映画・テレビ

2015年12月 3日 (木)

妄想映画館

妄想映画館/赤瀬川原平(駸々堂出版,1984)
 昨年亡くなった赤瀬川原平による、型破りの映画エッセイ。
 元は、『キネマ旬報』に70回にわたって連載されたもの。連載すべてではなく、57回分が収録されている。著者は美術家・マンガ家でもあるので、自筆のイラストも毎回必ず入っている。
 最初に載っているのが「地球一族の陰謀」というタイトル。ひと目見てわかる「柳生一族の陰謀」のパロディである。内容はこういうタイトルの架空の映画のストーリー紹介。「昭和五十三年某月某日、カーター大統領が江戸城大奥にて死去した」と、出だしからしてわけがわからない。
 次が「親子ねずみの不思議な旅」のパロディで「「親子にんげんの不思議な散歩」。なるほど、これは著者が「妄想」した、こういう架空映画の路線でいくのか――と思っていたら、途中からだんだん変になってっくる。「映画更生法を待ちながら」は、映画不況をネタにした単なるエッセイ。「有事映画の作り方」は、「野生の証明」と「皇帝のいない八月」をネタに、著者らしい政治的ジョークだらけのパロディ・エッセイ。
 さらに後の方へ行くと、ますます何でもありになってくる。正月映画を話題にしながら、実のところ具体的な映画について何ひとつ語らず雑談してるだけの「いやホント、正直な話……」とか。「映画館には誰もいなかった。」という書き出しの後、「…」と句読点だけが延々と続く「コト」(結局3ページの間ほとんど…ばかりで、文字は40字もない)など、もはやエッセイですらない。それどころか、文章ですらないのもある。「天平の甍」のパロディなど、2ページ見開きのイラストが三つ続いているだけ。
 また、「アウトランドの夏」は、一見普通の映画エッセイだが、最後まで読むとこけそうになる。著者は「アウトランド」の試写会に行こうとするが、なぜかプールに行ったり自転車屋に行ったり買い物に行ったりして、「試写会には結局行けなかった」で終わっている。とうとう肝心の映画を全然見ずに書いてしまうのである。
 この後、映画を見ずにその映画のことを書く、というパターンも何回か出てくる。
 プロ野球で中日が優勝した時(1983年の優勝のこと)には、映画のことはひとことも書かずただ野球のことだけ。巨人が優勝しないと秋が来ないなどとわけのわからないことを書いている。よほどの巨人ファンらしい。
 ただ、この野球ネタの後、終盤になると、さすがにやりすぎだと思ったのか、わりとまともな、パロディでもない映画エッセイが増えてくる。取り上げる映画の方も、「東京裁判」、「ガンジー」、「トッツィー」、「楢山節考」、「家族ゲーム」と、まともなものが続く。いや、今までも題材となる映画そのものはまともで、書き方が変だっただけなのだが…。
 しかし、それが読んで面白いかというとそれほどでもなくて、やはりメチャクチャやっていた時の方が面白いのである。どんな奇天烈な趣向でも、不思議と作為性を感じない。天然にやっているような印象がある。そこが赤瀬川原平の持ち味だろう。ついでに、絵はうまいのかヘタなのかよくわからない。文章もそうだ。

 しかし、『キネマ旬報』も、よくこんなわけのわからない(=おもろい)ものを70回も連載させたものである。

Mousoueigakan

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2015年8月28日 (金)

地球の静止する日

地球の静止する日 SF映画原作傑作選/中村融編;中村融ほか訳(創元SF文庫,2006)
 SF映画の原作小説を集めたアンソロジーだが、ディックの「追憶売ります」(「トータル・リコール」原作)みたいな有名どころはあえてはずし、未訳の作品を中心にしたアンソロジー。
 6編中4編が初訳。しかも、ブラッドベリ、スタージョン、ハインラインといったビッグネームの初訳が含まれているという、「お宝発掘」的アンソロジーでもある。
 作品のセレクションには感心するが、実は映画の方はどれも見てなかったりする。

