一般小説

2020年10月 1日 (木)

クローヴィス物語

クローヴィス物語/サキ;和爾桃子訳(白水Uブックス 海外小説永遠の本棚,2015)
 クローヴィスという名前から、歴史好きが連想するのはフランク王国メロヴィング朝初代王クローヴィス1世だろうが、本書はそれとは全然関係ない。まあ、サキの書いた本だから歴史小説だと思う人もいないだろう。普通の短篇集である。
 ところで、本書の解説によると、サキの短篇集でオリジナルそのままが翻訳されたことは今までなかったのだそうだ。確かに、今まで読んだり見たりしたのは、『サキ短篇集』とか『サキ傑作集』とか『ベスト・オブ・サキ』とかいうのばかりだった。
 本書は日本で初めて、原著"The Chronicles of Clovis" (1911)をそのまま翻訳した短篇集。28編を収録。タイトルのとおり、クローヴィス・サングレールという若者が共通して出てくる。
 クローヴィスはいかにもサキらしいキャラクターである。機知に富んでいるが、皮肉屋で嘘つきでいたずら好きで意地が悪い。
 そんなクローヴィスが主人公として騒動を引き起こす話と、ただの脇役としてちょっと出てくるだけの話がある。また、クローヴィスがまったく出てこないシリーズ外の話も3分の1ほど入っている。
 収録作品の中では、しゃべる猫の話「トバモリー」がやはり抜群の面白さ。これは以前にアンソロジー『猫文学大全』に収録されているのを紹介したことがある(2017年2月28日のエントリー)。しかしこの作品には、クローヴィスは脇役でちょっと出てくるだけ。
 クローヴィスが主役の作品としては、ひとつ選ぶなら「不静養」か。
 列車でクローヴィスの近くに座っていたいたハドルという男が「過度の平穏無事」に悩んでいて、生活に刺激をもたらす「不静養」の療法を勧められる。それをたまたま耳にしたクローヴィス。二日後、ハドルのところに主教秘書を名乗る若い男が訪問する。秘書が言うには、主教の発案で、この家を借りて近隣一帯のユダヤ人を皆殺しにするとのこと。自宅が「二十世紀の汚点」の場になるのを防ごうと右往左往するハドル。もちろんクローヴィスにかつがれているのである。
 しかしこの作品、20世紀初め頃だから書けたので、1930年代以降はシャレにならないのでとても発表できないだろう。まさか後年になって、ユダヤ人皆殺しを本当に実行しようとする人物が出現するとは、サキも予想もしてなかったに違いない。(サキは第一次世界大戦で戦死している。)
 クローヴィスものは、基本的にはウッドハウス風のユーモア小説にたっぷりと毒をきかせたような作風なのだが、シリーズ以外ではまた違った作風を見ることができる。「ハーマン短期王」などはブラックユーモアたっぷりの諷刺作品なのだが、ユーモア要素のまったくない作品もある。ホラー系ファンタジーと言える「丘の上の音楽」や、サスペンスに満ちた「運命の猟犬」などが印象的。

Clovis

 

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2020年9月27日 (日)

ロイスと歌うパン種

ロイスと歌うパン種/ロビン・スローン;島村浩子訳(東京創元社,2019)
 こういうパターンのタイトルが最近多いような気がするが、原題は単に『サワードウ』(Sourdough)。酸味のあるパン生地。邦題はそのままでよかったような気がする。
 まあタイトルはともかく、話の内容そのものはなかなかユニーク。ハイテクとグルメと、微妙なファンタジー要素がミックスされた小説。

