戦記

2009年8月17日 (月)

南北戦争

南北戦争 49の作戦図で読む詳細戦記/クレイグ・L・シモンズ;友清理士訳(学研M文庫,2002)
 学研M文庫というのは、一風変わった文庫で、この本みたいな戦史関係、時代小説、架空戦記、架空歴史小説といったものを主として出していて、普通の小説やノンフィクションは、ほとんどラインナップに入ってない。たまに澁澤龍彦や種村季弘のエッセイ集を出したりもするが。変わってはいるが、実はけっこう私の好みの本が多かったりする。

 それはともかく、本書は、南北戦争の最初から最後まで――つまり、1861年4月の南軍によるサウスカロライナの北軍拠点サムター砦の攻撃から、1865年4月、ヴァージニア州の片田舎で南軍最後の主力部隊を率いるリーが北軍のグラントに降伏するまで――を、純軍事的視点から、サブタイトルのとおり作戦図を豊富に使いながら解説した本。
 南北戦争をこういう視点から扱った日本語の本としては初めてではないか。というか、日本で発行された南北戦争に関する本自体、特に一般向けの本は、ごく少ないのだが。
 南北戦争のさまざまな戦場や人物やエピソードは、多分アメリカ人にとっては常識的な知識で、エッセイや小説の中に説明抜きで出てくることも多いだろう。
 戦場の地名で言えば、有名なゲティスバーグはもちろん、フレデリクスバーグ、チャンセラーズヴィル、ヴィックスバーグ、ブルラン、あるいは、アメリカ海軍の軍艦の名前にもなっている、ヨークタウンにアンティータム。人名で言えば、北軍のグラント、シャーマン(戦車の名前になった)、ミード、フッカー、南軍のリー、ボーレガード、ロングストリート、"ストーンウォール"ジャクソン…。アメリカ人にとっては歴史の常識であるそういった名前の数々について、具体的な事実や事績を知ることができる。
 訳者あとがきによれば、訳者はこの本の翻訳を始めるまで、南北戦争について「ほとんど何も知らない」状態だったそうだ。それが、翻訳しているうちに、この本自体から学ぶことができたのだという。それくらい参考になる本だということだろう。
 ただ、軍事面に記述を絞りすぎていて、その背後の政治や社会の動きがほとんど触れられてない。そのへんは普通の歴史の本を読んでくれということか。
 ところでこの本を読むとよくわかるのだが、南北戦争は最初のうちは南軍が勝利を重ねていた。だが、圧倒的な経済力と物量を誇る北軍が次第に優勢になり、最後には兵力も物資も底をついた南軍が降伏するのだ。この展開は太平洋戦争とよく似ている。アメリカが得意とする戦い方は、この時代から確立されていたようだ。

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2009年3月26日 (木)

春秋戦国激闘史

春秋戦国激闘史/来村多加史(学研M文庫,2002)
 春秋戦国時代は、通常は紀元前770年の東周王朝の開始から、紀元前221年の秦による中国の統一までを指す。春秋時代と戦国時代の境目は、紀元前403年に春秋の大国、晋が韓・魏・趙に分裂した時とされている(晋そのものは、その後も何十年か細々と続く)が、そんなに劇的な変化が起きているわけではない。約550年にわたる、長い分裂時代である。
 もっとも、この時代より以前に後の秦以後のような中央集権的国家が成立していたわけではないので、「分裂」というよりは、「未統一」の状態だったという方がいいかもしれない。
 本書は、「戦闘」に重点を置いた春秋戦国史である。ただし全期間ではなく、春秋についてはごく一部、戦国も秦の始皇帝の登場前までで終わっている。第一幕は「柏挙の戦い」をクライマックスとする呉と楚の戦い(紀元前511~506年)。最後の第二十八幕が、秦の中国統一に先立つこと37年前、秦と趙・魏・楚連合軍との間の「邯鄲の戦い」(紀元前257年)。つまり、紀元前511年から257年までの約250年間。長い春秋戦国時代の半分以下である。
 どうしてこの期間に限定されているのかよくわからないが(ページの都合もあるもしれない)、伍子胥、勾践、夫差など、日本でもよく知られている人物が登場し始めるのが紀元前510年頃からであり、一方「邯鄲の戦い」は、秦が他の諸国に最後に大敗した戦争で、それ以後は秦が強くなりすぎ、一方的な侵略ばかりになっておもしろみがない、というところだろうか。
 文章は、歴史の本にしては小説的。「暗闇遠く、左右から地鳴りのように響いてくる無気味な鼓の音に、思わず夫差は声をあげた。」(p.36)とか、「田単の放った間諜は、一呼吸おいて話を続けた。」(p.198)とか、「見てきたような描写」が多い。まあ、これは文庫の性格もあるだろう。歴史本というより、戦史本なのだ、やはり。臨場感はたっぷりとある。
 また、戦況図や作戦面の詳細な描写など、軍事的な面での情報量は多い。反面、局地的な戦場の記述に特化していて、全体的な動きが見えにくく、多数の国々が織りなすダイナミックな興亡史にはなりきってない。文庫一冊でこの二つを両立させるのは至難の業なので、これは仕方がないところか。

