ミステリ

2021年2月23日 (火)

ビッグデータ・コネクト

ビッグデータ・コネクト/藤井太洋(文春文庫,2015)
 ハイテクサスペンス小説。官民共同の巨大システム開発の裏にひそむ陰謀を、刑事と犯罪者のコンビが追う。
 本作は、『SFが読みたい2016』の日本部門11位に入っているが、SF感はほとんどない。おおむね現在のテクノロジーで可能なことしか出てこない。それだけに、誰か本当にこんなことをやろうとしている人たちがいそうで怖いのだが。
「こんなこと」とはどんなことかというと――。

 舞台は関西地方。自治体首長(元検察)と警察幹部が、滋賀県の山中に建設された巨大複合施設「コンポジタ」の住民サービスシステムを悪用して、全国規模の個人監視システムを作ろうとする。彼らの頭だけでそんなことが考えられるわけはなくて、裏にいるのはコンサルタントと称する守矢という男。実は情報犯罪の大物で、そのバックにはさらに大きな力が…。
 ――というような裏事情は、話が進むに連れて徐々にわかってくる。
 最初は、「コンポジタ」のシステム開発の中心人物だった月岡という男が誘拐される事件がきっかけ。「コンポジタ」計画を中止しろという脅迫状と、切り取られた月岡の指が送られてくる。
 さらに事件の関係者として(実は無理矢理関係者にしたてられた)、武岱という男がからんでくる。数年前にコンピュータウイルス事件の容疑者として逮捕されながら、その後不起訴になった男。
 京都府警サイバー犯罪対策課の警部万田は、捜査協力者となった武岱とコンビを組んで、事件を追うことになる――というのがメインのストーリー。
 クライマックスは、「コンポジタ」の情報システムが、武岱の仕掛けによってその恐るべき本性をさらけ出すところ。この場面の劇的効果はなかなかのもの。
 しかし、そこまでの話――特に前半は、錯綜した状況の中でもつれた糸を少しずつ解きほぐすような展開で、少々じれったくなる面もある。登場人物が多い上に、背景の組織が込み入り過ぎていてなかなか頭に入ってこない。バラバラに見えていた要素がつながってくる中盤からは、どんどん話が加速していくのだが。
 そして、複雑にからみあった物語の中から浮き上がってくるのは、情報産業現場の恐ろしい労働実態。そんな現場で「壊れて」しまった二人の男、月岡と武岱が、「コンポジタ」を阻止し、日本にディストピア社会が出現する危機をぎりぎりのところで防いだのだった。
 監視社会のディストピアと情報産業現場の地獄――ITの二つの負の側面を見せつける。面白いんだけど、読んだ後でなんとも暗澹とさせる小説だった。

Bigdataconnect

 

 

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2020年6月23日 (火)

刻丫卵(こくあらん)

刻丫卵/東海洋士(講談社ノベルス,2001)
 聞いたことのない謎の作家による謎の小説。
 いや、実は作者は別に謎でもなんでもなく、本編の主人公、祝座[のりくら]岳雄と同じく放送作家だったとのこと。著者と交友のあった竹本健治による解説に、そのプロフィールについて書いてある。
 さらにネットでいろいろと情報を探してみると、著者はこの本が出た翌年、2002年に死んだこと、新井素子がデビューしたのと同じ『奇想天外』新人賞に応募していたこと(二次予選まで通過していた)、死後に『東海洋士追悼集 やさしい吸血鬼』が出ていて、新井素子や竹本健治などが寄稿していること――などがわかった。
 東海洋士というのは本名で、享年47歳だったとのこと。小説は結局、これ一冊だったようだ。

