SF

2021年1月 6日 (水)

ラッフルズ・ホーの奇蹟

ラッフルズ・ホーの奇蹟(ドイル傑作集5)/コナン・ドイル;北原尚彦、西崎憲編;北原尚彦ほか訳(創元推理文庫,2011)
 以前に本ブログで、この創元推理文庫版<ドイル傑作集>の2冊目にあたる『北極星号の船長』という短編集を取り上げたことがある(2013年8月30日のエントリー)。そっちの方は怪奇小説を集めた一冊だったが、本書はドイルのSF短篇を中心に収録している。
 中身は知らない作品ばかり8編。SFだけでは一冊分に足りなかったのか、どう見てもSFとは呼べないような作品も入っている。

「ラッフルズ・ホーの奇蹟」
 全体の半分近くを占める長い中編。イングランド中部の田舎町タムフィールドに突然やってきた謎の大富豪ラッフルズ・ホー。無限に湧き出る富を惜しげ無く人々に分け与えるが、そのために地域の人々は堕落し、人生を狂わせる。ラッフルズ・ホーと偶然知り合ったロバートとローラの兄妹を通して、ホーの慈善とその挫折を描く。ホーの富の源泉が、元素変換技術――文字通りの錬金術だったというところがSF。
「体外遊離実験」
 科学者と助手の青年が魂の離脱実験をしたところ、二人の心が入れ替わってしまう。二人がしばらくの間それに気づかず行動したために大混乱が起きる、というドタバタ劇。しかし自分の体でないことに、なぜすぐ気づかないのか不思議。
「ロスアミゴスの大失策」
 世界最大の発電所を誇るロスアミゴスの町で、一人の悪人が死刑になる。処刑方法は、発電所の最大電力を使った電気ショック。しかし電気エネルギーを吸収した男は不死身になってしまうという、ブラックなコメディ。本作が発表されたのは1892年で、アメリカで初めて電気椅子による死刑が執行されてから2年後。発表当時は時事ネタだったのだ。
「ブラウン・ペリコード発動機」
 飛行機械を巡る発明家二人の争いの果てに、一人が殺される。せっかく完成した飛行機械は、死体を人知れず処分するために使われるのだった。1892年の作品で、ライト兄弟による飛行機が初飛行に成功する11年前。しかし本作に出てくるのは羽ばたき式飛行機。
「昇降機」
 600フィートの高さにそびえる展望塔に昇って行く昇降機。しかし気の狂った技師が昇降機を途中で止め、ワイヤを切ろうとする。乗客の必死の脱出劇を語るスリリングな話。しかしSFではない。
「シニョール・ランベルトの引退」
 嫉妬深い男が、妻との浮気相手だと疑ったオペラ歌手の喉を手術で傷つけ、声をだいなしにしてしまう。それだけの話。医学がからむ話ではあるが、SFではない。
「新発見の地下墓地」
 考古学者が、自分の発見したローマの地下墓地に、恋人を奪った男を誘い入れ、二度と帰れない迷宮の奥に放置するという復讐譚。これも一種のミステリであって、SFではない。
「危険!」
 1914年、第一次大戦の勃発直前に発表された未来戦記。潜水艦による通商破壊作戦の脅威を警告している。わずか8隻の潜水艦しか持ってない小国とイギリスが戦争し、イギリスに食糧を運ぶ輸送船が次々と撃沈される。結局、兵糧攻めでイギリスがギブアップしてしまうのである。現実には、第一次世界大戦時のイギリスはドイツのUボートによる津相破壊作戦に耐え抜いている。いくらなんでもそんなことになるはずがないのである。しかし話としては面白い。

 というような内容で、SF短編集というにはやや疑問が残るのだが、バラエティに富んだ作風が楽しめるという点では、値打ちがあるかもしれない。マイベストは「体外遊離実験」。ドイルがこんなマンガみたいな話を書いていたのが意外。

Raffleshaw

 

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2020年11月23日 (月)

幻綺行

幻綺行 [完全版]/横田順彌(竹書房文庫,2020)
 明治時代、自転車で世界一周無銭旅行に挑戦した中村春吉を主人公にした秘境冒険SF。『SFアドベンチャー』に連載された連作短篇をまとめたもの。1990年に単行本が出ているが、その時には収録されてなかった2編を追加した「完全版」。
 主人公中村春吉は実在の人物がモデルだが、無謀な冒険に乗り出すだけあって、本書での性格はバンカラで向こう見ずで衝動的な熱血漢。後先考えずに行動する。はっきり言ってバカである。本当にこんな人物だったかどうかはわからない。
 この中村春吉がパレンバンで出会った石峰省吾と雨宮志保とともに、世界各地で怪物たちと戦うという話。だから個々の話は完全なフィクション。
 春吉の一人称(「我輩」)で語られる大時代な文章が、いかにも明治人らしい思考、そして語彙にあふれていて、実に内容によくマッチしている。

