雑学

2020年12月16日 (水)

トリック・とりっぷ

トリック・とりっぷ/松田道弘(講談社,1982)
 このところなぜか古本が続く本ブログである。
 タイトルどおり本書のテーマは「トリック」。ではあるが、どうもつかみどころのない本である。
 中身はミステリのトリックと手品のトリックの話が大半。他に、トリックみたいなパズル、詐欺、ジョークの話などが出てくる。つまりいろいろな意味での「トリック」の話がごちゃ混ぜに入っている。
 著者は奇術研究家で、日本推理作家協会会員でもあるとのこと。推理作家協会所属なのに小説は書いておらず(他にも翻訳家などでそういう人はいるが)、他に『トリックものがたり』、『トリック専科』などの著作がある。どれも内容は本書と似たようなものらしい。
 それにしてもこの人、調べてみると著書がけっこう多かった。かなりの年だが(1936年生まれ)、まだ存命らしい。

 本書の内容は、22編の短いエッセイからなっている。元は『小説現代』の連載コラム。
 最初の「ミステリは二度おいしい」は、ミステリというより物語の発想法について。「さかさ桃太郎」を題材に、物語のトリックを語っている。
 次の「技巧的なあまりに技巧的な」は、ボトルシップの話から始まり、上下逆さにしても読める(というか、逆さにして物語が完結する)アメリカの漫画について解説。
 さらに次の「奇智との遭遇」は、詰め将棋とパズルゲームの話。こんな感じでどうもまとまりがないが、なんらかの形で「トリック」につなげるというのは意識しているようだ。後半になるとミステリや奇術の話が増えてくる。
 読みものとしては正直言って平凡なものだが、話のネタにはなりそうな本である。
 なおイラストは、ブルーバックスの挿絵などでなじみのある、懐かしのイラストレーター永美ハルオ。Wikiで調べてみると、この人も90歳近いがまだ存命のようだ。著者もイラストレーターも長生きである。

Tricktrip

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2017年5月 3日 (水)

京都の道はややこしい

京都の道はややこしい 歴史と地理から読み解く謎の数々/らくたび編(光文社知恵の森文庫,2015)
 先日京都へ行ってきたが、平日にもかかわらず、相変わらず観光客であふれている。この大型連休の最中など、どんなことになっているか考えただけで恐ろしい。
 その人気と連動して京都案内本も本屋にあふれている。本書はそんな中の1冊で、京都のさまざまな「道」にスポットを当てた街歩きガイド。
 洛中の有名な大路小路はもちろん、知られていない小さな道や郊外の道まで、道の歴史や沿道の名所旧跡、そして景観など、文字どおりの「道案内」になっている。
 分野としては雑学本になるのだろうが、並の雑学本よりはかなり出来がいい。それもそのはずで、編者の「らくたび」は、京都の観光案内や情報発信の専門会社。「らくたび」とは「洛を旅する」の略だという。
いわばその道のプロなので、雑学ライターみたいに適当なことは書いてない(はず)。
 内容は4章構成。

 第1章「歴史の不思議が詰まった道」は、京都の道の起源や、道にまつわる歴史など。平安京の話から始まり、交差点に理髪店が多い理由、西大路・堀川通の曲がりの謎、正面通は何の正面なのか、など。
 第2章「ご利益がひそむ道」は、京都らしく神社仏閣に関わる道の数々。寺町通(北側)、錦小路通、あがた通、上御霊前通など。
 第3章「魔界に通じる道」になると、京都の裏側というか、妖しげな伝説が残る道。いかにも京都らしい。千本通、九条通、膏薬図子、松原通など。もちろん、一条戻り橋も出てくる。
 第4章「変な道」は、変わった名物や特徴のある道。アフロヘアの仏像がある金戒光明寺・参拝道、銭湯カフェがある鞍馬口通、狛ねずみが鎮座する哲学の道など。ほとんど観光案内。
 後の方の章になるほど、京都ならではの個性ある道が増えてくるようだ。「ややこしい」というより、ちょっと不思議な道が満載。

Kyoutonomichi

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2016年11月14日 (月)

