言葉

2021年1月26日 (火)

ことばはフラフラ変わる

ことばはフラフラ変わる/黒田龍之助(白水社,2018)
 本ブログ6回目の登場、外国語大好き言語学者、黒田龍之助。
 本書はこの著者にしては珍しい、本格的な言語学に関する本である。
 大学の都合で、自分の専門でもなんでもない比較言語学の講義を担当することになった著者。しかし元から比較言語学に興味のあった著者は、この講義を「複数言語学」のつもりで、すなわち「複数の言語を対象とするときの考え方を紹介する」講義にしようとする。
 その講義の内容を元にしたのが本書である。全10章。

 1「言語が変化する理由を想像する」は、序論として、言語の変化という現象と、その要因について述べる。本書で使う「言語」と「ことば」の使い分けについても説明。
 2「比較と対照はまったく違う」。比較言語学の「比較」は、厳密な学術用語で、同系の言葉の間でしか使えない。これに対し「対照」は、同系でも同系でなくても使えるのだそうだ。知らなかった。
 3「どうして言語に先祖や親戚がいるのか」では、「祖語」、「姉妹言語」、「語族」といった言語の「近親関係」について、あくまでも比喩にすぎないと説明している。
 4「比較言語学の先駆者たち」は、言語学史。インド・ヨーロッパ語族の研究を中心として、この著者の本には珍しく、言語学者たちの名前が次々と出てくる。
 5「音の変化はいつでも複雑怪奇」では、言語学では有名な「グリムの法則」を中心に、音の変化について実例を紹介しながら説明。
 6「親戚以外の関係もある」は、言語の接触から生まれる諸現象について解説。受容と反発、上下関係、共存関係など。
 7「ピジン・クレオールは変化の最前線」。言語変化の生きた実例としてのピジン、クレオールについて。
 8「ことばの違いを地図上に表わす」。言語地図と、そこから読み取ることができるさまざまな言語現象について。しかし地図の実例がひとつも載ってないのはなぜなのだろう。
 9「政治が言語に口を出す」は、言語と政治のさまざまな関わりがテーマ。公的機関による用語の変更とか、ベルギーやルクセンブルクの言語事情とか、日本の言語政策とか。しかし、本書全体のテーマである言語の変化はどこへ行ったのか。
 10「日本語の系統をめぐる危ない話」は、日本語の系統や起源が不明であることをまず説明、それを明らかにしようとする説の怪しさを批判する。

 ――というような内容で、本来の比較言語学の話は結局ごく一部。言語の変化や系統や関連や接触といったテーマをもとに、わりと自由自在に言語を語る内容になっている。
 つまり、黒田龍之助の他の本と、読んだ印象としては大差ないのである。「ことば好き」にとっては、安定の面白さと言える。

Kotobawafurafura

 

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2020年11月 3日 (火)

英語の謎

英語の謎 歴史でわかるコトバの疑問/岸田緑渓、早坂信、奥村直史(角川ソフィア文庫,2018)
『歴史から読み解く英語の謎』(2002)の、改題・文庫化。
 英語の語法、発音、綴り、文法、語彙などに関する素朴な疑問を、英語史から説明する本。
 素朴な疑問と言っても、これまで「そういうものだ」と思っていて、疑問にも思っていなかったことが多い。
 例えば、「thanksはなぜ複数形なのか」とか。「It rained.のitは何か」とか(itは神のこと、というのは俗説らしい)。「oneはなぜ「オネ」と発音されないのか」とか。「will notの短縮形はなぜwon'tなのか」とか。「be動詞はなぜam,is,areと変わるのか」とか。「goの過去は、なぜgoedでなくwentなのか」とか。
 そんな英語の「謎」の数々を掘り起こし、なぜそういう表現や発音になったかという理由を、歴史的に解明していく。
 例えば、be動詞やgoの変化の話には「意外な真実」があった。元は別の動詞が変化形として組み込まれていたのだという。
 また、ところどころに引用されている10世紀頃の英語というのが、まるで別の言語みたいで興味深い。
 こんな感じである。()内は今の英語に直したもの。

 Eadige synd tha the nu wepath, forthamthe hi beoth gefrefrede.
(Blessed are those who now weep, because thay shall be comformed.)

