架空戦記/架空歴史

2009年10月27日 (火)

信長の野望

信長の野望/童門冬二(光栄,1990)
 前に紹介した吉岡平の『提督の決断』(2008年11月9日のエントリー)と同じく、光栄のゲームから派生した架空歴史小説。ただし、この本は「歴史ifノベルズ」だが、『提督の決断』は「歴史キャラクターノベルズ」だった。どう違うのかよくわからない。
 それにしても、童門冬二とは、また大物をひっぱってきたものである。内容がそれにふさわしいかというと、また別の話。

 物語は本能寺の変から始まる。この物語の信長は、抜け道を通って本能寺から脱出、博多に身を隠す。大筋は、この生き延びた信長が、なぜか性格も思想も一変し、平和的な全国統一に乗り出す、というもの。冒頭の本能寺の変の場面を除いては、合戦シーンが全然出てこない。
 それはそれで、ユニークな架空歴史もの、というか本来の改編歴史SFに近いとも言える。が、問題は、内容があまりに変なところである。つっこみどころ満載。
 ところどころ文章が変だったり、登場人物たちがみんな現代語でしゃべっていること(「あなたは」なんて平気で言ってる)は、目をつぶることにしても、である。いくらなんでも変だろう、というところが目につく。例えば、次のようなところ。

・本能寺の変の後、徳川家康が茶屋四郎次郎の案内で帰国に成功したという記述の後で、「四郎次郎は、家康が天下を取った後、商人代表のブレーンとして、いろいろな知恵を家康にもたらす」とある。だが、この作品では信長が生き延びているのだから、秀吉も家康も天下を取らない。これが架空歴史小説だということを忘れているのでは。
・本能寺の変の情報を掴んだ羽柴秀吉が山崎で明智光秀を破るあたりまでは、実際の歴史と同じなのだが、この時秀吉のライバルとして名前が挙がる信長の重臣の中に、林通勝が出てくる。しかし林通勝は、この時すでに追放されているはず。
・単なる校正ミスからも知れないが、川尻秀隆が「田尻秀隆」と書かれている箇所がある。ご丁寧に「たじり」とルビまでふっている。
・信長が家臣たちの前で「府構想」なる日本の新しい政治体制を述べる時、口にした地名の中に名古屋や高知がある。名古屋も高知も江戸時代に入ってからの名称なので、この時代、そんな地名はないはず。
・織田長益(有楽斎)について、現在の東京の地名(有楽町)になっているとの説明がある。しかし、この物語では歴史が変わっていて、そもそも江戸に幕府が置かれる可能性がなくなっている。織田長益が江戸に住む理由もないし、江戸が後に「東京」になる必然性もない。上の茶屋四郎次郎の件と同じで、架空の歴史を語る物語の中で、実際の歴史の延長線上の「現在」を語ると整合性がとれなくなるのだ。
・「岩代」や「磐城」という旧国名が出てくる。この二つの国名は明治維新後にできたもの。この時代にあるはずがない。

 こうした、思わず首をかしげたり苦笑したりしたくなる箇所の数々に加えて、全体的に、作者のやる気が感じられない。『提督の決断』もあまり作者のやる気を感じない小説だったが、この作品はさらに輪をかけてそんな雰囲気がある。まあ、時代小説のベテランがゲーム会社の依頼する架空歴史小説に、乗り気になれないのもわかるが...。
 ある意味、珍品と言うべき本である。

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2009年9月 9日 (水)

異戦大坂の陣

異戦大坂の陣 一~四/中里融司(歴史群像新書,2006-2007)

 この作品の著者、中里融司は今年の6月に52歳で亡くなった。歴史小説的リアリズムよりもエンタテインメント性を重視し、オタクっぽい雰囲気の濃厚な、別の見方をすればかなりムチャクチャな架空歴史小説に、独自の世界を切り開いていた作家だった。ライトノベルやマンガの原作、戦史ものドキュメンタリーと、手がける分野は多岐にわたり、作品数も多かった。

一 表裏比興の総大将
 「大坂の陣の時、もし真田昌幸が生きていたら」という設定の架空歴史小説である。
 史実では、真田昌幸は大坂の陣が始まる3年前、1611年に死んでいるが、この作品では、それは徳川方をたぶらかすための謀略。真田昌幸が本当に死んだかどうか確かめに来た徳川方の伊賀忍者たちが墓をあばくと、「この真田安房が身罷りしこと、要するに、真っ赤な嘘に候。墓を暴きに来られた隠密諸士、大儀大儀」などという、徳川家康宛のふざけた挑戦状が入っているのを見つけるところから、話が始まる。
 うろたえる伊賀忍者たちの前に登場するのが、真田家の誇る忍者、霧隠の才蔵たち。中里融司は真田十勇士が大好きだったらしく、前に紹介した『戦国覇王伝』(2009年1月28日~29日)にも十勇士が登場して人間業とは思えない暗躍をしていた。この作品では十勇士ではなく「真田十傑士」と称しているが、中味は大差ない。「真田十傑士」の操る忍法が、魔術妖術、あるいは超能力としか思えないのも、『戦国覇王伝』と同じだし、何人かが女性化しているのも共通している。この作品では、由利鎌之助が「鎌鼬のお百合」、望月六郎が「望月のお六」、海野六郎が「海野のお六」、三好伊三入道が「三好の漁(後に伊三と改名)」と、4人も女性化しているのだった。
 それはともかく、実は生きていた真田昌幸、「十傑士」の活躍で伊賀忍者たちの妨害をはねのけ、豊臣家を助けて徳川と一戦するため、大坂城に入る。息子の真田信繁も、「幸村」と改名して父の後に続く。真田信繁が途中で幸村と改名するのも、中里融司の作品のお決まりパターン。
 大坂城での、名将真田昌幸の存在感と知略は圧倒的で、おまけに、この種のシミュレーション小説ではありがちだが、淀殿(本作での呼び名は「淀の方」)も豊臣秀頼も、異常にものわかりがいい。真田昌幸は総大将をまかせられ、大坂の陣はタイミングこそおおむね史実どおりに開戦するが、始まった時からその様相を変えることになるのである。
 大坂方は史実よりもはるかに積極的に、かつ効率的に動く。いち早く堺を占領して兵站を確保する一方で、大坂城外堀のさらに外側にいくつもの出丸を築き、戦いを優勢に進める。焦った徳川家康は、「冬の陣」の史実どおり、大坂城に大砲を撃ち込み、和議を迫る。
 それを罠と知った上で、あえて和議に応じる昌幸、これまた史実どおりに、家康が内堀まで埋めにかかるのを読んでいる。で、停戦からわずか七日後、徳川方が内堀の埋め立てに取りかかったところで、約定破りとして再び開戦するところで、第1巻は終わり。
 サブタイトルは、真田昌幸を「表裏比興の者」と読んだ石田三成の書状から来ている。魔道士のような妖しい活躍ぶりを見せるこの作品の真田昌幸にふさわしい。