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2008年7月30日 (水)

7月30日はインディアナポリス記念日

 太平洋戦争の終戦を半月後に控えた1945年7月30日、グアム島からフィリピンに向かっていたアメリカ海軍の重巡洋艦インディアナポリスは、日本海軍の潜水艦、伊58の魚雷攻撃により沈没した。インディアナポリスは太平洋戦争で最後に沈んだ大型軍艦である。
 最後に沈んだのが勝利者側の艦だったというのも皮肉なものだが、その頃、日本海軍には沈むような大型軍艦はほとんど残ってなかったのだから仕方ないといえば仕方ない。
 それはともかく、インディアナポリスの沈没は、その後の処理のまずさから出さなくてもいい犠牲者を多数出したという点で、アメリカ海軍史の大きな汚点となっている。「アメリカ海軍最大の悲劇」とも言われるほどだ。

 そこで今日は、インディアナポリスに関する本を2冊。

総員退艦せよ : 米重巡インディアナポリスの最期/リチャード・F・ニューカム;亀田正訳(朝日ソノラマ・文庫版航空戦史シリーズ,1984)
 原書が最初に刊行されたのは1958年。インディアナポリスの生存者たちにとっては、まだ記憶も生々しい頃だっただろう。
 原題名は"Abandon Ship!"、なるほど、「総員退艦」は英語でこう言うのか。
翻訳は早くもその次の年、1959年に出版協同社から出ている。この本は、その出版協同社版の文庫化。2002年に『巡洋艦インディアナポリス撃沈』のタイトルで、ヴィレッジブックスから新訳が出ている(こちらの訳者は平賀秀明)。
 刊行から50年経っていまだに本が出ているという、「インディアナポリスもの」の古典である。
 構成はノンフィクションでありながら小説的で、きわめてドラマチックにできている。
 ままず第1章がインディアナポリスではなく、撃沈した側の伊58のことを書いているのが意表をつく。「海軍少佐橋本以行は、あまり運のいい男ではなかった。」というのが書き出しで、伊58の橋本艦長の経歴、1945年7月16日の最後の出撃(奇しくもこの同じ日、「一隻の米巡洋艦がサンフランシスコを出港した」、とさりげなく書いているのがいい)、そして、太平洋上での米軍大型艦との遭遇と雷撃、8月17日の呉軍港への帰港までが、簡潔に述べられている。終戦後の橋本艦長についてこの章ではほとんど触れられてないが、「橋本はすることもなくぼんやりと日を過ごしていたが、数カ月後には妙な冒険が彼を待っていた。」という一文が読者の記憶に引っかかる。この仕掛けもうまい。
 ただ、この文章は橋本自身の言うこととは違っている。橋本の回想録『伊号58潜帰投せり』によれば、伊58を佐世保に回航し、連合軍への引き渡し準備に当たっていた時に呼び出しを受けたことになっている。このへんは本人の書いていることの方が確かだろう。ニューカムの記述には結構脚色が入っているのかもしれない。
 続く第2章、第3章は、サンフランシスコからテニアン島までのインディアナポリスの行動を追う。広く知られている話だが、インディアナポリスは原爆の部品とウラニウムをテニアン島の基地に輸送するという極秘任務を帯びていたのだ。マンハッタン計画の関係者ファーマン少佐が真の任務を隠して乗り込み、原爆の機密維持に神経をすり減らすこの部分は、スパイ小説の趣がある。艦長でさえ、積荷の正体を知らなかったというのだから徹底している。
 テニアンで原爆を降ろしたインディアナポリスは、グアム島で新しい命令を受け、単艦でレイテ島まで航海することになる。その途中で伊58による雷撃を受け、沈没するのだが、ここに至るまでの経緯と、生き残った乗組員たちの四日間にわたる漂流を描くのが第4章から第13章まで。本書のクライマックスである。インディアナポリスにはおよそ1200人の乗組員がいたが(ウラニウム輸送の責任者だったファーマン少佐は当然テニアンで艦を降りていて、この時はいない)、約300人が沈没時に死亡、残った900人は救命ボートや破片につかまって海を漂うことになった。
 アメリカ海軍としては信じられない不手際だが、インディアナポリスの撃沈は様々なミスの積み重ねにより、関係者の誰も気がつかなかった。漂流者たちは四日後に、哨戒機に偶然発見されたのだ。
 沈没から四日間の漂流の間に、漂流者たち次々と鮫に食われたり、衰弱死したり、発狂死したりして、最終的に救出されたのは316人だった。
 艦長のマックベイ大佐は最後まで生き残って帰国するのだが、ここで艦を失った艦長としては異例の軍法会議にかけられる。この裁判の顛末が第14章から第18章まで。アメリカ海軍は自分たちのミスを隠蔽するためか、すべてをマックベイ大佐の責任にしたかったらしい。大佐を有罪にするために、日本から橋本以行を呼んで証言に立たせる。これが第1章で触れられた、橋本艦長の「妙な冒険」の中身。
 軍法会議の焦点は、マックベイ大佐が雷撃回避のためのジグザグ航行を行っていたかどうかという点にあった。が、橋本は、「ジグザグをやっていてもいなくても相違はなかったでしょう」と身も蓋もない証言をしている。
 敵国の軍人を証人として迎えることになったアメリカ側の対応は興味深いが、この本ではあまり詳しく触れられてないのがやや不満。このへんは、前出の橋本自身の『伊号58潜帰投せり』には、結構細かく述べられている。本人は対応に当たった士官や兵から結構親切にしてもらい、あまり敵意などは感じなかったらしい。
 軍法会議の方だが、結局最初から結論は決まっていたようで、橋本の証言も何の影響もなく、マックベイ大佐は有罪と判断されて降格処分を受ける。艦長の軍法会議の後、グアムやレイテにいた関係者たちが受けた処分について少し触れて、「インディアナポリスの奇妙な事件は、こうして終わった。」と本書は締めくくられている。
 実は終わってなどなくて、この物語にはまだまだ後日談がある。
 マックベイ大佐は軍法会議での有罪判決が心の重荷になったのか、退役後の1968年に自殺してしまうのだ。1958年出版のこの本には、当然そのことは書かれてない。
 さらに、20世紀も終わり頃になって、一人の少年がマックベイ大佐の名誉回復に奔走するが、その件も当然触れられてない。

