と問い詰めたくなるが、要するにカテゴリー分けできなかったその他、ということだろう。「上下」とか「前後」とか、「下呂」・「上呂」とか。「貴志」の話題は例の猫駅長で、駅名そのものではなかった。
 第8章「駅名の日本一」。日本一ひらがな駅名が多い路線、日本一市名のつく駅が多い都市、日本一多い路線名(「東西線」だそうだ)、百貨店名駅、「中央駅」など。この章が一番雑学らしい。

 つまるところ、単に雑学集なのだが。テーマ的には、地理マニアで、ちょっと鉄道にも興味があるブログ主の好みには非常に合っていた。

Nihonenkokuekimei

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2015年10月21日 (水)

9月に読んだ本から

9月に読んだ本の中に、たまたまだが、「道路」に関する本が2冊あったので、それを取り上げることにする。

道路の日本史 古代駅路から高速道路へ/武部健一(中公新書,2015)
 著者は長年にわたって建設省・日本道路公団で高速道路建設計画の推進に従事した後、退職後は一転して「古代の高速道路」、駅路の研究に余生を費やした。全国の駅路の跡を求めて歩き回った結果は『完全踏査 古代の道』2冊にまとめられている。
 1925年生まれだから、この本は90歳近くなって執筆したもの。この本の出版直後に著者は死去したので、遺著ということになる。
 そんな著者の人生の集大成のように、古代から現代までの日本の道路の歴史をコンパクトにまとめている。

 第1章「世界の道路史と日本」は、古代ローマの道に始まる、ヨーロッパや中国の道路史。
 第2章「律令国家を支えた七道駅路」は、魏書に記される邪馬台国時代の「道なき道」に始まり、古代政権の成立とともに始まった計画的道路の造営の歴史。奈良時代には東北地方から九州まで、全国を結ぶ「駅路」のネットワークができあがっていた。総延長6300キロ。これは著者が初めて算出した数字とのこと。幅12メートルの直線道路で、まさに古代にハイウェイだった。そのルートが現在の高速道路とほぼ重なることも著者は指摘している。「計画性と直達性」が、古代駅路と高速道路との共通点だった。
 第3章「中世-乱世と軍事の道」は、鎌倉時代から戦国時代まで。律令体制の崩壊とともに、駅路も維持管理ができなくなって廃絶、鎌倉時代には街道システムが成立するが、この時代の道は、人が歩くための細い道である。だが、今も道路として使われているケースが多いため、遺構として発掘される機会はほとんどないのだそうだ。
 第4章「近世-平和の礎としての道」は、安土桃山時代から江戸時代まで。織田信長、豊臣秀吉の道路政策。そして江戸時代の街道について、道路の構造や管理制度も含めて解説している。江戸時代の街道は、総延長12000~15000キロくらいだったというのが著者の推定。
 第5章「近代-鉄道の陰に追いやられた明治の道」は、明治維新から昭和戦前を扱う。「明治は、道路にとっては冬の時代であった」と著者も言うように、明治以降の政府は道路よりも鉄道の建設を優先、第二次大戦後まで、日本の道路事情は劣悪なままだった。その状況は、次章のワトキンス報告書で酷評されたとおり。
 第6章「現代-高速道路時代の到来」は、戦後から現代まで。終戦後、日本の道路整備は、著者のいう「二人の田中」によってリードされる。実業家田中精一と、あの田中角栄である。1956年には、高速道路建設計画のためにアメリカからワトキンス調査団が招かれる。その報告書の中に、「日本の道路は信じがたいほど悪い。工業国にして、これ程完全にその道路網を無視してきた国は、日本のほかにない」とまで書かれていた。
 その後の高速道路建設の歴史は、著者の経歴と重なっていて、現場での体験が随所に出てくる。
終章「日本を支えるシステムとしての道」は、今後の道路への提言みたいなもの。