「聖樹怪」
 自転車世界一周中の春吉は、パレンバンで娼館から志保を救い、山田長政の秘宝を探す石峰青年と出会う。その秘宝があるという密林の奥で彼らが遭遇したのは、人間を操って受精の道具に使ったあげく食ってしまう怪植物。
「奇窟魔」
 宝探しを続ける石峰と別れた春吉と志保は、ネパールの奥地で若い娘を連れ去る謎の寺を探索。そこでは僧たちが、さらってきた娘たちを頭だけが動物の奇怪な姿に改造していた。春吉と志保は、(都合よく)再登場した石峰と協力して悪僧たちを退治する。
「流砂鬼」
 志保と石峰を道連れにして春吉の世界一周は続く。自転車でペルシャの荒野を横断する三人。当然無事にすむわけがなく、大砂嵐に襲われ、地下の大洞窟に落ちる。その奥には高度なテクノロジーを思わせる遺跡があった。そこへ襲ってくる砂でできた怪魔像。春吉がこの強敵を撃退する手段がすごい。
「麗悲妖」
 しばらく一人で行動していた春吉はロンドンで志保と再会する。ペテルブルグに友人を訪ねて行ったという石峰を追って、二人はロシアへ。石峰の訪問先は松尾という日本人と、その新婚の妻エヴグーニヤだった。このエヴグーニヤの挙動が不審、実は彼女は魔物と化していた…。収録作中唯一、秘境ものではない。
「求魂神」
 南アフリカに向かう途中、マデイラ島に滞在する三人。島の高山ピコ・ルイボ山に登山中、黒い影にのみこまれる。気づくとそこは地上に着陸していた宇宙船の中。今度の敵は、地球人の魂を食料とする宇宙人なのだった。収録作中一番SFらしいSFで、珍しく文明批評的な終わり方をする。それはいいのだが、「流砂鬼」の怪魔とこの宇宙人の弱点が同じというのは、ややワンパターンなのでは。
「古沼秘」
 南アフリカに着いた三人。大蛇に襲われたりダイヤ鉱山を訪れたりいろいろあった後、モザンビクからザンジバルへと向かうことに。ところが途中、現地人が恐れる沼のほとりで露営していた時、やっぱりというか怪物に襲われる。今度の相手は巨大な蟹。ということで、最後のエピソードはごく単純な怪物ものだった。あるいは原点に戻ったと言うべきか。

Genkikou

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2020年10月17日 (土)

光瀬龍の怪作ふたたび

魔道士リーリリの冒険/光瀬龍(光風社出版,1993)
 以前に本ブログで光瀬龍の『異本西遊記』という変な小説を紹介したことがあるが(2009年3月6日のエントリー)、本書はそれに輪をかけた怪作である。
 そもそもブログ主は、光瀬龍にこんな作品があったこと自体知らなかった。近所の図書館でたまたま見つけて、なんとなく借りて読んでみたのである。正直言って、別に知らないままでいてもかまわなかった気がする。

 主人公リーリリは、見た目は「大人にはまだだいぶ間が有りそう」な少女。だが、実はかなり長い間生きているらしく、真の年齢は不詳、出自不明。驚異の身体能力を備え、得体の知れない術を使い、古今東西の知識に通じ、バラバラになってもペシャンコになっても復活する、魔道士というより妖怪じみた超能力者である。
 そのリーリリが、相棒の白い犬ポンポン(これまた自在に変身する超能力生物)とともに、時空を超えて活躍する連作短編集。全7話。