 サンフランシスコのロボットアーム製作会社で働くプログラマーのロイス・クラーリーは激務に疲れ果てていた。ある時近所にできたサワードウとスープの店に出前を頼み、届けられたパンとスパイシースープのとりこになる。作っているのはマズグという謎の民族の兄弟二人。
 ところがまもなくマズグの二人はアメリカを出ることになり(マズグというのは放浪の民族らしい)、秘蔵のサワードウ・スターター(パン種)をロイスに託していく。
 スターターはマズグの歌を聞かせないとうまく育たない。夜中に歌うような音をたてたりする。そして焼き上がるのは、表面に顔の浮かび上がる奇妙だが美味なパン。怪奇現象の一歩手前のようなスターターなのだった。
 そんな変なスターターを使ってのパン作りに上達してきたロイスは、職場に自家製パンを持ち込み、好評を得る。そして社内食堂のシェフの勧めで、マーケットの審査を受けることに。
 メインの審査には落ちたものの、ロイスはアラメダ島にあるマロウ・フェアという新しいマーケットの出品者としてスカウトされる。
 ここまでが約半分。後半はこのマロウ・フェアが主な舞台になり、話は会社小説からグルメ小説(?)に変わっていく。
 マロウ・フェアは元核ミサイルの貯蔵庫だった地下施設を流用したマーケット。チェルノブイリの蜂蜜とか、コオロギ・クッキーとか、女性科学者ドクター・ミトラが作るレンバスという完全食(をめざして試作中の食物)とか、個性的な出店が揃っている。
 その中に混じってパンを焼き、オープンに向けて準備するロイス。彼女自身がプログラミングしたロボットアームを助手にして、パンこねや卵割りをさせる。会社も辞め、パン職人として生きる道を選ぶロイスなのだった。
 ――というように、ここまで事件らしい事件もなく、それでいてテンポよく進んできた物語だが、ラスト近くになってついに事件が起きる。
 マロウ・フェアの正式オープン前夜、マズグのスターターを勝手に使ってドクター・ミトラがバイオリアクターで培養実験をする。そしてスターターが暴走してまさかのバイオハザード(?)。
 地下のマーケットは増殖するパン生地で埋め尽くされ、地上には巨大なパンの山が出現する。まあ、所詮はパンなので食べることができるのだが。
 そんな騒動の後、ロイスはマズグのスターターに別れを告げ、例の兄弟が住んでいるベルリンへ旅立つことになる。今度は自分で育てたスターターを持って。ロイスのパン職人としての独り立ちなのだった。

 ちょっと不思議なパン作り物語だった。そこはかとないユーモアと、どこか不穏な雰囲気が独特。

Saurdough

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2020年9月 3日 (木)

老老戦記

老老戦記/清水義範(新潮文庫,2017)
 単行本のタイトルは『朦朧戦記』(2015)。オリジナルのタイトルだと、いかにもボケた老人たちの暴れる話みたいな印象になるが、実際にはそれほどボケたやつはあまり出てこないので、この文庫版のタイトルの方が内容にふさわしいだろう。
 著者自身もその一員である団塊世代が、さまざまな出来事をきっかけにどんどん元気になっていき、しまいには日本をゆるがす騒動を起こすに至るとう話。
 9章構成の長編だが、実際には、主人公の異なる独立性の強いエピソードが連続している。どんな話かというと――。

 第一部、第一章・第二章。「グループホームあさがお」に入所している、田所聡一をはじめとする7人の老人たちの日常が描かれる。クイズ大会をメチャクチャにしたり、ラオス旅行で珍道中を演じたりする。
 第三章は、「グループホームあさがお」のホーム長菊池源吾の兄、団塊世代の菊池正一の同窓会のエピソード。
 第四章は、その同窓会の話に刺激を受けた菊池源吾が企画する、入所者たちの合コン。老人たちの乱交パーティーみたいになってしまう。
 ここまでの第一部は、まあ日常の範囲内で、まだまだ元気な老人たちの、ちょっとしたハプニング混じりの日々を語ったもの。
 第二部に入ると、それががらりと変わってくる。
 第二部、第五章・第六章。田所聡一は甥の堤准一を通じて大富豪の島崎老人から相談を持ちかけられる。それは団塊世代を対象に、南の島で本物の銃を使った戦争ごっこをするという秘密ツアーの企画だった。
 ただの遊びではなく、アメリカの同じような老人たちと本当に銃の撃ち合いをするのである。ツアーの参加者には死人も出るが、そこは内密に処理される。田所は命をかけたツアーの後で、「兵役は楽しうございました」と語る。
 第七章では、再び菊池正一が主人公に。同窓会で会った諸橋喜久雄が都議会補欠選挙に「団塊の世代を守る」をスローガンに立候補、菊池はその補佐をすることになる。諸橋は当選し、国会議員も加わる政党「団塊アゲイン党」の党首になる。
 第八章で、それに反発して「団塊全共闘」を結成したのが、やはり同級生の小西博史。「団塊アゲイン党」事務所をはじめ、企業、病院、警察などを狙って爆弾や火焔瓶を使ったテロ活動を始める。
 第九章では、さらに団塊全共闘に対抗して、田所聡一たちが「日本防衛義勇軍」を結成、銃や手榴弾で団塊全共闘と戦う。老人の遊びではない。本当の銃弾や手榴弾が飛び、死人も出る。
 個性あふれる老人たちの日常を描いたほのぼの系の話だったのが、いつのまにか殺し合いになってしまうという、なかなか意表をつく展開だった。昔の筒井康隆をちょっと連想する。もっとも、昔の筒井がこんな話を書いたら、もっととんでもない阿鼻叫喚の地獄絵図になっていただろうが。
 最後までどこかおとなしいというか、節度があるのが清水義範らしい。