 英語の語源や歴史についての知識が詰まっているが、読んでも別に英語力が向上するわけではないと思われる。「語学」ではなく、「英語学」の本なのである。

Eigononazo

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2020年8月26日 (水)

漢字の魔力

漢字の魔力 漢字の国のアリス/佐々木睦(講談社選書メチエ,2012)
 漢字についての本は今までずいぶん読んできたし、本ブログでも何冊かは紹介した。
 例えば、『日本の漢字』笹原宏之(2007年4月13日)、『漢字三昧』阿辻哲次(2008年8月18日)、『漢字と図形』渡辺茂(2015年2月21日)、『漢字の字形』落合淳思(2019年9月23日)など。なぜか「漢字の本」が好きで、ついつい読んでしまうのである。
 本書を読んだのは数年前だが、それ以前やそれ以前に読んだあまたの「漢字の本」と比べても、そのユニークさは類を見ない。
 何しろ、書き出しからしてこんな感じ。

 今晩は中秋の名月。アリスちゃんはお姉さんのそばに座り、月餅をほおばりながら時折お姉さんの読んでる本をのぞきこんでいましたが、それにもだんだん飽きてきました。だってその本は絵ばっかりだったんですもの。
「漢字の書いてない本なんて何の役に立つのかしら?」

 ――という、漢字が大好きという変な少女アリスを狂言回しとして、漢字の国を旅していくという趣向なのである。
 もっとも、アリスが登場するのは各章の最初の4ページくらいで、本文は普通に書かれている。いくら何でも最初から最後までこんな調子では書けなかったらしい。
 とはいえ、本文もテーマとしてはユニークなものばかり。この本で紹介されているのは、日本の漢字ではなく、中国の奇想天外な漢字の世界なのだ。
 内容は9章構成。

 上の文章が出てくるプロローグに続いて、第一章「辞書にない漢字」は、中国の合体文字や転倒文字など、辞書にない漢字の数々。
 第二章「文字の呪力」は、漢字の発音を使ったことば遊びの世界。もちろん中国語での発音である。
 第三章「名前の秘密」は、人名と漢字の呪力について。君主や親の名前を徹底的に避ける「忌諱」の話も出てくる。
 第四章「漢字が語る未来」は、漢字の将来についてのマジメな話――ではなくて、漢字占いの世界。
 第五章「怪物のいない世界地図」は、地名と漢字の話。特に外国地名の漢字化について。すべての固有名詞を漢字化する中国ならではの話題。
 第六章「漢字の博物学」は、動物名と漢字の関係を語る。クジラが魚ヘン、虹が虫ヘンになっているわけなど。
 第七章「絵のような漢字と漢字のような絵」は、漢字で描く「絵」。漢字を変形させて絵にしてしまうわけである。
 第八章「浮遊する文字――漢字のトポグラフィー」は、今までの話題とは一転して、近代中国と漢字の社会史みたいなもの。漢字そのものからはちょっとはずれるが、テーマとしては一番面白い気がする。
 第九章「漢字が創る宇宙」は、中国の漢字まみれの宇宙を自在に語る。則天武后と新漢字の話など。日本の話も最後に出てくる。

Kanjinomaryoku

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2020年7月21日 (火)

アーサーの言の葉食堂

アーサーの言の葉食堂/アーサー・ビナード(アルク,2013)
 英語学習の会社アルクが出しているクラブアルク会員専用誌『マガジンアルク』の連載コラム「日々のとなり」から選んだエッセイ集。1編あたり3ページの短い文章を64編収録。
 内容は、だいたいのテーマというか、話題の種類により4章に分かれている。日常生活で見かける英語が主なネタだが、話題は日本の社会や政治、世界情勢へと広がっていくことが多い。

