安禄山
安禄山 皇帝の座をうかがった男/藤善眞澄(中公文庫,2000)
中国史上の美人と言えば、筆頭に楊貴妃をあげる人が一番多いのではないだろうか。
だが、楊貴妃が悲劇的な最後を遂げなければ、ここまでの名声は出なかったに違いない。例えば後漢の光武帝の妃である陰麗華はたいそう美人で、しかも性格も良かったらしいが、全然有名じゃない。何の波乱もなく満ち足りた一生を送ったからだろう。クレオパトラも同様だが、美女は悲劇の主人公にならないと、史上の名声を得られないらしいのだ。
で、楊貴妃を悲劇の主人公にしたのが、安禄山である。安禄山の反乱軍が長安に迫り、都落ちした皇帝一行が蜀に逃げる途中で、兵士たちが「何もかもこの女が悪いんだ、殺せ!」と騒ぎだし、玄宗は泣く泣く楊貴妃を見殺しにした。若い頃は名君とうたわれた玄宗も、この頃には色ボケかつヘタレ、という救いがたい状態に陥っていたことがわかる。とにかく、この一件が楊貴妃の名を不滅にした。安禄山が反乱を起こさなければ、楊貴妃は、単に老皇帝玄宗が息子から横取りした愛人として、歴史の片隅に名を残すに過ぎなかったのではないか。
というわけで、この本は、楊貴妃物語の名悪役として名高い安禄山を中心とした史伝。オリジナルは人物往来社の「人物叢書」というシリーズの1冊として、1966年に発行されたものである。
安禄山が中心、とは言っても、実は彼の前半生についてはほとんどわかってない。著者も困ったらしく、この本の半分以上は、玄宗と楊貴妃と、その周辺のことを書いている。安禄山が本格的に表に出てくるのは、反乱を起こしてから。
ところで本書のサブタイトルには「皇帝の座をうかがった男」とあるが、安禄山は皇帝の座をうかがったのではなく、実際に皇帝になっている。自称だけど。国の名は「燕」で、安禄山は「聖武皇帝」を称した。もちろん年号も建てている。
で、反乱を起こす前の安禄山の本拠地は范陽郡、今の北京を中心とするあたり(もちろん、この時代にはまだ北京という年はない)。古代の燕国の領域なので、燕の皇帝を称したわけである。そこから黄河まで南下、さらに黄河沿いに進撃して、洛陽、長安を落とした。河北の要地をほぼ手中にしたわけだが、この本を読むと、その領土が、本拠の范陽と洛陽・長安の占領地、その間を結ぶ細長い連絡路という非常にいびつな形だったことがわかる。点と線を占領していたに過ぎないのだ。特に范陽と黄河の間の南北の線が危うく、東の山東、西の山西という唐王朝側の勢力圏から常に側背を衝かれかねない状況にあり、実際にたびたび攻撃を受けている。
安禄山にもう少し戦略的な視野があるか、もしくは優秀な軍師がいれば、勢いにまかせて一気に洛陽を攻めたりせず、周囲を固めながらじわじわと進撃していく策を選んだかもしれない。強大な軍事力を持っていた安禄山がどこで失敗したのかがよくわかる。
結局本書を読んで思うのは、安禄山というのは、軍事的にも政治的にも実はあまり大した才能の持ち主ではなかったらしいということである。著者自身、本書の中で、「安禄山もがんらい平凡な人間である」と書いている。
楊貴妃を有名にしたのは、安禄山の反乱だが、逆に言えば安禄山もまた、楊貴妃の死にからむことによって、平凡な逆賊から、史上もっとも有名な反乱者の一人になれたのかもしれない。










