Rourousenki

 

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2020年8月 2日 (日)

ウッドハウスとソーン・スミス

マリナー氏ご紹介/P・G・ウッドハウス|トッパー氏の冒険/ソーン・スミス;井上一夫訳(筑摩書房・世界ユーモア文庫,1978)
 <世界ユーモア文庫>は、文庫という名前だがいわゆる「文庫」ではなく、「世界ユーモア文学全集」と呼んだ方が似合う単行本の双書。奥付には「新装版」とあるが、初版がいつなのかよくわからない。
 調べてみると、1961年から62年にかけて、<世界ユーモア文学全集>という全集が出ていて、その新装版ということらしい。
 しかし、旧版<世界ユーモア文学全集>では、「マリナー氏ご紹介」は、エイメの「マルタン君物語」と、「トッパー氏の冒険」は、ハインリヒ・ベルの「ムルケ博士の沈黙集」と組み合わされてそれぞれ一冊になっている。新装版にあたって内容をシャッフルしたらしい。

 それはともかく、今や日本でも人気のウッドハウスは、こういう全集には欠かせない作家だろう。本書に収録されているのは、<ジーヴス>ではなく、ちょっとマイナーな<マリナー氏>のシリーズ。「ウィリアムの話」、「厳格主義者の肖像」など短篇7編を収録。(2007年に『マリナー氏の冒険譚』として本シリーズの新しい訳が出ているが、内容はほとんど重なってないようだ。)
 このシリーズは、「釣魚亭」という酒場でマリナー氏という紳士が、自分の従兄弟たちの奇妙な(主として男女関係に関する)冒険を語るというもの。この人にはやたらと多くの従兄弟(もしくはまた従兄弟)がいるらしい。彼らは多くの場合、奇策を用いて意中の女性と結婚することに成功するのだが、逆に結婚を迫る女性から逃げ出す話もある。一番面白かったのは、「名探偵マリナー」。意味ありげな笑顔だけで、財産と伴侶を手に入れた男の話。

 一方、ソーン・スミスは、ウッドハウスと違って今ではまったく忘れられている作家。しかしさすがにウィキの英語版には「Thorne Smith」の項目がある。本書に収録されている長編「トッパー氏の冒険」はソーン・スミスの代表作で、映画、ラジオ、テレビでメディア化されたという。
 主人公はコスモ・トッパーという冴えない中年サラリーマン。カービーという若い夫婦が死亡事故を起こした中古車が売りに出されていたのを、何をとち狂ったのかひと目で気に入ってしまい、購入する。
 ところがその車が事故現場を通りかかったところで、そこらをさまよっていたカービー夫婦の幽霊が乗り込んできて、好き放題を始める。後半ではさらに男と女の幽霊が二人合流してくる。トッパーは主に夫婦幽霊の妻の方のマリオン・カービーの奔放な行動に振り回されっぱなしになるが、口うるさい妻から逃れて幽霊たちと放浪するうち、次第に自由の味に目覚めていく――みたいな話。
 この作品の幽霊は姿を消したり現したりできるし、物理的な力を行使したり、ものを食べたりもできるという、ほとんど万能の存在。ただ、地上で活動できる時間には限りがあって、最後はお別れパーティーを開いてみんな消えていく。
 ふざけた話だが、最後の方はわりと情感が漂う。「風と星のあいだのどこかに、マリオンがただよっているのだ」とか――。
 ウッドハウスのドライな笑いより、こっちの方が日本人好みの話かもしれない。忘れられているのがちょっともったいない作家。