 一章「ようこそ言の葉食堂へ」は、「ビンラディン・ドリンク」、「なめる原爆、クシャミする核」など12編。
 社会ネタが多い。というか、日常的に身辺にあるちょっとした食べ物や光景(主に看板)から、社会的な問題につなげていくパターンが多い。そして著者のかなり徹底したリベラルな立場が一番よく見てとれる章でもある。反核、反原発、反TPP、大和ミュージアムや日本の対北朝鮮政策への批判など。

 二章「誤訳の海にこぎ出す」は、「ドルフィンはいるか?」、「誤訳の海」など18編。
 最初の「ドルフィンはいるか?」は、要するに反イルカ漁の立場をやんわりと主張したもの。こういう社会批判も相変わらず多いが、日本で見かける「変な英語」ネタも増えてくる。実は、本書で一番面白いのはこの部分。
 例えば、「アルファベットの罠」では、ホテルで見かけた「避難タラップ」=「EMERGENCY TRAP」というひどいが出てくるが、これは確かにひどい。これじゃ罠だ。
 一方で、「外来語の尻尾切り」では、「サービス・フロント」という言葉に怪しさを感じている。英語の"FRONT"には、犯罪組織の隠れ蓑の意味があるからだという。これは英語国民独特の感性で、「そんなこと言われても…」という気もする。

 三章「がんばればニッポン」は、「八雲の骨と神の数」、「片仮名スヰッチ」など18編。この章も「変な和製英語」ネタが中心だが、3.11から間もない頃に書かれたと思われる「日本のガンバリ」には、例外的に英語のことが何も出てこない。日本にあふれる「がんばろう!」のスローガンに違和感を覚える内容。まあ、似たようなことを言ってる人は多い。
 また、「ピザをかぶりクレーン車をたたむ」は、日本のピザハットの看板に書かれているロゴマークが、カタカナのせいで帽子にしか見えないという話。Hutは「小屋」だから、あれは当然小屋の屋根なのだ。
 珍しく日本人の英語を賞めているのが、「ようこそパロディーズへ」。日本の英語パロディ看板のセンスに感心している。それが風俗店だったりするのだが。

 四章「万葉マンション入居者募集中」は、「鯨の耳に念仏?」、「マンションに枕を並べて」など15編。日本語そのものをテーマにしたエッセイが比較的多い。そして本の話題がよく出てくる。著者は詩人が本業なのだから、こういうテーマはもっと多くてもいいと思う。
「東西東西」は、「東」と「西」の語感の違いについて、「東」の方が遙かに豊かなイメージを持っていて、「西」にはそれがないかわりに一種の野性味がある、となかなか鋭いことを言っている。日本人の感じ方とは少し違うかも知れないが、こういうのも詩人の感性なのだろう。

Kotonohashokudou

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2020年5月10日 (日)

漢字のいい話

漢字のいい話/阿辻哲次(新潮文庫,2020)
 漢字に関するエッセイやコラムを集めたもの。中国の漢字史から現代日本の漢字文化まで、題材は幅広い。
 時間と空間を超えた漢字談義を楽しむことができるが、寄せ集めなので体系性はない。同じ著者の本でも、1冊まるごと書き下ろした本――例えば以前に本ブログで紹介した『漢字三昧』(2008年8月18日のエントリー)など――に比べると、やや散漫な印象はある。

