旅行・地域

2009年11月18日 (水)

我もまた渚を枕

我もまた渚を枕 東京近郊ひとり旅/川本三郎(ちくま文庫,2009)
 パソコンの前で読むべき本。この本を読むには、ネット地図が欠かせない。
 グーグルマップでもYAHOO!マップでもマップファンでもなんでもいいので、とにかくネット地図を画面に表示する。そして、著者が歩き回っているあたりを拡大表示して、その足跡を辿っていく。臨場感が違ってくる。

 タイトルは島崎藤村の詩「椰子の実」より。「名も知らぬ 遠き島より」で始まるあの有名な歌の、歌詞としては2番目の後半にあたる「われもまた 渚を枕/ひとり身の 浮寝の旅ぞ」からとっている。
 しかし、著者はこの歌から連想されるような、長い旅をしているわけではない。東京の隣、千葉、埼玉、神奈川各県のあちこちに一泊で出かけているだけである。
 実際に訪れている町は、千葉県では船橋、我孫子、市川、銚子、千葉市。埼玉県では、大宮、岩槻。神奈川県では、横浜市の鶴見、本牧、寿町など、それに小田原、川崎、横須賀、藤沢・鵠沼、厚木・秦野、三崎。こうしてみると神奈川、それも横浜周辺が多い。よほど横浜が好きなのか。
 元は雑誌『東京人』に連載されたエッセイで、この本に先立って、東京都内を歩き回って連載したものを2冊にまとめている。「東京の町を歩き尽くした感があるので」、今回は東京近郊を歩き回ることにしたのだそうだ。実際に歩いたのは、本文にははっきりと書いてないが、2003年から2004年にかけての頃らしい。
 著者の町歩きはほぼパターンが決まっている。まず観光地には寄らない。上に見るように、訪問先もあまり観光地らしいところは少ない。なるべく昔ながらの町並みをさがしてぶらぶらと歩き、昔風の食堂や居酒屋で食事をし、夕食は必ず酒。そしてあまり高級じゃない宿に泊まる。どんなに近いところでも、必ず一泊する。要するにレトロでスローな町歩きである。ちなみに、同行者はおらず、必ず一人旅。ここも肝心。
 しかしただ町を歩くだけでは芸がない。著者はもちろん町歩きや食事や酒も楽しんでいるのだが、そこはさすがに文芸評論家というか、なんでもないような町に、文学や映画とのつながりという絶妙な付加価値をつける。
 例えば、船橋では太宰治や永井荷風の昔歩いた道をたどり、鶴見では映画「どですかでん」や「陽のあたる坂道」のロケ地をたずね、我孫子では白樺派「文士村」跡や志賀直哉邸跡に立ち寄り、銚子ではかつてこの地を訪れた夏目漱石や島崎藤村、ノーマン・メイラー(!)などについて語る。古い作家ばかりではなくて、千葉市の花見川を訪れた時は、稲見一良の「花見川の要塞」にも言及している。
 かといって、「文学散歩」と呼べるほどに目的が明確なわけでもない。町並み、食べ物、酒、ときどき名所、それ に文学と映画。これらがほどよく入り混じり、のんびりとした雰囲気が全体を包んでいる。
 それにしても、同じ町歩きでも、知識を持っているのといないのとでは、こんなに見える景色が違ってくるのかと、しみじみと思い知らされる。

我もまた渚を枕 (ちくま文庫)

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2007年10月31日 (水)