Mullinertopper

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2020年6月 3日 (水)

本屋さんのアンソロジー

本屋さんのアンソロジー 大崎梢リクエスト!/飛鳥井千砂ほか(光文社文庫,2014)
 本屋を舞台にした現代小説のアンソロジー。タイトルのまま。
 新刊書店限定というのが、本屋大好き作家大崎梢のリクエスト。古書店のアンソロジーは何冊もあるが、新刊書店というのは、むしろ珍しいかもしれない。
 収録作は10編。うち6編が、書店員が主人公なのは、まあ当然だろう。中には、ロバが主人公、なんてのもあるが。

「本と謎の日々」(有栖川有栖)
 死んだと噂されていた爺さんの来店、傷ものの本でもかまわず買っていく客、同じ本を2冊買って1冊を返品しに来た客、閉店間際の店内を見て回る不審な男…。ある書店のささやかな日常の謎をニヒルな店長が解き明かす。
「国会図書館のボルト」(坂木司)
 じいさんが店番をしている古くて小さい本屋は、ピンナップ写真集が立ち読みし放題の楽園。その楽園を荒らす万引き犯に、主人公の高校生はじめ常連たちが立ち向かうという、いじましい話。
「夫のお弁当箱に石をつめた奥さんの話」(門井慶喜)
 書店の売り上げの7割を占める外商部の要、松波チーフがささいな言葉の行き違いから奥さんの機嫌をそこね、弁当の中身がだんだん貧しくなる。そして最後は石だけに。書店の危機を救うため、店員たちが弁当に秘められたメッセージの謎を解こうとする。
「モブ君」(乾ルカ)
 毎日のように駅前の書店にやってくる冴えないサラリーマン風の男。立ち読みばかりで一度も何も買ったことがないその男を、店員の大山美奈は反感をこめて内心「モブ君」と呼んでいた。だが駅前店が閉店することになった最後の日、モブ君にささやかな奇跡が起きる。
「ロバのサイン会」(吉野万理子)
 テレビで有名になったロバのウサウマくんの写真集発売を記念して、書店の屋上でサイン会が開かれる。サイン会といっても実際は写真撮影会。ウサウマは実は人間の言葉が理解できて、この作品はすべてウサウマの視点で書かれている――という異色作。そして、テレビ番組で相棒だった「山田ちゃん」とウサウマとの感動の物語でもある。
「彼女のいたカフェ」(誉田哲也)
 主人公は池袋の大型書店(ジュンク堂がモデル?)の中のカフェで働く新人。本屋の中の喫茶店でいつも本を読んでいた女性に、彼女は憧れていた。いつしか彼女を見かけなくなってから約10年、久しぶりに再会した彼女は、目の前で強制わいせつ犯を逮捕する。作者のとあるシリーズの愛読者なら、この女性が誰か最初からわかるのだろう。まあ、知らなくても問題なく読める。
「ショップtoショップ」(大崎梢)
 二人の大学生が、スタバでふと漏れ聞いた会話から、書店で仕掛けられた陰謀を阻止する。陰謀といっても、危険や実害はないのだが、かなり印象の悪い、せこいもの。
「7冊で海を越えられる」(似鳥鶏)
 書店の本をやたら整える癖がある「整理屋」氏が、店に奇妙な相談を持ちかけてくる。彼は海外留学することになったが、日本に残る彼女から7冊の本が送られてきた。何かのメッセージだと思うが意味がわからないというのだ。サボってばかりいる女性店長があっさり謎を解く。言われてみれば何でもないようなものだが、作者は、ネタに使う本(すべて実在する)を見つけるのが大変だったと推察される。
「なつかしいひと」(宮下奈都)
 母が死んで、虚脱状態になった中学生。本屋に行っても読みたい本がない。そこへ見知らぬ少女が現れて本を薦めてくれる。少女は何者なのか――だいたい途中から予想できるが、なかなかいい話。
「空の上、空の下」(飛鳥井千砂)
 空港の中の書店という、珍しい場所を舞台にしている。そこで働く主人公の女性「私」は、本好きだが、思い入れが強すぎていろいろ面倒くさい性格。ある日、上下巻の小説の上だけを2冊間違えて売ってしまう。悶々とする主人公は、数日後に展望デッキで、上を2冊買って行った男性と出会う。