 内容は4部構成。
「漢字はお好きですか?――まえがきにかえて」では、漢字を自動車やコンピュータになぞらえている。
 1<漢字を楽しむ>は、漢字の起源や歴史に関する話題。「虫歯の漢字学」、「「みち」の漢字学」など5編。
 2<文物と遺跡>は、中国の漢字史、さらに漢字を生み出した中国の歴史そのものについての、やや学術的な文章を集める。回想記や現地ルポが多い。「北京図書館の『説文解字讀』」、「段玉裁の故郷を訪ねて」など、6編。
 3<東アジアの漢字文化>は、現代日本と中国の漢字事情。日本については、地名の略語、国字、新常用漢字などの話題。中国については、外国語の表記や字体の話など。「この世に漢字はいくつあるのか」、「可口可楽・魔術霊・剣橋大学」など、7編。
 4<書と漢字>は、漢字表記の技術についての話題。「筆記用具が書体を決める」、「書はいつから書なのか」、「漢字のソフトとハード」の3編。
 最後に、「漢字はどこへ行くのか――あとがきにかえて」は、文字コードの話で、第4部の続きみたいなもの。
 単行本が出たのが2001年なので、「今ではコンピュータが六千以上もの漢字を簡単に処理できるようになった」などと書いているが、今ではユニコードが普通に使えるので、コンピュータで使える漢字は数万字に増えている。今から見れば、「たった六千」なのだ。

 ところで阿刀田高の解説には、「総じて本書は軽いエッセイ集だが、むつかしいところはかなりむつかしい。だから、そんなところは、/――ふーん、そうなんだ――/ と瞥見してよかろう」などと書いてある。「むつかしいところ」とは、第2部の「北京図書館の『説文解字讀』」あたりを指しているのだろうか。しかし、ブログ主みたいな文字好きには、そういうところこそが面白いのである。「むつかしい」を敬遠して、何の面白みがあるというのか。

Kanjinoiihanashi

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2020年2月 4日 (火)

漢字は日本語である

漢字は日本語である/小駒勝美(新潮新書,2008)
 日本で漢字を専門にしている人には、二つの立場というか、漢字に対する見方がある。
 ひとつは、漢字は中国で生まれた中国語のための文字で、日本語はそれを借用しているだけ――という見方。この立場の人は、極端になると日本語が漢字を採用したことは不幸であった、とまで言う。代表格は高島俊男だろう。
 もうひとつは、日本で使っている漢字は完全に日本の文字である――というもの。実際には多くの人がこの両者の中間に分布しているのだろうが、こういう両極端の見方が存在するわけである。
 そして、本書の著者はタイトルからもわかるように、後者の立場をとっている。
 著者は新潮社の社員で、『新潮日本語漢字辞典』を企画・執筆・編纂した人。様するに身内が書いた本。まあこういう例は岩波新書などにもあるので、そんなに異例ということもない。
 ただ、この著者の漢字好きぶりはただごとではない。

 内容は全7章。
 第1章「漢和辞典はなぜ役に立たないか」は、自分の編纂した辞典のことを書いている。従来の漢和辞典は、「漢文を読むための辞典」なので、日本語を読むためには少々使いづらい。そこで日本語のための漢字の辞典、『新潮日本語漢字辞典』を出版した――と、宣伝みたいなもの。
 第2章「斎藤さんと斉藤さん」は、漢字表記とJISコードの話。
 第3章「三浦知良はなぜ「カズ」なのか」は、漢字の字体と読みの話。前の章とこの章は、話題があちこちに飛んで、雑談にしかなってない。
 第4章「日本の漢字は素晴らしい」。この章が著者の一番言いたいところか。日本の漢字文化、送り仮名や訓読みのすばらしさについて述べている。
 第5章「分解すれば漢字がわかる」。漢字好きがつのりすぎて、仮名をこきおろして漢字を持ち上げている。「平仮名は、造形的には世界でも有数の難しい文字であるに違いない」という著者の説は、正直言って根拠がよくわからない。それに対して漢字はパーツに文解できるので覚えるのが簡単だと著者は言うが、本当なのだろうか。
 第6章「常用漢字の秘密」は、常用漢字の歴史と、選定された字やその字体についての疑問を述べる。現状の常用漢字に著者は不満のようで「納得がいかない」と言うが、だからどうすればいいかという話は出てこない。多分、制限は一切ない方がいいと思っているのだろうが。
 第7章「人名用漢字の不思議」。人名用漢字についてさまざまな矛盾を指摘している。しかし結局、「漢字そのものも面白いが、漢字にまつわる世の中の動きも、実に面白いのである」と、面白いというだけですませている。出版社の社員という立場もあるかもしれないが、もう少し建設的なことが言えないのだろうか。

