交通・乗り物

2021年4月14日 (水)

豪華客船の文化史

豪華客船の文化史/野間恒(NTT出版,1993)
 かつて世界の海を駆け巡っていた豪華客船の歴史。ここで言う豪華客船は、クルーズ船のことではなく、あくまで輸送のため――娯楽ではなく、旅行手段としての船のことである。
 19世紀中頃から20世紀末まで、「一五〇年にわたる客船の転変を、世界史との関わりで捉えたい」というのが、まえがきに書いてある趣旨。確かにそのとおりの内容だが、これならタイトルは「文化史」ではなく、「世界史」の方がふさわしかったのでは。
 内容は9章構成。

 第1章「旧大陸から新世界へ」は、大西洋航路の誕生と発展を語る。19世紀、蒸気船の発達とともに、大西洋をわたる定期郵船が誕生。初期の船は郵便が主で、客室施設は粗末なものだった。しかし船内施設は次第に豪華なものになっていく。
 第2章「極東に注がれる欧州列強の目」は、舞台をアジアに移す。アジア-ヨーロッパ航路の歴史。そして新興勢力としての日本で、海運会社が誕生する。
 第3章「浮かぶ宮殿―豪華巨船時代へ」。19世紀末から20世紀初頭の大西洋航路について。ドイツ海運会社の台頭と、イギリス・アメリカとの競争。客船史を語る上では避けて通れない、巨船「ルーシタニア」と「タイタニック」の悲劇についても。
 第4章「二十世紀の日本海運」は、日露戦争から第一次世界大戦までの日本海運の歩み。
 第5章「第一次世界大戦と客船」は、戦時輸送に駆り出される客船たちの運命について語る。
 第6章「活気溢れる一九二〇年代[ローリング・トウエンティーズ]」。第一次大戦が終わり、続々と登場する豪華客船。日本も健闘しているが、いかんせん欧米諸国に比べると船が小さい。
 第7章「世界恐慌から客船黄金時代へ」。1930年代に入り、各国を代表する巨大客船がデビューする。日本の「浅間丸」、フランスの「ノルマンディ」、イギリスの「クイーン・メリー」。クルーズ客船が誕生したのもこの頃だが、まだ主流は輸送手段としての客船だった。前章とこの章、つまり大戦間の時期が豪華客船の最盛期。
 第8章「第二次世界大戦と客船」。第二次世界大戦が始まり、客船の黄金時代は悲劇的な終末を迎える。この大戦は各国の客船にとって最大の悲劇の舞台となる。特に日本の客船は壊滅的被害を受けた。
 第9章「平和の再来と客船サービス」。第二次大戦後、大型豪華客船の時代がふたたびやってくる。イギリスの「クイーン・エリザベス」・「クイーン・エリザベス2」、アメリカの「ユナイテッド・ステーツ」、フランスの「フランス」など、国の威信をかけた巨船がデビューする。
 だが、客船の時代は長くは続かない。1960年代からジェット機に客を奪われ、定期客船の繁栄は急速に終わりを迎える。旅客輸送という仕事で生きていけなくなった客船は、クルーズに活路を求めるようになっている――というところで本書は終わり。クルーズそのものについてはごく簡単にしか触れてない。

 2008年に刊行された本書の増補版では、第10章「クルーズの世紀」が追加されている。現代ではクルーズ客船こそが「豪華客船」で、輸送のための船は「フェリー」や「連絡船」でしかなくなっている。その実態を反映した増補である。とはいえ、クルーズ以前の客船本来の姿を伝えてることが本書の本来の役割なのだから、旧版でもその価値は失われてはいない。

Goukakyakusennobunkashi

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2021年4月 5日 (月)