 それはとにかく、この小説。なんだかわけがわからない。ミステリなのか、幻想小説なのか、一種のSFなのか。
 主人公祝座は、旧友の六囲[むめぐり]立蔵から久しぶりに連絡を受ける。正体されて六囲の家に行ってみると、見せられたのは卵型の物体。表面には時計のような仕掛けがいくつも取り付けられていて、一種の機械らしい。収められていた箱には「刻丫卵」[こくあらん]の文字。そして島原の乱にゆかりの山田右衛門作という人名も。
 六囲が「刻卵」と呼ぶこの機械は彼の家に伝わるものだという。ただ、ひとつ足りない部品が人手にわたっていて、それを取り戻して来てほしいと六囲は頼むのだった。
 祝座は詐欺同然の手段で足りない部品――十字型の時計が六囲のところに戻るように仕組む。そして完全形となった刻卵は時を刻み始めるが、ただそれだけで何も起こらない。だが、六囲が席をはずした時、祝座は刻卵が異様な変形を遂げるのを見る。
 現実か夢かわからないこの場面は、本編中唯一の幻想的場面なのだが、すさまじい迫力に満ちている。結局、それが何だったのか、最後までわからないのだが。
 その異常体験の後、祝座と六囲は刻卵を巡っていさかいを始め、二人は喧嘩別れする。
 その後まもなく、祝座は六囲の妻から、彼が急死したことを知らされる。刻卵は呪いの物体だったのか――。結局何もわからないまま話は終わる。
 実際の物語は、半分くらいが祝座と六囲の会話から成り立っていて、しかも二人の視点がめまぐるしく移り変わる。小説としては禁じ手をあえてやっていて、違和感が半端ない。この作品の奇妙な印象は、これも一因。
 そして以上のようなメインストーリーの合間に、漢数字の章がはさまれていて、「刻丫卵」の由来にまつわる島原の乱での出来事が語られる。それが本当にあったことなのかどうかは不明のまま。さらに、刻卵の部品を取り戻すために祝座が演じた芝居も、同じく漢数字の章で語られているのだ。どういうことなのか。読んでいる者は混乱するばかり。
 解説で竹本健治が種明かしというか、彼自身の解釈を述べている。漢数字の章は祝座が書いた文章。そして他のアラビア数字の章は、刻卵が語っているのだと。
 なんにしても、読者を幻惑に導く怪作である。この人にはもっと作品を書いてもらいたかった気もする。

Kokuaran

 

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2020年6月 3日 (水)

本屋さんのアンソロジー

本屋さんのアンソロジー 大崎梢リクエスト!/飛鳥井千砂ほか(光文社文庫,2014)
 本屋を舞台にした現代小説のアンソロジー。タイトルのまま。
 新刊書店限定というのが、本屋大好き作家大崎梢のリクエスト。古書店のアンソロジーは何冊もあるが、新刊書店というのは、むしろ珍しいかもしれない。
 収録作は10編。うち6編が、書店員が主人公なのは、まあ当然だろう。中には、ロバが主人公、なんてのもあるが。

「本と謎の日々」(有栖川有栖)
 死んだと噂されていた爺さんの来店、傷ものの本でもかまわず買っていく客、同じ本を2冊買って1冊を返品しに来た客、閉店間際の店内を見て回る不審な男…。ある書店のささやかな日常の謎をニヒルな店長が解き明かす。
「国会図書館のボルト」(坂木司)
 じいさんが店番をしている古くて小さい本屋は、ピンナップ写真集が立ち読みし放題の楽園。その楽園を荒らす万引き犯に、主人公の高校生はじめ常連たちが立ち向かうという、いじましい話。
「夫のお弁当箱に石をつめた奥さんの話」(門井慶喜)
 書店の売り上げの7割を占める外商部の要、松波チーフがささいな言葉の行き違いから奥さんの機嫌をそこね、弁当の中身がだんだん貧しくなる。そして最後は石だけに。書店の危機を救うため、店員たちが弁当に秘められたメッセージの謎を解こうとする。
「モブ君」(乾ルカ)
 毎日のように駅前の書店にやってくる冴えないサラリーマン風の男。立ち読みばかりで一度も何も買ったことがないその男を、店員の大山美奈は反感をこめて内心「モブ君」と呼んでいた。だが駅前店が閉店することになった最後の日、モブ君にささやかな奇跡が起きる。
「ロバのサイン会」(吉野万理子)
 テレビで有名になったロバのウサウマくんの写真集発売を記念して、書店の屋上でサイン会が開かれる。サイン会といっても実際は写真撮影会。ウサウマは実は人間の言葉が理解できて、この作品はすべてウサウマの視点で書かれている――という異色作。そして、テレビ番組で相棒だった「山田ちゃん」とウサウマとの感動の物語でもある。
「彼女のいたカフェ」(誉田哲也)
 主人公は池袋の大型書店(ジュンク堂がモデル?)の中のカフェで働く新人。本屋の中の喫茶店でいつも本を読んでいた女性に、彼女は憧れていた。いつしか彼女を見かけなくなってから約10年、久しぶりに再会した彼女は、目の前で強制わいせつ犯を逮捕する。作者のとあるシリーズの愛読者なら、この女性が誰か最初からわかるのだろう。まあ、知らなくても問題なく読める。
「ショップtoショップ」(大崎梢)
 二人の大学生が、スタバでふと漏れ聞いた会話から、書店で仕掛けられた陰謀を阻止する。陰謀といっても、危険や実害はないのだが、かなり印象の悪い、せこいもの。
「7冊で海を越えられる」(似鳥鶏)
 書店の本をやたら整える癖がある「整理屋」氏が、店に奇妙な相談を持ちかけてくる。彼は海外留学することになったが、日本に残る彼女から7冊の本が送られてきた。何かのメッセージだと思うが意味がわからないというのだ。サボってばかりいる女性店長があっさり謎を解く。言われてみれば何でもないようなものだが、作者は、ネタに使う本(すべて実在する)を見つけるのが大変だったと推察される。
「なつかしいひと」(宮下奈都)
 母が死んで、虚脱状態になった中学生。本屋に行っても読みたい本がない。そこへ見知らぬ少女が現れて本を薦めてくれる。少女は何者なのか――だいたい途中から予想できるが、なかなかいい話。
「空の上、空の下」(飛鳥井千砂)
 空港の中の書店という、珍しい場所を舞台にしている。そこで働く主人公の女性「私」は、本好きだが、思い入れが強すぎていろいろ面倒くさい性格。ある日、上下巻の小説の上だけを2冊間違えて売ってしまう。悶々とする主人公は、数日後に展望デッキで、上を2冊買って行った男性と出会う。