 第1話「さすらいのリーリリ」は、いつどことも知れない異世界が舞台。怪現象により無人化したセリス盆地に向かう旅人黎莉莉[リーリリ]とポンポン。怪異の原因を作ったたキノコ人間たちと戦うことになるが、退治方法がとんでもない。
 第2話「ニューヨーク裁判物語」では、舞台は一転して20世紀のニューヨーク。リーリリはなぜか弁護士事務所をやっている。そこへやってきたのがガーゴイルそっくりの見習悪魔ヒドロゾア、セント・バルキリー教会のガーゴイルを肖像権侵害で訴えたいという。
 第3話「雨ぞ降る」は、また異世界の話。いつ果てるともしれない雨が降り続くサッサミメア王国。その都にやってきたリーリリは、怪しげなレインコートの謎を追って王宮に入り込み、国を乗っ取っていた宇宙から来たナメクジと戦うことになる。ナメクジ嫌いの人には耐えられない話。
 第4話「Lidyの夜」は、珍しくベッドシーンから始まる。また20世紀のアメリカの話だが、第2話よりは少し後の時代らしい。リーリリはいつのまにかサンフランシスコで「何でも承ります」屋をやっている。今度の相手は上院議員の愛人ウオルベリン・ピーチ、実は古代から生きている不死の魔物。
 第5話「悪魔は夜来る」。またしてもアメリカが舞台で、年月日がはっきり書かれている。1989年12月3日、ニューヨーク市ロングアイランドで開催中の世界SF大会で惨劇が起きる。自動販売機からバラバラになった人体の手や足や首がころげ出てきたのだった。警察もお手上げで、リーリリに調査が依頼される。
 ちなみに、1989年のワールドコン(世界SF大会)は、実際にはその年の8月から9月にかけてボストンで開催されているので、この作品とはまったく関係ない。
 第6話「大江戸喪神記」。今度は元禄時代の江戸が舞台。リーリリは長屋に住んでいて「おりり」と名乗っている。唐物商西海屋が輸入した西洋の「仏像」、実はサタンとガブリエルの像。この二つの像がもたらす怪現象にリーリリたちが挑む。著者はやはりこういう時代ものが好きなのか、このエピソードは心なしか文章が生き生きしているような気がする。
 第7話「ベイレオキンクスの陰謀と逆襲」。最終話は、またしてもどこかわからない世界。一面の廃墟と化したカコープス王国にやってきたリーリリとポンポン。没落したかつての王から依頼され、王国滅亡の謎を探ることになる。最後にリーリリは、彼女とそっくりの「恐怖王」と対決することになる。
 このエピソードでリーリリの正体らしきものがやっと明かされるのだが、全体としてやっぱりわけがわからない。しかしこのメチャクチャな世界にも、一抹の詩情というか、光瀬龍らしさが漂っているのである。

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2020年10月 9日 (金)

文豪宮本武蔵

文豪宮本武蔵/田中啓文(実業之日本社文庫,2020)
 巌流島で佐々木小次郎を倒した宮本武蔵は、その後、病弱な小次郎の妹、夏に同情し、彼女の生活を援助していた。とはいえ、浪人の身で自分の生活も苦しい武蔵。士官を求めて江戸に出て、柳生宗矩に勝負を挑むが、返り討ちにあい、殺されそうになる。
 死んだかと思ってふと気がつくと、なぜか明治時代にタイムスリップしていた武蔵。いきなり通りがかりの女にぶつかる。女は夏にそっくりで、やはり名前も夏子と名乗る。実は女流小説家で、ペンネームは樋口一葉――。
 さらに武蔵は通りがかりにたちの悪い学生たちにからまれている男を助ける。その男の名は正岡子規。子規の家に招かれると、そこには夏目金之助という男が来ていた。よくまあ、文学史に名の残る人たちにうまく巡り会うものである。
 子規と金之助(漱石)に対して、武蔵は過去から来たなどと本当のことを言うわけにもいかず、小説家を目指して東京に出てきたとでまかせを口にする。
 その後、人力車夫として働くことになった武蔵。樋口一葉から借りた『たけくらべ』を読んでめちゃくちゃ感動する。「俺もこういうものを書いてみたい」という衝動が武蔵の中にわきあがる。武蔵は自分が言ったとおり、小説家への道を歩み始めるのだ。
 ――というところで約半分。
 その後いろいろあって、武蔵は『蒸気力車夫』という小説を書く。そして刊行されるや大いに売れるのだった。
 さらに第二作、『時を駆ける武士』を出した直後、かねてから因縁のあった悪徳代議士大山とその用心棒桑本との争いで武蔵は背中を刺されてしまう。もう死ぬのか、と思ったら、なぜか江戸時代に帰っていた。もう理屈も何もない。そういうものなのである。
 江戸時代で武蔵を待っていたのは、若死にした樋口一葉の霊の力で元気になった夏だった。なんともご都合主義だが、もともと設定がぶっ飛んでいるのだから、あまり気にならない。自分の時代に戻った武蔵は、その後ほぼ史実と同じ人生を送る。最後に武蔵が生涯の最後を飾る『五輪書』を書くところで終わり。しかしここに著者お得意のダジャレが仕込まれていたのである。それまで、珍しくダジャレが出てこないと思ったら、最後の最後でかましてくれたのだった。
 まあ、最後のダジャレを別にすれば、(田中啓文にしては)わりと普通のタイムスリップ小説と言える。江戸時代から来た人間がいきなり小説を書けるのかという疑問は、この際考えてはいけないのである。