空想軍艦物語

空想軍艦物語 冒険小説に登場した最強を夢見た未来兵器/瀬名堯彦(光人社NF文庫,2017)
 戦前・戦中の冒険小説や未来戦記に登場する架空の軍艦、超兵器を紹介する本。『丸』の連載をまとめたもの。
 この本、コンセプトはなかなか面白そうである。登場する架空の軍艦や兵器の多くは荒唐無稽なスペックで、そこがむしろ面白いというか、楽しみどころなのである。
 だがいかんせん、著者が軍事の専門家で、基本的に空想物語に関心がないため、今一つノリが悪い。
 なにしろ、現代の架空戦記の類はほとんど読んでないと言っている。「今日では未来戦記がまったく書かれていない」なんて書いているのを見ても、著者がこの分野に無関心なことがわかる。未来戦記なんていくらでも出てる。著者が興味がないだけなのだ。
 それはともかく、題材そのものは、上にも書いたように興味深いものではある。
 最初にいきなり出てくるのが、日本海軍の中佐が考え出したという驚異の「50万トン級戦艦」。大きければいいってもんじゃないぞと言いたくなる。しかもこの超巨大戦艦、主砲もサイズに合わせて超巨大になっているかというとそうでもなく、大和の主砲よりも小さい40センチ砲。それをただやたらと大量に搭載しているだけ。ちょっと発想が貧困としか言いようがない。
 この後も、飛行潜水艦とか空中戦艦とか、浮かぶ飛行島とか潜水空母とか、未来兵器というより珍兵器と呼びたいような変なシロモノが次々と登場する。
 オタク心を持ったライターが紹介すれば、さぞ面白い読みものになったと思うのだが、上にも書いたように、この著者の反応は今ひとつなのである。オタク的基礎教養とツッコミ力が足りない。
 しかし、著者は昭和9年生まれ、本書の元となった「『仰天軍艦』夢ものがたり」連載時は70過ぎてたのだから、そんなオタク心を求めるのは無理なのだろう。読者の方が適宜ツッコミを入れながら読むしかないのである。

Kuusougunkanmonogatari

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2021年3月19日 (金)

廃止駅の不思議と謎

国鉄・私鉄・JR 廃止駅の不思議と謎/伊原薫、栗原景(じっぴコンパクト新書,2019)
 鉄道系雑学本。テーマが「廃止駅」とかなり狭い範囲に絞られているが、それだけでも本が1冊できるのだから、この世界はまだまだネタが尽きないらしい。
 本書に登場する廃止駅は100近くある。地域的には、北海道や関東、関西に多く、四国にはなぜかひとつだけ。それも臨時駅の津島ノ宮なので、正確には廃止駅ではない。以外にも、登場する廃止駅の数では東京が一番多い。

 ところで廃止駅といっても、廃止の理由も現状も実にさまざま。
 理由で一番多いのは、路線自体が廃止されたもの。
 続いて、駅の利用があまりに少なく、廃止されたもの。北海道に多い。信号場に格下げされたケースもある。
 線路のつけ替えにより、旧線の駅が廃止されたもの。この場合、駅自体は移転して存続していることが多い。
 他には、設備更新費用がかかりすぎるため廃止されたとか(阪堺電車上町線)、車両の重要過多で運行休止になったとか(ドリーム交通ドリーム線)、変わったパターンもある。
 また、廃駅後の状況についても、跡形もなくなった駅もあれば、観光名所として再生されたところもある。
 北海道など過疎地の駅では、森に埋もれて形跡もわからないところがある。自然消滅パターンとでも言えるだろうか。また、町中の駅でも、大阪の片町駅、湊町駅などは跡地が再開発されて場所もほとんどわからなくなっている。これは「上書き」されて消滅したパターンである。
 一方では、駅舎などを生かして廃駅を観光地にしたところもある。北海道の増毛駅や幸福駅、広島の三段峡駅、宮崎の高千穂駅など。北海道の北見相生駅、中湧別駅、石川の輪島駅などは、駅は駅でも「道の駅」に生まれ変わっている。青森の大畑駅、福島の熱塩駅なども、地味だが地元の人によって保存、活用されている。
 ――などと、知らない「廃駅の世界」が展開されている。思ったより興味深い内容だった。
 ただ、内容に体系性がなく、全体的に雑駁な印象はある。雑学本だから仕方がないか。せめて駅名の50音順インデックスくらいは欲しかったところ。

Haishieki

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2021年2月 7日 (日)