全日本荒唐無稽観光団

全日本荒唐無稽観光団/綱島理友(講談社文庫,1995)
 あちこちの雑誌でよく見かけるコラムニスト綱島理友。その著者が、編集者やカメラマンと一緒に日本の各地に、何の原則も思想も展望もなく、おもしろ半分に行ってみるという、要するにそれだけの本。
 行き先は、「カミナリ風呂」(福島・飯坂温泉)、「東京周遊券」(都内熊野前、南千住、浅草その他)、「太秦映画村」、「日本モンキーセンター」(犬山)、「下呂温泉」(変な地名シリーズその1)、「地下鉄博物館」(葛西)、「登呂遺跡」(静岡)、「ウェスタン村」(栃木)、「大歩危、後免」(変な地名シリーズその2)、「ヘビ・センター」(群馬)、「バナナ・ワニ園」(伊豆・熱川)、「小笠原・父島」、「羽合温泉」(鳥取・変な地名シリーズその3)、「馬込温泉」(大田区)、「ホテル国際きのこ会館」(桐生)、「南蛇井」(群馬・変な地名シリーズその4)、「妙立寺(忍者寺)」(金沢)、「ハニベ岩窟院(地獄めぐり)」(小松)、「UFOの町・羽咋」、「網走」、「大麻町」(北海道・変な地名シリーズその5)、「日本はきもの博物館」(福山)、「刑事博物館」(東京)、「及位」(山形県・変な地名シリーズその6)、「人体科学博物館」(清水)、「半家」(西土佐村・変な地名シリーズその7)、「竜馬歴史館」(高知)、「南阿蘇水の生まれる里白水公園駅」(熊本県)、「寄生虫博物館」(東京)、「金のシャチホコクルーズ」(名古屋)、「大阪球場住宅展示場」、「新世界」(大阪)、「清里のペンション」(山梨県)。
 有名な観光地から怪しげな名所、ただ地名が変だというだけの場所まで、よくもまあ、これだけ脈絡もなくバラバラなところに行ったものである(誉めてます)。
 大半はパソコン誌『ポプコム』に連載されたもので、連載時には「変な地名シリーズ」が人気があったらしい。しかし人気があるとはいえ、だんだんと行き先がショボくなり、最後は駅以外何もないところへ行ってしまって何を書けばいいのか途方にくれているあたりが、かえっておもしろい。
 行った先でおもしろくないところは、はっきりとおもしろくないと書いてあるところも、正直でよろしい。
 実は綱島理友の本で読んだのはこれだけだが、他にも、『街のイマイチ君』、『イマイチ君の東京トボトボ探検隊』、『猫メシのサジかげん』など、タイトルを見るだけでもいかにもどうでもよさそうな本を多数出していて、こういう路線はけっこう好みだったりする。でもやはり本好きとして読んでみたいのは、『よろず古本綱島探書堂』かな。

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2007年8月 8日 (水)

京都の「不思議」と「意外」

 京都といういのは妙に気になるところである。私が住んでいるのは大阪府内で、京都にはたまに行く程度だが、電車で一時間もかからないところに、あんな独特の世界があるというのが、不思議な気がする。
 そんな気になる京都について書かれた本2冊。

京都の不思議/黒田正子(ランダムハウス講談社,2006)
 京都についての雑学や蘊蓄の本は多いけれど、「京都人しか知らない秘密を、外の人にちょっとだけ教えてやりましょ」的なスタンスのものが多い気がする。入江敦彦の『京都人だけが知っている』とか。
 この本の著者は長年京都で暮らしているけど、愛媛県の出身。だから「京都人だから知っている」という姿勢はとらない。京都に長いこと住んでいるけど、やはり生粋の京都人じゃないからわからないことも多い、だからちょっとした疑問を調べてみた、というスタンスが基本のようだ。
 内容は「不思議」といってもたいしたことではなく、「東山三十六峰の名前」とか、「梶井基次郎の『檸檬』の丸善は河原町通ではなかった」とか、「『西院』は正確にはどう読むのか」とか、雑学的なものが多い。
 だが、並の雑学本みたいに面白半分ではなく、京都に慣れ親しんだ者の愛着は十分に入っている。ちょっとした疑問でも細かく取材する、その姿勢に「京都をもっと知りたい」という情熱みたいなものを感じる。
 いわば、京都の内と外の両方を知る人間が書いた京都本。完全な京都人の視点でも、完全なよそ者の視点でもない、絶妙なバランス感覚がいい。

京都の不思議 (ランダムハウス講談社文庫)

京都の意外/黒田正子(ランダムハウス講談社,2006)
 『京都の不思議』の続編。2冊まとめて1冊の厚い本にしてもいいくらい、内容は似たような雰囲気である。
 「不思議」がたいした不思議でなかったように、このほんの「意外」もたいした意外ではなく、前作と同じように、著者のちょっとした好奇心の探索結果が並べてある。「京都の銭湯に石川県出身者が多いのは本当?」とか、「御池通の『御池』はどこにある?」とか、「東大路と東山通、どちらが正しい?」とか。
 雑学知識とルポとエッセイがほどよく混じっていて、バランスはむしろ前作よりもいいかもしれない。
 ただ、「不思議」もそうだったが、この著者はストイックなほどに食べ物に淡泊なのか、「食」関係の話題がほとんど入ってない。その点だけはやや物足りない。
 京都の食に関する本は山ほどあるので、あえて取り上げなかったのかもしれないが、この人の独特の視点で、京都の「食」についてもっと読んでみたかった。著者の新しい本に期待したい。

京都の意外 (ランダムハウス講談社文庫)

 この著者が同じ文庫から出している京都本には、他に『語源たどれば京都』もあるが、こちらは未読。

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