異戦 大坂の陣〈1〉表裏比興の総大将 (歴史群像新書)

二 豊臣の大反攻
 豊臣家を罠にはめたつもりが真田昌幸の策にはまり、「盟約破り」を口実に猛攻をしかけてくる大坂勢に押されまくる徳川方。なにしろ、半分はすでに帰路につき、残りの大半も大坂城の堀埋め立て作業中で、戦の支度など全然できてない。家康は即座に退却を決断する。
 余勢をかって豊臣勢は京都に進軍、真田幸村らの別働隊は、大和、伊賀を通り抜けて伊勢に侵入し、桑名城に迫る。豊臣秀頼は占領した(というか、豊臣家が奪回した)伏見城に入って天下人になったことを宣言。さらに江戸に潜入した霧隠、猿飛ら「十傑士」は大火を起こして幕府の後背を脅かす。もうやりたい放題の感がある豊臣勢である。
 相変わらず、豊臣方諸将は、史実よりもはるかに有能で、かつものわかりがいい。淀の方に至っては、秀頼の伏見城入りに反対したものの、真田昌幸と秀頼本人に説得され、自分の不明を悟って出家してしまう。人間ができすぎている。
 一方、徳川方は、無策ぶりをさらけ出して討ち死にしたり敗走したりする無能者揃い。ここまで極端にしなくても…。

三 家康の逆襲
 第二巻までで近江西部、伊勢までを押さえた豊臣勢。今度は西に兵を向け、主力軍5万が、池田家の姫路城を攻める。
 この巻一番の見せ所は、「広島城の場」か。
 姫路・岡山を領する池田家は、西国で徳川方にもっとも忠実な大名。池田家の使者が福島家の領土、広島に乗り込み、池田家に従って大坂を攻めろと脅迫まがいの要求をしているところ、大坂勢姫路に迫るとの急報が入る。一刻の猶予もならないと、ますますいきり立つ池田家の使者―。ところがそこへ突然現れたのが、江戸に軟禁されていて、先日の火事で死んだはずの前領主、福島正則。池田家の使者二人を、いきなり素手で殴り殺してしまう。マンガみたいなシーンである。関ヶ原で徳川についたことを後悔しまくっている福島正則は、家臣一同に檄を飛ばし、豊臣方について参戦することを宣言するのだった。
 ところで、一旦は退却した徳川勢だが、もちろん引っ込んだままでいるはずがなく、再び攻勢に出る。東日本の大名たちを糾合して大軍を集め、大坂に向けて再征を始め、伊勢方面では、真田幸村らが占領した桑名城に、海路大軍を送りこんで攻囲する。しかし、桑名城はしぶとく籠城を続けるし、徳川主力軍の動きは、真田昌幸がすでに読んで何やら策謀をめぐらしているらしいし、豊臣家が窮地に陥った、という印象はあまりない。サブタイトルのわりに、大した逆襲と思えないのだ。
 「絶体絶命の危機感の欠如」が、本シリーズの弱点と言えば弱点だろう。何しろ、一番の危機であった「大坂城の堀埋め立て」は、第一巻でクリアしてしまっているのだから。
 あと、忘れてはならないのが、中里融司作品に欠かせないキャラクター、伊達政宗(笑)。主役級だった『戦国覇王伝』に比べると出番は少ないが、危ない性格は変わらない。「そうじゃな。最上殿あたりでどうじゃ」の一言で、隣国の最上家を「上様」に対する謀反人と決めつけて攻めることに決めてしまう。「上様」が徳川家なのか豊臣家なのかもはっきりさせないまま。呆れながら相手をしている片倉景綱もいい味を出している。ちょっとしか出てこないのが惜しい。

四 天竜大決戦
 最終巻。豊臣家主力軍が姫路・岡山の池田家を攻めている隙をついて、名古屋に集結させた大軍を出発させ、近江に迫る徳川家康。しかしそれすらも、真田昌幸一世一代の壮大な戦略の中で予想されていることなのだった。この作品の真田昌幸は、ほとんど諸葛孔明並の大軍師になっている。
 結局、大坂に残った留守舞台を攻めるはずだった徳川家康は、予想をはるかに上回る大軍となった豊臣の主力部隊と、天竜河畔で決戦をすることになる。徳川軍も大軍だが、関東では豊臣方に寝返った伊達・上杉連合軍が江戸を攻めていて、後がない。文字どおり背水の陣である。
 というわけで、このシリーズのクライマックスとなる天竜河畔での東西両軍の決戦が繰り広げられるのだが、この戦い、奇策を使わずに正面からの戦いに終始する。(中里融司にしては)まとも過ぎて少々意外。
 最後は、だいたい予想どおりの展開になって全巻の終わり。
 全体として、新基軸や意外な展開は見あたらず、良くも悪くも、いかにも中里融司らしい架空歴史小説になっている。後半、やや駆け足の印象もあるが。
 著者のおそろしく読みやすい文章と、この手の小説には珍しいくらい個性のある登場人物たちのおかげで、多少のマンネリも気にならないくらいおもしろいことは確か。著者がまだまだ活躍できる年齢で急死したことが惜しまれる。

異戦 大坂の陣〈4〉天竜大決戦 (歴史群像新書)

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2009年6月 8日 (月)