日本全国「駅名」地図帳

日本全国「駅名」地図帳/浅井健爾(成美文庫,2012)
 地理マニアと鉄道マニア双方にアピールするかのような、「駅名」に特化した本。逆に言えば、地理マニアにとってはトピックが限定されすぎていて、鉄道マニアにとっては地理知識に偏りすぎた内容かもしれないが。
 基本的に一つの話題が見開き2ページの形式。地図が必ずついているのは評価できる。「マメ知識」と題したコーナーも必ずついていて、テーマに関連したトリビア的知識を一つか二つ、数行で紹介する。

 第1章「つい誰かに話したくなる珍駅名」では、「笑内[おかしない]」とか「半家[はげ]」とか、「及位[のぞき]」とか、どこかで聞いたような難読駅名が続出。ブログ主の故郷高知の「後免」もある。難読以外では、「心臓血管センター」とか、「面白山高原」とか。
 第2章「この駅名、いったい何と読む?」は、難読地名を集めている。難読なら第一章にもずいぶん出てきているが、「特牛[こっとい]」とか、「安足間[あんたろま]」とか、レベルの高い難読を掲載。「喜連瓜破[きれうりわり]」など、大阪住民にとってはなんてことない駅名もあるが。ところどころ、駅名二つが出てくるページもあるが、そういう場合でも地図が一つしかないのはちょっと残念。
 第3章「縁起のいい駅名、そうでない駅名」。「学」、「厄神」、「おかどめ幸福」など縁起物駅名を集めている。
 第4章「人の名前が駅名に!」。「宮本武蔵」、「吉備真備」、「淀屋橋」、「心斎橋」など。中には人名かどうか、かなり怪しいのも出てくる。日本には人名駅名は稀だから、明白な人名だけでは数が揃わなかったのかもしれないが。
 第5章「駅名から日本の歴史を垣間見る」。「備前福河」、「武蔵境」、「岐阜羽島」など、歴史的由来を秘めた駅名。日本の歴史というには少々大げさな気もする。せいぜい地域や鉄道の歴史だろう。高知の「海の王迎」はちょっとロマンがあるが。
 第6章「不思議な駅名、まぎらわしい駅名」。かつてあった「出雲大社口」とか、いくつもある「柏原」とか、いろいろな意味でまぎらわしい駅名を紹介。しかし「宇佐」=USAをまぎらわしいというのは、ちょっとこじつけすぎの感がある。
 第7章「駅名おもしろ雑学館」。この章が「駅名おもしろ雑学」なら、他の章は一体なんなのだ、と問い詰めたくなるが、要するにカテゴリー分けできなかったその他、ということだろう。「上下」とか「前後」とか、「下呂」・「上呂」とか。「貴志」の話題は例の猫駅長で、駅名そのものではなかった。
 第8章「駅名の日本一」。日本一ひらがな駅名が多い路線、日本一市名のつく駅が多い都市、日本一多い路線名(「東西線」だそうだ)、百貨店名駅、「中央駅」など。この章が一番雑学らしい。

 つまるところ、単に雑学集なのだが。テーマ的には、地理マニアで、ちょっと鉄道にも興味があるブログ主の好みには非常に合っていた。

Nihonenkokuekimei

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2014年6月17日 (火)