 短編小説を10編も集めると、中には突拍子もない話が一つか二つ含まれていることが多いのだが、本書はだいたい常識の線というか、想定の範囲内で収まっている。ほとんどの作品がミステリ風味なのも予想どおり。奇抜な小説が好きな読者には、やや物足りないかもしれない。その分、安心して読めるとも言えるが。

Honyasannoanthology

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2020年5月26日 (火)

有栖川有栖の鉄道ミステリー旅

有栖川有栖の鉄道ミステリー旅/有栖川有栖(山と渓谷社,2008)
 先日、本ブログで紹介した『幻坂』(2020年3月23日のエントリー)では、大阪への熱烈な地元愛を披露していた著者だが、本書ではまた別の側面を見せている。すなわち、鉄オタとしての――。
 内容は3章構成。

 第1章「ヰタ・テツアリス」は、いわば回想編。
 章題になっている「ヰタ・テツアリス」は、やや長文のエッセイで、幼少期から現在までの、鉄道との関わりを記している。と言っても、著者が本格的に鉄道好きになったのは大学四年の時と、比較的遅い。きっかけは宮脇俊三の『時刻表2万キロ』を読んだことだという。「たった一冊の文庫本で、私は変わった」と著者は言う。宮脇俊三恐るべし。
 こんな風に宮脇俊三から鉄道に入ったので、著者はほぼ完全な乗り鉄である。
 この章には、他に短い鉄道エッセイを5編収録。若い日の鉄道旅行の思い出話が多い。

 第2章「この鉄ミスがすごい!」は、鉄道ミステリ編。ミステリ作家で、ミステリマニアで、鉄道マニアで、鉄道ミステリマニアであるという著者ならではのエッセイが集まっている。
 中でも、「この鉄ミスがすごい!」は、松本清張『点と線』からの日本の鉄道ミステリの歩みを述べたもの。
 著者は『点と線』のトリックには不満らしい。一方で作家としての師でもある鮎川哲也の鉄道ミステリは激賞している。
 ただ、本文よりも、後ろについている日本の鉄道ミステリベスト60のリストの方が値打ちがあるかもしれない。読んでみたくなる本が多い。
 他に、鉄道ミステリ関連エッセイ3編と、なぜかマレー半島鉄道紀行「多国籍な雰囲気が楽しいマレー鉄道寝台列車の旅」を収める。

 第3章「日本列島殺人のない鉄旅」は、本書のページ数の半分以上を占め、事実上のメインコンテンツとなっているシリーズエッセイ。
 元は山と渓谷社のムック『ゆったり鉄道の旅』に連載されたもの(「島原旅情」だけ別)。
 内容はただの鉄道紀行で、本当にミステリとは関係ないことばかり書いている。
 北から南へ、北海道の根室本線から九州の指宿枕崎線まで、日本各地のローカルな特色ある路線に乗る旅。マニアックな趣向はほとんどなく、ごく普通に、ゆっくりと旅している。その気負わない感じがいい。
 著者の地元である大阪では、大阪環状線に大阪モノレールという、ごく日常的な路線に乗っている。それでいて、実に魅力的に語っているのだ。
 最後の「あとがきに代えて」では、鉄道でもミステリでもなく、東京一極集中の弊害と地方の衰退について真面目に語っている。

 ミステリよりもテツ成分の方がやや濃いめのエッセイ集だった。なお、文庫版は光文社文庫から。

Tetsudoumysterytabi

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2020年3月23日 (月)