 著者は漢字のエキスパートであることには間違いない。しかし本書を読んだところ、漢字が好きすぎて客観的なことが書けなくなっている気がする。日本の漢字文化が今後どうなるとか、どうなった方がいいとか、そんな議論もまるでない。結局のところ、単なる漢字雑談みたいなものなのだ。別に内容がつまらないわけではないが、「漢字は面白い」「漢字バンザイ」、それだけ――でいいのだろうか。

 

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2019年10月20日 (日)

日本語の絶滅危惧種

日本語の絶滅危惧種/立石優(明治書院・学びやぶっく,2010)
 内容はタイトルからだいたい予想できる。日本語の中の死語、または死語に近づいている言葉を集めた本――ということになるだろうか。読んでみると、実はそうとも言い切れないところがあったのだが。
 いかにも言葉に着いての本らしく、ひとつの言葉について1ページ。見出しに続いて意味と用例、そして数行のその言葉に関するエッセイめいた文章がついている。
 著者は1935年の戦前生まれで、収録された言葉の多くは著者自身が慣れ親しんできたものと思われる。そうした、自分にとってもなじみ深い言葉がいつのまにか時代遅れになり、廃れていくことへの寂寞感、あるいは変転する今の社会への嘆息みたいなものがエッセイの部分には読み取れる。
 内容はまず取り上げる言葉を50音順に並べ、第1章「「あ行」の絶滅危惧語」、第2章「「か行」の絶滅危惧語」といった具合に各行ごとに1章をあてている。ただし、「や」「ら」「わ」の各行は数が少ないので第8章にまとめられている。
 その後、第9章「天文・気象・自然にまつわる絶滅危惧語」、第10章「家屋・家財に関する絶滅危惧語」、第11章「色彩・色調をめぐる絶滅危惧語」とテーマ別に3章。全部で200くらいの語が収録されている。
 実のところ、収録基準がよくわからない。多分著者の思い入れのある言葉を選んでいるのだろうが。
 最初は「相合傘」、次が「逢引き」。これは確かに、今となっては使うことの少ない言葉である。また、「乳母日傘」とか「活弁」とか「桑原くわばら」とか「馬糞紙」とか「モボ・モガ」とか、まぎれもない死語と言っていいだろう。
 しかし一方では、これが「絶滅危惧種」なのだろうかと疑問がわく言葉もけっこうある。
 例えば、「阿鼻叫喚」とか「一衣帯水」とか「曲学阿世」とか「明鏡止水」みたいな四字熟語。性質上、なかなか死語にはならない。
 また、「唐傘」とか「リヤカー」とか「欄間」とか「長持」とかは、実物を目にすることが少なくなっただけで、言葉が廃れたわけではない。そのものが目の前にあれば、そう呼ぶしかないだろう。
 あるいは、「黄昏」とか「爪弾き」とか「律儀」とか。今でも普通に使われる言葉だと思うが、なぜ収録されているのかよくわからない。
 結局のところ、言葉をだしにして、自分のノスタルジーを語りたいだけのような気がする。まあ、著者は日本語学の専門家というわけではなく作家なのだし、言葉についての本ではなくエッセイと捉えるべきなのだろう。古き良き日本の言葉への思いがつまった本なのだ。

Nihongonozetumetsukigushu

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2019年9月23日 (月)