大阪府謎解き散歩

宇大阪府謎解き散歩/橋爪紳也編著(中経出版・新人物文庫,2013)
 新人物文庫から出ている各都道府県別「謎解き散歩」シリーズ。要するに歴史地理グルメ風習その他なんでもありの地域雑学本。46冊目は、満を持して――という感じで、大阪府だった。ちなみに、最後の47冊目は、2013年5月発行の滋賀県編。
 もっとも、全都道府県が完結してそれで終わりかというとそんなことはなくて、その後、『阪急沿線謎解き散歩』『近鉄沿線謎解き散歩』などの沿線もの、『神戸謎解き散歩』『横浜謎解き散歩』などの特定エリアもの、『上杉謙信謎解き散歩』『伊達正宗謎解き散歩』などの歴史人物ものなど、あの手この手で次々と「謎解き散歩」を出しているのだった。よほど人気があるらしい。
 それはともかく、本来の都道府県別「謎解き散歩」だが、実は以前に新人物往来社から単行本で出ていた各県別「不思議事典」のシリーズというのがあって、基本的にそれを改題・新編集したものが元になっている。大阪府以外に、生まれ故郷の高知県と一時期住んでた奈良県の「謎解き散歩」を持っているが、それぞれの巻末にはその旨が書いてある。
 しかし、『大阪府の不思議事典』というのは出てなかったらしいのだ。そういうタイトルの本を改題・再編集したとはどこにも書いてないし、ネットで検索しても出てこない。このシリーズでは数少ない、文庫オリジナル版ということになる。
 このシリーズは多数のライターが分担執筆しているのが常だが、だいたい学者や地方史家が多い。だが本書に関しては、巻末の執筆者一覧を見ると、ほとんどが学者じゃなくて一般人。大阪検定の合格者が多い。著者代表の橋爪紳也が大阪検定企画会議座長を務めているので、検定一級に合格した人からライターを大量にスカウトした模様。検定合格以外にどういう人なのか全然素性のわからない人も何人もいる。そんないい加減さに加え、文章もくだけたものが多いあたりが、いかにも大阪らしい。
 内容は以下のとおり。

 第1章「大阪府ってどんなとこ?」大阪人気質、食い倒れ、豊臣家、など。
 第2章「風土・地理編」地名、自然、道、建物など。
 第3章「歴史編」難波宮から万博まで。戦国、江戸時代ネタが多い。
 第4章「文化・民俗編」芸能、祭り、方言、食べ物など。
 第5章「経済・産業編」建物、企業、商店街、名産など。食べ物ネタが第4章とかぶっている。

 大阪に住んでる人間でも知らないことが意外に多い。そういう意味では面白いが、ただ、タイトルに「大阪府」とあるわりに、内容はほとんど大阪市内のことばかり。万博公園とか、岸和田のだんじりとか、大阪市外のこともちょっとだけ出てくるが、1割にも満たない感じ。まあ、世間一般的には「大阪=大阪市」なのだろうが…。

Osakanazotoki

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2012年12月11日 (火)

本の雑学本

本 無用の雑学知識 1冊で200冊分おいしい!/活字中毒友の会編(ワニ文庫,1991)
 1990年前後にワニ文庫から出ていた<無用の雑学知識>シリーズの一冊。他に「イヌ」、「ネコ」、「からだ」、「日本人」、「美味・珍味」などがある。
 普通はこの手のいかにも雑学本っぽいものには手を出さないのだが、「本」という、雑学としてはあまり見ないテーマについ引かれて買ってしまった。古本で安かった、というのももちろんあるが。
 著者表示には「活字中毒友の会編」とあるが、この名義の本は他にない。この本専用の名義なのだろう。雑学本にはよくあるパターンだ。「会」とあるが、多分ライターが一人で書いてるのだろう。

 全8章。1章ごとに、各項目の字体を変えたり、2段組にしたり、字下げの幅を変えたりして、本文レイアウトに変化をつけている。何の意味があるのかよくわからないが。

 第1章「活字世界の珍記録・怪事件」は、史上もっとも高価な本とか、図書借り出し最長記録とか、世界最大の本とか、世界でもっとも売れた本とか、本にまつわる記録の話題が中心。しかし「記録もの」の弱点として、すぐに話題が古くなってしまう。出版から20年も経っているので、せっかくの雑学知識の数々もそのまま通用するかどうかわからない。
 第2章「歴史をお騒がせした書物たち」も「歴史上の本」という似たような切り口だが、本よりも歴史に重点を置いている。つまり歴史上の人物や出来事から、本に関連するものを抜き出してきたようなもの。
 第3章「珍本マニアのエゲツなき戦い」で、やっと「本の雑学」らしくなってくる。稀本・珍本を巡るエピソードの数々が中心。中には「サンリオ文庫」なんて身近なものも出てくるが。
 第4章「活字中毒者たちのアブナイ症状」は、タイトルのとおり、本に取り憑かれた古今東西の人々が登場。有名なところでは、江戸川乱歩、チャールズ・ダーウィン、アナトール・フランス、荒俣宏、松本零士、手塚治虫、半村良など。
 第5章「あの人が出会った運命の1冊」も、有名人と本のかかわりに関するエピソード集。前章と違うのは、登場する人物が特に本マニアというわけではなく、ある本が人生の転機となった話を集めているところ。第2章と似たような趣向で、人物伝から本に関わる部分だけを抜き出している。
 第6章「時代が生んだベストセラー」は、タイトルどおり、ベストセラーを中心として出版界の話題。
 第7章「やっと解けたぞ、素朴なギモン」。いかにも雑学本らしいタイトル。内容もまた、公称出版部数は信用していいか、とか、「版」と「刷」はどう違うのか、とか、出版社の社名の由来とか、もっぱら出版流通業界から、いかにもな小ネタを拾っている。
 第8章「日本と世界の読書事情あれこれ」は、主として海外の読書・書店事情。これも基本的に小ネタ集。

