『指輪物語』を創った男
トールキン 『指輪物語』を創った男/マイケル・コーレン;井辻朱美訳(原書房,2001)
早いもので、映画『ロード・オブ・ザ・リング』が公開されてからもう20年になる。ブログ主のような年寄りには、ついこの間のように思えるのだが…。
本書は、その映画公開の年に出た本で、明らかな便乗出版。原著も同じ年に出版されているので、そもそも最初から便乗出版なのである。
それをまたなんで今頃(読んだのは去年)になって読んだのかというと、若き日のJ・R・R・トールキンを主人公にした映画『トールキン』を去年見たのが理由のひとつ。(もうひとつの理由は、近所の図書館にあったから。)
実のところ、その映画の原作かとも思っていたのだが、実際は全然違っていた。
映画の方は、トールキンの少年時代から青年時代、第一次世界大戦の戦場での悪夢のような体験を経て、『ホビットの冒険』を書き始めるところで終わっている。つまり映画はトールキンの生涯のごく一部だけを切り取っているのに対し、本書はトールキンの全生涯を語る正統派の伝記である。主要作品についても多くのページを割いている。
ただし、文字は大きいし、ルビは多いし、見かけは中高生向けの本のように見える。訳者はファンタジー翻訳の第一人者井辻朱美だから、訳文はしっかりしている。
内容は、いかにもオーソドックスにトールキンの出生から始まる。映画で描かれたようなグラマースクールでの友人関係や第一次世界大戦での体験はごくあっさりと片づけられ、メインになるのは大学教授としての生活と交友、そして『ホビット』と『指輪物語』について。
中でも、第5章「『指輪物語』」は、12年をかけた『指輪物語』の完成と出版、そして空前の成功について語っていて、やはりこの章が本書のハイライトなのだろう。
逆に言うと、作品が伝記のハイライトになるくらい。トールキンの人生には劇的なところはほとんどないのである。「まことに教授らしい教授」としてオックスフォード大学に勤め、家庭ではよき夫であり父であった――穏やかで恵まれた人生だったとしか言いようがない。
だがそんなトールキンにも老いは忍び寄ってきて、最愛の妻エディスが先に死んでしまう。エディスの墓碑には「エディス・メアリ・トールキン、1889-1971、ルシエン」と刻まれた。
そしてエディスに遅れること2年、トールキンも死去。エディスの下に彼の名と「ベレン」の名が追加で刻まれる。
ルシエンもベレンも『シルマリルの物語』に出てくる恋人たちの名。「壮大な神話の愛が、トールキンと妻のエディスによって血肉化されたわけである」と、本書は語っている。
ドラマ風の劇的なできごとには欠ける生涯だったかもしれないが、トールキンの人生を語るこの本は、最後をささやかだが感動的なエピソードで締めくくっていた。