郵便局と蛇 A・E・コッパード短編集/A・E・コッパード;西崎憲編訳(ちくま文庫,2014)
この著者については以前に『天来の美酒/消えちゃった』(2013年5月18日のエントリー)を紹介している。その時も思ったが、コッパードの作品はやはり、どこか変である。前のエントリーで「小説の常識が通用しない」と書いたが、それはこの短編集にも当てはまる。
本書はそんな変な小説10編を収録。長くても30ページ前後の、短い作品ばかりである。実は解説が40ページくらいあって、収録作品のどれよりも長い。
・「銀色のサーカス」:虎の着ぐるみをかぶり、サーカスでライオンと対決することになった男。相手のライオンも着ぐるみだった。こういうのがジョークにあったが、それで終わらないのがこの話。実は恋敵だった二人の男は、本気で殺し合いを始める。
・「郵便局と蛇」:郵便局に行った男は、山へ行くと蛇が出ると言われる。男が山に登ると、本当に蛇が出る。言ってしまえばそれだけの話だが、この「蛇」は叢でウロチョロしてるやつじゃなく、世界を滅ぼす大蛇なのだ(原題では「serpent」)。
・「うすのろサイモン」:エレベーターで天国へ行くサイモンと、その後を追う学者。日常世界と天国とが何の違和感もなく自然につながっている奇妙な世界での、罪と赦しの物語。
・「若く美しい柳」:電信柱と柳の恋物語。とんでもない発想で、しかしけっこうまともなストーリーなのだった。
・「辛子の野原」:年老いた三人の女が野原で芝刈りをしている。帰り道、遅れた一人を待ちながら、二人の女はかつての恋人の思い出話を語る。その中で明らかになる過去の真相。
・「ポリー・モーガン」:アガサ伯母は死んだ男の遺言を破り、棺に花を手向ける。そのことが、伯母と語り手のポリーの運命を変える。二人は死んだ男の幽霊にとり憑かれる――あるいは、とり憑かれたと思いこむ。
・「アラベスク―鼠」:部屋に現れた小さなネズミを捕るため、ネズミ捕りを仕掛ける男。やがて男は一匹の鼠に人生の悲劇を見る。
・「王女と太鼓」:いつか世界の頂に登りつめると予言された少年キンセラの旅。巨人から渡された鍵を使って、キンセラはとある王国に幽閉されている王女を助けに行く。王女は太鼓を叩いて国民を困らせていた。寓話の一種だと思うのだが、何を言いたいのかさっぱりわからない。いかにもコッパードらしいが。
・「幼子は迷いけり」:貧しい夫婦の大事な一人息子は、病弱で無気力。こういうダメな男が最後には何かをなしとげるというのが、普通のパターンだが、コッパードは違う。最後までダメなままなのだった。
・「シオンへの行進」:大天使ガブリエル、あるいは世界の王に会うために旅を続けているミカエル。怪力の修道士と、マリアと呼ばれる女が彼の道連れになる。マリアの幻視に導かれて、一行は奇跡の地に到着するが、それを見ることができるのはマリアだけなのだった。宗教的な高揚と幻滅に満ちた物語。
こうして見ると、どの作品にも、濃淡の差はあれ宗教色が感じられる。コッパードの宗教的な側面が色濃く出ている短編集と言える。とはいえ、説教や教訓めいたものは感じられず、救いのなさや諦念みたいなものだけが印象に残るのだが。
そんな中でベスト作品を選ぶなら、シュールさが目立つ表題作「郵便局と蛇」か。次点が「若く美しい柳」。
ベスト珍書 このヘンな本がすごい!/ハマザキカク(中公新書ラクレ,2014)
著者は「珍書」コレクターにして、その正体は社会評論社の編集者(自称「ブサカル変集者」)濱崎誉史朗。変な本を企画することに情熱を傾けているようで、あの『世界飛び地大全』もこの人の編集担当だったようだ。
そんな著者が独特の視点で集めた「珍書」の数々。「珍書」は、作り手が意図しないおかしさを持った本のことだが、「トンデモ本」とは微妙に違う。「トンデモ本」は書いてある内容が変なのだが、「珍書」は、本のコンセプトそのものや、造本が変な本である。いわば、「トンデモ本」は内側に、「珍書」は外側に注目した概念と言える。とはいえ、どちらにも該当しそうな本も当然あるのだが。