 というわけで、本の歴史、マニアの世界、出版流通、書店と、本に関する話題としては、ひととおりの分野を広く浅くカバーしている。やや少ないと感じるのは「書き手の世界」くらいか。
 だが、その分野の広さゆえに、世の「本好き」すべてを満足させることは無理な作りになっている。鉄道マニアにいろいろいるのと同じで、本に関することなら何でもいいという本マニアはあまりいないのだ。例えば自分にとって興味があるのは3章か4章、せいぜい広げても1章と8章くらいか。
 しかし、話題が広いからこそ雑学本なので、テーマを絞ると何か別のものになってしまい、それこそごく一部の人にしか受けないだろう。
 やはり、テーマはおもしろそうでも、雑学本は雑学本。「本好き」ではなく、単に毛色の変わった雑学を求めている人向きの本ということか。全体的に文章がいかにも他人事で(雑学本とは普通そういうものだが)、あまり本への愛着が感じられないし…。

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2010年10月23日 (土)

中国古典ジョーク集

決定版 中国古典ジョーク集/駒田信二訳編(実業之日本社・じっぴコンパクト,2007)
 タイトルは「ジョーク集」だが、昔の中国には「ジョーク」という概念はなかったはずで、「笑話集」という方が正確。
 序章では、「笑話」の原点として、有名な古典から笑える部分を抜き出したものを列挙している。引用されているのは、『孟子』、『韓非子』、『荘子』、『戦国策』といった先秦時代の古典中の古典。著者の眼力で、「笑い」の要素のあるエピソード、著者の言葉によれば「ジョークの根」を抜き出してきているのだ。例えば――。

・最強の矛と、最強の盾を売っている男がいた。そこへある客が…。有名な「矛盾」の話。出典は「韓非子」。
・宋の国に猿をたくさん飼っている男がいた。家が貧乏になってきたので、猿たちの餌を減らそうと、餌のドングリを「朝三つ、暮四つ」にすると言ったところ、猿たちが怒り出し…。これも有名な「朝三暮四」。出典は「荘子」と「列子」。
・絶世の美女、西施が胸の病のため眉をしかめて歩いていたところ、それを見た村の醜女がまねをして…。これも有名、「西施の顰にならう」。出典は「荘子」。