 短編小説を10編も集めると、中には突拍子もない話が一つか二つ含まれていることが多いのだが、本書はだいたい常識の線というか、想定の範囲内で収まっている。ほとんどの作品がミステリ風味なのも予想どおり。奇抜な小説が好きな読者には、やや物足りないかもしれない。その分、安心して読めるとも言えるが。

Honyasannoanthology

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2020年5月18日 (月)

小川洋子の陶酔短篇箱

小川洋子の陶酔短篇箱/小川洋子編著(河出文庫,2017)
 基本的に純文学系の作品を集めたアンソロジー。純文学といっても、いわゆる「奇妙な味」に似た、変な作品が多い。
 戦前の文豪から現役作家まで、16編を収録。各作品に編者の解説エッセイ(あまり解説になってないが)がついている。

「河童玉」(川上弘美)
 友人のウテナさんが河童に招待されて人生相談を持ちかけられる。最初から最後まで変な話。
「遊動円木」(葛西善蔵)
 奈良に新婚夫婦を訪ねた夜、遊動円木に乗る妻。それだけの短い話だが、どこか変。
「外科室」(泉鏡花)
 手術室に運び込まれた伯爵夫人と執刀医の間の過去の因縁。文語調の文章なので、仮名使いは旧仮名のままにしてほしかった。
「愛撫」(梶井基次郎)
 猫の虐待を妄想する男の独白。猫好きの編者は何を思ってこの作品を選んだのか。
「牧神の春」(中井英夫)
 牧神に変身した青年が、ニンフと化した少女と動物園で暮らし始める。変な話には違いないが、中井英夫が書くと自然に見える。
「逢びき」(木山捷平)
 大陸の旅から帰ってきた男と、その妻の噛み合わない会話。それでいて、いかにも似合いの夫婦に見えるのが不思議なところ。
「雨の中で最初に濡れる」(魚住陽子)
 知らない女がスクアランを売りに来る。次には野草茶を。そしてレイエンを。特異な言語感覚に満ちた作品。
「鯉」(井伏鱒二)
 十数年前から作者を悩ませる鯉の話。
「いりみだれた散歩」(武田泰淳)
 三軒茶屋のアパートに引っ越した主人公の周囲は、どこにでもいそうで、それでいてどこか変な人間ばかり。日常的なのに、やはり変な話。
「雀」(色川武大)
 子どもの頃の悪夢と、父親の奇妙な言動の思い出話、みたいなもの。
「犯された兎」(平岡篤頼)
 大学時代の友人が訪ねてきて、同人誌に誘う。恋人がやってきて、犯されたかもしれないと告白する。主人公の男は、そんなことよりも飼っている兎の心配をする。どこか狂気をはらんだ日常の物語。
「流山寺」(小池真理子)
 死んだ夫が、自分が死んだことに気づかずに家に帰ってくる。その妻である「私」は、夫に自分の死を気づかせないようにふるまう。しかしそんな夫の行動が死者たちの怒りを買う。この話はなかなかいい。
「五人の男」(庄野潤三)
 作者の記憶に焼き付いた、名前も知らない5人の男の話。相互に関係のないエピソードがただ並んでいるだけに見えるが、なぜか鮮やかな印象を残す。
「空想」(武者小路実篤)
 兄と妹の会話。兄の絵をけなした批評に対して、ひたすら絵を擁護し、兄を激励する妹。実は――というオチが情けなくも悲しい。
「行方」(日和聡子)
 ふと目にした「影」に取り憑かれた女性。海辺の荒れ果てた漁師小屋に導かれ、そこでいつ果てるとない日々を暮らすことになる。ちょっと山尾悠子に似てる気もする、ほぼ純粋な幻想小説。
「ラプンツェル未遂事件」(岸本佐知子)
 これはエッセイ。しかしほぼ全部フィクションと思われる。内容は小説よりも変。

 マイベストは「流山寺」。

Ogawayoukonotousuitanpen

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2020年5月 2日 (土)