 レイ・ブラッドベリ「趣味の問題」は、映画「イット・ケイム・フロム・アウタースペース」原作(1953)。日本未公開の映画だが、ウェブ上の記事で粗筋はだいたいわかる。映画の方は、地球に漂着した異星人が脱出をはかる話。一方この作品は、友好的なクモ型異星人の住む惑星に着陸した地球人たちが、相手の姿に恐れおののき、ついには共存を断念するという話。どう見ても全然違う話なのだが、どこが原作なのかよくわからない。
 ウォード・ムーア「ロト」は、何種類ものアンソロジーに収録されている名作。少々偏執狂ぎみの男が、家族をつれて核攻撃のあった町から脱出する。やがて、同行する妻と二人の息子の愚物ぶりに愛想を尽かし、途中で放り出して娘と二人だけで逃げ出すという身もフタもない話。映画「性本能と原爆戦」(1962)の原作ということで、タイトルからしてかなり話がアレンジされていると思われるが、映画もなかなかの名作らしい。
 シオドア・スタージョン「殺人ブルドーザー」は、同名の映画(1974)の原作で、名のみ高くて翻訳がなかった幻の作品。映画も日本未公開なのだが、テレビではやってたようだ。太平洋の孤島で、機械に憑依する太古の電気生命体が甦り、大型ブルドーザーを乗っ取って人間を襲い始める。解説に「第二次世界大戦中の話」とあるが、最後の方に「中距離弾道弾(IRBM)」なんて言葉が出てくるので、違うと思う。
 ドナルド・A・ウォルハイム「擬態」は、映画「ミミック」(1997)原作で、タイトルも同じ"Mimic"。特殊な進化をとげた昆虫が人間に擬態して社会にまぎれこんでいるという、ショートショートに近い短い話。当然、映画はかなりストーリーをアレンジしている。この原作では、昆虫が擬態した人間がアパートを借りてひっそりと住んでいるのだが、最初にどうやって部屋を借りたのだろう?
 ハリイ・ベイツ「主人への告別」。これも何種類ものアンソロジーに収録されている、古典的作品。「来訪者」の別邦題もある。映画「地球の静止する日」(1951)の原作。しかし、この原作、人間そっくりの異星人とロボットのコンビが地球に突然来訪するという基本的ストーリーは同じだが、どこにも「地球が静止する」なんて話は出てこない。
 この原作では、博物館で展示品と化しているロボットが、ひそかに生命の再生実験をしている。しかし無人状態の夜中に動いているので、誰もそのことに気付かないのだった。少し未来の話らしいのだが、なぜ監視カメラのひとつもないのだろうかという疑問がわく。1940年の作品だから仕方がないか。しかし肝心な写真を撮り忘れるカメラマンの主人公とか、ストーリーにもアレな部分がある。
 というか、映画の原作だから有名なだけで、実はたいしたことない作品なのではないか。ラストの一言は、発表当時は衝撃的だったかもしれないが。
 ところで今頃気づいたのだが、2008年にリメイクされたキアヌ・リーブス主演の映画は、タイトルが微妙に違っていて、「地球静止する日」だった。だから、本書のタイトルにもなっている映画は、旧作の方である。
 ロバート・A・ハインライン「月世界征服」は、同名映画(1950)の原作。厳密には、映画の原案作者によるノヴェライズ。
 ハインラインは月旅行の話を他にも書いている。ジュヴナイルの『宇宙船ガリレオ号』や中編「月を売った男」がそれ。本作はその中でも、国家事業としての側面が強調されており、作中で月の領有権問題が重要な意味を持っていたり、かなりなまぐさい。小説としては、「月を売った男」の方が出来がいい。
 最後は同じくハインラインの「「月世界征服」撮影始末記」。タイトルでわかるように、自分の原作が映画化される様子を見守るSF作家のエッセイ。アーサー・C・クラークは同じネタで本1冊書いたが(『失われた宇宙の旅2001』)、本編はそのさきがけ的作品。黎明期の宇宙SF映画についての苦労話が満載で、いろいろと時代を感じさせる。

 本書に収録された作品は、どれも1940年代、50年代に発表されたもので、クラシックSFアンソロジーという側面もある。その中で、面白さが古びてないという点でベスト作品をあげると、「殺人ブルドーザー」だろうか。

Chikyunoseishisuruhi

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2011年12月12日 (月)