 故事成語の元になった有名なエピソードも、見方によればジョークになる、というこのアイデアはけっこうおもしろい。
 膨大な古典の中から、「ジョークに見えるもの」を引っ張り出してくる。原典が固いものであればあるほど、そのギャップがまた笑いの種になるかもしれない。
 そんなことを考えて本編を読み始めたのだが――。
 どういうわけか、序章以外では、まったく出典が書いてない。
 考えてみれば普通ジョークでいちいち出典なんて言わない。だから書いてないのか。とはいえ「古典」なのだから、出典が書いてないと、「古典」であるという証拠がないのではないか。
 ともあれ、本編の内容を見てみると、「ジョークらしいもの」を八つのテーマに分けて収録している。()内はそれぞれの話数。「おかしな人たち」(24)、「文字の話」(10)、「この世とあの世」(13)、「吝嗇家列伝」(13)、「頓知と詭弁」(14)、「夫婦百景」(34)、「愉快な子どもたち」(17)、そして最後はジョークの定番「閨房百景」(19)。
 だいたいジョークの主なテーマは揃っているのだが、あえていえば下世話なネタばかりで、政治ネタとかエスニック・ジョークみたいなものは見あたらない。原典が中国古典であることを考えれば仕方ないのか、それとも編者が自主規制で除外したのか。「帝王」なんてテーマでもかなりの話が集められたような気がするのだが。
 とにかく出典が書いてないので推測するしかないのだが、原典は序章みたいに先秦時代の著作ばかりというわけでもないらしい。
 時代がはっきりわかるものは少ないが、「蘇州」という地名が出てくるものは、少なくとも隋以後の話である(蘇州は隋代に初めて置かれた)。数少ないが、実在の人物が登場するものもあって、王安石(北宋)、李存孝(五代)など、かなり後の時代。僧が出てきたり、閻魔大王が出てきたりするのは、少なくとも仏教が普及してからのもの。唐以後の書物もだいぶ出典に入っているらしい。
 と、時代背景さえ推測するしかないのに、「古典」というのはどんなものかと思う。まして、最初に予想した、「固い古典と笑えるエピソードのギャップ」なんて、これでは味わいようがない。個々の話の中には、たまにおもしろいもののあるが...。
 なお、本書は1985年に出版された『中国ジョーク集』のダイジェスト版。オリジナル版では224編を収録しているが、本書の話数は144編。半分近くをカットしていることになる。内容が減っているのに「決定版」というのも変なものである。
 オリジナル版の編者である中国文学の大御所、駒田信二は1994年に亡くなっているので、本書は編集者か誰かが再編集したことになる。原型をとどめているのは序章だけと言ってよく、正直言って、ここだけが「中国古典ジョーク集」と呼ぶに足るものだった。ちなみに、オリジナル版にも、序章以外の部分には出典が書いてない。

決定版 中国古典ジョーク集 (じっぴコンパクト)

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2009年7月 7日 (火)

アメリカ人の常識と非常識

うそ?ほんと?小事典/タッド・トゥレジャ;刈田元司訳(現代教養文庫,1983)
 タイトルといい表紙といい、一見、よくある雑学本。
 実際、人々が常識だと思っている「まちがった思いこみ」を列挙し、その真実を解説している内容なのだから、雑学本の一種には違いない。
 ただ、これは翻訳本であり、常識というのは欧米人(特にアメリカ人)にとっての常識だということだ。日本人から見たら、欧米人はこんなことを常識と思っているのか―という発見の本として楽しめるのだ。
 例えば、「火傷にはバターを塗るといい」とか、「コーヒーを飲むと酔いがさめる」とか、「ヘビの皮膚はヌルヌルしている」とか、「ヤマアラシは針を飛ばす」とか、いう「常識」が間違っているという説明があるが、そもそも普通の日本人はそんなこと思ってないだろう。こういうのを読むと、そう思っているアメリカ人が多いことがわかるのだ。
 ホームランの世界記録を持っているのがハンク・アーロンではなく王貞治という「無名の」選手だという解説も、この本が書かれた当時(1982年)のアメリカ人の認識がどういうものかよくわかる。今ではアメリカでもずっと有名になっているようだが。
 一方では、普通の日本人の常識には入ってない「バウンティ号のブライ船長」、「アメリカの恋人メアリ・ピックフォード」、「親殺しのリジー・ボーデン」、「リトル・ビッグ・ホーンの戦い」、「シカゴ大火災」などが、アメリカ人なら誰でも知ってる(そしてそれについて間違った思いこみをしている)ことだということもわかる。
 もちろん、アメリカ人も日本人も同じように誤解していることも多い。「フランケンシュタインは科学者の名前であって怪物の名前ではない」、「アラビア数字はアラビア起源ではない」、「マリー・アントワネットは『パンがなければお菓子を食べればいい』などとは言ってない」、「薄暗いところで本を読んでも近眼にはならない」などは、どこの国でも通用するだろう。でも、そういうことなら、日本人の書いた本を読めば充分である。
 訳者あとがきによれば、「原著がアメリカ出版であるために、日本の読者にとっては理解を越えたり、興味をひきそうにもない項目が若干あり、各条項から多いところで四、五項目、少ないところで一項目を残念ながら省いた」とある。全体で6分の1弱を抜いたのだそうだ。
 なんてもったいないことをするのか! どこの国でも通用するような項目を削って、「日本の読者にとっては理解を越えた」思いこみこそ収録してほしかった。