ニッポンの残念な鉄道

ニッポンの残念な鉄道/野田隆(光文社知恵の森文庫,2020)
 乗り鉄として有名な著者による、ユニークな雑学系鉄道本。
 元は「東洋経済オンライン」というサイトの中の「鉄道最前線」に連載されていた「独断で選ぶ鉄道ベスト10」というウェブ記事。「ベスト10」と題しながら、「残念な駅10」が好評だったので、以後「残念な○○」シリーズが続くことになったという。
 しかし「残念」と言ってもそんなに辛口なわけではなく、むしろ鉄道愛にあふれている。毒のなさが物足りないくらいである。
 内容は3章構成。

 第1章 「ざんねん」だからこそ味がある日本の鉄道「なんでも10」。
 これが本書全体の3分の2を占めるメインコンテンツ。中はさらに四つのテーマに分かれている。
「「ざんねん」の王道“不便”で残念な駅」は、不便な駅を取り上げている。「残念なターミナル駅」10、「残念な新幹線駅」10、延伸すれば便利な駅10、など。
「昔日のにぎわいはいずこへ…“栄光は過去に”で残念な路線」は、さびれた路線。「残念な特急列車」10、復活してほしい列車10、など。
「何かがずれている“ミスマッチ”で残念な駅・路線」は、実態とイメージとのギャップが残念な駅や路線。都心の「閑散とした駅」10、「残念な路線名」10、など。
「無粋だったり地味だったり…で残念な列車・路線」。このへんになってくると、何が残念なのか趣旨がよくわからなくなってくるが、「残念な車両」10、本数が少ない「残念な駅」10、など。

 第2章「奥が深すぎるおもしろ駅名・列車名の雑学」は、ただの雑学を集めた章。「おもしろ駅名」10、「読める? 珍駅名」10、などで、別に残念なわけではない。

 第3章「やっぱりこれだけは乗っておきたい日本の鉄道ベスト10」になると、残念どころか、普通のベスト10である。気になる都会のターミナル駅ベスト10、雄大な山を眺められる車窓ベスト10、など。
 ただ、上野駅や両国駅のように、なぜか「残念な駅」とこのベスト10の両方に名前が入っている駅もある。結局のところ、著者のいう「残念」は、愛着と表裏紙一重のものだったようだ。まあ、最初からだいたいわかっていたことではあるが。

Zannennatetsudou

 

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2020年12月12日 (土)

乗り物はじまり物語

乗り物はじまり物語/ブリヂストン広報室編(東洋経済新報社,1986)
 ブリヂストンのPR誌『タイヤニュース』の連載記事を再編集したもの。「乗り物」に関するさまざまな話題を、テーマ別に分けて書いている。
 最初が「車輪」というのが、いかにもタイヤ会社らしい。
 その「車輪」から始まって、1章から5章までは、「荷車」→「駕籠」→「自動車」→「二輪車」という並び。だいたい、道路を通る乗り物の発展の順番になっているようだ。しかも、「駕籠」を除いては全部車輪を使っている。「駕籠」の章はも、後半には「人力車」が登場するし。
 6章から9章は、「鉄道」、「重機」、「船」、「飛行機」と乗り物の種類別。
 そして10章から14章は、「道路」、「隧道」、「並木・駅・橋」、「地図」、「標識・駐車場・免許証」と、インフラや制度関係。最後は「新交通」となっている。
 ――というような内容で、「乗り物はじまり物語」というより、「交通はじまり物語」の方が書名にふさわしいようだ。もっとも、タイトルとしては「乗り物」とつけた方が面白そうではある。
 記述は総合的な解説というより短いトピックの連続。だから体系性はあまりないが、図版が豊富で参考文献も載っており、交通の歴史に関する手軽なガイドブックになっている。内容にPRぽいところがほとんどないのもいい。

 各章の内容は次のとおり。

其之壱 車輪之巻 /其之弐 荷車之巻 /其之参 駕篭之巻 /其之四 自動車之巻 /其之伍 二輪車之巻 /其之六 鉄道之巻 /其之七 重機之巻 /其之八 船之巻 /其之九 飛行機之巻 /其之拾 道路之巻 /其之拾壱 隧道之巻 /其之拾弐 並木・駅・橋之巻 /其之拾参 地図之巻 /其之拾四 標識・駐車場・免許証之巻 /其之拾伍 新交通之巻