戦国大学生

天軍戦国史 天軍織田に加勢す/羅門祐人(ワニ・ノベルズ,1996)
 歴史シミュレーション小説のパターンの一つとして、自衛隊が戦国時代にタイムスリップする、というのはもはや定番と化している。この定番を作ったのが半村良の『戦国自衛隊』であることはいうまでもない。
 最新鋭装備を備えた自衛隊が戦国時代へ行けば、無敵であるのは当然だが(少なくとも、弾薬・燃料がある間は)、タイムスリップしたのが自衛隊ではなく、大学だったらどうなるか―という仮定でシミュレーションをやったのがこの小説。
 椎名高志の4コママンガで、予備校が戦国時代にタイムスリップするが、あっという間に全滅してしまう―というのがあったが、まあ普通に考えたら、そんなものだろう。だが、この作品の大学生たちは、時と地の利を得て、しぶとく生き抜いて行く。「戦国自衛隊」じゃなくて、「戦国大学生」である。
 舞台となるのは名古屋市内の大学「大和学園」。宇宙から飛来したミニブラックホールの直撃を受けた学園は、半径300メートルの空間ごと、戦国時代の尾張の国に飛ばされてしまう。たまたまその空間内に、いかにも都合のいいことに、ガソリンスタンド、ディスカウントショップ、図書館などが含まれていたことが、彼らの生き残りに大きな役割を果たすことになる。
 未来から来た学園にいち早く接触したのが、尾張統一前の織田信長。未知のテクノロジーに目をつけた信長と、軍事的庇護が欲しいと学園との利害が一致し、両者はすぐさま同盟を結ぶ。「天軍」とは、天から降ってわいたような異形の集団に、信長がつけた呼び名である。
 ―というような、タイムスリップした学園と織田信長側とのファースト・コンタクトと、同盟に至るまでの動きを、著者は6、7ページくらいであっさりと片づけてしまう。このへんを丁寧に書いていたら、それだけで1冊分の話になるだろう。
 実際の物語は、大和学園のタイムスリップから一年後、大学生集団のリーダー、風間一郎が柴田勝家らとともに織田信長に面会するところから始まる。その時の信長は、「天軍」からもらったTシャツにジーンズ、スニーカーという格好で現れるのだ。上に書いたような、タイムスリップとその後の経緯は、この衝撃的(?)な冒頭のシーンの後で、回想風に説明されるのだ。
 時間ものSFとしては、現代人と過去の人間とのファースト・コンタクトこそ、もっとも力を入れたいシーンに違いない。だが、著者が書きたいのは、現代の非軍事テクノロジーが、戦国時代でどれだけ軍事的に利用できるか、さらには、戦国時代に放り込まれた現代文明が、どのようにすれば生き残りが可能になるか―というところにあるのだ。それは、第2巻、第3巻でさらに鮮明になる。
 第1巻は、「天軍」の力を借りた織田信長の尾張統一、美濃侵攻、そして桶狭間で今川義元を討ち取るまで。

天軍戦国史2 激動!風林火山/羅門祐人(ワニ・ノベルズ,1997)
 第1巻の最後で、大和学園の教授が敵国に出奔してしまう。知識のかたまりみたいな人物が流出してしまったわけで、この事件はその後の展開に大きな影響を与えるようなことを匂わせていたのだが、実は、教授はほとんど話にからんでこない。
 そのかわり、話は別の方向に発展する。信長は近江の六角氏が教授を「拉致」したと言いがかりをつけて、討伐に名を借りて近江に軍勢を出すのだ。
 一方、「天軍」のリーダー風間は、近江などどうてもよくて、ひたすら越後を手に入れたい。言うまでもなく、新潟に算出する石油が目当てである。この巻から、信長と風間の間の亀裂が徐々に明らかになっていく。
 風間は近江討伐には加わらず、尾張、美濃の留守を守ることになるのだが、そこへ信長の主力軍が出払った隙をつき、武田信玄が侵攻してくる。信玄の大軍と「天軍」との戦いが、この巻のメインストーリー。
 少数の残留部隊を率いて武田家の猛攻を引き受ける羽目になった風間は苦闘する。天軍戦車(四輪駆動車改造)、天軍騎馬隊(オートバイ)、空中戦艦(飛行船)が奮戦するも、次第に追い込まれ、絶体絶命―、というところで、結局は信長の機略に救われるのだが―。風間の実力に対する信長の不信は強まり(大学生に期待しすぎだとも思うが)、「これが、その後の悲劇を生む原因になるとは、まだ誰も知らない」という、いかにも思わせぶりな文章でこの巻は終わる。これが、第3巻への重大な布石になる―かと思えば、ならないのである。

 この巻、「天軍」に配属された前田利家が、準主役級の活躍をする。クライマックス・シーンでは、空中戦艦から武田信玄を狙撃しようとするのだが、その時の指示の言葉が、完全に「天軍語」に、つまり現代語化しているのがおもしろい。

「狙撃ポイントは貴様にまかせる。絶対に討ち漏らすな。何発射ってもいいが、たぶん数回しかチャンスはない」

 ちなみに、この指示を受けている狙撃手は、竹中半兵衛。

天軍戦国史3 織田包囲殲滅戦/羅門祐人(ワニ・ノベルズ,1997)
 次第に深まる織田信長と「天軍」リーダー風間一郎との溝。織田の外様大名的な立場で独自の行動をとるようになった「天軍」は、信濃から越後へ進出する。春日山城攻略戦が、この巻のクライマックス。
 ここで活躍するのが、「天軍」の開発した新兵器、潜水艦「轟天」。すごいネーミングだが、実際に現代の大学生がこういうシチュエーションに置かれたら、つけそうな名前ではある。それはともかく、潜水艦といっても、所詮戦国時代の技術で作られているので、性能はそれなりのものでしかない。「潜る」だけしか能力のない潜水艦を、戦術上どんな使い方をするかが、戦いのポイントになる。
 それはともかく、この巻でますます鮮明になるのは、作品全体のテーマ。1巻のところでも書いたが、「戦国時代で、現代の技術をいかに生かし、いかに維持するか」―である。「天軍」は、この時代で入手できる材料と技術で、発電機、電球、雷管、飛行船、潜水艦、等々を作る。技術を継承するために技術者を養成する。主人公たちは、知識と技術こそが自分たちの最大の武器であることを知っており、それを絶やさないための手を打とうとするのだ。
 L・スプレイグ・ディ・キャンプの『闇よ落ちるなかれ』という名作SFがある。20世紀から6世紀のローマにタイムスリップした歴史学者が、知識だけを頼りに技術革新を起こし、中世暗黒時代の到来を防ごうとする話だ。
 『天軍戦国史』の風間一郎には、単に文明の維持ではない別の野心があるようだが、やろうとしていることは『闇よ落ちるなかれ』と似ている。日本の歴史シミュレーション小説では珍しいパターンである。
 さらに続編があるとおもしろかったと思うのだが、この作品、これから、という3巻目で、第一部完、打ち切りになっている。3巻のあとがきでは、著者は第二部の構想を考えていたようではあるが。織田信長と「天軍」との破局や、信長の非業の死を暗示する伏線めいた表現も出てきていたのだが、それらは宙に浮いたままになってしまった。
 このユニークな架空歴史小説の続きは、もう読めないのだろうか。まあ、あまり一般受けする話じゃないのはわかるが...。