 こうして見ると、第2章と第6章が著者の専門分野で、本書のハイライトと言える部分。さすがに文章にも力がこもっているような気がする。その間の三つの章はつなぎみたいなもの。
 中世から近代にかけての日本の道路網は、いわばローカルな生活道路をつなぎあわせてできあがったもの。それだけに、今もルートが変わらず、生活に密着した道路として使われていることが多いのだが。
 対して、国家的プランに基づく大規模な道路は、古代の駅路が消滅した後、千年近いブランクをおいて現代の高速道路でやっとよみがえった、というのが著者の道路史観なのだ。道路を固定されたインフラとしてではなく、成長、衰退、変化を繰り返す有機的なネットワークとして描き出した点は斬新だった。

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国道?酷道!?日本の道路120万キロ大研究/平沼義之(じっぴコンパクト文庫,2015)

 いかにも雑学本風のタイトルと装幀。だが、中身はその大半が道路にかかわる法制と行政について書かれている。新書になってもおかしくない内容なのだ。

 序章「「道路」に感じる長年の疑問」は、まだ雑学らしい雰囲気がある。車が通れない国道、海の上の国道、公道ではない道とは、道路標記に書かれている地名はどうやって選ばれているのか、など素朴な疑問の数々を列挙して、本編への興味をいざなう。
 ところが、本編の第1章「「道路法」で定義される道路」になると、いきなり法律と行政の話が始まる。道路の種類とその要件、日常生活でなじみの深い道路、国道、都道府県道、市町村道について、その根拠となる法律を図解を多用して解説。
続く第2章「「道路法」にない道路」と第3章「道路法制の変遷 道路の魅力の源泉」も、もっぱら法制度の話。
 第2章は、林道、農道、港湾道路、公園道、民間有料道路、そして「認定外道路」について。国道より立派な林道や農道もある。東京ゲートブリッジなどの港にかかる巨大な橋、や、一見高速道路のような神戸ハーバーウェイも、道路法による道路ではなく「港湾道路」。認定外道路には私道や里道が含まれる。私道といっても、山口県の宇部興産敷地内に敷かれた道路は、立派な高速道路(ただし企業専用)だったりする。
 第3章は、明治から現代までの道路法制の歴史。国道を中心に、道路の名称や路線の変化を、制度の変遷とともに語っているが、この辺は他の「国道本」と重なる部分もある。
 本書の後半、というか終わりの方の約3割に入って、やっと趣味の世界になる。第4章「道路で出会う風景」は、トンネル、橋、標識、線形、踏切、道路改良といった題材を取り上げ、道路のどこを観察するかガイドする。道路脇の柵、並木、側溝、カーブミラーなど、道路に付属するあらゆるものを、法律に基づいて解説するあたりは、とにかく道路に関係するものは何ひとつ見逃さないという徹底した姿勢がうかがえる。
 第5章「道路で出会う「不思議な」表情」で、さらに内容はマニアックに。おなじみの「酷道」、そして、通行止めの看板から読み取れる情報や、道路に見える地域色など。例えば基本的に表示が統一されている国道標識と違って、都道府県道の標識は形こそ六角形だが、表示される内容は地域色豊かであること。さらに市町村道になると形すら統一されてなくて、「奔放な地域色」が楽しめることなどを述べている。
 最後は廃道の話。本書ではわずか4ページを割いているだけだが、実はこの廃道こそが、著者のもっとも専門とする領域。「廃道研究家」というのが著者の肩書で、廃道探索を中心としたサイト「山さ行がねが」は、マニアの間では有名らしい。そのトップページの上部には、「当サイトは、安易に真似をした場合、あなたの生命に危険が及ぶ可能性のある内容を含みます。」という恐ろしい警告も書いてあるのだが…。

 とにかく、こんな風にマニアや雑学好きのための話題もあるが、内容の大半は、ひたすら道路法制の話なのである。国道や高速道路の成立事情など、『道路の日本史』と重なる部分もある。情報源としては、非常に充実した内容と言える。
 だが、「酷道」などについての単なる雑学を期待して手にとった読者は、内容が固すぎると思うだろうし、道路を支える制度に興味のある人は、いかにも雑学本風の本書の前は素通りするかもしれない。タイトルのせいで損をしている気がする本である。

Kokudoukokudou

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