コミック

2009年12月12日 (土)

11月に読んだ本から

11月に読んだ本から、例によって比較的最近出た本を2冊。

ハプスブルク家の光芒/菊池良生(ちくま文庫,2009)
 「長さ一三二メートル、幅二二メートル、高さ一三.二メートルの巨大な「ノアの方舟」が、ノアの家族八人とすべての種類の動物、鳥、地を這うもののそれぞれのつがいを載せてたどりついたところはアララテの山である」と、意表をつく書き出しからこの本は始まる。
 ノアから始まった歴史で、人の世には身分の差が生まれた――と著者は語り、ヨーロッパの階級社会の話へとつながっていく。階級社会の頂点に立つのが皇帝である――というところから、やっと本書の主役であるハプスブルク家、その中でももっとも広い領土を治めたカール五世が登場する。 

 そしてカール五世の身体にハプスブルクとブルゴーニュが合流したとき、ハプスブルク家は華麗な祝祭の季節[とき]を迎えたのである。(p.17-18)

 この文章が、まるでファンファーレのように響く。この本が語るのは、歴代のハプスブルク家が繰り広げた祝祭絵巻であり、パレードと祝祭とセレモニーから見た、ハプスブルク家の歴史なのだ。
 カール五世はヨーロッパ各地に巡幸を行った。その行く先々で、皇帝を迎える町が華麗な「入場式」を演出する。記念門を建て、山車を並べ、パレードや劇や馬上試合が開催された。そしてカール五世が死去すると、ヨーロッパ各都市はまた華麗な葬儀を催す。ブリュッセルでは巨大な「ノアの方舟」の山車が行進した。ここで、冒頭とつながるわけである。歴史書とは思えないくらい、書きぶりが凝っている。これがこの著者の持ち味なのだろう。
 次の章では、カール五世の後オーストリアとスペインに分裂したハプスブルクのうち、スペイン王家のごたごたが語られる。祝祭の話はひとまずお休み。 

 王(フェリペ二世)は宮殿の奥深くに閉じ籠もり、スペイン・ハプスブルクの光と翳りのすべてを燃やし、その燃え殻をせっせと積み上げて無惨なぼた山を築いたのだ。(p.43)

 同じハプスブルクでも、スペインは暗い。でもこれは本書の主題から言えば脇道。次の章から話題の中心はオーストリア・ハプスブルクに戻り、最後までオーストリアを離れることはない。やはりオーストリアは華やかである。祝祭に次ぐ祝祭が語られる。
 16世紀、オーストリア大公カールとバイエルン公女マリアの結婚祝祭。17世紀、皇帝レオポルト一世とスペイン王女マルガレーテの婚儀を祝う、延々2年も続く祝宴。この頃のハプスブルク宮廷は、一年のうち157日は祝祭をやっていたとか。
 18世紀、フランクフルト生まれのゲーテが目にした、皇帝ヨーゼフ2世の戴冠式。フランクフルトは16世紀以来、神聖ローマ皇帝の戴冠式の地となっていた。この戴冠式から約40年後、「神聖ローマ帝国」は消滅してしまうのだが。
 「神聖ローマ帝国」がなくなっても、ハプスブルク家はまだ続く。ハプスブルク家の一員である「メキシコ皇帝」マクシミリアンの処刑、踊るウィーン会議、流浪の皇妃エリザベート。このあたり、祝祭というより劇のようだが、ドラマチックで見せ場に富むことは確かである。エリザベートなど、宝塚の舞台にまでなっている。
 そして最後を飾るのが、1908年、皇帝フランツ・ヨーゼフ2世の「在位60年慶祝パレード」。パレード参加者1万2千人、見物客60万人という途方もない祝祭である。だがその裏では民族間の対立と国際的緊張が高まっており、6年後には第一次大戦が勃発し、ハプスブルク帝国は消滅に向かうことになる。最終章で著者は、宴の後の虚しさが漂う筆致で、ハプスブルク家の最後を語る。
 きらびやかな祝祭に彩られた「ハプスブルク家の光芒」とともに、「ハプスブルク家の興亡」も描き出す。分量としては短いのだが、内容はいろいろな意味で濃い、異色の歴史書である。
 前に取り上げた『神聖ローマ帝国』(2007年10月19日)や『傭兵の二千年史』(2009年4月6日)を書いた人だけあって、やはり歴史好きのツボを心得ている。

ハプスブルク家の光芒 (ちくま文庫)