Norimonohajimarimonogatari

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2020年5月26日 (火)

有栖川有栖の鉄道ミステリー旅

有栖川有栖の鉄道ミステリー旅/有栖川有栖(山と渓谷社,2008)
 先日、本ブログで紹介した『幻坂』(2020年3月23日のエントリー)では、大阪への熱烈な地元愛を披露していた著者だが、本書ではまた別の側面を見せている。すなわち、鉄オタとしての――。
 内容は3章構成。

 第1章「ヰタ・テツアリス」は、いわば回想編。
 章題になっている「ヰタ・テツアリス」は、やや長文のエッセイで、幼少期から現在までの、鉄道との関わりを記している。と言っても、著者が本格的に鉄道好きになったのは大学四年の時と、比較的遅い。きっかけは宮脇俊三の『時刻表2万キロ』を読んだことだという。「たった一冊の文庫本で、私は変わった」と著者は言う。宮脇俊三恐るべし。
 こんな風に宮脇俊三から鉄道に入ったので、著者はほぼ完全な乗り鉄である。
 この章には、他に短い鉄道エッセイを5編収録。若い日の鉄道旅行の思い出話が多い。

 第2章「この鉄ミスがすごい!」は、鉄道ミステリ編。ミステリ作家で、ミステリマニアで、鉄道マニアで、鉄道ミステリマニアであるという著者ならではのエッセイが集まっている。
 中でも、「この鉄ミスがすごい!」は、松本清張『点と線』からの日本の鉄道ミステリの歩みを述べたもの。
 著者は『点と線』のトリックには不満らしい。一方で作家としての師でもある鮎川哲也の鉄道ミステリは激賞している。
 ただ、本文よりも、後ろについている日本の鉄道ミステリベスト60のリストの方が値打ちがあるかもしれない。読んでみたくなる本が多い。
 他に、鉄道ミステリ関連エッセイ3編と、なぜかマレー半島鉄道紀行「多国籍な雰囲気が楽しいマレー鉄道寝台列車の旅」を収める。

 第3章「日本列島殺人のない鉄旅」は、本書のページ数の半分以上を占め、事実上のメインコンテンツとなっているシリーズエッセイ。
 元は山と渓谷社のムック『ゆったり鉄道の旅』に連載されたもの(「島原旅情」だけ別)。
 内容はただの鉄道紀行で、本当にミステリとは関係ないことばかり書いている。
 北から南へ、北海道の根室本線から九州の指宿枕崎線まで、日本各地のローカルな特色ある路線に乗る旅。マニアックな趣向はほとんどなく、ごく普通に、ゆっくりと旅している。その気負わない感じがいい。
 著者の地元である大阪では、大阪環状線に大阪モノレールという、ごく日常的な路線に乗っている。それでいて、実に魅力的に語っているのだ。
 最後の「あとがきに代えて」では、鉄道でもミステリでもなく、東京一極集中の弊害と地方の衰退について真面目に語っている。

 ミステリよりもテツ成分の方がやや濃いめのエッセイ集だった。なお、文庫版は光文社文庫から。

Tetsudoumysterytabi

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2020年3月28日 (土)

そうだったのか、路面電車

そうだったのか、路面電車 知られざる軌道系交通の世界/西森聡(交通新聞社新書,2018)
 著者はヨーロッパを中心に写真を撮っているカメラマン。そのせいで路面電車になじみがあるのだろう。
 本書には「路面電車愛」があふれている。路面電車が衰退する日本の現状を寂しく思い、消えていった路線を惜しみ、LRT普及への動きに希望を見いだしている――そんな心情がひしひしと伝わってくる。
 著者の理想は、慣れ親しんだヨーロッパの路面電車。先進的技術や合理的な運行システム、環境への配慮…。そして高く評価しているのがセルフサービス方式(信用乗車方式)の運賃授受。これは路面電車に限らず、ヨーロッパの鉄道では普通らしいが。
 このセルフサービス方式について、著者はこんなことを言っている。