 ラストの部分だけ少々アンチクライマックスの感があるが、それでも全体として、下手な小説よりずっと面白く、ロングセラーになっているのもうなずける。
 巻末に橋本以行の「重巡インディアナポリス撃沈の夜を回想して」という回想記がついているが、これは無論翻訳版だけのボーナストラック。

巡洋艦インディアナポリス号の惨劇/ダグ・スタントン;平賀秀明訳 (朝日文庫,2003)
 原書は2001年刊行。訳者は、上の本の新訳『巡洋艦インディアナポリス撃沈』を訳したのと同じ人。(どうでもいいけど、同じ人の訳なのに、こっちはインディアナポリスに「号」がついてるのはなぜ?)
 『総員退艦せよ』と本書との間に、インディアナポリスを語る上で重要な出来事が起きている。1975年の映画「ジョーズ」の公開である。この映画に出てくる、ロバート・ショウ演じる鮫狩り名人、クイント船長がインディアナポリスの生き残りという設定だったのだ。映画の中でクイント船長は酒を飲みながら、仲間が次々と鮫に食われて言った様を延々と語る。インディアナポリスが沈んだ日付など事実と違う点は若干あるが、そのセリフは多くの人の印象に残り、インディアナポリス撃沈事件は再び世間の注目を集めることになった。あるいは、アメリカ人のトラウマを呼び覚ました、というか。
 原題は、"In Harm's Way: The Sinking of the USS Indianapolis and the Extraordinary Story of Its Survivors"で、このサブタイトルからもわかるように、本書はインディアナポリスの撃沈までの物語より、その後の生き残り乗組員たちの、「死の漂流」に焦点を当てている。
 インディアナポリスが攻撃を受けてから生存者が救出されるまで、『総員退艦せよ』では約110ページに対し、この本では約170ページ、全体の半分くらいを使っているのだ。
 さらに、インディアナポリスの沈没にアメリカ軍の誰も気づかなかった事情を詳しく分析しており、こちらの方が焦点を絞り込んでる分だけ掘り下げは深い。また、読み物としての面白さを追求した『総員退艦せよ』に比べて、よりデータ重視で、書き込みが細かく、いかにも現代風のドキュメンタリータッチになっている。
 ただ、多くのページを費やした漂流のエピソードはいかにも悲惨で、本全体的の印象が暗くなってしまっている。日本人でもそうだから、アメリカ人にはなおさら読むのが辛いのではないだろうか。
 2001年に出版されたこの本には、当然ながら後日談としてマクヴェイ艦長(この本の表記は「マクヴェイ」なのだ)の自殺も、その後の名誉回復についても書いてある。

