2001年に刊行が始まった「中公新書ラクレ」は、言ってみれば「中公新書」の大衆版みたいなもの。その中に一連の「ジョーク集」シリーズがある。
厳密には、シリーズとはどこにも書いてないが、本家中公新書の『物語○○の歴史』みたいに、事実上のシリーズになっている。
どんなのがあるかというと、出た順番に並べれば次のとおり。
世界ビジネスジョーク集/おおばともみつ著, 2003.2
世界の紛争地ジョーク集/早坂隆著, 2004.3
世界反米ジョーク集/早坂隆著, 2005.1
大学教授コテンパン・ジョーク集/坂井博通著, 2005.7
世界の日本人ジョーク集/早坂隆著, 2006.1
少子化「必毒」ジョーク集/坂井博通 , 2006.6
日本の戦時下ジョーク集/早坂隆, 2007.7
爆笑!大江戸ジョーク集/笛吹明生, 2007.11
この他に、『世界のイスラムジョーク集』(早坂隆)が、中公文庫から2007年に出ている。中央公論はよほどジョーク集が好きなようだ。
この一覧を見ると、半分以上をルポライターの早坂隆が書いていることもわかる。
今回はこの中から3冊を取り上げる。うち2冊は早坂隆の著書。
世界の紛争地ジョーク集/早坂隆(中公新書ラクレ,2004)
やばい地域で流布しているやばいジョークを集めた本…かと思ったら、普通のジョーク集だった。
確かに、イラク、パレスチナ、アフガニスタンといった紛争地は含まれているが、エストニア、リトアニア、チェコ、ハンガリー、インドといった、少なくともこの本が出た時点では別に紛争地じゃない国も多く含まれている。過去には紛争が起きていたということかもしれないが、そんなことを言えば、世界中「紛争地」じゃない国なんてなくなってしまう。
メインになっているのは、旧ソ連・東欧の「共産国家ジョーク」。およびその派生系ともいえる各地域の「独裁者ジョーク」。これはこれでジョークとしてはおもしろいのだが、どこかで聞いたようなネタが多い。
しかもネタが足りないのか、トルコの「ナスレッディン・ホジャ」とか、モンゴルの民話とか、伝承小咄まで含めている。
ジョーク初心者にはおもしろいかもしれないが、正直、やや期待はずれの内容だった。
そんな中でも、一番おもしろいと思ったのは、ルーマニアの、「マイクロソフトの車」。
ビル・ゲイツ率いるマイクロソフ卜が、新しく自動車業界に進出することになった。しかし、
できあがった車は以下のようなものだった。
一 特に理由がなくても二日に一度は突然動かなくなる
二 高速道路ではそれが特に顕著である 、
三 こうした場含、最悪のケースとしてはエンジンを総取り替えしなければならない
四 ユーザーは新しい道ができるとそのたびに、新しい車に買い替えなければならない
この点に関しては、ルーマニア人の気持ちがよくわかる。
世界の日本人ジョーク集/早坂隆(中公新書ラクレ,2006)
この本は売れた。めちゃくちゃ売れた。トーハンの調査では2007年のベストセラー・ランキング第19位だそうだ。
間違いなくジョーク集シリーズ、というか中公新書ラクレのベストセラーである。私は発売直後に買ったのだが、その時はこんなに売れるとは思ってなかった。
日本人くらい、外国から自分たちがどう思われているか気にしている国民はないという話がある。加えて、エスニック・ジョークはどんなネタでもおもしろい。政治ジョークと並んで、ちょっとブラックで、なおかつ知的なジョークの宝庫である。
考えてみれば、この二つの要素が組み合わさっているのだから、売れて当たり前なのだった。
世界のジョークに現れる日本人の特性とは、ハイテク、勤勉、金持ち、杓子定規、英語が下手といった、予想されるものばかり。まあ、ステレオタイプだからこそエスニック・ジョークのネタになるわけで。
中にはマンガやアニメをネタにしたジョークもあるようだが、まだまだ少数派。
この本の中でよくできたジョークだと思われるものは、どれもステレオタイプをネタにしたもの。一番気に入ったのは、最初で紹介される「不良品の設計図を送ってください」だったりする。
この本でひとつ問題なのは、自分をネタにしたジョークは言いにくいので、せっかく気に入ったものがあっても実際には使いにくいということだろう。読むだけなら問題なしにおもしろい。
ただ、正直言ってジョーク自体として見れば、秀逸なものがそんなに揃っているわけではない。このおもしろさには「日本人をネタにしているからおもしろい」という要因がかなりの部分を占めている。
爆笑!大江戸ジョーク集/笛吹明生(中公新書ラクレ,2007)
江戸笑話集の数は多い。原典そのものが多いし、現代語に翻訳されたものも、古典文学の一種として、各種の全集や文庫に収録されている。
しかしこれがおもしろいかというと、この本のまえがきにも書いてあるように、「当時の世相がわからないと通じないギャグ」が多くて、たいしておもしろくないのである。
この本では、小咄のたぐいよりむしろ実際に起こったできごとの方に、今の目から見ればおかしな話が多いということで、かなりの数の実話を収めている。「笑えないジョークより笑える実話」というわけだ。
確かにジョークとしか思えないような実話は多いし、それはそれでいいのだが、問題は、収録された話をどこから取ってきたか、解説に書いてないケースが多いことだ。どれが実話でどれがジョークなのかわからない。それくらいははっきりさせてほしいものである。
が、何より問題なのは、「爆笑」と言えるほど笑える話がないことだ。ジョークというのは、権力者や権威あるものを笑いものにするのが一番おもしろい、と思う。たとえば冷戦時代の共産圏のジョークみたいなやつ。ひとつ間違えば牢屋行き、そういう危ない類のもの。それが、この本にはあまりに少ない。
日本では、「二条河原落首」以来、その種のジョークの役割はもっぱら狂歌、落首(さらに江戸時代なら川柳)が担うものになっている。著者はまえがきで「落語・小咄、川柳・狂歌」などは、扱った書籍が多いので、「ここでは扱うのを遠慮した」と書いているが、そんなことにこだわらずに、「大江戸ジョーク集」と題する以上、川柳、狂歌、都々逸なども入れるべきだったと思うのだが。