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2009年1月29日 (木)

架空戦国大作(その2)

 前回の続き。

戦国覇王伝 6~10/中里融司(学研・歴史群像新書,2000-2002)

6 東海道の荒武者
 今回、伊達政宗は休み、出番はほとんどない。豊臣体徳川の両巨大勢力が、いよいよ直接対決に向けて動き出す。
 といっても、前半はもっぱら謀略戦。四国の藤堂、長宗我部、蜂須賀が徳川の調略を受けて反豊臣側に寝返る。寝返りの常習犯だった藤堂高虎はまあ当たり前として、史実では大坂の陣で豊臣方として死んだ長宗我部盛親が徳川につくのはやや意外であった。だが話を盛り上げるためには、四国でも危機を作っておかねばならないのだろう。
 後半では、徳川家康がいよいよ直接軍を動かし、清洲の福島正則を攻める。この頃、まだ名古屋城はなく、「那古野砦」があるだけ。数にまかせて押し寄せる徳川軍に追いつめられた正則を救うため、豊臣秀頼自らが密かに清洲に乗り込むのだが、それを許す淀殿が人間ができすぎ。秀頼と並んで、史実とは性格が一変した代表格だろう。ここまで話のわかる、人間のよくできた淀殿は、他の小説やドラマでは見たことがない。表紙はその淀殿。

7 鹿角の軍神
  前半は、清洲城の戦いと福島正則救出作戦の続き。しかし福島正則は加藤清正とキャラがかぶるせいもあり、今ひとつ目立たない。これは実際の歴史でもそういうイメージなのだが。
 後半、伊達政宗が表舞台に再登場。伊達家討伐をめざす徳川軍の奥州侵攻戦が始まる。この『戦国覇王伝』という長い物語全体を見た時、ここからが間違いなくクライマックスになる。
 徳川家康自らが統率する遠征軍が、とにかく強い。というか、その中心である「無傷の名将」本多忠勝の強さが人間離れしている。ゲームで言えば「ラスボス」クラスか。いや本当のラスボスは家康だろうが、戦闘力から言えば間違いなく最強。というわけで、表紙は本多忠勝。

8 仙道の火祭り
 奥州戦線の続き。数で勝る徳川軍は序盤から伊達家を圧倒する。伊達家は次々と要地を落とされ、野戦でも敗れ、ついには仙台にまで徳川軍が攻め込んでくる。―という具合に、作者はこれでもかというほど伊達政宗を追いつめていく。
 しかし状況がいくら不利になっても、政宗の余裕たっぷりな態度が崩れないので、読む側としてはあまり緊張感はない。むしろ、この窮地からどうやって一発逆転するかというそっちの方に興味が向いてくる。
 一方で清洲に進駐した徳川秀忠軍に秀頼が何やら謀略をしかけている様子も描かれ、東でも西でも何か大逆転の気配を感じさせながら次の巻に引っ張る。
 この巻では、1巻から登場していた秀頼のお伽衆にして軍師、曽呂利新左衛門の意外な正体も明らかになる。表紙はジュリア・ヴァルデス。

9 龍神たちの宴
 奥州戦線完結編。やはり8~9巻がこのシリーズ全体のクライマックスだった。
 仙台に攻め込んだ徳川家康が伊達政宗の奇策により撃退される場面が、全体の戦局の大きな転換点になる。関ヶ原から始まって、今まで攻勢一方だった徳川軍がここでついに敗退することで、流れが変わってしまうわけである。ミッドウェイ海戦みたいなものだ。
 仙台攻防戦で伊達政宗がとった起死回生の秘策というのが、映像にすればさぞ迫力があるだろう。要は水攻めの大規模なやつである。作戦そのものはだいぶ前から話の中で示唆されていたので意外性はないが、徳川軍を押し流す怒濤とともに日本全体の戦いの潮流そのものが変わるわけで、話の攻勢としても視覚的効果としてもよくできている。
 後半は話が目まぐるしく動き、豊臣方が徳川秀忠の暴走で京都を追われた天皇をかくまい、「官軍」としての大義名分を手に入れると、九州からは加藤、黒田、立花が合流し、仙台から追撃する伊達軍には上杉軍が合流、徳川攻めの体制を整える。
 一方敗退した徳川軍も戦力を立て直し、島津、鍋島、長宗我部を呼び寄せて反攻をはかる。双方が戦力を結集し、関東平野を舞台にいよいよ最終決戦に望む、というところで続く、と来る。表紙は徳川家康。

10 乱世終焉
 10巻にわたる長大な架空戦国絵巻の最終巻。9巻の仙台攻めでの大逆転と、「錦の御旗」を手に入れた豊臣軍の出撃で流れは決まっているので、後の興味は「徳川家康がいかに敗れ、いかに死ぬか」だけである。
 クライマックスは、「第二の関ヶ原」、利根川沿いの「深谷の戦い」。南北から押し寄せる豊臣軍と、残存兵力を集結した徳川軍の最終決戦である。なんとも派手な戦闘シーンが延々と繰り広げられるが、最後は予想どおりになる。
 この後、家康は戦場ではなく江戸城で意外な(いや、複線はもう何巻も前から引かれていたのだが)なりゆきで命を落としてしまうが、それはもう蛇足のようなもの。
 最後にデビュー作『坂東武陣侠』(2008年3月29日のエントリーで紹介済)と同じパターンで、豊臣家の天下となった日本の、200年後までの歴史を簡単に書いている。どこがどう変わっても、日本は明治維新と同じ頃に近代国家になるらしい(笑)。
 この巻で惜しいのは、登場人物が多すぎ、最後の1冊にすべてを詰め込むため、一人一人の描写が少なくなってしまったこと。長大なシリーズの最終巻にはありがちなことで、仕方がないことではあるが。最後の表紙は当然ながら伊達政宗。

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2009年1月28日 (水)

架空戦国大作(その1)