漢字の字形

漢字の字形 甲骨文字から篆書、楷書へ/落合淳思(中公新書,2019)
 著者は以前本ブログで紹介した『甲骨文字に歴史をよむ』(2009年4月19日のエントリー)を書いた人。いわば甲骨文字の専門家。
 内容は、主な漢字の字体の変遷を、ひとつの文字につき2ページで解説するというもの。それぞれの漢字について、著者の専門である甲骨文字から楷書まで、どういう変化をしていったかが一目でわかる「字形表」がついている。
 字形表は、殷(甲骨文字)、西周、東周、秦、隷書、楷書のそれぞれの段階の文字を、異体字も含めて一つの表にして、それぞれの間の関係を示したもの。この表こそが本書の最大の特徴である。

 内容は7章構成。
 序章「漢字の歴史」は、漢字の字形変化の簡単な歴史と、本書の字形表の説明。
 第1章「「馬」のたてがみ、「象」の鼻」は、動物の漢字。牛、羊、馬、象、犬、鳥、魚など。
 第2章「「本末」は、転倒している」は、植物や自然現象の漢字。木、本、竹、生、求、日、雨など。
 第3章「「人」は、一人で立っている」は、人や体に関わる漢字。人、交、立、子、目、手、心など。
 第4章「古代文明の「宮」殿、馬「車」」は、建物や器物の漢字。宮、高、戸、車、矢、弓、刀など。
 第5章「意外な親戚、「同源字」」。これ以降は対象物ではなく、字そのものの成り立ちによる分類。この章は、元は同一の字でありながら、別々の文字に分化した漢字。水と川、小と少、月と夕、女と母、来と麦など。
 第6章「他人のそら似、「同化字」」:は、章とは逆に、元は全然別の字なのに、全体または一部が似た形になった漢字。肉(にくづき)と月、玉と王、量と里、異と共、族と方など。あるいは阜、口、公など、起源の違う二種類の文字が合体して一つになった例など。
 第7章「古代人も迷った、「字源説の変化」」。文字の起源に関する解釈が時代とともに変わってしまい、それとともに自体も変化した漢字。丁、休、折、衆、男、黒、曲、易など。
 終章「タイムカプセルとしての漢字」は、全体のまとめと、本文で取り上げなかった文字をいくつか紹介している。

 上にも書いたが、本書のメインコンテンツは字体表と言っていい。文章の部分は表の説明みたいなものなのである。
 また、すべての字体について、本書のためにフォントを作っており、あとがきによると本文よりフォント作成の方に時間がかかったという。
 いろいろ含めて、大変な労作なのだった。

 

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2019年8月10日 (土)

日本語びいき

日本語びいき/清水由美(中公文庫,2018)
 猫好きの日本語教師による軽いタッチの日本語エッセイ。単行本『日本人の日本語知らず』(2010)の改題・文庫化。
 内容の章立てはしておらず、21のエッセイからなる。外国人に日本語を教える中から出てきた、日本語への素朴な疑問や、日本人の多くが気づいてない意外な特性、あるいは日本人が思い違いしている真実などを、くだけた文体で語っている。
 1「日本語は難しい、か?」は、ひらがな礼賛。2「ところでひらがな、ぜんぶ読めてます? ほんとに?」は、日本人が気づいてない、ひらがなと実際の発音とのずれについて。――といった具合。他に「ら抜き言葉」の問題、日本語の形容詞の特性(著者は「イ形容詞」、「ナ形容詞」という独自の用語を使用)、品詞の揺らぎ、敬語、主語、助詞など。前半から中盤にかけては文法や用語法に関するテーマが多い。
 後半になると日本語の発音に関するエッセイが続き、これがなかなか面白い。15「ありますですかそれともありますですか?」に出てくる、著者が駆け出しの頃、学生から「ありますですか、ありますですか?」と質問されて、理解できなかったエピソードとか。その学生は「す」の発音について、「arimasu」なのか、「arimas」なのかと聞いていたのだった。
 日本人は、日本語の文字は「ん」を除いて必ず「子音+母音」、または「母音のみ」からなると思っているが、実際の発音では母音が脱落することがよくある。ただ、日本人は母音があってもなくても気にしない、というかそんなことに気がついていない。著者に質問した外国人学生はそこのところを聞き分けて、「どっちが正しいのか」と聞いたのだ。なお、この答えは「どちらでもいい」である。
 また、17「トンネルを抜けると鴨川でマスオさんが」では、辞書にも載ってない日本の「基礎知識」について語っていて、同じようなことがどの国の言葉にもあるのだろうなと思わせる。
 結局のところ、日本語の表面的なところをなぞっているだけで、深い考察などがそんなにあるわけではないのだが、著者の「日本語愛」は十分に感じることができる。 ヨシタケシンスケのとぼけたイラストも楽しい。