Bungoumiyamotomusashi

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2020年8月10日 (月)

宇宙飛行士オモン・ラー

宇宙飛行士オモン・ラー/ヴィクトル・ペレーヴィン;尾山慎二訳(群像社ライブラリー,2010)
 1992年に出版されたロシアの小説。ソ連時代の架空の宇宙飛行計画を中心とした小説だが、SFというより不条理小説に近い。
 父親から変わった名前をつけられたオモン・クリマヴァーゾフは、少年時代から宇宙飛行にあこがれ、高校を出ると親友のミチョークとともに宇宙飛行士になるために航空学校の試験を受ける。
 ザライスクという町の試験会場で、オモンは一人の老人に話しかけられ、「宇宙に行くってのは並大抵じゃないぞ。お国に命まで求められるかもしれん」と言われる。「やるべきことをやるだけです」とオモンは答えるが、これが文字どおりの意味だということが、後でわかるのである。
 そしてオモンとミチョークが試験に合格して宇宙飛行士訓練生になった途端に、悪夢が始まる。訓練生たちはまず足を切られる。意味のわからない講義と訓練が続く。やがてソ連の宇宙飛行の真実がわかってくる。
 ソ連のロケットは人間の犠牲の上になりたっていたのだった。ロケットの切り離しは各段ごとに人間が操作していて、もちろんその人間は直後に死ぬのである。
 オモンは「無人月探査機」ルノホートに乗り込んでそれを操作する役を割り当てられる。自転車みたいにペダルをこいでルノホートを動かすのだ。地球に帰る手段はないから、最後に空気も食糧も尽きたら自殺するしかない。ひどすぎる話である。
 親友のミチョークは、そんな殺人ロケットにすら乗せてもらえず、「前世試験」というわけのわからない試験で危険分子と見なされて射殺されてしまう。
 オモンは何人もの仲間の死の果てに月の裏側に着陸、何十日もルノホートのペダルをこぎ続けて目的地に到着し、無線標識を設置する。これで後は死ぬだけなのだが、自殺用の銃は不発。そしてオモンは月面のはずの周囲の様子がおかしいことに気づく。
 結局、ソ連宇宙計画のとんでもないインチキがオモンの前で明らかになる。秘密を知ったオモンを殺そうとする政府の手先たち。追われるオモンが最後に行き着く先は…。
 地獄のような宇宙計画の果てに待ち構える大ドンデン返し。だが実のところ、前半の描写と後半の展開が矛盾するところも多く、そもそも最初の試験のところからすべてがオモンの妄想だったとも解釈できる。

 それにしても、ソ連崩壊の直後に、ソ連政府と共産党の信じがたい非人間性と冷酷さ、教条主義、形式主義をパロディ的に暴き出し嘲弄する、こんな作品が出ていたとは。

Omonra

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2020年7月25日 (土)

未来製作所

未来製作所/太田忠司ほか(幻冬舎,2018)
 株式会社デンソーの企画・取材協力による「未来の移動」をテーマにしたアンソロジー。140ページくらいしかない薄い本に10編が収録されてるので、どの作品もショートショート程度の長さ。しかしショートショートにしては、オチのない話が多い。
 というか、自動車部品メーカーである企画主に遠慮してか、テクノロジーのマイナス面を暴くような話がひとつもない。どれも明るい未来ばかりである。
 太田忠司、北野勇作、小狐裕介、田丸雅智、松崎有理の5人が2編ずつ書いている。