幻坂

幻坂/有栖川有栖(角川文庫,2016)
 大阪の四天王寺界隈に、上町台地を上がっていく七つの坂がある。その「天王寺七坂」を舞台にした、怪談連作短篇集。
 ただ、怪談と言っても、恐怖の要素がほとんどない人情話が多い。そして、著者の郷土愛があふれる「大阪小説」でもある。
 本書のメインとなる7編は、坂の名前がそのままタイトルになっている。

「清水坂」
 語り手が子どもの頃、仲がよかった女の子が、引っ越した先で死んでしまう。その時、語り手は清水坂の玉出の滝で、ささやかな怪異を目撃する。帰って来ない幼い日々への哀惜に満ちたノスタルジー小説。
「愛染坂」
 小説家と作家志望の女性との出会いと別れ。そして愛染坂での悲しくも美しい再会を描く、悲劇の恋愛小説。
「源聖寺坂」
 ファッションデザイナーの別荘で起きる幽霊騒動。その場に招かれていた心霊探偵、濱地健三郎が謎を解明し、かつてこの別荘で起きた殺人事件を暴く。怪談とミステリの融合。
「口縄坂」
 猫好きの女子高生が口縄坂で猫の写真を撮っているうち、妖怪猫に取り憑かれる。これは恐怖を前面に出した本当の恐怖小説。
「真言坂」
 他の作品もそうだが、この作品は特に大阪天王寺界隈の案内記の様相が濃い。真言坂の上にある生玉神社の境内で、主人公の女性は兄のように慕っていた職場の先輩の幽霊と出会う。実に人のいい幽霊が登場する人情怪談。
「天神坂」
 心霊探偵濱地健三郎が再登場。同じキャラクターが二度登場するのはこの話だけ。男を恨んで自殺し、幽霊となってさまよっていた女性を、濱地は天神坂の途中にある不思議な割烹に案内する。料理の描写がやたら詳しい料理小説。
「逢坂」
 新作演劇の脚本や演出を巡って座長と激しく対立する役者の悩みと葛藤が話の中心。この主人公が幽霊を見る体質なのだが、実のところ怪談的要素は非常に希薄で、完全に演劇小説と言っていい。
 
「天王寺七坂」の物語はここまでだが、この後、江戸時代以前の四天王寺近辺を舞台にした作品がさらに2編収録されている。

「枯野」
 松尾芭蕉が天王寺七坂の付近で死んだことは、これまでの話でも何度も言及されていたが、この話ではその芭蕉自身を主人公に、最後の日々を描く。死を前にした芭蕉につきまとう「影」。芭蕉が詠んだ有名な俳句の数々が、その「影」によって不気味な意味合いを持つものに変容していく。
「夕陽庵」
 四天王寺周辺の「夕陽ヶ丘」の地名は、鎌倉時代、藤原隆家が出家して死ぬまで住んでいた夕陽庵に由来する。その藤原隆家が死んで約20年後、ある男がその夕陽庵を訪ね、生前の隆家の世話をしていたという老爺から話を聞く。――という地名由来譚みたいなもので、全然怪談ではない。

Maboroshizaka

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2020年3月15日 (日)

猫小説アンソロジー

 今回は、3年くらい前に出た猫小説アンソロジーを2冊。

猫ミス!/新井素子ほか(中公文庫,2017)
 タイトルのとおり、猫のミステリ・アンソロジー。しかし新井素子が入っていることからもわかるように、ミステリとはちょっと毛色の違う作品も入っている。

「黒猫ナイトの冒険」(新井素子)
 野良猫になって名前もなくしてしまった猫が、家に戻るまでの物語。猫の一人称の語りがいかにも新井素子らしい。ミステリの要素は全然ない。
「呪い」(秋吉理香子)
 野良猫の保護活動をするグループと、猫嫌いの老人との対立が事件を呼ぶ。なんで猫のためにここまで…と思わせる、猫好きのためなのか猫嫌いのためなのかわからない作品。
「春の作り方」(芦沢央)
 桜茶と猫とアレルギー、という三題噺みたいな作品。猫は出てくるけど、あまりストーリーとは関係ない。
「一心同体」(小松エメル)
 生まれた時から30年も一緒だった茜と葵。だが葵は突然姿を消し、代わりにしゃべる猫が茜のところにやってくる。これはホラー風味のミステリ。
「猫どろぼう猫」(恒川光太郎)
 空き巣を職業とする羽矢子は、妖怪「ケシヨウ」を追っているという老人に捕らわれる。その場に吸い寄せられるように勘違いした男女が現れ、誤解が誤解を生んで、あるいは妄想が妄想を呼んで、惨劇が始まる。ミステリじゃなく、どう見てもホラー。
「オッドアイ」(菅野雪虫)
 死んだ子猫と、小学生の友情。ミステリ要素は極めて薄い、少年小説とも言うべきもの。
「四月のジンクス」(長岡弘樹)
 幼なじみの老女二人と、飼い猫の話。ミステリというより、人情話。
 最後の「猫探偵事務所」(そにし けんじ)は、マンガ。犯人がいて探偵がいて謎解きがあって…という普通のミステリの形をとった小説がひとつもない中で、このマンガがそんな要素を全部備えていて一番ミステリらしかった。ギャグだけど。