ヒーローインタビュー

ヒーローインタビュー/坂井希久子(ハルキ文庫,2015)
 架空のプロ野球選手と、彼に関わりを持った人々を描く小説。野球の場面はよく出てくるが、スポーツ小説という印象はあまりなく、基本的にヒューマンドラマ。
 主役は、阪神タイガースの仁藤全[あきら]、通称ゼン。2000年のドラフトで高卒でタイガースに入団。選手生活のほとんどを二軍で送り、2010年に引退した、無名のまま終わった選手――ということになっている。
 実は仁藤は抜群のセンスを持つ強打者で、二軍ではホームランを量産していた。しかし極度のあがり症で、一軍に上がるとさっぱり打てなかったのだ。
 そんな仁藤が、プロ生活最後となる2010年シーズン、最後のホームゲームで、前人未踏の偉業をなしとげるところがクライマックス。しかしこの試合、阪神は負けたので、仁藤はついに一度もヒーローインタビューを受けることなく、選手を引退する。
 タイトルは、球場でのヒーローインタビューのことではない。この作品は、仁藤にかかわった5人の人間へのインタビュー形式で語られているのだ。
 インタビューを受けるのは、仁藤の恋人となる庄司仁恵、阪神のスカウト宮澤秋人、仁藤と同期入団で、後にスター選手となる佐竹一輝、中日のベテラン投手山村昌司(明らかに山本昌がモデル)、仁藤の高校時代の野球仲間鶴田平。
 彼らのインタビューから、仁藤の人となりが浮かび上がってくる。才能を持ちながら大成しなかったこの選手の愛すべき人柄と、その半生の物語に、いつか読者はひきつけられていく…という仕掛け。
 なお、2010年は阪神タイガースが1ゲーム差で2位になり、優勝を逃した年である。
 この小説の中のペナントレースも大筋では史実どおりなのだが、小説の展開に合わせて微妙に変えてある。小説のクライマックスになる2010年の甲子園最終戦は、史実どおり9月30日。しかし試合相手は、史実では横浜だったが、この小説では中日になっている。
 その日中日の先発としてマウンドにあがり、クライマックスで仁藤と対戦するのが、山本昌…じゃなかった山村昌司なのである。

 地味な選手を主役にした、地味だけどいい話。

Herointerview

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2020年3月15日 (日)

猫小説アンソロジー

 今回は、3年くらい前に出た猫小説アンソロジーを2冊。

猫ミス!/新井素子ほか(中公文庫,2017)
 タイトルのとおり、猫のミステリ・アンソロジー。しかし新井素子が入っていることからもわかるように、ミステリとはちょっと毛色の違う作品も入っている。

「黒猫ナイトの冒険」(新井素子)
 野良猫になって名前もなくしてしまった猫が、家に戻るまでの物語。猫の一人称の語りがいかにも新井素子らしい。ミステリの要素は全然ない。
「呪い」(秋吉理香子)
 野良猫の保護活動をするグループと、猫嫌いの老人との対立が事件を呼ぶ。なんで猫のためにここまで…と思わせる、猫好きのためなのか猫嫌いのためなのかわからない作品。
「春の作り方」(芦沢央)
 桜茶と猫とアレルギー、という三題噺みたいな作品。猫は出てくるけど、あまりストーリーとは関係ない。
「一心同体」(小松エメル)
 生まれた時から30年も一緒だった茜と葵。だが葵は突然姿を消し、代わりにしゃべる猫が茜のところにやってくる。これはホラー風味のミステリ。
「猫どろぼう猫」(恒川光太郎)
 空き巣を職業とする羽矢子は、妖怪「ケシヨウ」を追っているという老人に捕らわれる。その場に吸い寄せられるように勘違いした男女が現れ、誤解が誤解を生んで、あるいは妄想が妄想を呼んで、惨劇が始まる。ミステリじゃなく、どう見てもホラー。
「オッドアイ」(菅野雪虫)
 死んだ子猫と、小学生の友情。ミステリ要素は極めて薄い、少年小説とも言うべきもの。
「四月のジンクス」(長岡弘樹)
 幼なじみの老女二人と、飼い猫の話。ミステリというより、人情話。
 最後の「猫探偵事務所」(そにし けんじ)は、マンガ。犯人がいて探偵がいて謎解きがあって…という普通のミステリの形をとった小説がひとつもない中で、このマンガがそんな要素を全部備えていて一番ミステリらしかった。ギャグだけど。