Nihongobiiki

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2019年3月29日 (金)

ことばのロマンス

ことばのロマンス/アーネスト・ウィークリー;寺澤芳雄、出淵博訳(岩波文庫,1987)
 去年刊行された『英単語の語源図鑑』はよく売れているらしい。語源に興味を持った人が急に増えているわけではなくて、英語を勉強するための本として売れているわけだが。
 本書は、英単語の語源をテーマにしたエッセイ。著者は100年くらい前のイギリスの言語学者で、原題をThe Romance of Wordsという、1912年に刊行された本。
 イギリス人がイギリス人のために書いた本で、もちろん英語の勉強のための本ではない。そして、時代が違うとはいえ、現代の同じようなテーマの本とは、ずいぶんと書き方が違う。
 一言で言えば、饒舌にして無秩序。とにかく次から次へと語学的考察、歴史的エピソード、引用などを繰り出して、切れ目なく語っていく。改行がないまま、一つの単語から次の単語へと話題を変えるのもしょっちゅう。学者の果てしないおしゃべりを聞いているような感じ。
 一応13の章に分かれているが、どの章もあまり違いはない印象。わりとはっきりとテーマがあるのは、第4章「語と地名」と第12章「姓名」くらいか。
 つまりは体系性が全然ない。単語が出てくる順番にもまったく根拠がなさそうで、本当に気の向くままに語っているように見える。巻末に単語索引、人名索引がついているからいいようなものの、そうでなければどこにどんな語が出てくるのかさっぱりわからない。
 しかし、読んでる間はこれがけっこう面白いのだから不思議。要するに、読んで楽しむだけの本。タイトルが示すとおり、語源は歴史のつまったロマンスなのだ。ロマンスを感じない人は、読んでもムダだろう。
 ごく一部の例をあげると、意外な言葉が実は同語源(本書ではこれを二重語と呼んでいる)だったり、逆に関連がなかったりすることがわかる。例えば、一見関係なさそうな毎日(daily)と酪農(dairy)の語源は同じで、関係ありそうなペン(pen)と鉛筆(pencil)は、実は語源的に無関係だったりする。
 発音や意味の変化に関する記述も多くて、colonelをなぜ「カーネル」と発音するのかというかねてからの疑問も本書を読んでやっとわかった。また、発音といえば、日本人が区別できないとバカにされることが多い「R」と「L」。時代につれて「R」が「L」に変化したり、その逆だったりする例がけっこう多いことがわかる。あの二つの文字は、やはり向こうの人間にとっても似た発音らしいのだ。
 あと、読んで思ったのは、日常的に使いそうな言葉なのに、知らない単語がいかに多いかということ。これもごく一部の例で、patter(早口でしゃべる)とか、peruse(通読する、熟読する)とか、dainty(優美な)とか。専門分野の言葉とか動植物の名前とか、より特殊な単語になると、聞いたことのない言葉だらけ。
 とにかく、本書を読んでも、雑学的知識は増えるが、英語の勉強にはならないことは保証できる。ブログ主にとっては、こういう無駄話のかたまりみたいな本はけっこう好み。

 

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