テアトル東向島アカデミー賞

テアトル東向島アカデミー賞/福井晴敏(集英社文庫,2007)
 1987年、まだ二十歳前だった著者は「バイトで貯めた金をはたいてビデオデッキを購入」、著者の家でそのビデオとテレビが接続された瞬間に誕生したのが「テアトル東向島」であり、同時に創設されたのが「テアトル東向島アカデミー賞」である。
 要は著者の脳内テアトルであり(画面は実在するけど)、賞であるこの「テアトル東向島アカデミー賞」をネタに、『小説すばる』に2000年から2006年にわたって連載されたエッセイをまとめたのがこの本。
 歴代の「受賞作」や「ノミネート作」を取り上げては、その作品や、それにまつわる思い出を語るというのが基本パターン。賞創設以前の思い出の作品も時々登場する。配列は時系列ではなく、見たところバラバラ。
 例えば、第1回は平成元年度最優秀作品賞受賞の『ダイ・ハード』だし、その次は栄えある第1回受賞作、昭和63年度最優秀作品賞受賞『エイリアン2』、次が平成元年度三部門(最優秀撮影賞、音楽賞、主演女優賞)受章『グラン・ブルー』といった具合。ただ、後で述べるように2005年だけはある意図の元に選択、配列されている。
 この『エイリアン2』(1986年公開)の例でもわかるように、受賞年度はあくまで著者が「テアトル東向島アカデミー」で観た年なので、公開年とは必ずしも一致してない。
 それはともかく、以後登場する映画は、最優秀作品賞受賞だけを取り上げてみても、『レッド・オクトーバーを追え!』、『ジュラシック・パーク』、『ニキータ』、『テルマ&ルイーズ』、『機動警察パトレイバー2』、『マトリックス』、『プライベート・ライアン』、『ブレイブハート』(著者の魂の映画だそうだ)など、アクション、戦争、SF映画(アニメ含む)がずらりと並んでいる。
 その他に登場する映画も、『ミッション:インポシブル』、『スターシップ・トゥルーパーズ』、『リーサル・ウェポン』、『ブラック・レイン』、『ターミネーター』、『バットマン』、『インデペンデンス・デイ』、<平成ガメラ三部作>、『X-MEN』など、圧倒的にその傾向の映画が多い。
 さすがに「「芸術性」の他に「火薬量」「アドレナリン分泌量」が選考結果を左右するアトル東向島アカデミー賞」と言い切るだけのことはある。というか、「芸術性」など考慮しているのか? 「娯楽性」の間違いじゃないのか、という気もするが――。
 まあ、ドンパチする映画ばかりでもなくて、『プリティ・リーグ』とか『めぐり逢えたら』とか『耳をすませば』とか、ちょっと傾向の違う映画も入ってはいるが、日米のメジャー作品であることに違いはない。ミニシアターでひっそり上映されるような芸術的な映画は一つもない。(そのかわり、『ペンギンズ・メモリー』とか『メガゾーン23』とか、マニアしか知らないようなマイナーなアニメは出てきたりするが。)
 「協会理事長あいさつ」と称する序文で、著者自ら「これだけ爆発アクションとスペクタクルに偏った映画本も珍しい」と言うとおりである。
 しかし、「自分はこういう映画が好きなんだ!」と堂々と公言するのは、むしろすがすがしい。
 多くの男(そう、本書は「男が好む映画」ばかり集めた本でもある)が、内心ではそう思いながら、なんだか照れくさくて言えないことを、堂々と語ってしまっているのだ。特に『インデペンデンス・デイ』について、「――本作を愛している。なんべん観てもため息が出るくらい愛している」と、はっきり言える人はなかなかいないと思う。
 感性が10代の頃から進歩してない…と言ってしまえばそれまでだが、ここまで本音で語れるのは羨ましくもある。こういう著者だからこそ、ところどころに挿入される、美川べるの描く「女性の立場からの」ツッコミ4コママンガが笑えるのだが。
 なお、2005年だけは特別進行で、この年は著者が原作者としてかかわった映画が3本も制作進行していたため、それと関わりのある作品を取り上げながら、制作中の映画のことばかり書いている。その3本、『ローレライ』『戦国自衛隊1549』『亡国のイージス』が公開後は、当然その映画を紹介。堂々と自作宣伝のために誌面を1年間も占有する。これもまた本音に忠実というか、潔いと言うか…。
 かつて内藤陳が書いた『読まずに死ねるか!』というテンション上がりまくりの冒険小説ブックガイドがあったが、その映画版みたいな本である。

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