「ワンルーマー」(田丸雅智)
 車を家とし、定住場所を持たないノマドワーカーたちがワンルーマーと呼ばれ、その数を増していく。ただそれだけの話。
「dogcom.」(小狐裕介)
 犬型パソコンdogcom.をポチと名づけ、本当の愛犬のようにかわいがりながら十年をともに過ごした男。ポチが寿命を迎えた時、メモリーチップを新しいdogcom.に移植する。
「工場散歩」(北野勇作)
 工場は生きもの、そして外の世界を見たがっている。いつもの北野勇作作品なら、そこから奇想天外な展開に持って行くはずだが、この話はそこで終わっている。
「山へ帰る日」(松崎有理)
 登山を生きがいにしていた若者が、山の事故で下半身不随になる。だが、八本の足を備えた最新型車椅子「スパイダーチェア」を使って、再び登山に挑む。本当にこんな話が実現したらきっとNHKがドキュメンタリー番組にするだろう。
「鞍の上で」(北野勇作)
 本物そっくりの自動車のシミュレーター。古来考えごとをするのに最適とされる「三上」(枕上、厠上、鞍上)の、鞍上に代わる新しい形態である。ただ、現実の運転にはないような「もっと思考を手助けしてくれるような風景と場所と移動」を仮想空間に組み込んでいるという。それがどのようなものかは、語られないまま終わる。やっぱり北野勇作らしさがない。
「天文学者の受難」(松崎有理)
 ダイヤモンドでできた惑星を発見した天文学者が、ダイヤモンド業者と、ダイヤ専門の女性怪盗の二人から命を狙われる。結末は気抜けするもので、しかもテーマのはずの「移動」と何の関係もない。
「ラプラスの兄妹」(太田忠司)
 すべての車両の速度と方向を解析し、動きを予測して交通事故をゼロにするシステム、「ラプラス・システム」の実現に人生をかけた兄妹の物語。兄は総理大臣となってシステムを実現するが、その直後、政敵の陰謀によって、システムを悪用した事故で殺される。収録作中、悲劇的な人間のマイナス面を描いた唯一の作品。結局、システムは妹の手によって改良され、成功する。
「砂漠の機械工」(小狐裕介)
 パイプ内をポッドによって移動する交通システムが汎用化し、自分の足で歩くことがほとんどなくなった遠い未来。主人公はなぜか自分の足で世界を歩き回ることを夢見て、歩行補助器を装着して砂漠へと歩き出す。
「ドルフィンスーツ」(田丸雅智)
 海中を自在に泳ぎ回ることができるイルカそっくりのドルフィンスーツ。その開発に成功した男のサクセスストーリー。ただそれだけ。
「つなげる思い」(太田忠司)
 亡父から相続したGTIN(Global Traffic Information Network 総合交通情報網)のデータには、父の車の運転履歴すべてが記録されていた。「私」はそのデータから、結婚前の一時期、両親が海岸のある場所に毎週ドライブしていたことを知る。妻と一緒に行ってみると、そこには一軒の喫茶店があり、母の書いた絵が飾られていた――。収録作中で、太田忠司の2編だけは、くっきりしたドラマ性がある。

 それにしても、テクノロジーの明るい面だけに目を向けたSFというものは、やはりどこか物足りないのだった。

Miraiseisakujo

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2020年1月 7日 (火)

懐かしの<銀背>『時間と空間の冒険』

 ずいぶん久しぶりとなったが(約9ヶ月ぶり)、今回は、文庫化されてないハヤカワ・SF・シリーズを紹介する「懐かしの<銀背>」。

時間と空間の冒険 No.1/レイモンド・J・ヒーリイ、J・フランシス・マッコーマス編;福島正実ほか訳(ハヤカワ・SF・シリーズ,1966)
 SFの「黄金時代」というのはいつなのか。
 議論が多いが、Encyclopedia of Science Fictionによると、オールドファンたちは1938年から1946年までがGolden Ageだと言ってるのだそうだ。"Golden Age of Science Fiction"というのはWikiにも項目があって(日本語版はない)、そこにもやはりこの年が書かれている。
 簡単に言ってしまうと、ジョン・W・キャンベルが『アスタウンディング』誌の編集長になり、SF界にもっとも大きな影響力を振るった10年である。(注)
 本書の裏表紙には「SFの黄金時代を築いた傑作短篇をどうぞ!」と書いてある。原著が発行されたのは1946年、まさにこの「黄金時代」の作品を集めたアンソロジーなのである。

 この邦訳版は全3冊で刊行される予定だったらしいが、なぜかNo.2までしか出ていない。自分が持ってるのはこの1冊目だけ。収録作は1937年から1942年までに発表された10編。