Nekomys

猫が見ていた/湊かなえ他(文春文庫,2017)
 表紙とタイトルがミステリっぽい雰囲気を出していて、こちらも一見猫ミステリ・アンソロジーみたいに見えるが、実際にはミステリといえるのは1、2編だけ。そもそもミステリのアンソロジーとはどこにも書いてない。
 上の『猫ミス!』は、半分くらいは聞いたことのない作家だったが、こちらは有名作家が揃っている。

「マロンの話」(湊かなえ)
 猫の一人称による語り。小説家の「おばやん」に拾われて、語り手ミルが立派に家の一員になるまでの話。母猫のマロンが人の言葉がしゃべれたり、ミルに除霊能力があったり、ファンタジー要素が多い。
「エア・キャット」(有栖川有栖)
 有栖川・火村コンビのシリーズ。仮想上の猫「エア・キャット」を飼っていた男が自宅で殺されるという、普通のミステリ。猫は写真以外に登場しない。
「泣く猫」(柚月裕子)
 かつて自分を捨てた母を一人弔う娘。水商売仲間だった女が一人だけ弔問に来る。そして猫も。ミステリでもなんでもない、ただの文学作品。
「『100万回生きたねこ』は絶望の書か」(北村薫)
 出版社の女性編集者の日常を淡々と描くエッセイみたいな小説。猫は登場しない(話のネタにはなるが)。
「凶暴な気分」(井上荒野)
 この作品の主人公も女性編集者(ただし自費出版専門の会社)。「自分を鼓舞するために無理やり凶暴な気分になって」過ごす主人公の閉塞感に満ちた日々と荒れた心象を描く。
「黒い白猫」(東山彰良)
 台北の西問町にある通称紋身街、刺青師だらけの町が舞台。実在する場所らしい。その町に住む少年小武が、街の個性的な住民たちや猫と関わりながら、様々な体験をしていく話。
「三べんまわってニャンと鳴く」(加納朋子)
 主人公はソーシャルゲームにはまった若い会社員の男。はまっていたゲームが突然サービス中止になり、今までの課金がムダになった主人公は怒って「ソシャゲで奪われたものは、ソシャゲで取り返す」と復讐を決意する。殺伐としたドラマになるかと思ったら、普通にいい話だった。

Nekogamiteita  

 ――というような内容で、ミステリ・ホラー系が多い『猫ミス!』、一般小説・文学寄りの『猫が見ていた』と、方向性がやや違うのだが、さして違いがあるようには思えない。ただ、どちらも肝心の猫が活躍する話が少ないのはどういうことなのだろう。猫が全然登場しない作品さえある。猫をタイトルにするのなら、もっと猫を出してほしい。猫が足りん猫が。

 

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2019年8月30日 (金)

大正箱娘

大正箱娘 見習い記者と謎解き姫/紅玉いづき(講談社タイガ,2016)
 もうひとつの大正時代を舞台とした、伝奇の香り漂うミステリ連作。やや古風な文章が、戦前の探偵小説の雰囲気をちょっと醸し出している。
 主人公は17歳の新聞記者見習、英田紺。実は女性だが、わけあって家を飛び出し、男装して仕事している。仕事といっても、口の悪い「妖怪のような姿」の上司、小布施に言われるままに取材に出かけるくらいで、およそ主体性が発揮できる立場ではない。17歳なら仕方ないか。情念だけが大きくて行動が空回りしており、ほとんど何の役にも立ってない主人公である。
 紺と小布施がいる帝京新聞の部署は、「魑魅魍魎や、怪異、そういった話をまことしやかに、あるいはそんなことなどなかったと証明するために」記事を書いている、変なところ。
 内容は4編からなる。