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2008年11月22日 (土)

名字の日本史

名字の日本史/森岡浩(ビジネス社・B選書,2005)
 著者は『 日本名字家系大事典』(東京堂出版)など、名字に関する本を多数出しているライター。本人のホームページには、「姓氏研究家・野球史研究家」とある。森岡浩之と名前が似てるが全然関係ない。
 「まえがき」によれば、この本は「名字の歴史」ではなく、「名字から見た日本史」であり、単なる「雑学本」ではなく「日本通史」だという。
 実際には、主な名字のルーツや変遷、歴史上で重要な役割を果たした家系にまつわる「名字の歴史」と、名字とは必ずしも直接関係しない、単なる日本史上の人物を扱ったエピソードを混じえて、古代から中世、近世、近代へと、目立つトピックスを基本的に見開き単位で語っていく構成。厳密に言えば古代には「名字」はなく、「姓」のはずなのだが、この本では広い意味で家系につく名前を全部名字と呼んでいるようだ。
 全七章だが、そのうち三~五章、ページ数にすると全体の半分近くを、鎌倉~戦国時代を扱った「武家編」が占めている。「武士の誕生と名字の爆発」の項で説明されているように、武士たちが古代からの姓のかわりに、自分で勝手に「苗字」を作り出して日常の名乗りに使うようになって、日本を世界有数の「名字が多い国」とすることになった原因を作ったのがこの時代だからだ。それにしても「名字の爆発」という表現はすごいね。「カンブリア爆発」みたいだ。
 歴史エピソードの合間には、都道府県ごと地域的特徴を1ページで解説した「お国の名字」のパートがあり、さらになぜかこの部分だけ字が大きい「なるほどコラム」と「珍名さんいらっしゃい」がはさまる。その上、半ページの空きスペースを使って、小さい字のミニコラムもあるというサービスぶり。
 個々のエピソードには興味を引くものもあるし(「現存する豊臣姓と羽柴姓」とか、「支倉使節団とスペインの「日本さん」」とか)、歴史上の誤解を解くエピソードもあったりして(「江戸時代、武士以外には名字がないという大嘘」とか)、おおむねデータ的にも正確だと思うのし、情報量の多さは特筆もの。ただ、著者が宣言したように「通史」になっているかというと、構成がごちゃごちゃしている上に、雑多な情報をあれこれ詰め込みすぎて、結局雑学本になってしまっている。まあ、雑学本だと思って見れば、かなりよくできた本だと言えるだろう。

名字の日本史 (B選書)

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2008年11月 6日 (木)

数の根拠

 最初に断っておくが、今回とりあげる本は、自信をもって「おすすめしない本」である。
 新刊で並んでいることはないはずだが、古本で見つけても、よほど物好きな人以外は、買って後悔しても知らないと忠告しておきたい。

そこが知りたい数の根拠/小泉十三(雄鶏社 オン・セレクト・シリーズ,1994)
 京都の古本市で買った本。一見して雑学本みたいだが、この手の本には珍しく、小さいながらもハードカバーだし、着眼点もおもしろそうなので、つい買ってみた。

 結論からいうと、だまされた。数の「根拠」ではなく、ほとんどの場合、「由来」や「事情」を述べているだけ。
 たとえば「四十九日の法要」の項では、49日というのは死者が現世から来世に転生する「中有」の最終日、との説明があるが、これは、なぜ「49」なのかという根拠の説明にはまるでなってない。
 また、「1年=365日」の項では、紀元前のエジプトでナイル川の観察の結果、1年が365日と決まった、と説明するが、一番肝心なこの数字の根拠、地球の公転周期のことをまったく書いてない。
 いい加減なところは他にもあって、「1ドル=360円」の項では、「円」が360度だから360円になったという俗説を堂々と書いていたりする。「これが本当なら」という注釈つきではあるが、それなら別の説も書くべきだろう。実際には当時の実勢レートを基準にした慎重な検討の結果だったことは、次の論文からもわかる。(一時は「330円」がかなり優勢だったらしい。)
 http://www.cm.hit-u.ac.jp/coe/seika/WP/HJBS_WP_029.pdf