「鎮魂曲」(ロバート・A・ハインライン)
 宇宙旅行を事業化した男が、残り少ない命のすべてを賭けて月に行く話。民間宇宙旅行を予言した作品とも言える。そのうち本当にこんなことが起きるのでは。
「忘却」(ドン・A・スチュアート)
 ジョン・W・キャンベルがペンネームで書いた作品。数百万年の未来、異星からの来訪者が、人類の遙かな子孫と出会う話――らしい。地球とか人類という言葉はどこにも出てこない。実に地味な話で、波乱がまるでない。正直言って少々退屈。
「時の砂」(P・スカイラー・ミラー)
 時間の螺旋構造を解明してタイムトラベルを可能にした男。しかし六千万年前の恐竜時代にしか行けない。そこの時代で彼は、異星から逃れてきた少女と出会う。ロマンチック時間SFの典型的なパターンだが、ロマンチックになりきれていないのは、時代の制約か。
「黒い破壊者」(A・E・ヴァン・ヴォクト)
 6年ほど前に出た創元SF文庫の宇宙生命SFアンソロジーで表題作になっていた。猫型エイリアン、クアル(本書では「クァール」)が大暴れする、言わずと知れた『宇宙船ビーグル号』第一エピソードの雑誌掲載版。実は本書に収録されているのは一部省略されたバージョンで、新訳の方が完全版らしい。いずれにしても、長編版の主人公グローヴナーは登場しない。それでも話の進行にまったく不自然さはないので、このエピソードに関する限り、むしろグローヴナーはいらないんじゃないだろうか。
「共生」(エリック・フランク・ラッセル)
 以前にこの<懐かしの銀背>シリーズで紹介した『メカニストリア』(2018年3月7日のエントリー)の第三エピソード。訳者も同じで、要するに一字一句まったく同じ。多種族が共生する平和な惑星に人類がやってきて、破壊と殺戮の限りを尽くすひどい話である。
「黄昏の種子」(レイモンド・Z・ガラン)
 遙かな未来、火星から宇宙空間を漂って地球に辿りついた胞子が、知性を持つ植物生命体に成長し、侵略を開始する。迎え撃つのは、人類の末裔である「冷酷で残忍で狡猾な」イトールウ族。今の人類とどこが違うのかよくわからない。
「重い惑星」(リー・グレガー)
 地球より遙かに強い重力を持つ苛酷な環境の惑星に、地球人の宇宙船が不時着。惑星に住む二つの知的種族が、宇宙船を奪い合う。地球人は一人も出てこない。宇宙船にはもちろん乗組員がいたのだが、みんな高重力でつぶれてしまっているのだ。この作者の邦訳作品はこれだけ。
「連環」(クリーヴ・カートミル)
 人類の誕生した超古代を舞台にした物語。突然変異(体に毛がないらしい)のロクという原人が、初めて棍棒を武器にすることを思いつく。要するに「2001年宇宙の旅」の最初の方のあの世界。原題の"The Link"は、「ミッシングリンク」のことだと思う。
「機械ねずみ」(モーリス・G・ヒューギ)
 未来を覗き見る装置を発明した男が、意味もわからないまま写し取った設計図から、用途がさっぱり不明な複雑な機械を組み立てる。それは人類を滅ぼしかねないとんでもない機械だった。人類にとっても脅威だが、この機械が猫をやたら殺すという、猫好きには許せない凶悪な代物。
「イヴのいないアダム」(アルフレッド・ベスター)
 これもずいぶん前に本ブログで紹介した『願い星叶い星』(2007年10月3日のエントリー)に収録されている。ロケット実験で地球を滅ぼしてしまった男の死と生命の再生の物語。収録作中、この作品の文章力は飛び抜けている。「鎮魂曲」のハインラインもうまいと言えばうまいが、それはストーリーテリングのうまさ。ベスターの筆力は圧倒的で、文章そのものに力がある。収録作中ベスト。

(注)『SF その歴史とヴィジョン』を書いたスコールズとラブキンは、この言葉を、アメリカらしい誇大表現であり自画自賛だと斬って捨てている(p.101))

Jikantokuukannobouken

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2019年12月27日 (金)

公正的戦闘規範

公正的戦闘規範/藤井太洋(ハヤカワ文庫JA,2017)
 先端テクノロジーをテーマにしたSF中編5編を収録した作品集。
 現在使われているテクノロジーの延長線上、ほんの一歩先にありそうなAIやネットワーク技術やマン=マシンインターフェイスが、世界を劇的に変えていくという近未来の話が多い。
 テクノロジーの扱い方に小川一水や宮内悠介と似たものを感じるが、もっと生々しい印象を感じる。同時に、テロや非対称戦争の描き方には伊藤計劃の作品に似たところがある。つまるところ、新世代ハイテクSFの典型といったところか。