 ところが、なぜか日本ではこの方式が導入されない。セルフサービス方式で問題になるのは無賃乗車だが、信用乗車を導入している国に比して日本が公徳心に欠ける国であるとは到底思えないから、かなり不思議だ。(p.118)

 確かにそうかもしれない。日本で信用乗車が導入されないのは、公徳心の問題ではなく、規範意識が強すぎるせいのような気もするが。

 内容は全6章。
 第1章「路面電車の現在」は、そもそも路面電車とは何か、について解説。その法的位置づけと、鉄道との違い。
 第2章「路面電車の誕生と発展」は歴史編。「電車」という乗り物の誕生に始まる、日本での路面電車創世記。路面電車は全国への普及し、太平洋戦争開戦直前くらいまでに、最盛期を迎える。全国114の路面電車を図示した68-69ページの地図は圧巻。
 第3章「衰退する路面電車――路面電車の歴史」は、歴史編の続き。終戦後、戦災から復興したものの、モータリゼーションなど社会情勢の変化により、路面電車は急激に衰退していく。阪神、阪急、京阪などが最初は路面電車として開業した歴史も語る。
 第4章「世界の合言葉は「LRT」」。この章は著者独自の公共交通論みたいなもの。路面電車の利点、そして新たな希望としてのLRTについて語る。富山市に見る、LRTを軸とした街作りの事例も紹介。
 路面電車論としての本書の内容は、事実上この章で終わっている。後は各論。
 第5章「路面電車の車両の話」は、ややマニアックというか、鉄道マニア向けの内容で、主に路面電車の車両について。鉄道の車両が、今ではステンレスやアルミが主流になっているのに対し、路面電車の車両は今でも鉄製が主流。車とぶつかる可能性が高いので丈夫に造っているのだという。
 第6章「全路面電車を概観する」。現在も路面電車(軌道)を運用している全国19の事業体を紹介。中には、路線のほんの一部だけが併用軌道というところも多い。路面電車マニアのためには、立派な年鑑も毎年出ているが、ブログ主のようなライト読者には、これで十分である。

 

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2019年8月26日 (月)

鉄道エッセイコレクション

鉄道エッセイコレクション 「読み鉄」への招待/芦原伸編(ちくま文庫,2018)
 元『旅と鉄道』デスクの鉄道ジャーナリストが編集した、鉄道エッセイ・アンソロジー。
 20編のエッセイをテーマ別に7部にまとめ、各部ごとに「<テーマ名>への招待」と題した編者の解題を付している。テーマは、<各駅停車><蒸気機関車><夜行列車><駅><駅弁><時刻表><鉄道員>。