 ちなみに"In Harm's Way"というのは、「危険な所に」というような意味("put ~ in harm's way"で、「~を危機にさらす」という慣用句になる)。昔、ジョン・ウェイン主演の同じ題名の映画があって、邦題が「危険な道」。この映画を見たことはないのだが、やはり太平洋戦争もので、ジョン・ウェイン演じる巡洋艦の艦長がジグザグコースをとらなかったために日本の潜水艦の魚雷攻撃を受け、査問会にかけられるという、インディアナポリスの一件を思わせるエピソードがあるらしい。映画の艦長は、上官に理解者がいて第一線に復帰することができるのだが、なんだかマクヴェイ艦長を弁護しているような話だ。
 著者がこの本に、かつての映画と同じタイトルをつけたのにも、意味があるような気がする。

 ところで、アメリカではインディアナポリスを扱った映画も制作予定だそうだ。しかもワーナーとユニバーサルが競争するかのように2作品を作るとか。ワーナーの方はこの本が原作らしい。もっとも、日本で公開されるかどうかはわからないが、できたら見てみたいものだ。

巡洋艦インディアナポリス号の惨劇 (朝日文庫)

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2007年10月 7日 (日)

江田島教育

江田島教育/豊田穣(集英社文庫,1983)
 海軍江田島兵学校。有名だが実態についてあまり詳しくは知らなかった。
 これは、実際に兵学校での生活を体験した豊田穣の回想を中心とした本。私のような中途半端な知識しかない人間にはうってつけだった。
 著者は1937年に兵学校に入学した第68期生。1940年に卒業後、すぐに太平洋戦争が始まって実戦に参加することになる。戦記小説の大家が実体験を書くわけだから、さすがに臨場感がある。
 開戦直前の兵学校は、近い将来のアメリカやイギリスとの戦争は予測の範囲内だったはず。とはいえ、実際にはまだ戦争は始まってないから(中国とは10年以上も戦争をしていたが、海軍はあまり関係ない)、卒業したらいつ死んでもおかしくない、というほどの極限状態ではない。平時ではないが戦争のただ中でもない、いわば臨戦態勢にある、緊張感に満ちた状態で兵学校の生活を送ったわけだ。
 こういう環境の中で鍛えられた仲間たちの連帯感というのは、戦後に育った人間には想像もつかないほど強いものがあるだろうし、文章からもそれが伺える。そして、回想に出てくる、個性的で人間くさい同窓生や先輩たちは、ほとんどが戦死しているのである。(たまに生き残った人間は、海上自衛隊の幹部になっていたりするが。)
 戦後26年を経て江田島を再訪した著者の、「私は、自分の江田島再訪が、やはり墓参であったことを再認識した」という感慨は重い。
 豊田穣自身、実は戦死したことになっていた。1943年、ソロモン方面の戦いで乗機を撃墜され、連合軍の捕虜になったのである。日本では作戦中に撃墜されて行方不明になったのだから、当然ながら戦死扱いにされた。
 アメリカの捕虜収容所で、兵学校の同期生だった捕虜第一号の酒巻少尉と再会するエピソードは、この本の中でも一番興味を引く体験談。数ページで片づけられているが、できればもっと詳しく書いて欲しかったところである。
 実はこの本は、元々『江田島教育』と『続・江田島教育』として出版された本を1冊にしたものだそうで、同じような内容が繰り返されたりするところがあるし、全体としてまとまりがない印象もある。そのへんを整理すれば、上のようなエピソードにもっとページを割けたかもしれないという気もする。もっとも、本題からははずれてしまうかもしれないが。
 江田島や戦争の思い出話だけでなく、戦後社会に対する批判めいたことも何カ所かに出てきて、バスや電車で老人に席をゆずらない若者や、そんな若者を生み出した戦後教育にかなりきびしい批判の目を向けている。
 言ってみれば、典型的な戦中派頑固オヤジの小言とも言えるが、一度死んだことにされた人間に文句はいいにくい。しかも、豊田穣はとっくに亡くなっているので(1994年没)、ますます文句は言えない。