四コマ漫画 北斎から「萌え」まで/清水勲(岩波新書,2009)
 サブタイトルのとおり、北斎に見るコマ漫画の起源から、現代の四コマまでの歴史の概説。著者は戦前(1939年)生まれの漫画史研究の大家。帝京平成大学教授、京都国際漫画ミュージアム研究顧問。本人のホームページ(http://www013.upp.so-net.ne.jp/kun-shimizu/)によると、著作84冊。手塚治虫のデビューを目撃し、「サザエさん」を最初からリアルタイムで読んでいた世代である。
 本書の神髄は、全体の3分の2にあたる明治から終戦直後までの四コマ漫画の歴史を述べた部分にある。章で言うと「2 西洋四コマの到来――明治時代」から、「5 第二次「新聞四コマ漫画」ブーム――昭和二〇年代」まで。新聞や雑誌の四コマ漫画という、追跡のきわめて難しい資料を、よくこれだけ集めたものである。戦前の人気四コマ「のんきな父さん」や「フクちゃん」などが取り上げられている。
 中でも気になるのは、日本で初めて女性を主人公にした漫画という長崎抜天の「ひとり娘のひね子さん」(大正13年~)。残念ながらこの漫画の図版は載ってないので、ひね子さんがどんな顔なのかわからない。調べてみると、2008年に京都の漫画ミュージアムでこの漫画の展覧会が開催されていたらしい。行けばよかった!
 最後の3分の1は昭和30年代から現代までで、いしいひさいちやいがらしきみお、吉田戦車、それにとってつけたように美水かがみの「らき☆すた」が出てくる。この部分は、正直いって、蛇足。同時代史なので、他でもわかることである。「オバタリアン」の堀田かつひこが「すえつぐなおと」の名で少女漫画を書いていた(p.160)というのは初めて知ったが。
 巻末の「四コマ漫画史年表」は力作。さすがに長年漫画史研究を手がけてきただけのことはある。
 ただ、問題は、読み物としては、まったくおもしろいと思えないないこと。四コマ漫画という魅力的な題材を、どうしてここまで無味乾燥な文章で書けるのだろう。資料的には値打ちがある本だと思うが...。

四コマ漫画―北斎から「萌え」まで (岩波新書)

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2008年11月30日 (日)

シュレディンガーの猫と妻

シュレディンガーの猫は元気か サイエンスコラム175/橋元淳一郎(ハヤカワ文庫NF,1994)
 物理学者でSFファンで、自らSFも書いている著者が、英米の代表的科学雑誌、『ネイチャー』と『サイエンス』の記事から主にネタを拾ってきた科学コラム集(それ以外の科学雑誌も少し混じっている)。ちなみに、日本で出ている『日経サイエンス』の旧誌名は『サイエンス』だったが、本書の情報源となったアメリカで出ている『サイエンス』とは関係がなく、もう一つの有名科学誌『サイエンティフィック・アメリカン』の日本語版という位置づけ。知ってる人も多いと思うが、念のため。
 元は『SFマガジン』に連載されていたものなので、ちょっとだけSFのにおいがするが、内容的にはほぼ純粋な科学コラムと言っていい。巻末にそれぞれのコラムのネタ元になった文献の一覧表が載っているのも、科学者的こだわりを感じさせる。(もっとも、あとがきによれば、情報源となった雑誌を捨ててしまい、出典を確認するのにずいぶん大変だったらしい。)
 サブタイトルのとおり、短いコラムが175も収録されている。ひとつあたり1ページちょっと。しかもページの下3分の1はカット(宮武一貴)や注釈のスペースになっているので、実質はもっと短い。この短い文章の中に最先端の科学の話題を、素人にもわかるようにまとめる技術は大したものである。
 何しろ10年以上前の科学記事だから、今となっては最先端の話題とはほど遠いはずだが、今読み返しても意外なほど古い感じがしない(中には「スーパーカミオカンデ計画始まる」なんて、時代を感じさせる話題もあるが)。元々科学に疎くて、何が古くて何が最先端なのかわかってない、というのもあるだろうが。
 タイトルにもなっている「シュレディンガーの猫は元気か」は、QND(quantum nondemolition)=量子非破壊測定に関する話題。なんでも、量子光学において、測定される対象に観測の影響が及ばない測定方法なのだそうで、要するに例の「猫」を犠牲にしなくても箱の内部の状態がわかるということらしい。では不確定性理論の根拠はいったいどうなるのかという気もするが、正直なところ私の理解を超えていて何のことかよくわからないのである。ただ、非常に印象的なフレーズであることは確かで、この本全体のタイトルに選ばれたのも当然だろう。今でも、このフレーズを検索するとブログの記事のタイトルがいくつもヒットする。多くの人の記憶に残っているのだ。