Nekomys

猫が見ていた/湊かなえ他(文春文庫,2017)
 表紙とタイトルがミステリっぽい雰囲気を出していて、こちらも一見猫ミステリ・アンソロジーみたいに見えるが、実際にはミステリといえるのは1、2編だけ。そもそもミステリのアンソロジーとはどこにも書いてない。
 上の『猫ミス!』は、半分くらいは聞いたことのない作家だったが、こちらは有名作家が揃っている。

「マロンの話」(湊かなえ)
 猫の一人称による語り。小説家の「おばやん」に拾われて、語り手ミルが立派に家の一員になるまでの話。母猫のマロンが人の言葉がしゃべれたり、ミルに除霊能力があったり、ファンタジー要素が多い。
「エア・キャット」(有栖川有栖)
 有栖川・火村コンビのシリーズ。仮想上の猫「エア・キャット」を飼っていた男が自宅で殺されるという、普通のミステリ。猫は写真以外に登場しない。
「泣く猫」(柚月裕子)
 かつて自分を捨てた母を一人弔う娘。水商売仲間だった女が一人だけ弔問に来る。そして猫も。ミステリでもなんでもない、ただの文学作品。
「『100万回生きたねこ』は絶望の書か」(北村薫)
 出版社の女性編集者の日常を淡々と描くエッセイみたいな小説。猫は登場しない(話のネタにはなるが)。
「凶暴な気分」(井上荒野)
 この作品の主人公も女性編集者(ただし自費出版専門の会社)。「自分を鼓舞するために無理やり凶暴な気分になって」過ごす主人公の閉塞感に満ちた日々と荒れた心象を描く。
「黒い白猫」(東山彰良)
 台北の西問町にある通称紋身街、刺青師だらけの町が舞台。実在する場所らしい。その町に住む少年小武が、街の個性的な住民たちや猫と関わりながら、様々な体験をしていく話。
「三べんまわってニャンと鳴く」(加納朋子)
 主人公はソーシャルゲームにはまった若い会社員の男。はまっていたゲームが突然サービス中止になり、今までの課金がムダになった主人公は怒って「ソシャゲで奪われたものは、ソシャゲで取り返す」と復讐を決意する。殺伐としたドラマになるかと思ったら、普通にいい話だった。

Nekogamiteita  

 ――というような内容で、ミステリ・ホラー系が多い『猫ミス!』、一般小説・文学寄りの『猫が見ていた』と、方向性がやや違うのだが、さして違いがあるようには思えない。ただ、どちらも肝心の猫が活躍する話が少ないのはどういうことなのだろう。猫が全然登場しない作品さえある。猫をタイトルにするのなら、もっと猫を出してほしい。猫が足りん猫が。

 

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2020年1月31日 (金)

コンスタンチノープル

コンスタンチノープル/橘外男(中公文庫,1987)
 終戦後間もない1948年に発表された小説。しかし、大時代な文章はどう見ても戦前のものにしか見えない。読みおわって解説を読むまで、昭和の初め頃の小説かと思っていた。
 物語の舞台は1910年代のトルコ。
 著者が偶然手に入れた手記の翻訳――という形で語られる。手記を書いたのは、数奇な運命を辿ったドイツ生まれの女性
 その女性エリスは、ドイツの貧しい家に生まれ、40歳も年上の大富豪で武器商人のケルレルの妻となる。商談のため夫とともにオスマン帝国の首都コンスタンチノープルへやってきたエリスは、晩餐会の席で皇帝の目にとまる。トルコを味方に引き入れたいドイツ政府との共謀により、ケルレルは殺され、エリスは無理やり皇帝の後宮に閉じ込められることになる。
 最初は事情もわからず抵抗していたエリスだが、黒人宦官頭に拷問され、さらに黒人奴隷たちに陵辱されて屈服し、後宮の一員になる。イスラムに改宗し、名もエヴェリアと変えたエリスは、皇帝の寵愛を受けて皇子を産み、第一夫人にまで出世する。
 そして権力を握ったエヴェリアは復讐を開始。宦官頭と黒人奴隷たちに凄惨な死を与え、自分を売ったドイツの外交官たちの乗艦をトルコ軍に攻撃させ、これを沈める。
 しかし、トルコが第一次世界大戦に巻き込まれ、いよいよこれから苦難の時が始まる――というところで、唐突に手記は中断し、話は終わってしまうのだ。