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2007年7月19日 (木)

潜水艦攻撃

潜水艦攻撃 日本軍が撃沈破した連合軍潜水艦/木俣滋郎(光人社NF文庫,2000)
 『潜水艦攻撃』というこのタイトル、わかりにくい。
 例えば「真珠湾攻撃」とかだったら、「真珠湾」は主語にはなり得ないのだから、意味は一つしか考えられない。だが「潜水艦」は主語にも述語にもなり得るのだ。
 内容はサブタイトルにもあるとおり、日本軍が沈めたアメリカ、イギリス、オランダの潜水艦を1隻ずつ取り上げて、状況を細かく記述したもの。
 だから、潜水艦「を」攻撃、という意味なのだが、このタイトルでは、潜水艦「が」攻撃、ともとれる。さらには、潜水艦「的」攻撃、と解釈できなくもない。サブタイトルを見たらわかるから、というのは、タイトルとしてはどうかと思う。
 木俣滋郎という人は、戦史を中心に著書は多いのだが、このタイトルのつけ方から見て、言語的センスに疑問を感じてしまった。文章も、正確なだけが取り柄で、正直言ってそんなにうまいと思えない。
 前半では太平洋戦争で沈没した連合軍の潜水艦60隻(日本軍の攻撃以外の原因も含む)、後半は損傷数十隻について、そっけない文章でただ事実だけを羅列しているので、正直、読んでいてそんなにおもしろいものでもない。戦史にあまり興味のない人は、読んでも退屈するだけだろう。
 ただ、派手な大海戦の陰で、海防艦、駆潜艇、敷設艦、哨戒艇といったマイナーな艦艇による戦いがこれだけ起こっていた、というのは、他の戦史の本ではなかなか読むことのできない内容である。
 この本に書かれているのは、首尾よく撃沈や撃破に至ったものだけで、空振りに終わったものも含めたら、それこそ無数の「小海戦」があったのだろう。よく考えたら当然のこととは言え、これだけの事実の積み重ねを見せられると、やはり迫力がある。これこそ、知られざる戦い、というやつだろう。
 中でも、アメリカ駆逐艦から捕獲・転用されて、米潜水艦ハーダーの撃沈に一役かった哨戒艇102号(スチュワート)や、終戦間際のマレー半島沖で米潜水艦ホークビルと死闘を演じた駆逐艦神風など、そのままで小説になりそうなエピソードである。
 歴史の表にほとんど出てこないマイナーな戦いが満載という点で、文章の無味乾燥さには目をつぶってもいいか、と思わせる一冊。

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2007年3月23日 (金)

撃沈戦記

 今回は「戦記もの」。
 戦記ものや戦史も、そう数多く読んでいるわけではないが、わりと好きな分野の一つ。しかし私は別に軍事マニアというわけではなく、単に歴史の一種としての戦記が好きなだけなのである。空戦、陸戦、海戦の中では、やはり、海戦(まあ、多くの人がそうだろうが)。
 そういうわけで、今回はこれ。発行はちょっと古いが、読んだのは3、4年前。
 以下は当時書いた感想をそのまま再録したもの。(いや実は、このブログの記事って、今のところ大半がそうなのだが。)

撃沈戦記/永井喜之、木俣滋郎(朝日ソノラマ・文庫版新戦史シリーズ,1988)
 第一次世界大戦から戦後までの海戦のエピソード集。当然ながら、第二次世界大戦が大半を占めている。
 とりあげられた軍艦とその沈没原因を列挙すると...