 第一話「箱娘」では、N野(明らかに長野)の旧家甲野家の蔵から出た呪いの箱を紺が取材に行く。
 その家の主人は、箱の呪いのために死んだという。問題の「開かずの箱」と未亡人のスミのことが気になる紺は、小布施から「箱のことならここへ行けばわかる」と紹介された、回向院うらら、別名「箱娘」のもとを訪れる。
 結局、呪いの箱の中には、帝京(東京のことらしいが、この作品では一貫してこう呼ばれる)に未練の残るスミの「秘密」がつまっていた。嫁いだ家でしか生きられないスミの哀しさだけを残して終わる。なんとも煮え切らない結末。
 第二話「今際女優」は、死ぬ場面を得意とする女優、出水エチカの物語。
 脚本家扶桑牧ヲの遺作、「伊勢恋情」の失われた最終稿はどこへ消えたのか。「先生はあたしが殺した」と紺に語ったエチカの言葉は本当なのか。
 劇場でエチカと対峙する紺は、うららの力を借りて真実を告白させる。この劇場の場面は、うららが「箱」のような屋敷から出て行く本書唯一のシーン。劇場からの帰り、軍人らしい男たちがうららを迎えに来る。うららは何者なのか、謎が深まる。
 第三話「放蕩子爵」では、紺の過去が一部明らかになる。
 紺には若くして嫁いだ妹がいたが、不幸な結婚生活の果てに自殺してしまったのだった。豪商丸岡家の娘佳枝が「文通心中」と自称して自殺。紺は彼女の死に自分の妹を重ね合わせる。その彼女が想う人に送った手紙を入手した紺は、うららの元を訪れる。しかしうららが開いたのは手紙の入った文箱ではなく、紺の過去だった。
 第四話「悪食警部」は、第一話の続き。甲野スミから救いを求める手紙が来て、うららは再びN野へ行く。
 スミは早くも再婚し、妊娠中だった。ところが紺が甲野家を訪れたその夜、蔵の中でスミが刀を腹に突き立てられた状態で発見される。発見者の紺に疑いがかけられ、離れに監禁される。紺の前に帝京にいるはずのうららが姿を現し、謎めいた言葉を残して消える。うららが超自然的な能力を持っていることをはっきりと示す唯一の場面。
 結局、警視庁からやってきた室町という謎めいた警部が事件を解決し、紺は救われる。帰途、室町は紺に「神楽坂の回向院は、帝京だけではない、この時代とこの国の永世の守護『箱娘』だ」と語る。ますますわけがわからない。

 あとがきで著者は「怪しい話が書きたかった」と書いているが、本書では怪奇、あるいは幻想的な要素はほとんど出てこない。ただ、回向院うららという娘に何かこの世を超えた力があることは、随所で示唆されている。物語はまだ始まったばかりという印象だ。
 2017年には続編『怪人カシオペイヤ』が出ている(未読)。

Taishouhakomusume

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2019年4月 2日 (火)

奇商クラブ

奇商クラブ/G・K・チェスタトン;福田恆存(創元推理文庫,1977)
 チェスタトンの小説は、前に一度、光文社古典新訳文庫から出た『木曜日だった男』を紹介している(2009年12月2日のエントリー)。本書は新訳ではなく、40年以上前に出た旧訳で、原作そのものは第二次世界大戦前に書かれたものだが、古さは感じさせない。それにしても、訳者が大物なのに驚き。
 前の『木曜日だった男』もそうだったが、本書もミステリと呼ぶにはあまりに奇妙な小説である。内容は連作「奇商クラブ」と二つの中編からなる。
 まず「奇商クラブ」。6編からなる連作短編で、本書の約半分を占める。1905年発表の作品。
 法廷で発狂したとしか思えない言動を見せて辞職した元裁判官のバジル・グラントが主人公。語り手はその友人スウィンバーン(この当時同名の詩人がいたが、関係があるのかどうかわからない)。もう一人、バジルの弟で自称探偵のルパートが、バジルの引き立て役として登場する。
 きちがいじみているが最後は真相にたどりつくバジルと、常識家で論理的だがいつも失敗するルパートという組み合わせなのだ。
 全体のタイトルになっている「奇商クラブ」というのは、まったく新しい生業の方法を考え出した者だけが会員になれる秘密クラブで、その会員資格に該当するような変な商売が各編に登場する。
 だが、このクラブそのものは、最初と最後のエピソードにちょっと登場するだけ。物語の大半は、語り手とバジル・グラントが奇妙な事件や事態や人物に遭遇し、その真相が「変な商売」に関係することが最後にわかるというパターン。
 どの話も超自然的要素はないのだが、とても現実に起きるとは思えないようなことばかりで、奇人の奇行を奇人が推理して、しかもきわめて論理的に真相を解明するという、いかにもチェスタトンらしい話。
 他の二つの中編は1922年発行の作品集に収録されていたもの。内容には特につながりはない。
「背信の塔」は、ある修道院の周辺で起きる殺人事件と宝石盗難事件を描いた中編。主人公は、物語の冒頭で森の中を後ろ向きに歩くという奇行をいきなり見せる青年なのだが、印象的な登場のわりにはあまり活躍しない。結末はチェスタトン作品によくある長々とした説明でなく、実に簡潔で印象的な終わり方。
「驕りの樹」は、ある海岸の村が舞台。海沿いの崖に生えている異国から来た樹木の忌まわしい伝説の物語。村の領主とも言うべき郷士がある夜その樹のところまで行って失踪する。やがて死体らしきものが見つかるのだが、これは樹の呪いなのか、殺人なのか。誰が犯人で誰が探偵なのかはっきりしないまま錯綜した物語が展開する。最後は一見ハッピーエンド風の結末ながら、どこか苦い雰囲気が漂っている。