 最初を飾るのは、<各駅停車>の部の種村直樹「三陸で念願の国鉄全線完乗」。1979年8月、岩手の盛駅で国鉄全駅完乗を達成した時の記録。いきなり全線完乗である。しかし「各駅停車」と直接関係はないような。
 次の立松和平「東海道本線各駅停車の旅」は、正真正銘の各停紀行。東京駅8時19分発、各停を乗り継いで京都まで向かう旅だが、京都には18時ちょうどに着いている。意外と速いというべきか。
 川本三郎「中央本線各駅停車に乗る楽しみ」は、中央本線各停列車に乗りながら、沿線に関係する小説やエッセイのことを語る、半分文芸エッセイみたいなもの。
 <蒸気機関車>では、竹島紀元「雪の行路」が迫力がある。冬の北海道、小樽と長万部の間を往復するSL重連の旅路を描いたドキュメンタリー。SL愛にあふれている。ややマニアックな気もするが。
 関沢新一「機関車との出会い」は、蒸気機関車と自分との関わりを回想する自伝的エッセイ。
 編者自身の作品、芦原伸「夕張炭鉱へ。最後の蒸気列車の旅」は、1975年、全国で一路線だけ蒸気機関車の牽く旅客列車が走っていた室蘭本線の乗車紀行。全体的に寂寥感にあふれている。その後観光列車として全国各地でSLが復活するとは、この時点では作者も予想できてなかったのだ。
 <夜行列車>の部は、おなじみ内田百閒「雪解横手阿房列車」と、比較的最近の女性ライターによる2編の夜行列車紀行、酒井順子「お疲れ様、「出雲」。お疲れ様、餘部鉄橋」と、森ミドリ「“星の音”を探しに「北斗星」に乗る。」。本書に収録された20編のうち、女性が書いたものは3編しかないのだが、そのうちの2編までがこの部に入っている。
 <駅>の部には、太宰治「列車」と、井上靖「姨捨」という二人の文豪の作品が収録されている。しかしどちらも、鉄道や駅と直接の関係が薄くて、鉄道エッセイと呼ぶにはやや疑問がある。もう1編の岡田喜秋「駅の花・駅の顔」は、駅に咲く花についてのエッセイ。「駅は単なる建物ではない。無人の駅にも、生活がある。人声は聞こえなくても、じつは、人声がひそんでいる」が書き出しで、これこそ駅エッセイというべき。この人は元『旅』の編集長だったそうだ。
 <駅弁>の部の吉田健一「駅弁の旨さに就て」は、ただの食べものエッセイで、駅弁のことは最後の方にちらっと出てくるだけ。
 五木寛之「さらば横川の釜飯弁当」は、新幹線の長野開通の直前、横川駅へ釜飯弁当を食べに行く話。駅弁や、消えゆく旅情へのノスタルジーがあふれている。
 そして小林しのぶ「四国駅弁食べ歩き1泊2日」は、駅弁を食べるばかりでなく、調製元にも取材していて、これこそ正統派駅弁紀行。それにしても、二日間で駅弁8個を食べている。よくこんなに食えるものだ。
 <時刻表>の部は、本書の中で一番鉄道趣味があふれている気がする。
 阿川弘之「時刻表を読む楽しみ」は、時刻表の楽しみと、想像を超える時刻表マニアのすごさを語る。
 宮脇俊三「米坂線109列車 昭和20年」は、1945年8月の終戦の日前後、父親の仕事について行って、東北地方を列車で巡った回想記。自分の乗った列車の時刻を克明に記録し、さらに後から時刻表とつき合わせてデータの正確性を検証しているなど、いかにもこの人らしいというか。終戦前後でも日本の鉄道は基本的にダイヤどおりに走っていたことがわかる。
 西村京太郎「時刻表から謎解きを」は、鉄道ミステリ裏話。十津川警部シリーズは、最初は鉄道と関係ない話だったが、あまり売れないので、編集者が持ち込んできたテーマがブルートレインだったという。正直言って鉄道エッセイとは少し違う気もするが、読み物としては収録作の中で一番面白いかもしれない。
 最後は<鉄道員>の部。鉄道員について書いているエッセイと、鉄道員が書いたエッセイ。
 檀上完爾「ソーラン車掌」は、北海道の名物車掌の話で、簡潔な記述の中に人柄がよく描写されている。国鉄車掌列伝の中の1編とのこと。
 本書の最後は元鉄道員(新幹線運転士)による、にわあつし「H5系から始まる函館の旅 」。中身は北海道新幹線試乗記。

 こんな感じで、内容はそれほどマニアックなものではなく、「鉄分」薄めのものから濃いめのものまで、バラエティに富んでいる。基本的には一般読者にも楽しめるエッセイを集めていると言えるだろう。とはいえ、こういうテーマの本を何冊も読んでしまう読者は、「読み鉄」と言われても仕方ないかもしれない(自分のことだ)。

Tetsudouessaycollection

 

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2019年2月20日 (水)