「コラボレーション」
 検索エンジンが暴走してインターネットから人類が追放された後、トゥルーネットが新たな情報インフラとなっている時代。高沢はかつて自分が開発したプログラムがインターネットの遺物の中で生きていることを知る。
「常夏の夜」
 甚大な台風被害を受けたセブ島が舞台。復興事業の取材に来たタケシ・ヤシロは、天才エンジニアのカートが開発した量子アルゴリズム「フリーズ・クランチ法」の圧倒的な能力に感嘆するが、同時に危うさも感じる。果たして、実行に移された「フリーズ・クランチ法」は、治安維持ロボット<クラブマン>を暴走させてしまうのだった。
「公正的戦闘規範」
 近未来の中国の対テロ戦争を描く表題作。ドローンによるテロが蔓延している時代、辺境の故郷に帰省しようとしていた趙公正は、いやおうなしにウイグル過激派との戦闘に巻き込まれていく。戦いの果てに、新たな「公正な」戦闘のあり方が見えてくる。
「第二内戦」
 アメリカ中部が「アメリカ自由領邦」(FSA)として独立する。そこは銃の携帯にこだわり、自動運転などAIを使用する機械を禁止し、白人が支配者の地位を独占するという超保守国家。その国に、アメリカで開発された株取引用AI「ライブラ」が密かに持ち込まれ、違法に使用されているという。元兵士の私立探偵ハルは、「ライブラ」の開発者アンナ・ミヤケの依頼を受け、彼女とともにFSAに潜入する。
「軌道の環」
 この作品だけがかなりの未来に時代が設定されている。あまり長い作品ではないが、限られた長さの中に、木星に建造された浮遊都市、宇宙に移住したイスラム教徒の信仰のあり方、コンテナ船を使った地球への大規模テロ計画、そして「リングワールド」を彷彿とさせる太陽をめぐるリングの形成――と、アイデアがてんこ盛り。藤井大洋はその気になれば本格宇宙SF巨編も書けると見た。
 ただ、この作品の場合、アイデアが多すぎて、人物描写が非常に浅くなっている点は否めない。主人公ジャミラでさえ影が薄く、その他の人物は名前に過ぎない。

 ベストはやはり表題作だろうか。もう少し長ければ「軌道の環」がベストになっていたかもしれない。

Kouseitekisentoukihan

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2019年11月17日 (日)

TAP

TAP/グレッグ・イーガン;山岸真編訳(河出文庫,2016)
 日本オリジナル短編集。2008年に<奇想コレクション>の1冊として刊行されたものの文庫化なので、ハヤカワ文庫から出ている短編集とは違って、比較的SF色が薄い作品も入っている。

「新・口笛テスト」
 主人公は脳科学テクノロジーを使って「頭に残って離れない」CM用の音楽を作成する。ところがその音楽にはとんでもない副作用が…という話。フリッツ・ライバーの傑作ファンタジー「ラン・チチ・チチ・タン」を思い出した。
「視覚」
 脳手術を受けた後、「体外離脱」状態になってしまった男。自分が体の上に浮いていて、下を見下ろしているように見えるのだが、それは単に視覚の問題だという。なぜそうなったのか説明はないし、何の解決もないまま終わる。
「ユージーン」
 宝くじで大金を手にした夫婦のところに研究者がやってきて、二人の間にこれから生まれる子供を、遺伝子操作によって史上最高の天才にできると勧誘する。悩む二人のところに、未来から天才の子供が通信を送ってくる。遺伝子操作や優性思想への痛烈な皮肉。
「悪魔の移住」
 収録作中、二番目に気持ち悪い話。巨大バイオ企業の地下の実験施設で密かに培養されている、ネズミから生まれた脳腫瘍。腫瘍は高度な知性を持ち、テレパシーで人々に呼びかける――ここへやってきて自分を殺せと。動物実験への強烈なアンチテーゼ。前の作品もそうだったが、肥大化するバイオサイエンスへの著者の警戒心がよくわかる。
「散骨」
 これはSFというより、ほぼ純粋なホラー。失踪する子ども達、連続する残虐な殺人、現場を写真に撮って壁中に貼り付ける主人公。彼の元にやってきたのは何者なのか。正直よくわからない話だが、強迫観念めいた恐怖感は伝わってくる。
「銀炎」
 収録作中一番長く、一番気持ち悪い話。作中に出てくる伝染病の気持ち悪さもあるが、それを意図的に広めて歩いている、カルトに取り憑かれた若者たちの精神がもっと気持ち悪い。スピリチュアリズムや反知性主義の行きつく果ての地獄を描いている。
「自警団」
 吸血鬼のような怪物が<犯罪に立ちむかう市民の会>に捕らえられ、契約によって街の犯罪者たちを狩る。最後に怪物は契約延長を拒み、市民の会に逆襲する。暴走する自警団的思想への皮肉。
「要塞」
 これも自警団的発想の延長に見えるが、遙かに遠大な構想を扱っている。人間の遺伝子を根本的に改造し、いかなるウイルスにも感染しない一族を造ろうという計画がどこかで進んでいることをほのめかせるだけの話だが。環境問題や難民問題への著者のリベラルな立場がうかがえる。
「森の奥」
 若いハッカーが依頼主に対し背信行為をして、殺し屋に殺されることになる。ところが森の奥に主人公を連れてきた殺し屋は、そこで人間の死とアイデンティティに関する独自の思想を述べ始めるのだった。一種の哲学SFか。
「TAP」
 人間のあらゆる状態を単語化する完全な言語TAPは、脳に埋め込まれたインプラントによって使用可能になる。そのTAPユーザーの一人で、有名な女性詩人が突然死する。母は殺されたのではないかと疑問を持った娘が、主人公の女性探偵に調査を依頼するというミステリタッチのストーリー。最後には、事件を仕組んだ意外な黒幕が明らかになる。