 

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2018年12月17日 (月)

奇譚を売る店

奇譚を売る店/芦辺拓(光文社文庫,2015)
 古書マニアの主人公が、奇妙な本を買っては奇怪な事件に巻き込まれるという連作短編集。内容はミステリというよりホラー風味だが、最後の最後で、怪奇ミステリになる。
 各編が「――また買ってしまった」というまったく同じ書き出しで始まり、その作品の語り手「私」が古本屋で買った本のタイトルが、そのまま各編のタイトルになっている。

『帝都脳病院入院案内』:戦前の脳病院の案内を入手した「私」は、その病院を模型で再現する。するとその模型の中に小さな人間たちが動き始め、病院で起きた事件を再現するのだった。
『這い寄る影』:古い探偵小説マニアで作家の「私」が買ったのは、戦後まもない頃に刊行されたらしいいかにも俗悪な短編集。満天星子という女探偵の活躍するその作品は、たいした出来ではなかったが、著者に興味を持った「私」はその生涯を追う。
『こちらX探偵局/怪人幽鬼博士の巻』:古い少年漫画雑誌をまとめ買いした「私」は、少年時代に読んで気になっていた漫画を見つける。しかしその漫画も途中までだったので、「私」は続きを探し求めるのだが、そのうちに漫画の世界と現実世界とがだんだん混然としてくる。
『青髯城殺人事件 映画化関係綴』:今回「私」が買ったのは、本ですらなく、80年ほど前の古い文書綴。それはスタッフも配役もあまりに豪華な映画に関する文書だった。後日とある映画撮影所を訪れた「私」は、そこで例の映画の主演女優とそっくりな少女に出会う。
『時の劇場・前後篇』:何者かに追われた(ような気がした)「私」は古本屋に飛び込み、そこでたまたま手にした『時の劇場・前篇』という本を買う。その内容が「自分が生まれるまでの物語」であることに気づいた「私」は、古本屋から消えた「後篇」を何としても手に入れようとする。古本怪談の典型みたいな話。
『奇譚を売る店』:「私」が古本屋で買ったのは、「一連なりの長編のようでもあり、連作短編のようでもあり、脈絡なく作品を並べただけのようでもある」本。
 本文中で紹介されている内容は、上の『帝都脳病院入院案内』から『時の劇場・前後篇』まで五つのエピソード――つまりこの本そのものなのだった。ただし最後のエピソードだけは入ってない。「最近、物書き仲間で消息が絶えた人間がぽつりぽつりと増えていて」なんて文章が出てきて、今までの話がすべてつながってくる。
 どうやらその本はあの古本屋の主人が書いているらしいと見た「私」は、本の秘密を求めて古本屋へ行く。

 古本屋の主人とは何ものだったのか…。そして物語は読者をも巻き込んで終わるのだった。
 古書がテーマということで、いかにも『ビブリア古書堂――』あたりを好んで読みそうな本好きのための作品に見える。しかし実のところ、古書趣味もほどほどにしておいた方が…という警告の書とも思えるのだった。
Kitanwourumise_2

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2018年10月 6日 (土)

古書ミステリー倶楽部III

古書ミステリー倶楽部III 傑作推理小説集/ミステリー文学資料館編(光文社文庫,2015)
 今まで本ブログで2回紹介してきたアンソロジーのシリーズ、よほど評判がよかったらしく、3冊目まで出ていた。今のところ、これが最終巻の模様。(Iは2013年12月20日、IIは2017年2月16日の本ブログで紹介)。
 タイトルで「ミステリー倶楽部」と言ってるわりに、普通のミステリが少ないのは、前といっしょ。それに加えて、今回は今までと比べて、本当の意味での「古書」の出てくる作品が少ないような気がする。完全な新刊も出てこないが、貸本とか自費出版とか、ただの古い本とか。
 むしろ「本に関する小説」のアンソロジーと言った方がいいかもしれない。読んだ印象も、どっちかと言えば文学系のアンソロジーである『書物愛 海外篇・日本篇』(2016年4月6日、9日の本ブログで紹介)と、ほとんど変わらない。
 とはいえ、本好きの心をくすぐるアンソロジーであることに違いはないが。