路線図の世界

たのしい路線図/井上マサキ、西村まさゆき(グラフィック社,2018)
 冒頭の一文がすべてを言い表している。「路線図が好きな2人が、ただただ路線図を「いいねぇ」と愛でる本である」と。
 まえがきによれば、路線図が好きと告白すると、鉄道マニアだと思われるのだそうだ。しかし本書の著者たちは、特に鉄道に詳しいわけではない。あくまで鉄道ではなく、路線図だけが好きなのである。
 何を隠そう、ブログ主も路線図が好きな一人である。そして、別に鉄道マニアではない。本書に出てくるようなデフォルメされた路線図もいいが、普通の地図の上に路線が描かれた「路線地図」の方がもっと好み。
このことからわかるのは、路線図マニアというのは、明らかに鉄道マニアとは別種類だということ。どちらかというと、地図マニアの一種ではないかと思う。(ブログ主は間違いなく地図マニアである)。
 本書の内容は、カラーの路線図をたっぷりと載せて文章は少しだけという、完全にビジュアル中心。
 それでも一応章立てはしてあって(章番号はないが)、まず「路線図ってどうやってできたの?」で、路線図の歴史を紹介。路線図の歴史はロンドン地下鉄から始まる(なお、本書に出てくる外国の路線図はこのロンドンのものだけ)。
 次が「路線図鑑賞のポイント」。「時空の歪み」、「その駅だけの一点もの」、「他社との遭遇」、「レインボー路線図」の4項目。
 ここまでが導入部で、その後が実際の路線図紹介になる。まず「全国の地下鉄路線図鑑賞」。続いて「全国鉄道 路線図・運賃表・停車駅案内」。この章が一番分量が多い。
 その次は「偏愛! 鉄道会社公式路線図」。これまでとどこが違うかというと、前の二つの章は、駅などに掲示されている案内図を撮影したもの、この章は鉄道会社の公式サイトに掲載されている路線図なのだ。
 また、次の最終章「インディーズ路線図の世界」は、鉄道会社以外の企業などが作った路線図や、駅員による手作り路線図を紹介している。
 とにかく路線図好きにとっては、掲載された一つ一つの図を見ているだけで楽しめる。路線図に関心がない人にとっては、何の意味もない本であることは言うまでもない。

Tanoshiirosenzu

世界の美しい地下鉄マップ/マーク・オーブンデン;鈴木和博訳(日経ナショナルジオグラフィック社,2016)
 路線図マニアというのは日本だけにいるわけではないようで、これは路線図が大好きなイギリスのジャーナリストが書いた本。上の『たのしい路線図』の参考文献にもタイトルが挙げられている。
 邦題は「地下鉄マップ」となっているが、原題はTransit Maps of the World(世界の路線図)で、別に地下鉄に限定しているわけではない。世界の主要な都市交通システムの路線図を集めた本なのだ。とはいえ、現在の都市交通というのは圧倒的に地下鉄が主流なので、出てくる路線図のほとんどは地下鉄のものであることは確かなのだが。
 収録された路線図は166都市(図版の数としてはもうちょっと多い)。『たのしい路線図』に掲載された路線図は約200ということだから、そっちの方が数だけから言えば多い。しかし『たのしい路線図』の方は路線一本だけの単純きわまりない案内図もかなりあり、一点の大きさも小さいものが多い。
 それに対して本書に出てくる路線図は、どれも複雑で大きい。1ページに収めると文字が小さすぎて、ルーペなしでは見るのがしんどいものもかなりある。とはいえ、実用性や利便性を重視している『たのしい路線図』に比べて、本書に掲載された路線図は、圧倒的なデザイン性を備えたものが多い。
 ブログ主は複雑な路線図が好きなので、本書こそが路線図の醍醐味を伝えるものと評価したい。値段は高いが(3200円)。

 ちなみに、ブログ主の一番好みの路線図は、大阪メトロ。大阪市中心部の格子状になっているあたりがいい。世界中の路線図を見ても、ここまで綺麗な格子になっているところはなかなかない。

Transitmaps

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2018年4月28日 (土)