第一部の第二次大戦前が、ドイツのエムデン(軽巡)-砲戦、ブリュッヒャー(装甲巡洋艦)-砲雷撃戦、ケーニヒスベルク(防護巡洋艦)-河川での砲戦、イギリスのトライアンフ(戦艦)-潜水艦からの魚雷、クイーン・メアリイ(巡洋戦艦)-砲戦、スペインのバレアレス(重巡)-駆逐艦からの魚雷、タイのトンブリ(海防艦)-砲戦。
 第二次世界大戦では、日本の霧島-砲戦、伊一号-掃海艇と接近戦、神通-砲雷撃戦、萩風・嵐・江風-駆逐艦からの雷撃、香取-砲戦、雲鷹-潜水艦からの雷撃、二等輸送艦135・136号-空襲。
 アメリカのラングレイ(航空機運搬艦)-空襲、ピルスバリイ(駆逐艦)-砲戦、ワスプ(空母)-潜水艦からの雷撃、アルキバ(輸送艦)-特殊潜航艇からの雷撃、ノーサンプトン(重巡)-駆逐艦からの雷撃、リスカンベイ(護衛空母)-潜水艦からの雷撃。
 イギリスのサネット(駆逐艦)-砲戦、エグゼター(重巡)-砲雷撃戦、ラワルピンディ(仮想巡洋艦)-砲戦、グロウウォーム(駆逐艦)-ドイツ重巡ヒッパーに体当たり攻撃、ヨーク(重巡)-イタリアの特攻艇、フッド(巡洋戦艦)-砲戦、バリアントとクイーン・エリザベス(戦艦)-イタリアの特攻潜水艇。
 ドイツのブリュッヒャー(2隻目! 重巡)-ノルウェー沿岸要塞からの砲雷撃、アトランティス(仮想巡洋艦)-砲戦、Z26(駆逐艦)-砲雷撃戦。
 フランスのブルターニュ(戦艦)-砲戦、プリモゲ(軽巡)-砲戦・空襲、フィンランドのイルマリネン(海防戦艦)-機雷、イタリアのバルビアーノとギュッサーノ(軽巡)-砲雷撃戦、ローマ(戦艦)-ドイツ爆撃機からの対艦ミサイル「フリッツ」。
 戦後はさすがに少なく、中国の重慶(軽巡)-空襲、シリアのコマール級(ミサイル艇)-イスラエルミサイル艇からの対艦ミサイル、アルゼンチンのベルグラーノ(軽巡)-潜水艦からの雷撃、イギリスのアンテロープ(フリゲート)-空襲。

 選択基準がよくわからないのだが、艦種といい沈没パターンといい、非常にバラエティに富んでいることは確かで、しかも大和や武蔵やプリンス・オブ・ウェールズやビスマルクなどの有名どころをあえて入れず、マイナーな艦をとりあげているのはマニア好みというところだろう。特にタイやフィンランドの軍艦まで拾っているのはすごい。現代海戦のあらゆるパターンを網羅しているといっていいだろう。
 ただ、いただけないのは、固有名詞にいい加減なところがある点で、「リスカンベイ」を「リムカンベイ」と表記しているあたりはその典型。おかげで、読み物としてはおもしろいのだが、資料的に信頼できるかどうかとなると、疑わしくなってくる。

 こんな風に文句を言いながらも、えらく細かい明細まで書いているのは、実はけっこう気に入っていたということだろう。数ヶ月後には続編も読んでいる。

撃沈戦記 PART2/永井喜之、木俣滋郎(朝日ソノラマ・文庫版新戦史シリーズ,1990)
 1冊目と同じく、第一次大戦から戦後までを扱っているが、やはり第二次大戦で沈んだ艦が圧倒的に多い。
 今回第二次大戦以外は4隻だけ。それも、青島攻略戦で沈んだ日本の巡洋艦「高千穂」(駆逐艦による雷撃)、第一次世界大戦のコロネル沖海戦で沈んだイギリス装甲巡洋艦「グッド・ホープ」(砲撃)、戦後、国共内戦時の台湾海峡海戦で沈んだ台湾の護衛駆逐艦「太平」(魚雷艇による雷撃)、第二次中東戦争で拿捕されたエジプトの護衛駆逐艦「イブラヒム・エル・アワル」(空襲後、降伏)など、しょぼいのばかり。しかも最後のは沈んでない。
 残りはすべて第二次大戦の戦没艦で、日本12隻、アメリカ4隻、オランダ1隻、イギリス2隻、フランス2隻、イラン1隻、イタリア1隻、ソ連1隻、ドイツ2隻、カナダ1隻とバラエティに富んでいるのは前作と同じ。特にイラン砲艦「バブール」のエピソードなど、よく掘り出してきたものである。他にもマイナーな艦が多いのは前作と同じだが、今回は日本の「武蔵」、「金剛」など、有名どころも混じっている。それに日本海防艦「粟国」、イギリス空母「イラストリアス」など、結局沈まなかった艦も混じっているのは、看板に偽りありなのではないか。ただ、前作みたいに固有名詞のつまらない間違いが見あたらなくなった点は改善されている。

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