 さらに「大の月・小の月」の項では、月名の語源についてこんなことを書いている。 

英語で、九月は「September」だが、これは「Seventh」というラテン語が語源。

 この一文を読んだ時は「ん?」としばらく目が点になってしまった。これでは、「Seventh」という単語そのものがラテン語だと言ってるようにしか読めない。まさか中学校で習うこんな英語をラテン語だと思いこんでいるわけではないだろう(と思う)。もちろん、これは「Seventhを意味するラテン語」という意味なのだろう。もっとも、ラテン語で「七番目」に相当する序数詞は「septimus」であって、基数詞の「七」にあたる「septem」の方が月名の形に近い。
 他にも「ラテン語の「eighth」、「ninth」、「tenth」」などと書いている。別に英語で書かずに、「ラテン語の「七」、「八」、「九」」などと書けばいいのに、何を考えているのだろう。まさか、「seventh」、「eighth」などが本当にラテン語だと思っていたのだろうか。
 唯一役にたったと思ったのが、「除夜の鐘108」の説明。「六根(目・耳・鼻・口・身・意)」×「三不同(好・平・悪)」×「染・浄」×「3世(現在・過去・未来)」で108だという。でも、他の部分がいい加減なので、これも鵜呑みにするのではなく、裏をとっておく必要がある。
 巻末の参考文献を見たら、ほとんど雑学本ばかり。雑学本から雑学本を作るという、一番ひどいパターンだった。こんな本を定価1100円で売るなんて、あんまりである。私はまあ、300円で買ったのだが、それでももったいなかった。

 著者は他に『頭がいい人の習慣術』など、「頭がいい人の○○」という本をやたらと出している。でも、この本を読んで頭がよくなるとは思えない。

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2008年2月 8日 (金)

中公新書ラクレのジョーク集シリーズ

 2001年に刊行が始まった「中公新書ラクレ」は、言ってみれば「中公新書」の大衆版みたいなもの。その中に一連の「ジョーク集」シリーズがある。
 厳密には、シリーズとはどこにも書いてないが、本家中公新書の『物語○○の歴史』みたいに、事実上のシリーズになっている。
 どんなのがあるかというと、出た順番に並べれば次のとおり。

 世界ビジネスジョーク集/おおばともみつ著, 2003.2
 世界の紛争地ジョーク集/早坂隆著, 2004.3
 世界反米ジョーク集/早坂隆著, 2005.1
 大学教授コテンパン・ジョーク集/坂井博通著, 2005.7
 世界の日本人ジョーク集/早坂隆著, 2006.1
 少子化「必毒」ジョーク集/坂井博通 , 2006.6
 日本の戦時下ジョーク集/早坂隆, 2007.7
 爆笑!大江戸ジョーク集/笛吹明生, 2007.11

 この他に、『世界のイスラムジョーク集』(早坂隆)が、中公文庫から2007年に出ている。中央公論はよほどジョーク集が好きなようだ。
 この一覧を見ると、半分以上をルポライターの早坂隆が書いていることもわかる。

 今回はこの中から3冊を取り上げる。うち2冊は早坂隆の著書。

世界の紛争地ジョーク集/早坂隆(中公新書ラクレ,2004)
 やばい地域で流布しているやばいジョークを集めた本…かと思ったら、普通のジョーク集だった。
 確かに、イラク、パレスチナ、アフガニスタンといった紛争地は含まれているが、エストニア、リトアニア、チェコ、ハンガリー、インドといった、少なくともこの本が出た時点では別に紛争地じゃない国も多く含まれている。過去には紛争が起きていたということかもしれないが、そんなことを言えば、世界中「紛争地」じゃない国なんてなくなってしまう。
 メインになっているのは、旧ソ連・東欧の「共産国家ジョーク」。およびその派生系ともいえる各地域の「独裁者ジョーク」。これはこれでジョークとしてはおもしろいのだが、どこかで聞いたようなネタが多い。
 しかもネタが足りないのか、トルコの「ナスレッディン・ホジャ」とか、モンゴルの民話とか、伝承小咄まで含めている。
 ジョーク初心者にはおもしろいかもしれないが、正直、やや期待はずれの内容だった。
 そんな中でも、一番おもしろいと思ったのは、ルーマニアの、「マイクロソフトの車」。