また、「珍書」は井狩春男の『ヘンテコ本が好きなんだ』(2007年12月11日のエントリーで紹介)に出てくる本とほとんどかぶるらしい。そのためか、本書で取り上げる本は、『ヘンテコ本――』が出た後の、2000年以降出版のものに限定されている。
本書では約100冊の「珍書」が紹介されている。第1章「珍写真集」、第2章「珍図鑑」、第3章「珍デザイン書」など、10のカテゴリーに分類されていて、それぞれに6~15冊程度の珍本を収録。
小説は入ってない(著者は基本的に小説を読まないそうだ)。また、「いかにもウケ狙いのサブカル書も外した」そうだ。
わざと変な本を作ろうとしたのではなく、作り手の意図しないところで「珍」になってしまったというのが、著者の求める「珍書」らしい。この辺のスタンスはトンデモ本と似ている。
取り上げられた本のごく一部を挙げてみると、例えばこんなもの――。
・『DRIP BOMB』:ゲロの写真集。最初からこれである。(第1章「珍写真集」)
・『2009-2011 flowers』:中身は単なる花の写真集らしいが、50部限定、定価30万円という超豪華本。ただ高いというだけで、珍本の仲間入り。(第1章「珍写真集」)
・『ローリング・ストーンズ海賊版事典』:タイトルどおり、ローリング・ストーンズの海賊版だけを集めたガイドブック。(第2章「珍図鑑」)
・『Fが通過します』:幅20ミリ、高さ215ミリの「世界一細長い本」。ただ、「読み物ではなく、本と呼べるかは微妙」だそうである。(第4章「珍造本」)
・『漢字で書く「欧米男子の名前・550例』:自分の名前を漢字でタトゥーにしたい外国人向けの本。それぞれの名前について「Good」と「Bad」の2例があって、アレクサンダーなら、Goodが「有久賛陀」、Badなら「荒駆散堕」と暴走族風になる。こういうのばかり550も載っている。(第6章「珍語学書」)
・『民明書房大全』:タイトルだけ見てピンとくる人もいるだろうが、民明書房というのはマンガ『魁!!男塾』に引用が出てくる珍妙な本の発行元である。この本は、あのマンガに出てくる数々の架空の本を解説したもの。他の珍本が、いかに変に見えてもマジメな意図で出版されたものばかりなのに対し、本書はどう見ても冗談。著者が除外したという「いかにもウケ狙いのサブカル書」に該当するような気がするのだが…。(第7章「珍人文書」)
・『ほんとうに困った症例集』:精神科の困った患者たちの症例を集めた医学書。想像を超える奇妙な患者たちの事例が満載。医者も関係者たちも本当に困っているのだから、こういうのを珍書と面白がるのは不謹慎と言われても仕方ないのだが、本書にはこんな例が他にいくつもある。(第8章「珍医学書」)
・『こじき大百科』:ホームレスの写真とレポート集。人権侵害で訴えられて2度にわたる自主回収となったが、著者は懲りずに同じような本を出し続けているという、(第10章「珍警察本」)
ところで、この本のすごいところ――というか、著者のすごいところは、こうした「珍本」を探し出すために、年刊8万点に及ぶ新刊本をすべてチェックしているということ。
それも一般に流通している本だけではなく、普通の書店に並ばないような専門書、地方出版といったものまで、あらゆるルートを駆使してチェックしている。珍本は、普通のルートでは入手できないことも多いのだ。
また、流通してなかったり高すぎたりして現物が入手できない場合も多いので、そういう時は図書館で内容を確認する。普通の図書館にはないこともこれまた多いので、持っているところから取り寄せたり、国会図書館に出向いたりする。(そして著者が図書館に行くと、かなりの頻度でハプニングが起きるらしい。)
とにかく新書1冊の背後にこれだけ膨大な手間のかかっている本はないのではないか。本書自体が一種の珍書じゃないかと思う。