 今まで読んだ戦国時代もの架空歴史小説の中で(といってもそんなに多いわけではないが)、一番おもしろく、かつ一番ぶっ飛んでいた作品『戦国覇王伝』を2回に分けて紹介する。まず最初は1巻から5巻まで。

戦国覇王伝 1~5/中里融司(学研・歴史群像新書,1999-2000)

1 乱世ふたたび
 関ヶ原の戦いから歴史が変わっていく、というのは戦国架空歴史ものの定石であるが、この話の場合、戦いそのものはほぼ史実どおりに展開し、西軍の惨敗に終わる。歴史が変わってくるのはその直後からで、幼い豊臣秀頼が、突如として年に似合わない異様な才知を発揮し、一挙に戦後処理の主導権を握ってしまう。
 この話の基本設定は、秀頼が見せる超人的な、というか怪物的な早熟の天才ぶりという、ほとんどその一点にかかっていると言っていい。そこで、「そりゃあり得ないだろ」と言ってしまえばすべて終わってしまうのである。
 中里融司の熱気のこもった文体は、この非現実的な設定を無理矢理読者に飲み込ませてしまうことに成功している。豊臣秀頼のあり得ないような天才ぶりに加えて、真の主人公、伊達政宗のメチャクチャな性格をこれでもかと見せつけ、「これはそういうとんでもない話なのですよ」と宣言してしまっているのが大きく作用しているのだろう。何があってもおかしくない架空歴史小説なのだと、のっけから読者を思わせてしまうのだ。
 小林智美の華麗なイラストも、破天荒で派手なストーリーに合っている。1巻の表紙キャラクターは(当然)伊達政宗。

2 北の関ヶ原
 伊達政宗の暴走はとどまるところを知らず、秀頼はますます妖怪じみてきて、その敵方である家康の陰険さもレベルが上昇する一方。主要なキャラクター3人の、感情(政宗)、理性(秀頼)、知恵(家康)という対比ぶりがよくできている。
 伊達政宗の相方、片倉景綱や朝鮮から来た道術使いの女戦士、柳照蘭、ちょっとだけ出てくる前田慶次郎など、脇役もキャラが立っていて、そこが「歴史シミュレーション」の枠をはみ出すおもしろさになっている。もう「歴史キャラクター小説」と言ってもいい。
 この巻では東北と関東を舞台とする徳川方と豊臣方の戦いを追っているが、最後には謎のスペイン船まで登場するなど、ストーリーもとどまるところを知らず突っ走っている。
 残念なのは本文イラストが小林智美から変わってしまったこと。表紙だけは幸い前のまま小林智美で、今回は美少年の豊臣秀頼。

3 乱刃信州戦線
 スペイン船に乗っていた金髪のお姫様、ジュリア・ヴァルデス登場。この巻以後、重要な役割を果たすことになる。架空歴史ものでこういう完全な虚構の人物、しかも女性が出てくるのは珍しい。それ以外にも、女忍者や女戦士がずいぶんと出てきて活躍する。作者の趣味か。
 後半は真田家登場。真田昌幸、信繁(この巻ではまだ幸村とは名乗ってない)親子のキャラクターは、わりと類型的ではあるが、信繁が異様なまでに好青年に描かれている。真田家だけならまだしも、真田十勇士がちゃんと出てくるのも、この作品らしい。この巻で出てくる十勇士は、三好青海、霧隠才(才蔵が女性化)、猿飛、由利鎌之助、筧十蔵、海野六郎(普通の武士っぽい)。名前だけなら、根津甚八、伊佐入道も出てくる。もう何でもありという様相である。
 さらに最後の数ページでは、島津家の呪法による豊臣秀頼暗殺未遂というとんでもない事件が起きる。物語の展開上もとんでもないが、超自然的な力が出てくることにより、一挙にファンタジーの領域に足を踏み入れてしまうわけである。作者はいったいどこへ行こうとしているのか。
 ところで「ジュリア・ヴァルデス」はスペイン風発音なら「フリア・バルデス」では。
 表紙は多分上杉景勝(上杉謙信の兜をかぶっている)。

4 西海の猛虎
 舞台を九州に移し、前巻の最後で豊臣家に反旗をひるがえした島津家と、加藤清正を中心とする豊臣方討伐軍の死闘を描く。全体の流れからいえば傍流的な1冊か。
 豊臣方は加藤清正、黒田如水に加えて立花宗茂という結構豪華な顔ぶれ。書きぶりから見て、著者はとにかく加藤清正と黒田如水が出したかったと見える。そのわりには、せっかく出てきた大物があっさり死んだりするが。
 この話に登場する島津家は完全な悪役、しかも妖術を操る。呪法で鍋島直茂を操って裏切らせ、味方につけたりする。何だか要所要所で超自然的な力が働く話である。
 表紙は加藤清正。

5 北辺の守護神
 伊達政宗が5巻目にして初めて、ほぼ1冊まるごとの主役を張る。宿敵・最上義光との決戦とはいえ、マイナーな武将との合戦に1冊全部使い切っているのは、さすがに、「真の主役」というべきか。
 この巻で討ち死にする最上義光は、なんとなく伊達政宗と似たキャラクターで、著者はこの男にもけっこう思い入れがあったようだ。前巻の黒田如水もそうだったが、単なる忠義者よりも、一癖も二癖もある策謀家がむしろ好意を持って扱われているように見える。というか、そういう人物の方がキャラクターを立てやすいからか。表紙は真田幸村。

 というわけで5巻まではもっぱら地方での争乱がメイン。6巻目から、事態はいよいよ豊臣・徳川の全面対決に向けて動き出す。次回に続く。

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2008年11月 9日 (日)

提督の決断

提督の決断 吼える四戦艦/吉岡平(光栄・歴史キャラクターノベルズ,1994)
 前回はおすすめしない本を取り上げたが、今回紹介する本も微妙。だが、ある意味珍しい作品ではある。