 今までの2冊と同じく、江戸川乱歩自筆の口絵に続けて、11編の小説とエッセイ2編が収録されている。

「のっぽのドロレス」(宮部みゆき):古書店・田辺書店シリーズ(『書物愛・日本篇』に収録されていた「歪んだ鏡」と同じシリーズ)の1作。事情により単行本には未収録とのこと。自殺した妹の部屋で、偶然見つけた一冊の本『のっぽのドロレス』。その本から姉は妹の死に男の影を見るが…。1冊の古書から生まれる人生模様。
「閻魔堂の虹」(山本一力):時代劇。江戸の貸本屋閻魔堂の店番をする弥太郎は、本を借りる大店のお嬢さんに憧れる。短いが、味わいのある1品。
・「緑の扉は危険」(法月綸太郎):これは普通のミステリ。探偵・法月綸太郎が図書館司書の沢田穂波と組んで密室殺人の謎に挑む。犯行場所は古い洋館の書斎、鍵を握るのは、決して開かない緑の扉。ウェルズの『塀についたドア』が意味ありげに言及されているが、結末には何の幻想性もないのだった。
「長い暗い冬」(曽野綾子):筒井康隆のアンソロジー『異形の白昼』にも収録されているなど、恐怖小説の名品として知られる作品。暗く寒い北欧を舞台に、精神を病んで行く少年の姿を描く、読んでいて心が寒くなる心理ホラー。だが、これを「古書」というのは、無理があるのでは…。
「書肆に潜むもの」(井上雅彦):赤い扉の貸本屋で繰り広げられる、悪夢のドラマ。過激派の抗争、小説内小説、呪われた本…短いページ内に暴力と猟奇と幻想に満ちたさまざまな要素がまじりあって異様な世界を作っている。正直言って、何がどうなっているのかよくわからない。
「一銭てんぷら」(長谷川卓也):主人公が大阪で見つけたみすぼらしい天ぷら屋。そこの天ぷらを包んでいたのは、古い『少年倶楽部』だった。偶然見つけた戦前の古雑誌の宝の山は、幻だったのか。雑誌についての解説つき。
「悪い夏悪い旅」(五木寛之):1970年の作品。収録作中一番長い。1冊の古本、ヘッセの『春の嵐』が、大学生の主人公の日常を大きく変える。何かに飢えているかのように、衝動に突き動かされて道を踏み外していく若者たちの群像が、いかにも昭和風。ミステリ要素はあまりない。
 著者自身の体験に基づくエッセイ、「古本名勝負物語」が本編に続いて収録されている。これも若さゆえのささやかな暴走。
「バルセロナの書盗」(小沼丹):19世紀のバルセロナで、膨大な蔵書を誇る富豪の家の火事に始まり、愛書家が連続して殺される事件が起きる。スペインで実際に起きた事件をベースにしていて、『書物愛・海外篇』に収録されていたフローベールの『愛書狂』と基本的に同じ話。探偵役の青年が登場したり、ちょっとミステリ風のアレンジになっている。
 この作品も、作者の随筆つき。「大泥棒だったヴィクトリア女王の伯父」と題する古書狂たちの話。
「凱旋」(北村薫):この作品に出てくるのは古書ではなく、主人公の伯父の回想録。当然自費出版なのだろう。主人公はその回想録にあった短歌を記憶にとどめていたのだが、伯父の死をきっかけに、その歌を誤解していたことに気づく。それだけの話だが、しみじみとした味わいがある。だけど、どう考えてもミステリじゃなくて普通の文学だし古書とも関係ない。
「紅唐紙」(野村胡堂):「珍書博士」と呼ばれる学者を探偵役にした、暗号と宝探しの物語。古本屋の店先でたまたま見つけた、世にも貴重な江戸時代の小唄集が発端になっている。没落した名家の兄妹、強欲なその叔父、美しく聡明な女性実業家など、いかにも戦前の探偵小説らしいキャラクターが登場する。大正から昭和初期の雰囲気が濃厚。
「D坂の殺人事件(草稿版)」(江戸川乱歩):最後は、これまで挿絵でしか登場しなかった江戸川乱歩が小説で初登場。しかし未完の草稿。完成版と比べるとかなり違いがある。殺し方も違うし、もしかして犯人も違うかもしれないが、真相はもう永久にわからない。

 こうして見ると、ずいぶんとバラエティに富んだ作品が集まっている。傾向が違いすぎていて比較が難しいが、仮にも「ミステリー倶楽部」と名乗っていることに敬意を表して、「緑の扉は危険」をベストにしてみる。次点は、「のっぽのドロレス」。

Koshomysteryclub3

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