 
ビル・ゲイツ率いるマイクロソフ卜が、新しく自動車業界に進出することになった。しかし、
 できあがった車は以下のようなものだった。
 一 特に理由がなくても二日に一度は突然動かなくなる
 二 高速道路ではそれが特に顕著である              、
 三 こうした場含、最悪のケースとしてはエンジンを総取り替えしなければならない
 四 ユーザーは新しい道ができるとそのたびに、新しい車に買い替えなければならない


 この点に関しては、ルーマニア人の気持ちがよくわかる。


世界の日本人ジョーク集/早坂隆(中公新書ラクレ,2006)

 この本は売れた。めちゃくちゃ売れた。トーハンの調査では2007年のベストセラー・ランキング第19位だそうだ。
 間違いなくジョーク集シリーズ、というか中公新書ラクレのベストセラーである。私は発売直後に買ったのだが、その時はこんなに売れるとは思ってなかった。
 日本人くらい、外国から自分たちがどう思われているか気にしている国民はないという話がある。加えて、エスニック・ジョークはどんなネタでもおもしろい。政治ジョークと並んで、ちょっとブラックで、なおかつ知的なジョークの宝庫である。
 考えてみれば、この二つの要素が組み合わさっているのだから、売れて当たり前なのだった。
 世界のジョークに現れる日本人の特性とは、ハイテク、勤勉、金持ち、杓子定規、英語が下手といった、予想されるものばかり。まあ、ステレオタイプだからこそエスニック・ジョークのネタになるわけで。
 中にはマンガやアニメをネタにしたジョークもあるようだが、まだまだ少数派。
 この本の中でよくできたジョークだと思われるものは、どれもステレオタイプをネタにしたもの。一番気に入ったのは、最初で紹介される「不良品の設計図を送ってください」だったりする。
 この本でひとつ問題なのは、自分をネタにしたジョークは言いにくいので、せっかく気に入ったものがあっても実際には使いにくいということだろう。読むだけなら問題なしにおもしろい。
 ただ、正直言ってジョーク自体として見れば、秀逸なものがそんなに揃っているわけではない。このおもしろさには「日本人をネタにしているからおもしろい」という要因がかなりの部分を占めている。


爆笑!大江戸ジョーク集/笛吹明生(中公新書ラクレ,2007)

 江戸笑話集の数は多い。原典そのものが多いし、現代語に翻訳されたものも、古典文学の一種として、各種の全集や文庫に収録されている。
 しかしこれがおもしろいかというと、この本のまえがきにも書いてあるように、「当時の世相がわからないと通じないギャグ」が多くて、たいしておもしろくないのである。
 この本では、小咄のたぐいよりむしろ実際に起こったできごとの方に、今の目から見ればおかしな話が多いということで、かなりの数の実話を収めている。「笑えないジョークより笑える実話」というわけだ。
 確かにジョークとしか思えないような実話は多いし、それはそれでいいのだが、問題は、収録された話をどこから取ってきたか、解説に書いてないケースが多いことだ。どれが実話でどれがジョークなのかわからない。それくらいははっきりさせてほしいものである。
 が、何より問題なのは、「爆笑」と言えるほど笑える話がないことだ。ジョークというのは、権力者や権威あるものを笑いものにするのが一番おもしろい、と思う。たとえば冷戦時代の共産圏のジョークみたいなやつ。ひとつ間違えば牢屋行き、そういう危ない類のもの。それが、この本にはあまりに少ない。
 日本では、「二条河原落首」以来、その種のジョークの役割はもっぱら狂歌、落首(さらに江戸時代なら川柳)が担うものになっている。著者はまえがきで「落語・小咄、川柳・狂歌」などは、扱った書籍が多いので、「ここでは扱うのを遠慮した」と書いているが、そんなことにこだわらずに、「大江戸ジョーク集」と題する以上、川柳、狂歌、都々逸なども入れるべきだったと思うのだが。

爆笑!大江戸ジョーク集 (中公新書ラクレ)

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