 今年になって、14年の時を経て、このタイトルをもじった本が新たに出版された。中島沙帆子の4コママンガである。

シュレディンガーの妻は元気か 1/中島沙帆子(竹書房 バンブー・コミックス,2008)
 理系人間と結婚した女性を主人公にした4コママンガ。この夫のキャラクターというのが、いくら理系でもこんなやついるかよ、というくらい論理と技術でガチガチに固まった人間なのだが、作者自身の夫がモデルらしい。タイトルもその夫が考えたとか。『シュレディンガーの猫は元気か』の愛読者であったことは間違いない。
 マンガ自体は、ごく普通の女性(文系かつ体育会系)である妻が、まったく空気を読まない夫の言動に切れて怒るというのが基本パターン。そんなに気が合わないならなぜ結婚したのかというのが、誰でも思う最大の謎で、それ自体たびたびマンガのネタになっている。ところでこの夫は自然科学全般に興味を持ってるらしいのだが、専攻が何だったのかよくわからない。
 中島沙帆子が4コマ作家として世に出た『電脳やおい少女』は、「やおい」にはまったオタク女が、常識人の彼氏と正体を告白できないままつきあう、というパターンだったが、今回は男の方が変で(本人は普通だと思っているが)、女が(比較的)普通という逆パターンになっている。『電脳やおい少女』と一番の違いは、こちらはお互いに相手の正体を知り尽くした夫婦という設定であること。雰囲気的にはファミリー4コマに近くなっている。
 で、このマンガを見ると、女性から見た理系男のイメージというのが、なんとなくわかってくる(理系男を描いたマンガとしては、最近よしたに著『理系くん』が出ているが、あれは理系人間による自画像であって、女から見た理系人間というのとは少し違う)。まあ、私は理系ではないので、それがわかったからといってどうなるものでもないのだが。

シュレディンガーの妻は元気か(1) (バンブー・コミックス) (バンブー・コミックス)

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2007年3月15日 (木)

鉄子の旅

鉄子の旅1~6/菊池直恵(小学館・IKKI COMICS, 2005~2007)

 鉄道の本を読むのは結構好きである。そのうちの何冊かは、いずれこのブログでも取り上げたい。
 かといって、私にはいわゆる「テツ」の要素はほとんどない。だいたい、基本が出不精なので、わざわざ電車に乗ったり写真を撮ったりするために、遠くまで出かける人たちの気が知れない。
 私にとって鉄道というのは、「地理趣味」の延長なのだ。鉄道旅の本というのは要するに「紀行」だし、鉄道史の話は歴史地理の本として読んでいる。時刻表には興味はないが、「地図」の一種である路線図を見るのは楽しい。まあ、そういうことだ。
 それはともかく、菊池直恵の『鉄子の旅』第6巻(最終巻)が先日発売された。このマンガ、連載が始まってしばらくは単行本化されなかったのだが、2年ほど前に1、2巻が同時発売されてから、なぜか人気が出てきて今やアニメにもなるという話である。私は最初の2冊が発行された時から欠かさず買っていたのだが、まさかこんな人気が出るとは思いもよらなかった。
 このマンガのおもしろいところは、純粋「鉄男」である横見浩彦と、鉄道に対してニュートラルな菊池直恵との絶妙な組み合わせであり、視点の取り方だろう。常識人から見れば、横見がボケで菊池がツッコミだが、表面的には(というかテツ的には)、アグレッシブなのは常に横見で、もの知らずな菊池が振り回されているというアンバランス。だからこそ、鉄道好きもそうでない人間も楽しめる作りになっている。
 加えて、一見シンプルだが、部分的には非常に丁寧な絵の効果も大きい。このマンガ、メインであるべき列車は、一部を除いて、実はそんなに描き込んでいるわけではない(さすがにSLだけは力を入れて描いてるが)。しかしポイントとなる風景などは実に丁寧で、また、食べ物の描き込みはきわめて細かい。作者の興味のありどころがよくわかる(笑)。
 まあ、そんな理屈はどうでもいいので、要は、「なんとなく楽しめる」マンガだった、としか言いようがない。もともとストーリーなどないので、完結しても「話が終わった」という感じはしない。IKKI最新号でも読み切りで復活しているし、その内読み切りがたまって、また単行本になった、なんてことになってもおかしくない。
 アニメもこれから始まるらしいし、まだしばらくは楽しめそう。

鉄子の旅 6 (6)

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