 中途半端な終わり方はともかく、中身は意外と面白い。
 しかし歴史的にはかなりウソがある。例えば、エリスをわがものにするトルコ皇帝(サルタン)の名前が「アブドル・メジッド・エッフェンジイ三世陛下」。アブドル・メジッド(アブデュルメジト)は、トルコ革命の後に短期間名目だけのカリフになった人物の名で、しかも3世ではなく2世。第一次大戦開戦時に実際にトルコ皇帝だったのはメフメト6世(事実上最後の皇帝)である。それに「エッフェンジイ(Efendi)」というのは、トルコ語で「主」、名前ではなく敬称らしい。
 まあ、皇帝の名前が史実と違うことで、内容がまったくのフィクションだということを示しているのかもしれないが。そんなことしなくても、十分にウソくさい話なのである。
 戦後間もない日本には、まだこんな戦前の雰囲気濃厚な小説が出ていたのだった。

Constantinople

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2019年7月18日 (木)

断髪女中

断髪女中 獅子文六短篇集 モダンガール篇/獅子文六;山崎まどか編(ちくま文庫,2018)
 獅子文六のユーモア小説集。獅子文六の作品は、このところちくま文庫から立て続けに出ているが、意外にも短篇集はこれが初めてとのこと。<モダンボーイ篇>として『ロボッチイヌ』が同時刊行されている。
 本書の収録作は16編。戦争をはさんで発表された作品が入っていて、古いものは昭和10年頃、新しいものだと昭和30年代といったところ。

 最初の「断髪女中」から「おいらん女中」、「見物女中」、そして「竹とマロニエ」まで<女中シリーズ>が続いている。といってもシリーズとして書かれたものではなく、編集上そうなっているだけだと思うが。
 本のタイトルにもなっている「断髪女中」は、戦前昭和13年の作品。この頃の女中にはあり得ない髪型だったらしいショートカットでやって来たインテリの女中の話。
 ブログ主としては、このシリーズの中では、「竹とマロニエ」が一番好み。若い頃女中をやっていた老婦人がフランス人の家の女中の紹介を頼まれ、なり手がいないので自分で働きに行く。フランス人とおばあさんの交流が微笑ましい。
 他に印象的だった作品をいくつか挙げてみる。
「団体旅行」は、昭和14年の作品。貧乏な青年が旅行に行きたいと伯父さんに訴えたところ、無理やり団体旅行に押し込まれる話で、戦前の団体旅行の様子がわかる。食事がひどかったり、大部屋で雑魚寝だったり、今では考えられない。そんな中で、素朴で滑稽なラブロマンスが展開する。
「仁術医者」も戦前、昭和11年の作品。副業で家を貸している医師が、店子の若夫婦におせっかいをやく話。世間知らずの妻が、夫がかかった「トリッペル」という病気を知らないのをいいことに、うまくごまかしてやる。説明は作中のどこにも出てこないが、トリッペルとは淋病のこと。
「愛の陣痛」は発表年がないが、明らかに戦前の作。仕事しか頭にない夫に悩む若妻が主人公。大連行きの船に乗ることになり、これで二人だけの時間が持てると期待するが、船の中でも夫はやはり仕事ばかり。今でもこういう人はいそうな気がする。
「遅日」は昭和23年の作品で、戦後まもない頃の雰囲気がよく出ている。これは他の作品とは違ってユーモア色はあまりなく、社会派小説、かつ普通の文学の雰囲気がある。元予科練の純朴な田舎青年が、共産党の女性候補者に片想いしてしまい、タケノコとコメのおみやげを持って訪ねて行く話。
「呑気族」は昭和10年と、収録作中で(発表年がわかっている中では)一番古い作品。3部屋の賃貸アパートに入居した個性ある住民たちのドタバタ劇。夫が専業主夫をやっている「呑気族」の夫婦、寺の住職の二号、家を飛び出してきた奔放なフランス人妻。生活はさすがに戦前風だが、キャラクターは現在でも通用しそうで、意外にも古さを感じさせない。

 戦後の作品もあるが、昭和初期の、まだ社会に余裕があった頃の作品に独特の味わいを感じる。サブタイトルに「モダンガール篇」とあるわりには、それほどモダンガールが活躍するわけではないが。

Danpatsujochuu

 

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