80時間世界一周

80時間世界一周 格安航空乗りまくり悶絶ルポ/近兼拓史(扶桑社新書,2012)
 ヴェルヌの『八十日間世界一周』は、蒸気船に機関車といった当時の最新技術と、膨大な費用を思うがままに使える人間のみに可能になった、当時としては画期的な冒険旅行だった。
 つい最近になって、今なら「80時間」で世界一周ができるんじゃないかと気づいてしまった。航空便を乗り継げば、理論上は十分に可能なはずなのだ。かかる費用はせいぜい数十万。ヴェルヌの大旅行とは比べものにならないくらいお手軽に思える。
 しかし、80時間の大半は飛行機の中と空港の待ち時間、出国・入国手続きで費やされ、途中で観光などする時間はごく少ないだろう。いくら実行可能とはいえ、ただ金がかかるだけのそんなアホな旅行を実際にやる人間がいるとは思えなかった。
 しかし、いたのであるこれが。ブログ主はつい最近までこの本の存在を知らなかったのだが、6年も前にやった人がいるのだった。
 著者は神戸在住のフリーライター、本人の言葉によれば「おバカなルポや笑えるB級ニュース」を手がけているとのこと。この本はそんなおバカな企画の一つとして生みだされたものらしい。
 しかし取材費がどこかから出ているわけでもなく、著者にとって最初の仕事は、いかに安く世界一周の航空券を入手するかということだった。本書の第一章は、LCCや大手航空会社の格安航空券など、あらゆる手を使っていかに安い航空券を購入し、世界一周のルートを組むかという奮闘の記録になっている。その結果著者は13万円余りのチケット代で世界一周のための航空券を入手する。確かに安い。

 で、肝心の「80時間世界一周」は、次のようなものになった。
 茨城空港から中国のLCC「春秋空港」で上海へ。上海滞在6時間で超高層ビルを見学したり点心を食べたり。
 上海からアエロフロートでモスクワへ。2時間でCSKAモスクワ(当時本田圭佑が在籍していた)の本拠地とバザールを見学、出発時間ぎりぎりに空港に戻る。
 モスクワから再びアエロフロートでデュッセルドルフへ。デュッセルドルフとその郊外で4時間30分、ネアンデルタール博物館を見学し、市内でビールを飲む。
 デュッセルドルフからエアベルリンでチューリヒへ。エアベルリンはLCCだが、サービスのクオリティが非常に高いらしい。ここで著者は旅行を離れてLCCを論じ始め、かつて日本の某LCCで経験した不愉快な事件について述べる。ちょっと本筋から離れてるような気もするが、実はこの本はサブタイトルにもあるように、「格安航空」について語る本でもあるのだった。
 チューリヒでの滞在時間は9時間と、今回の旅行で一番長い。しかし夜中に到着して出発は次の日の午前、つまり滞在のほとんどは深夜。これが災いして、著者は夜中の市街を徘徊しているところを警官に怪しまれ、空港に引き返すことを余儀なくされる。
 チューリヒからまたエアベルリン(アメリカン航空と共同運行)でニューヨークまで。搭乗時に、滞在時間が短すぎるため、テロリストか麻薬の運び屋ではないかと、ここでも係員に怪しまれる。
 なんとか無事ニューヨークに到着、タイムズスクエアでおみやげを買い、アップルストアを訪問、実質滞在時間2時間。またもやぎりぎりで空港に戻り、滑り込みで搭乗。
 ニューヨークからデルタ航空で最後のフライト、ロサンゼルス乗り継ぎで羽田空港まで。
 羽田に到着したのは、スタートから87時間26分45秒後だった。だから厳密に言えば80時間で世界一周はしていない。だが、80時間を少々超えてしまったとはいえ、これくらいの時間で世界一周できるのだということは確認できた。
 同時に、その旅が思ったとおりハードなものであることも――。いや、思った以上に苛酷と言うべきか。
 せっかく外国へ行ってもゆっくりしている時間もない(中国、ロシア、ドイツ、スイス、アメリカと5ヵ国まわって、実質滞在時間は総計24時間もないくらい)。ろくに寝てる時間もない。おまけにエコノミークラス症候群が体を痛めつける。話のネタにはなるが、こんなことやるもんじゃない。
 著者も最初からそれはわかっていたのだろうが。受けを狙ってその無茶をあえてやる――体をはったチャレンジ精神というか、フリーライター魂というか、関西人らしいノリというか…。

80jikansekaiisshuu

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