 タイトルからわかるとおり、シミュレーションゲームを元ネタにしたシミュレーション小説。そのゲームはもちろんこの本の出版元である光栄(今の社名はコーエーに変わっている)が出しているので、まあ、小説の形態をとったゲームの宣伝みたいなものである。
 といっても、ゲーム自体にストーリーはないので、話は完全なオリジナル。それはいいのだが、なんだか読んでいて作者のやる気があまり感じられない。戦記シミュレーションの注文が来たので、とりあえず型どおり書いてみました、という印象がありありなのだ。事実、「あとがき」で著者自身が、「私はいわゆる「IF戦記」あるいいは「架空戦記」というものを、この期に及んで書きたくはなかった。」と言っている。正直である。
 書く気がないのに書かなければならない時は、定型に則るのが常道。この作品も、旧式戦艦の活躍、酸素魚雷の脅威、日本戦艦に撃破される米空母、突然現れる隠密艦隊など、よくぞここまで揃えた、と言いたくなるほどのお約束のオンパレード。むしろここまでやれば天晴れかもしれない。
 また、戦記シミュレーションには珍しく、主要登場人物はほとんど架空。話の主役となる殴り込み艦隊のスタッフ8人の姓は『八犬伝』からとってきたもの。犬田文璽中将(司令官)、犬坂要大佐(参謀)、犬飼衛上飛曹(戦闘機パイロット)、犬山惟史中佐(「北上」艦長、水雷屋)、犬川允大尉(砲術屋)、犬江嘉尚中尉(特殊潜航艇乗り)、犬塚徹中佐(駆逐艦長)、犬村寿壱少将(次席司令官)、金碗大治郎少佐(次席参謀)、といった具合。最後の方で、里見洸大将、八房少将などという人物も出てくる。
 しかし前半部分の、仲間を次々と集めていくという部分以外は、『八犬伝』とストーリー上のつながりがあるわけでもなく、こういう名前にしてあることに大して意味があるようには思えない。まあ、少しだけ名前が覚えやすくはあるが。
 ここまでメチャクチャなことをされると、作者の他の架空戦記も読みたくなるが、残念ながら吉岡平はこの手の架空戦記はほとんど書いてない(というか、架空戦記より遙かにぶっ飛んだ小説ばかり)。ただ、「あとがき」に出てくる、作者がこの作品の前に唯一書いたという架空戦記『新・昭和遊撃隊』(1989)は何だかおもしろそうである。

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2008年9月24日 (水)

大坂の陣 リアル&架空

 大坂冬の陣、夏の陣を題材にした歴史書は多い。無論、歴史小説も。そして、架空歴史小説も、やたらと多いわけではないが、いくつかはある。だけど、同じ著者が、ノンフィクションと架空小説の両方を、しかも同時期に出版している例は少ないだろう。

真説大坂の陣/吉本健二(学研M文庫,2005)
 「人物」と「合戦」に焦点をあてた「大坂の陣戦史」とでもいうべきノンフィクション。一応、大坂の陣の10年前の豊国祭に始まって、東西決裂に至るまでの政治的な動きから、大坂落城後の後日談までをカバーしているのだが、ページの大半は詳細な戦いの描写に費やされている。戦いの説明には必ず戦況図がつき、両軍の人数、指揮官、部隊ごとの動きが、細かく述べられ、大坂と江戸、両陣営のかなり複雑な動きが、きわめてわかりやすくまとめてある。
 ただ、その語り口は、歴史というより物語風で、ほとんど小説と区別がつかないくらい。「幸村は普段の穏やかな表情が消え失せ、激怒した。」とか、そんな感じの描写がやたらと出てくる。スポーツ・ドキュメンタリー風というか。
 固い歴史ファンからは異論も出てきそうな書き方なのだが、そのおかげで、この本がきわめて読みやすいものになっているのは確か。いかにも『学研M文庫』らしい本ではある。
 しかしタイトルの「真説」というのは、何の意味なのだろうか。今までの常識を裏切る意外な真実が述べてあるわけでもないし、誰も知らなかったような新事実を明らかにしているわけでもない。この本だけ読んでも、結局よくわからない。
 単なる憶測だが、この著者が同時期に出した、大坂の陣を舞台とする架空戦記に対して、「真説」と言ってるのだろうか。「架空」に対する「真」ということで。

 なお、吉本健二の著作は、戦国もの架空歴史小説が圧倒的に多い。別ペンネームではアニメ関係のノンフィクションや右派言論誌に書評なども書いていた。

真説大坂の陣 (学研M文庫)

 で、「本領」である架空歴史小説で、大坂の陣を舞台にした作品がこれ。ちなみに、上の『真説大坂の陣』は、こっちの架空版の1巻と2巻の間に出版されている。
 実際に1巻から読み始めたのは、『真説大坂の陣』を読んだ直後なので、非常に話が理解しやすかった。

反大坂の陣 1~4/吉本健二(学研・歴史群像新書,2004-2005)
1 講和成らず
 しょっぱなで淀殿が死んでしまう。大坂冬の陣の最中、史実では当たらなかった徳川方の砲撃が命取りになったのだ。つまりここが、SFでいう「歴史転換点」。
 そのため秀頼をはじめとする大坂城の面々がいきり立ち、冬の陣の講和がならなかった、というところから架空歴史が始まるの。「大坂の陣」という絶体絶命の状況から豊臣家がいかに盛り返していくのか、話の焦点はそこになる。とりあえずこの第1巻、足を引っ張る淀殿がいなくなったせいか、大坂方が優勢に戦いを進めることになる。

2 京洛の攻防
 この手の架空歴史ものは、実際の歴史にまだ引きずられる部分があるのか登場人物がなかなか死なずに増えていくばかりというパターンが多いのだが、この小説の場合、史上の有名人物を遠慮なく次々と殺していくのがある意味痛快。1巻目でいきなり淀殿が死ぬのが代表だが、とにかく登場人物がよく死ぬ。特に幕府側で殺される人物が多く、作者が楽しんでいるのではないかという気もする。それはともかく、2巻目では大坂方が城を包囲する徳川方の大軍を退け、京都に討って出る。

3 忠臣と叛臣と
 大坂城から出撃した豊臣家と京都方面へ退却した徳川家の戦いは、京都東南での攻防、山崎の戦いへと続いていく。反撃に出たとはいえ、徳川方に比べると数では劣る豊臣勢を有利に持っていくため、徳川方に離反、裏切り、仲間割れなど、内紛が相次ぐ展開になっている。忠臣も叛臣も何人もいるので、タイトルが誰を指しているのかよくわからないが、徳川方での忠臣の代表は立花宗茂、叛臣の代表は伊達政宗だろう。伊達政宗というのは、とにかくこの手の小説では裏切るのが当たり前、というお約束キャラクターになっているようだ。(だから、伊達政宗が裏切る、と書いてもネタバレにもならないと思う。)
 豊臣方の忠臣代表は言わずとしれた真田幸村。叛臣は織田有楽みたいな小物くらい。とにかく徳川方は中身がガタガタで大軍の利が生かせず、豊臣方は寡兵を集中運用して戦いを有利に進めるというのが基本パターンになっている。まあ、そうでないとどう考えても豊臣方は勝てないのだから仕方がない。豊臣秀頼が異様なほど人間ができていて有能なのも、この手の小説のお約束。