 全体を通じて、イーガンの反権力指向や反知性主義への危機感など、リベラルな指向がよくわかる作品が集められている。ベストを選ぶなら、やはり「TAP」か。

Tap

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2019年7月10日 (水)

SF飯

SF飯 宇宙港デルタ3の食糧事情/銅大(ハヤカワ文庫JA,2017)
 タイトルからして、宇宙を舞台にしたグルメ小説みたいなものか――と思ったら、だいぶ違っていた。
 主人公は「中央星域」指折りの名家オリュンポス家の御曹司、マルス・ソル・オリュンポス88世。作品中では単に「若旦那」と呼ばれている。何か事情があって本家を勘当され、中央星域を3万光年も離れた辺境デルタ星域に流れてきた。
 この若旦那、その呼び名のイメージどおり、気楽で呑気で無能を絵に描いたような男。職業適性判定ですべてDマイナスをつけられるほどの役立たずなダメ人間。ただ、「ギフト」と呼ばれる特殊能力があるらしいが、その正体は本書ではまだ明らかにならない。そして実は外交交渉に秀でたりしていて、秘められた才能もあるらしい。一見ただの穀潰しだが、いろいろと謎があるらしい人物。
 そんな若旦那が流れ着いたのは、放浪惑星<浪湾>の衛星軌道上にある宇宙港デルタ3。宇宙港といっても、約1万人が暮らす宇宙都市。中央シャフトを中心に三つのリングからなる構造で、住民は主に第二リングで暮らしている。この居住区の描写が、いかにもつぎはぎだらけのボロ構造物という感じで、生活臭がにじみ出ていてよろしい。
 さらにこの作品世界の設定も、うらぶれたローテク世界とハイパーテクノロジーが共存するように設定されていてなかなかよくできている。
 かつて人類は進化した機械知性と共存して、高度の技術文明を築いていた。しかし機械知性の中心だった「太母」が知性限界を超えて涅槃に旅立ち、残された機械知性たちも人類をどう扱うかで内紛を起こし、去っていった。残されたのは普通の機械(低レベルのコンピュータやロボット程度は存在している)だけで、情報技術もほとんどが失われている。星間航行技術などは残されているが、銀河に散らばった人類たちは、基本的には現代と変わらないような生活を送っているのだった。
 ――というような、シンギュラリティ後のローテク社会が舞台。
 そこに住んでいるのは人類が多いが、知性強化された猫人[セイバー]、犬人[ハンマー]、齧歯人[ブレイブ]、海豚[バード]といった種族や、若干の異星種族などが混じって生活している。そして、密かに残留して人類を観察している機械知性も。機械知性は「再臨派」、「浄化派」、「分離派」などに別れているが、デルタ3に潜んでいるのは、穏健な「分離派」。しかし人類に危険をもたらす因子は強制的に排除することもあり、物語終盤、若旦那はこの機械知性たちに殺されそうになる。
 物語は、若旦那と、元オリュンポス家の小間使いだった少女コノミを中心に進む。デルタ3居住区最下層で、祖父の残した食堂「このみ屋」を再会しようとがんばるコノミは、若旦那とデルタ3で偶然再会。実は料理があまり得意でないコノミに、若旦那はかつての美食体験をもとにいろいろとアドバイスする。
 という、宇宙での限られた食材と環境(火が使えない、発酵菌が使えない、など制限がいろいろある)で、いかにおいしい食べものを作るか苦労する、という基本ストーリーで前半は進む。ところが後半になると、巨大宇宙戦艦が出てきたり、機械知性に若旦那が暗殺されかかったり、それを救うために若旦那の妹イシス(ブラコン娘)の強化戦闘服が活躍したりと、ドラマチックというか、SFアニメ風な展開を見せる。その分、美食の探求はどこかに行ってしまった感もある。
 とはいえ、ラノベ風の表紙ではあるが、普通の宇宙SFとしてけっこうよくできている作品だった。続編『SF飯2』が去年刊行されているが、その話はまた別の機会に。

Sfmeshi

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