4 復活への道
 というわけで、この無理矢理な歴史シミュレーションも大詰め。京都から退却した徳川家康を豊臣勢が追撃、徳川方から有力武将が次々離反してこれに加わり、ついに家康は駿府城に追いつめられる、という予想どおりの展開。最後は豊臣方にとってもハッピーエンド、とはいかないのだが...。
 ラストに至っても、豊臣家は西日本を一応抑えているだけで、その基盤は脆弱なまま。結局、大坂の陣の前から何もよくなってはいないのではないか。新たな乱世を迎えて真田幸村が「これからが本当の戦いよ……」と言うところで話は終わるのだが、何となく、少年誌連載マンガの、途中打ち切り「第一部完」を思わせるような終わり方である。本当はこの続きこそおもしろいと思うのだが。
 この話の本質は、大坂の陣の勝敗を逆転させたい、という一点だけなので、徳川幕府が滅びた後などどうでもいいのだろう。

 考えてみれば、著者がノンフィクションと架空戦記で使った資料は、ほとんど重なっているはずだ。同じ資料を使って、リアルと架空で二度の商売。なかなかうまいやり方である。

反 大坂の陣1

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2008年3月29日 (土)

武田勝頼の逆襲

坂東武陣侠/中里融司(学研・歴史群像新書,1994)
 シミュレーション作家、中里融司の原点。というか、これ以前の著作『鬼十郎妖戦録』は、コミック原作だということなので、この作品が事実上のデビュー作と言えるだろう。
 シミュレーション小説というのは、基本的に史実での敗者(日本軍とか、関ヶ原の西軍とか、明智光秀とか)の逆襲の物語だが、この作品では武田勝頼が、その逆襲の主役になっている。
 史実では、織田信長に攻められた武田勝頼は、家臣の小山田信茂に裏切られて行き場を失い、一族全滅する羽目になる。この話の場合、織田軍の侵攻を受けて窮地に陥るまでは史実と同じなのだが、新府城での評定の結果、武田勝頼は小山田を頼らず、真田昌幸の勧めに応じて上野岩櫃城に入る。この新府城の決断が、SF的に言えば歴史分岐点になるわけである。
 岩櫃城(実在の城である)にたてこもった武田勝頼は、真田昌幸の諸葛孔明のごとき知謀の助けを借りて織田信長の大軍を迎え撃ち、撃退する。そしてクライマックスは武田勝頼対織田信長の一騎討ち。―というかなりとんでもない話だが、そこへ持っていくまでの話の進め方が、「こんなのありかよ」とつっこみたくなる部分が随所にありながらも読ませる。
 この作品、主人公こそ違うものの、後の戦国シミュレーション大作、『戦国覇王伝』(実はこっちの方を先に読んでる)につながる要素が、ずいぶんある。
 例えば、忍者集団(諏訪八衆)、女忍者、真田十勇士(出てくるのは猿飛と霧隠だけだが)、あぶれ者集団(雑賀衆)の活躍。馬上から銃を放つ騎兵集団(この話の場合は雑賀の「竜騎兵」)。真田昌幸の子、真田信繁が、途中で「幸村」と改名するエピソードも、(改名の事情は違うが)両方に共通する。(そもそも、真田幸村と呼ばれる人物は、信頼できる史料には「信繁」としか出てこない。改名するというのは、史実と世間に知られる名前とを整合させようとする苦しい辻褄合わせではあるが、歴史へのある種のこだわりを感じさせる。例えばスペースオペラであっても科学的に押さえるべきところは押さえるといったような。)
 さらに、最後に20世紀に至るまでの「その後」の話を書くのも同じ(これは架空歴史ものでも書かない話が多い)。
 違うのは、主要登場人物である武田勝頼や真田昌幸のキャラが、(例えば『戦国覇王伝』の伊達政宗あたりに比べて)今ひとつ立ってない点か。しかしこれだけの話を1冊に詰め込み、そこまで要求するのは高望みしすぎだろう。
 上に書いたようにかなり強引な設定や展開もあるし、何より1冊にすべての話を押し込んでいるので、詰め込み過ぎの感はある、が、シミュレーションものというのは、「そりゃないだろ」という無茶な展開が適当に散りばめられている方がおもしろいのだ。あまりに滅茶苦茶だと笑いものになるだけだが、所詮架空の話なのだから、ぎちぎちにリアルに書くのもかえってしらける。
 史実と、リアルな虚構と、遊びとの微妙なバランスこそが、おもしろいシミュレーション小説を生み出すのだと思う。この事実上のデビュー作には、すでにそのバランスの妙が見てとれる。

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2007年8月14日 (火)

覇関ヶ原大戦記

 初登場、歴史シミュレーションもの。
 この手の小説は毛嫌いする人も多いが、よくできた作品になると、やめられないくらいおもしろい。これも1巻、2巻が出た時はかなり評価していた。だが…。

覇関ヶ原大戦記 1 軍師の賭け/青木基行(学研・歴史群像新書,2004)
黒田如水を主役にすえた「逆転・関ヶ原」テーマの架空戦国もの。
この種の小説のパターンどおり、関ヶ原までの流れは史実のだいたい史実のとおりなのだが、如水が西軍の大津城攻めに参加、史実よりわずかに早く開城させたことから歴史が大きく変わり始める。
 大津城の早期開城により、黒田如水をはじめ、毛利元康、小早川秀包、立花宗茂、南条忠成らが激戦さなかの関ヶ原に到着。しかも小早川秀秋の裏切り直後という、絶妙なタイミング。
 援軍は小早川軍ほか東軍各部隊を蹴散らしていく。その情勢を見た吉川広家まで西軍に荷担して参戦、東軍が総崩れになるさまを、これでもかとばかり克明に描写していく。西軍びいきの読者にはたまらない痛快さだろう。
 各武将の性格描写には目新しい点は見あたらないが、マイナーな登場人物まで細かに書き分けている。そして何より、たたみかけるような戦闘描写は、「歴史シミュレーション」というより「戦闘シミュレーション」の魅力がある。

覇関ヶ原大戦記 2 激流、東へ/青木基行(学研・歴史群像新書,2005)
 黒田如水の画策で形勢が逆転した関ヶ原。混乱する戦場の中で東西それぞれの武将たちが、あるいは忠義と名誉を、あるいは生き残りをかけて(こちらの方が圧倒的に多いのだが)、決断していく様が、少々細かすぎるほどに描かれる。何しろ、約200ページの本の前半、80ページ以上が関ヶ原の戦いの続き、つまり数時間の出来事に費やされているのだ。
 ここまで細かく、個々の人物の細かい行動や内面の判断までを克明に描けるのは、架空歴史小説ならではだろう。史実と異なる別の時間線に入ってしまったからには、何の制約もなく想像でいくらでも書けるわけだ。
 それはともかく、形勢の激変により、東軍からは黒田長政、細川忠興、加藤嘉明らが投降。投降軍を加えて開戦前よりも人数が増え、勢いにのった西軍は、敗走する東軍を追撃、岐阜城、清洲城を落として小牧・長久手に迫る。この第二次小牧・長久手合戦がこの巻のクライマックス。
 戦闘シーンは相変わらず迫力がある。時々、歴史小説らしからぬ、描写も混じるが。
 例えば、岐阜城付近で反撃に出た本多忠勝軍と加藤嘉明軍との合戦の次のようなシーン。

 …忠勝は指揮者であり、本多勢はその意のままに動く交響楽団であった。
 弦楽器役の弓弦が鳴り、風を切って飛んだ矢が目標に深々と突き刺さった。
 形状は管楽器だが、音的には打楽器役の鉄砲が死のリズムを刻んだ。
 突き出される槍、振り下ろされる刀がピアニストの指の役をした。
 ピアノの音色は加藤勢の悲鳴が担当した。

 このあたり、ちょっと田中芳樹風味も混じっているような。

覇関ヶ原大戦記 3 江戸打ち入り/青木基行(学研・歴史群像新書,2007)
 2巻から約2年をおいての刊行。しかも、これで完結だという。
 とても3巻くらいで終わるペースには思えなかっただけに、意外だった。
 前半は、2巻の最終章から続くエピソードで、東北・関東の動乱がメイン。佐竹義宣、上杉景勝、それに西軍に寝返った伊達政宗が下野国を攻め、越後から堀秀治が上野国を攻める。この段階ではすでに形勢は逆転していて、主力ではないといっても西軍側が優勢。
 こうなるとどうしても判官贔屓になるのは仕方がなく、作者は明らかに、少ない軍勢を駆使して防衛戦を戦う結城秀康や真田信幸に肩入れして書いているのがわかる。伊達政宗など、どこをどう見ても悪人である(笑)。
 それはともかく、ここまでは、今までの巻と同じにように脇役の心理や行動まで細かい描写が見られる。東義久、多賀谷重経、蒲生源左衛門、溝口秀勝など、こんなマイナーな武将まで出さなくてもいいだろう、と思うような人物も多いが、類型的とはいえ性格もそれなりに書き分けられている。
 ところが後半、物語は急激に加速する。江戸から出撃した徳川家康の主力軍と、石田三成、毛利ほか西軍の主要大名の主力軍が相模川近辺(今の平塚市中心部あたりらしい)で激突。にわかなクライマックスを迎えるのだ。この戦い、関ヶ原の戦いそのものにも匹敵する大規模なものだが、30ページちょっとで終わっている。
 前半までのような描写の密度で書けば、これだけで1冊まるまる使っても足りないのではないかと思うのだが。これまでと物語のペースが違うとしか思えない。
 戦いの終わり方も、その後の小説そのものの終わり方もあっけない。前半で、いかにも何かやりそうな感じで出てきた伊達政宗も、結局何もしないまま終わってしまった。
 この巻の後半に入ったところで、作者は急に物語を無理矢理終わらせることに決めたように見えるのだ。

 あとがきによると、作者は執筆途中で体調を崩して6回も入院し、そのために刊行が遅れたのだという。これは憶測だが、前半まではまだ何冊も出すつもりで書いていたのだが、そこで病気に襲われ、それがきっかけでか続巻を断念して、3巻で終わらせたのではないだろうか。
 だとすれば、惜しい話である。これだけ、戦闘場面そのもので読ませる作品は、そうはないと思っていたのだが。

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2007年8月 6日 (月)

スーパー防空巡洋艦『綾瀬』

 最近あまりにも普通の作品が続いているので、たまには変な本を取り上げてみることにする。

スーパー防空巡洋艦『綾瀬』/米田淳一(白石ノベルス,2001)
 「綾瀬」というのは、日本海軍の秘密兵器である防空巡洋艦。すべての資料を抹消されて、その存在すら伝わってない、という設定。
 一見、いかにもな架空戦記。「一見」というのは、この後に書くように、実は「架空戦記」なんてものではなかったから。

 それでも最初の内は、「綾瀬」の戦歴を追っていきながら、架空戦記らしく話が進む。
 「綾瀬」が搭載する99式高射装置は、日本の光学技術の粋を集めた高性能なものらしい。らしい、というのは、結局どのくらいの威力なのか、読んでもよくわからないからで、確かに敵機を落としはしているが、戦局を左右するほどのものではないようだ。
 「綾瀬」が参加しても太平洋戦争はほぼ歴史どおりに日本軍の負け戦が続き(微妙に違ってはいるようだが)、最後には大和の水上特攻艦隊に参加する。「スーパー」というほどでもない。

 だが、この物語が本領を発揮する、というか本性を現すのはここから。
 ここまでの物語で、「綾瀬」の艦上に出現する謎の少女の像、とか、主人公の夢に現れる未来人のものらしき記憶やら、思わせぶりな伏線が散りばめられているのだが、最後にきてそれらがすべて収束し、とんでもない展開になる。
 架空戦記だったはずの話が突如時間SFになってしまうのだ。自分たちの望む世界を生み出すため未来から進入してくる超戦艦「エイトリーヴス」、時空を支配しているらしい謎の「特務機関」、平行宇宙の日本。それらがからみあって、話はどんどん変な方向に進んでいく。
 もうこれは架空戦記ではない。かとってまともなSFかというと、とてもそうは思えない。
 はっきりいって、もうわけがわからないとしか言いようがない。
 いや、ある意味すごい話なんだけど。こういうのを、「怪作」と言えばいいのだろうか。

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